チフネの日記
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2010年05月23日(日) miracle 19 真田リョ

電話が掛かって来たのは、ちょうど真田とリョーマが地区大会での話をしていた時だった。

「だから、俺がこう強引に打ったらたまたまラケットが手から抜けて、
それがポールに当たって砕けたんだって」
「強引に打つのはあまり感心しないな。
まず戦略を立ててから、行動するべきだ」
「そんなこと言われたって……。じゃあ、あんたなら相手の思うように黙って突っ立っていた?」
「いや、たしかに何とかしようとしてたかもしれない」
「ほら、やっぱり。人のこと言えないじゃん」
「しかし怪我をしてまで無理するのは」
「あんたは怪我したら、さっさと棄権すんの?」
「……しないな」
「でしょ?俺のやったことは、間違ってないじゃん」
「しかし」
「何?なんでそんな風に間違っているみたいに言うんすか?」

眼帯をしていない方の目が、不満を訴えるように真田をじっと見詰める。

「俺はただ、怪我をして欲しくないと思って……」
「は?」

聞き返されて、真田は誤魔化すように咳払いをした。

他校の選手の心配をするなんて、変だと思ったからだ。
リョーマは意味もわからず、首を傾げている。当然だろう。
本人は怪我をしても勝つことを望んでいる。
心配なんて、それこそ迷惑に違いない。

(だがそれでも、怪我をして欲しくないと思うのは変だろうか)

これ以上この話を引っ張ると、もっとおかしなことを口走りそうだ。
どうにかして別の話題に変えなければと考え込んでいると、
不意にリョーマの携帯が着信を知らせる。

「ちょっと、待って」
鞄から携帯を取り出して表示を確認した所で、
リョーマの顔が強張る。

「どうしたんだ」

真田の問いに答えることなく、「待ってて」と言って席を立ってしまう。
家族から早く帰って来るように言われたのかと、真田は電話の相手が誰なのか考える。

妙に慌てていた。
何か問題でも発生したのか。
だとしたら力になってやれることは無いだろうかと、思った。
リョーマには相談になってもらったり、世話になっている。

もし彼が困ったことになったりしたら、何を置いても駆けつけてやりたいと思うのは当然だ。

しかし本当の意味で困ったことになるのは真田の方なのだが、まだ何も知ることない。

慣れない会話を続けていた所為で、喉が乾いた。
先程購入したのは風味も無いコーヒーだが、無いよりマシだろう。
カラフルな紙コップを持ち上げて、真田はぐいっと飲み干した。









携帯に表示された名前に、リョーマは驚いてすぐに外に出ようと思った。

電話の相手は幸村だった。
真田と一緒にいる時なんて、タイミングが悪過ぎる。

今日は見舞いに行くつもりだったが、
怪我の治療に時間が掛かって、それ所ではなくなった。
来ないことを心配して、連絡を入れて来たのかもしれない。

それにしても真田と一緒なのはまず過ぎる。
もうちょっと後になったら真田と友人になったことを話すつもりでいたが、今はまだ早い。

とにかく外へ出て、、それから今日は行くことが出来ないと謝罪しなければ。

店から出るとすぐにリョーマは通話ボタンを押した。

「もしもし、あの、幸村さん。今日は」
「越前君、そんなに慌ててどうしたの」
リョーマが喋ろうとするのを、幸村が遮る。
「今、電車の中かな?だとしたら、すぐに切るから」
「えっ、あ、いや。実は今日試合で怪我しちゃって」
「そうなの?大丈夫!?どこを怪我したの?」
矢継ぎ早な質問に、「平気」と答える。

「あ、傷は大したことはないんだけど。
病室で処置するように言われちゃって。
遅くなったからそっちに行けそうにないんだけど……ごめん」

謝罪しても幸村は何も言わない。
怒っているのか、がっかりしているのか。

沈黙に耐えられず、何か話そうと口を開きかけると、
「いや、いいんだよ。怪我したんじゃしょうがないよ」と優しく言われる。

「本当に大丈夫?無理したら、駄目だよ」
「あ、うん。……もう血は止まっているから平気」
「良かった。もう無茶はしないで。本当に心配したよ」
「うん……」

来られないことを怒っているわけでもなく、怪我の心配をしてくれる幸村に、
申し訳無いという気持ちになってしまう。

「あの、しばらく練習に参加させてもらえないから、明日はそっちに行けると思う」
「そう。でも怪我を治す方を優先しなくちゃね。ちゃんと病院にも行くんだよ」
「わかってるよ」
「それじゃ、お大事に」
「うん。また明日」

