チフネの日記
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2010年05月24日(月) miracle 20 真田リョ

今日は絶対に幸村の所へ行こうと決めていたのに、
『検査が入って、会うのは少し難しい。
明日来てもらってもいいかな?』と昼休みにメールが入った。

検査では仕方無い。
それでも行くとは言えず、リョーマは『じゃあ明日、行くよ』と返信をした。


(今日は会って話ししたかったんだけどな……)

昨日伝えることが出来なかった地区大会の話とか、
行けなかったことの謝罪とか。

しかし幸村は病人だ。こういう場合はしょうがない。
明日は会った時に、話せばいい。
幸村はきっといつもの笑顔で迎えてくれるだろう。
怪我して大変だったね、とあの優しい眼差しを向けてくれるのもわかっている。

だからこそ、すっぽかしたことへの罪悪感が増す。

そしてリョーマは眼帯をそっと手で触れた。

(この怪我の所為で、しばらく練習にも参加出来ない。
それだけでも苛々するのに……。幸村さんはずっと耐えているんだ)

あの病院の中でずっと過ごす彼のことを考えると、
少し切ない気持ちになる。
たかが数日コートに入ることが出来ない、それだけでこんなに憂鬱なのに、
幸村はもうずっとそれに耐えている。

(一見、脆そうに見えるけど。
幸村さんって、強い人なんだよね……)

けれど辛くないはずがない。
その為にも友人として彼に出来ることがあれば、惜しみなく手を貸してやりたいと思っている。

とりあえず、もう約束を破るのは止めようと心の中で誓った。












その日の放課後。

幸村からの呼び出しメールに、真田は練習が終わってすぐに病院へと向かった。

リョーマと会っていたことが、知られてる。
きちんと説明しなければ、と頭の中はその事でいっぱいだった。

おかげで今日の部活は散々だった。
柳が上手くフォローしてくれなければ、どうなっていたか。
丸井の刺々しい態度は相変わらずだ。いつの間にか、彼もリョーマのことを知っていた。
同じように幸村の見舞いに行って、出会ったのかもしれない。
リョーマのことを気に入っているのか、真田が仲良くしているとそれだけで怒ってるようだった。

丸井のことは、さほど問題ではない。リョーマと友人となるのが何が悪いと開き直ることが出来る。
だけど、幸村は……。
ほとんど病院から出られない彼の大切な友人と、外で会っている。
そう聞かされた、一体どんな気持ちになるだろう?
想像すると、やはりリョーマに相談するべきではなかったと後悔が押し寄せる。

しかし今更どうしようもない。

幸村に全てを話し、その上で非難でも何でも受け止めようと覚悟を決める。

病室の前で深呼吸して、真田は二度ノックをした。

「真田。入っていいよ」

ドアを開けると、幸村はベッドの上ではなく窓の側で立っていた。

「今日は良い天気だ。風が気持ちいい」
「その、幸村……」
「綺麗な夕陽だ。そう思わない?」

窓から差し込む西日に、幸村は眩しそうに目を細めた。

「折角こんなに綺麗な景色、こんな狭い所で見るのは勿体無い。
少し、屋上に行かないか?」
「屋上?いや、しかし……他に客でも来たら」
「大丈夫。誰も来ないよ」

フッ、と笑う幸村に、真田は一歩足を後ろへ引いた。
今のは、リョーマは来ないと宣言したように聞こえた。
いや、ただの思い過ごしだろうが。

「ちょっとの間だけだよ。駄目かな?」
「構わないが……。平気なのか」
もう夕方だ。外の風に当たるのは病人の幸村には良くないのかもと思い、遠慮がちに言うと、
「平気だよ」と幸村はこちらに向かって歩いて来る。

「さ、行こう。時間は取らせないから」
「ああ」

先に幸村が出て行く形で、真田もその後について行く。

(越前の話をしようと思っていたのだが、言い出しにくい雰囲気だ……)

エレベーターの中でも無言のまま、二人は屋上へと出た。


「ほら、やっぱりこっちで見た方が綺麗だね」

柵に囲まれてはいるが、病室よりも近くに感じる夕陽に幸村は嬉しそうに声を上げる。

「真田もそう思わない?」
「思うが……その、幸村」
「何?」
「今日は、話したいことがあって来た。その、越前のことで」
「ああ、わかってるよ」

柵を背にして、幸村は真田の顔をじっと見た。

「聞いたよ、真田。大会が終わった後、皆のこと放って帰ったんだって?
しかも記者の人から、青学の選手が怪我したと聞いて慌てて駆け付けようとしてるように見えたって、赤也が言っていた。
それって、越前君のことだよね?」

