チフネの日記
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2010年05月22日(土) miracle 18 真田リョ

勢いで飛び出して来たものの、どこへ向えばいいのだろうと、
真田は青学の最寄の駅に到着した所でやっと気付いた。

よく考えてみれば病院で治療した後に学校へ戻るはずがない。
だとしたら自宅に帰った可能性が高い。
しかしリョーマがどこに住んでいるかは知らない。

(困ったな……)

考え無しにここまで来るべきではなかった。
だが諦めて帰ろうとは思わない。
怪我の程度がどの位か知るまでは、帰れない。

数秒悩んでから、真田は携帯の存在を思い出した。

最初からこれで連絡を取るべきだった。
そう思いながら、リョーマの番号を呼び出す。

「はい、もしもし?」

意外にも元気そうなリョーマの声にホッと安堵し、
「真田だが、今、話をしても平気か?」と尋ねる。
「大丈夫だけど。何かあったんすか?」

逆に心配されてしまった。
また相談の電話だと思ったのだろうか。
真田は「違う。その、お前が怪我をしたと聞いて……」と否定した。

「えっ、誰から聞いたんすか?」
「月刊プロテニスの記者からだ。
青学の試合の結果を聞いた時に、怪我人が出たと聞かされた。
それがお前だとわかって、思わずこちらに飛び出して来たが、案外元気そうだな」
「えっ。飛び出したって、今どこにいるんすか?」

リョーマの問いに真田は今いる駅の場所を告げる。

「ああ。それなら近くまで来ているから、そっちまで行くよ」
「しかし怪我人に負担を掛けさせるわけには」
「どうせ、車で送ってもらうから平気。じゃ、また後で」
「おい、越前!?」

既に通話は切られた。

(何故人の話を最後まで聞かない……)

そう思ったら、今はリョーマの怪我の具合を確認しておきたかったので、
直接会えるのは有り難いことだ。
案外元気そうな声だったので、軽い傷なのかもしれない。
それだったらこちらも安心出来る。
とにかく今は会って詳しい話を聞こう、と決めてリョーマを待つことにする。

10分後。

リョーマは眼帯をした状態で現れた。

少し離れた所で、ここまで送ってくれた車に手を振って挨拶をしている。

「越前」

名前を呼ぶと、こちらを見て小さく頭を下げる。
同時に車は走り去って行く。
真田は急いで駆け寄った。

「家族に送ってもらって来たのか?なのに、わざわざこんな所に来ていいのか」
「ううん。あれは顧問だって。
病院から帰る途中に、真田さんから電話もらったから、ここで降ろしてもらっただけ。
折角来てもらったのに、帰すのもなんだと思ってさ。
それとも、急いで帰らなきゃいけなかった?」

片方の目で覗きこまれて、真田は大きく首を横に振った。

「そんなことはない。
むしろお前の方こそ、直ぐに家へ帰らなきゃいけないんじゃないか。
きっと家族が心配している」
「それなら大丈夫っすよ。どうせ母さんは仕事で戻っていないだろうし、親父もどっかふらふら出歩いているんじゃないの」
「そうか……」

越前家は放任主義なのかもしれない。
あっけらかんとしたリョーマの物の言い方に、そう思った。


「で、怪我の状態はどうなんだ」
「平気だって言っているじゃん。大体、皆この位で騒ぎ過ぎだよ……」

溜息をついて、リョーマはうんざりしたように肩を落としている。

それでも真新しい眼帯が痛々しい。

試合を中断した位なら、決して軽い傷では無かったはずだ。
なのにリョーマは平気そうにしている。
一年生で、しかもこんなに小さいのに我慢強いというか、肝が座っているというか。

立海にもこんな新入生が入っていてくれたら、と思わずにいられない。
何しろ真田が一睨みしただけで、怖がって動けなくなるような部員ばかりだ。
二年生も切原を除けば先輩を乗り越えようとするような気概ある者はいない。
今のレギュラーが抜けた後の部の行く末が心配だ。
もし、リョーマのような人材がいれば。
切原にもいい刺激になるだろうし、同学年達を引っ張って行ってくれるのではないか。