思っていたよりもあっさりと会話は終わった。

来られないことにもっと愚図られるかと覚悟しいていたが、
怪我人にはさすがに我侭を言えないのだろうか。

何にしろ良かったと思いつつ、店内へ移動する。

そろそろ帰った方がいいだろう。
短いけれど、今の会話でどっと疲れた。

やはり自分に隠し事は向いていない。
早く幸村に何もかも話せる日が来ればいいと思う。

(それまでに立海の方が落ち着けばいいんだけど)


ともかく真田に帰ることを伝えようと、リョーマはノロノロとした足取りで席へと向かった。















昨日は、結局リョーマの電話が終わってからすぐに店から出ることになった。
急用の電話だったのかと尋ねても、大したことないとはぐらかされたが、
やはり家族に戻って来るように叱られていたに違いない。
店の前で別れようとするリョーマを、真田は無理言って家まで送って行った。
この程度の怪我で心配することないと拒否されたが、そこだけは譲らなかった。
無事に送り届けるまでは安心出来ないと主張し続けて、
ようやくリョーマの了解を得ることが出来た。
遠回りなのに、とリョーマはブツブツ言っていたが、
そんなのは面倒の内に入らない。

「じゃあね。わざわざ来てくれて、ありがと」

手を振って家に入るリョーマを見て、ようやく真田は安堵した。
ここまで来れば、後は心配することは無い。

安心して、駅へと向かった。



そして、今朝。
昨日は神奈川と東京の往復とで色々慌しかった為に何の確認もしていなかったが、
幸村からのメールが携帯に入っていたことに気付いた。

『地区大会のことで、聞きたいことがある。
良かったら、今日こちらに寄って欲しい』

幸村からの頼みとは珍しいことだ。
昨日、顔を出さなかったから今日は行くつもりだった。

必ず行くと返信して、朝練の為に学校へと向かう。


真田はいつも一番乗りだったが、今日は先に柳が到着していた。

「おはよう」
挨拶をすると、「おはよう、弦一郎」と柳は真っ直ぐにこちらに視線を向けた。

「すまないが、少し話をしたい。
着替え終わったら、すぐコートに出てくれないか」
「ああ」

昨日、先に帰ったことを咎めているのだろうか。
柳の表情はいつもより強張っていた。
理由も聞かずに咎めるなんておかしいと思いつつ、真田は制服からジャージへ着替える。

まだ早い時間の為、部員達は出ていない。

誰もいないテニスコートの端に、二人で向き合って立つ。

「蓮二。昨日はすまなかった。
お前には面倒を掛けたな」

まず先に帰ったことを謝罪すると、
「その事はどうでもいい」と言われる。

「解散して、皆それぞれ帰った。
幸村への報告も俺一人で充分な位だったからな」
「そうか」
「俺が聞きたいのは、急用の内容だ。
弦一郎。いつからお前は青学の選手と親しくしているのだ?」
「それは……」

意表を突かれて、真田は口篭った。
まさか柳の口から、そんな事を言われるとは思ってもみなかった。

「何故知っている。そういう顔をしているな」

柳はフッと笑った。

「昨日、月刊プロテニスとの会話を赤也が聞いていた。
青学の一年が怪我をしたと聞いて、お前が血相変えて帰って行ったと」
「赤也が……」
「その件について責めるなよ。聞こうと思えば、俺だって出来たことだ」
「わかっている」