わかっているくせにそんな風に言う幸村に、これは怒っているのだろうと推測する。
不愉快にさせたのなら、謝らなければ。
そう思って真田は「その通りだ。すまん、幸村!」と頭を下げた。

「お前が思っている通りだ。
俺は越前と友人となって、時々会っていた。
二つも年下で、しかも他校の生徒に部内のことを相談していたと知られたくなくて、それで」
「何謝ってるの?真田」

突然、幸村は笑い出した。

「幸村……?」
「あー、もうそんなこの世の終わりみたいな顔して。
しかも謝罪とかって、無いだろ。
予想外の反応に、笑いを堪えるのが必死だったんだから。可笑しくて涙が出るよ」
「怒って、いないのか?」
「何を?」

幸村は目元を拭って首を傾げた。

「いや、だから俺は越前と友達になって、会っていたのだから」
「馬鹿馬鹿しい。何で君達が友達になったことを怒らなくちゃいけないんだ。
そんなの越前君の自由だ。俺が口出しすることじゃない。
しかも友達になったからって、怒るってありえないだろ」
「う、うむ」
「もし俺が怒っているとしたら、真田が何も相談してくれなかったことと、
越前君と友達になったことを話してくれなかったことだよ」
「すまん……」
「また、すぐ謝る」

楽しそうに言う幸村に、怒っている様子は無い。

気にし過ぎていたのは自分だけだったようだ。

(馬鹿だな。幸村がこの位のことで怒るような奴ではないと、考えればわかったはずだ)

自分の未熟さを心の中で叱咤する。
リョーマの言う通り、色々力を入れ過ぎているのかもしれない。
もっと楽に生きなければ、と改めて考える。


「それで、越前君には何相談してたの?立海のことなんだろ。
俺にも聞かせてくれないか」
「ああ。是非、聞いて欲しい」


そこで真田はやっと初めて、幸村に今までのことを話すことが出来た。
心配掛けてはいけないと、言えなかったことも素直に曝け出した。

部内は幸村が居た頃のように上手く行っているわけではない。
反発する部員が大勢居て、なんとか柳のおかげで大事には至っていないこと。
仁王はサボったりしなくなったから良くなったが、他の者はそうはいかない。
今のままでいいのか、自信が無いと口にした。

「大丈夫だよ。真田は間違ってなんかいない。
皆、わかってくれるはずだ」
「しかし、お前が居た頃とは違う。やはり俺が部長代理などは務まる器ではない。
柳の方がよっぽど皆の信頼を得ている」
「大丈夫。真田は真田のやり方を貫けばいい。
それに柳は皆のトレーニングメニューや、他校のデータの分析も任せてる。
負担をこれ以上掛けるつもり?」

そう言われると、何も言い返すことが出来ない。
全て不甲斐無い自分の所為なのだ。

ぎゅっと拳を握り締めると、「大丈夫」と幸村が微笑む。

「時々やり過ぎることもあるけど、真田は間違ってなんかいない。
信念を貫けば、他の部員も自然と何が正しいかわかってくれるよ」
「そう、か?」
「うん。だから、そんなに落ち込まないで。
フォローは俺の方からもしておくから。きっと良い方向へ進むはずだ」
「お前がそう言うのなら」

安心できる、と真田はほっと息を吐いた。

「ところで問題が解決したら、もう越前君とは会わなくなるのかな?」
「越前、と」

そう言われると、真田は言葉に詰まってしまう。
相談することが無くなれば、リョーマと会う理由は無くなる。
しかし彼と話をしていて楽しいと思えるのは事実だ。
何もなくても友人として会いたいと考えるのは、リョーマにとって迷惑なことだろうか?