青学はその点恵まれたな、とリョーマの横顔を見る。

当の本人は「お腹空いた……」と腹を押さえていた。

「真田さんは?試合したんでしょ。腹減ってないっすか?」
「いや。そこまでは。
しかし、そう言うのならどこかに入るか?
沢山食べて、早く怪我を治した方がいいだろう」
「……食べてもそんな早く治らないと思うけど。
ま、いいか。ちょうどいい、あそこに入ろうよ」
「えっ」

リョーマが指差した先にはどこにでもあるチェーン店のファーストフードがある。
ぎょっとして、真田は「いや、他の店にしないか?」と提案する。

「何で?ハンバーガー嫌い?」
「いや、ああいう店は苦手なんだ」
「でも、立海の人達と寄ったこと位はあるでしょ」
「無いな。まず、寄り道は禁止されている」

真田の言葉に、リョーマは一瞬目を丸くして、そして小さく笑った。

「そんなの律儀に守っている人なんて、そうそういないよ。
けど、だったら尚の事俺と一緒に入ってみない?」
「だったらもっと普通の店にしてくれないか……」

抵抗しようとしたが、リョーマにぎゅっと腕を取られてしまう。

「たしかに真田さんがファーストフードに入るのって似合わないよね。
でも逆に見てみたいかも」
「からかっているのか!?」
「ううん。面白がっているだけ」
「おい、越前……」
「ハンバーガーより箸で和食食べている方が真田さんらしいかな。勿論着物姿で。
今度、そんな姿見せてよ」
「お前は俺に一体どんなイメージを抱いているんだ」
「まあ、今はともかくハンバーガーで我慢してよ」
「結局、そこに戻るのか」


しかしリョーマに押し切られる形で、結局店内に入ってしまう。

どこの少年相手だと、ペースを崩されてばかりだ。
だが、それが嫌だとは思わない。
むしろ一緒に居る時間を楽しんでいる自分がいる。

今までにない不思議な感覚に、真田は何なんだろうな、と首を捻った。










その頃、立海のレギュラー達は幸村のいる病院へと向かっていた。
とはいえ仁王と柳生は不在だ。
試合でも時折ぼんやりしていた仁王を心配してた柳生が「送って行く」と言い出したからだ。
大勢で押し掛けても迷惑になるので、柳は二人をそのまま送り出した。

「しかし、幸村への報告なら俺一人だけでも充分だと思うのだが」

病院であまり騒ぐなよ、と釘を刺す柳に、
「騒ぎに来たわけじゃねえよ。地区大会優勝したことを、俺だって幸村に伝えたかったんだからな」と、丸井は言った。

「そう言いながらも、見舞いのケーキが目当てじゃないんすか。
俺達にまで出費させて、いっつも丸井先輩がほとんど食べているじゃないっすか」
不満を漏らす切原に、丸井は軽く肘で脇腹を小突く。
「なんだと?幸村がいらないって言うから、食ってやっているだけだろい」
「だったら最初から花とか他のもんを買えば済むことなんじゃ……」
「見舞いにはケーキだって決まっているだろ」
「誰がそんなこと」
「お前らな。今、柳に注意された所だろ」
ジャッカルが呆れたような声を出す。

「ここは病院で静かにしないのなら、もう帰れ。
ケーキは俺が幸村に渡しておく」
「あー、ジャッカルずりぃ」
「ずるいって、何がだ」
「そう言って独り占めするつもりだろい」
「ジャッカル先輩、それはさすがにまずいっすよ。そんなにケーキ食べたかったんすか?」
「なっ、誰がそんなことするか」
「今、まさに独り占めしようとしてたじゃねえか」
「だから、誤解だって」