別に記者とは秘密の話をしたわけではない。
切原が聞いていようと、その点でとやかく言うつもりはなかった。

「ところで赤也が言ったことは本当なのか。
あの後、青学の一年レギュラーの所に行ったのか」
「ああ、そうだ」

ここまで言われて誤魔化すわけにもいかない。
真田はきっぱりと肯定した。

「あいつが怪我をしたと聞いて、居ても立ってもいられず様子を確認しに行った。
それだけだ」
「その件は、幸村も知っているのか?」

幸村の名前を出されて、真田は動揺した。

勿論、彼には何も話していない。
他校の、しかも年下の相手に相談しているなんてとても言えないからだ。

黙ったままの真田に「その分だと、何も話していないようだな」と柳は言った。

「別に誰と誰が親しくしてようと、構わないと思う。
友情に先に後も無い。知り合った順序なんて関係ない。
しかし一言、幸村には知らせても良かったんじゃないか。
何故言わなかった。 
言えない理由でもあるのか」
「そんなことは、無いが……ただ自分が情けなくて言えなかっただけだ」
「情けない?」

どういうことだ、と尋ねる柳に、真田は観念してリョーマとこれまでやり取りしていたことを伝えた。

全ての話を聞いてから、「そういうことか……」と柳は頷く。

「お前が一人で悩んでいるのに気付かなかった、俺にも非があるな」
「そんなことはない。お前はよくやってくれている。
俺が悪いんだ。幸村に任されていたのに、結局部員を纏められないから」
「いや。そう言って自分を追い詰めるな。
しかし、その越前って子は黙ってお前の話を聞いてくれているのか。
幸村とも親しいようだが、青学のスパイってわけじゃなさそうだな」
「ああ。それだけは断言する。
あいつはそこまで気が回るような奴ではない」

真田の言い分に、柳は少し表情を柔らかくした。

「そんなことするような奴じゃなく、気が回らないと否定するとはな。
お前の言っていることは、本当のようだな」
「あ、いや。そういう意味では……」

しかしリョーマがスパイする程要領の良い者だと思えないのも事実だ。
困ったように頭を掻く真田に、
「お前もその彼のことを気に入っているようだな」と言われる。

「だったら幸村にも、友人になったと言っておくんだな。
難しいことではないだろう?
この先も彼と友好な関係を続けたいのなら、そうするべきだ」
「……そうかもしれないな」
「とはいえ、幸村も知っていることだぞ。
昨日、俺が赤也から話聞いたのは幸村の病室だった。
丸井やジャッカルもこの事情は知っている」

幸村がもう知っているということを聞かされて、真田は目を見開いた。

(あのメールはそういうことか。
越前と仲良くしている俺に、どういうことかと説明を聞きたいのかもしれない……)

知られているのなら、もう全部打ち明けるしかない。
リョーマに色々立海のことを相談し、アドバイス受けていたことを情けないと思われるかもしれないが、仕方無いことだ。


「わかった。幸村には今日病室に来るよう連絡を受けた。
ちゃんと説明をする」
「そうか。きちんと話をしてこい」
「ああ」

とはいえ上手く話す自信は無い。
正直に洗い浚い喋るやり方しか出来ない自分に、溜息をついてしまう。

しかし柳の言う通り、幸村の知らないところでこそこそ仲良くしているのも良くないと思った。
友人になったことを伝える良い機会だと考えよう。

リョーマも言っていたではないか。
落ち込んでいても何も変わらない。
立ち止まるよりも、進む方が良いと。
今こそ、それを見習う時だ。



「あーっ、真田!」

丸井の声に振り返ると、ものすごい勢いでこちらに走って来るのが見えた。

「お前、昨日はどういうことだよ。
越前と会っていたのか?なんでお前が越前と」
「丸井、ちょっと落ち着け」
柳が宥めるように両肩に手を置いて、押し留める。

「弦一郎には俺から話をした。
これ以上責めないでやってくれ」
「けど……」
「聞きたいことがあるなら、俺から説明する。
弦一郎もそれでいいな?」
「ああ」

柳ならきっと上手に説明してくれるだろう。

不審に満ちた丸井の視線を受けて、柳に頼むとその背中に念じる。

幸村と会った時どんな説明をすればいいか、
今はそれを考えるだけで精一杯だった。


チフネ