混乱して黙っていると、
「冗談だよ」と言われる。

「ああ見えて、結構情に厚い子だ。
連絡が途絶えたら、真田がまた悩んでいないか心配する。
時々会って、状況を話してあげる方がいいと思う」
「そうか。なら、その通りにしよう」

幸村が認めてくれたのなら、こそこそする必要もなく堂々と会える。
この病院に二人でお見舞いに来るのもいいかもしれない。
きっと幸村も喜んでくれるだろうと、真田は考えた。

「いい子だよね、本当に」
「ああ。そうだな」

真田が頷いたところで、幸村は「真田は越前君のこと、どう思ってる?」と聞かれる。

「どう、と言われても……。いい奴だとしか、答えようがないのだが」
「そっか。うん、そうだよね」
「幸村?」
「いや。真田が越前君のことを友達としか思っていないようで、安心したよ」
「それ以外、何があると言うのだ?」

幸村の言いたいことがわからず首を傾げると、
「俺とは違うってことさ」と言われる。

「幸村?お前は越前のことを友達と思っていないのか?」
まさかそんなはずがない。
幸村はリョーマのことをとても気に入っているようだった。
信頼していると、二人を見てそう思った。

戸惑っている真田に、幸村は「友達だとは思っているよ。けど、それ以上の気持ちがあるんだ」と言った。

「それ以上?」
「うん。俺は、越前君のことが好きなんだ。
友達ではなく、恋人になりたいと思っている」
「……」

理解するのに、しばらく時間を必要とした。
好き?恋人?一体なんのことだろう。

「幸村」
「何?」
「越前は男の格好をしているが、実は女性だったのか?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと男の子だよ」
「では、もしかして幸村が……」
「俺が男だってこと、知ってるだろ?何年一緒にいるんだ。
そういうボケはいいから」
「いや、ではどういうことだ?」

わからん、と頭を掻く真田に、幸村は少し俯く。

「そうだよね。理解し難いことだと思う。
でも性別を超えて、俺はあの子のことが好きなんだ。
それって、おかしいって思う?」
「いや……その」
「思ってくれても構わない。それで避けられても仕方無いって覚悟している」
「俺がそんな風にお前を思うことは無い!」

きっぱりと言い切ると、幸村は「良かった」と笑った。

「真田には俺の正直な気持ちを言っておきたかったんだ。
俺は越前君のことが、好きだ。
性別とか関係なく、全てに惹かれてる」
「そう、か……」

確かに幸村の告白は衝撃的だったが、リョーマならと納得してしまう。
あの自由な考え方や、強い意思に意外な優しさ。
外見も可愛らしく、男とか女とか関係ないとさえ思えてくる。

それに幸村が好きになった相手が誰であろうと、反対出来るはずがない。
これだけはっきりと好きだと言うのだから、よっぽど深い気持ちがあるのだろう。
おかしいだなんて、そんなの欠片も思ったりしない。

「それで、越前には気持ちを伝えたのか?」
「まだだよ。このままの状態では言い辛くて……。
やっぱり退院して元気になったら、改めて伝えようかと考えている」
「そう、か」

入院している間は、口に出し辛いものか。
もし以前の幸村なら、すぐに告白出来ただろうに。
こんな時にも病気が彼の願いを邪魔する。
辛いことだな、と真田は考えた。

「だから越前君には内緒にして欲しいんだ。黙っててくれるよね?真田」
「勿論だ。俺は誰かに喋ったりはしない」
「うん。信用しているよ。
お見舞いに来てくれる間、少しずつアプローチしようと思っているからさ。
気持ちを知られたら、ぎこちなくなりそうで怖くって」
「お前でも怖いと思うことがあるんだな」
「やだなあ。その位あるよ。……色々とね」

意味深に言って、幸村は真田の手をさっと取った。

「真田、頼みがあるんだ」
「な、なんだ」
「俺の気持ちを知った上で、相談出来るのは真田しかいない。
どうか越前君との仲を応援してくれないか」
「応援?しかし俺に何か出来ることはあるのか…?」

考えても思いつかない。

困った顔をする真田に「ううん。いいんだ、気持ちだけで」と幸村は笑う。

「気持ちだけ、なら」
「ありがとう。嬉しいよ!約束、したからね」

そう言って小指を絡ませて、「約束」と幸村はもう一度言った。


果たして自分に大した応援など出来るはずは無いと思うが、
幸村はそんな期待はしていないはずだ。

気持ちだけ、そう二人のことを応援するだけで喜んでくれるならと、
真田は「わかった。約束した」と答えた。


チフネ