なんだかんだと騒ぎ始めた三人に、柳は足を止めて静かに言った。

「お前達、本当にいい加減にしないか。
そんなに体力があり余っているのなら、明日のメニューは倍にした方が良さそうだな」

途端に、全員大人しくなる。
柳は冗談は言わない。やると言ったら、やる。
こちらが根を上げるようなメニューを考えて、きっちりと締め上げる。

静かにしようと、誰もが口を閉じる。
それを確認して、柳は満足そうに頷いた。

もう一度、今度は会話無しで幸村の病室へと歩き出す。





「やあ。皆、今日はお疲れ様」

笑顔で迎えてくれる幸村に、柳は優勝したことを伝える。

それは良かったと笑顔を浮かべた後、
「ところで真田の姿が見えないようだけど」と幸村は全員の顔を見渡した。

「何かあった?いつもなら真っ先に知らせに来るような奴なのに」
「いや、それが俺にもよくわからないんだ」

柳は眉を顰めて言った。

「急用だとかで、かなり急いで帰って行った。
あの慌て振りだと家で何かあったとしか思えない」
「ちょっと、いいっすか?」

それまで大人しくしていた切原が、軽く手を上げた。

「どうした、赤也。何か聞いているのか」
「いや、直接じゃないんだけど。
月刊プロテニスの人が話していた内容で、顔色変えて帰って行ったからなんか関係あるかと思って」
「なんだ、赤也。聞き耳立てていたのかよ。邪魔するなって追い払われたのに」
「へへっ、そりゃどんな話しているか気になるでしょ」
「それで、内容はなんだったんだ」

じれったいというように、柳が口を挟む。
切原も「あ、そうそう」と続きを話す。

「確か、青学が地区大会で優勝したってここと、
試合の最中にその青学の選手が怪我していたことを、真田副部長に教えていたっす」
「怪我?誰が?」
「たしか、えーっと一人が河村で、もう一人が一年レギュラーだって言っていたっす」
「一年のレギュラーって……」

幸村が絶句したのを見て、「おい、越前かよ!」と丸井が声を上げた。

「え、いや。そこははっきりとは聞こえなかったけど……」
「なんだよ。肝心な所なのに!」
「落ち着け、丸井」
ジャッカルは丸井の肩に手を置いて、静かにするよう制する。
ここは病院なのだ。騒ぐのは他の病室にも迷惑になる。

さすがに柳は落ち着いた様子で、
「その一年が一体どうしたと言うんだ。真田と親しいのか?」と小さな声で言った。
「そんなはず、無いだろい。大体、なんで越前が怪我したからって真田が慌てるんだ?
意味わからねえぞ」


そこまで言って、丸井は幸村の方へと視線を向けた。
彼なら知っているのかと、思ったのだ。

だが幸村は何か考え込んでいるかのに、虚空をじっと見ている。

どうして、と唇が動く。

リョーマが怪我をしたと聞いて真田が飛び出して行った訳を、幸村も知らないようだ。

ぐっと唇を噛んだ後、ゆっくりとこちらを振り返る。

「皆、ちょっと用事が出来たんだ。申し訳ないけど、今日は退室してもらっていいかな?」

ただならぬ迫力に、全員頷いて外へ出ようとする。

「そうだ、丸井。折角買って来てくれたけど食べきれないから、このケーキ持って行ってくれるかな?」
「あ、ああ。わかった」

大好きなケーキの箱を渡されても、嬉しいと思わなかった。
それよりも幸村の青白い表情の方が怖くて、受け取る手も震えてしまう。


病室を出たところで、やっと安堵の息を吐く。

「丸井。一体、どいうことだ。詳しく、話を聞かせてくれないか」

柳に袖を引っ張られて、丸井は曖昧に頷いた。
一体何なのか、正直自分でもわからない。
真田とリョーマがいつ繋がりを持ったかなんて、知らない。
どう説明したものか。

とにかくわかる範囲だけでもと、迷いながら口を開いた。











四人が出て行ったのを確認してから、幸村は携帯を取り出した。

リョーマと真田。
どちらに掛けるべきか考えながら、病室から外へと出る。


切原の話を聞いて、ピンと来た。
真田は間違いなく、リョーマの所へ行ったんだろう。
怪我をしたと聞いて、相当慌てて柳にも説明出来なかったのだ。
もし家の方で何かあったら、きちんとそう告げるはずだ。
言えなかったのは、咄嗟のことで誤魔化す理由すら思い付かなかったのだろう。

(それにしても、二人がいつの間にか親しくなっていたなんてね……)

知らなかった、と呟く。

どうやら注意しなくてはいけない相手は、
青学ではなく身近に居たのだと幸村は気付いた。


チフネ