チフネの日記
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2010年05月20日(木) miracle 17 真田リョ

いよいよ地区大会が始まった。
三年生は今大会で引退となる。
連覇を目指して、立海は特に気合を入れて臨んでいた。

しかし部員全員が同じ気持ちだとは限らない。

「たかが地区大会っすよね。うちの敵になるような学校って無いんじゃないっすか?」

呑気な声を出す切原を一睨みすると、慌てて柳の背に隠れてしまう。

全く、たるんどる、と真田は心の中で小さく呟いた。

少し前ならこの程度のことで、鉄拳を振舞っていた。
あれはやり過ぎだったと、今になって反省する。
あの頃はとにかく幸村の抜けた部をまとめようとして必死で、周りが見えていなかった。
規律を乱す部員が許せず、はみ出す者は全て制裁した。

部員達が自分に不満を持つのは当然だ。
これでは付いて来る者もいなくなってしまう。

柔軟な考えを持って、今からでもやり方を少し変えてみようと真田は思った。

リョーマと会話するようになってから、狭かった視野が突然大きく開いたように見えた。
彼からの影響は大きい。
初めに会った頃は、なんてやりたい放題な奴だと呆れもしたが、
自由なものの言い方に、なる程と頷くことも多い。
リョーマと話すと、悩むのが馬鹿馬鹿しくなるというか、考え方が楽になっていく。

幸村が気に入るはずだな、と真田は思った。
ずっと入院している幸村は、彼の前向きな心に元気付けられているのだろう。

一緒にいる所は数えるくらいしか見たことが無いが、かなりリョーマを気に入っているように感じた。
もしかしたらリョーマのどの部員よりも、リョーマと親しくしているのかもしれない。

「どうした、弦一郎。ぼんやりしてお前らしくないな」
「蓮二」
肩を叩かれ、ぎくっとして振り返ると柳が「整列だぞ」とコートに目線を送る。

「試合前に緊張しているのか。珍しいな。
少し肩から力を抜いておけよ」
「あ、ああ。そうする」

こんな時に幸村とリョーマがどの位親しいかなんて、考えるべきではない。
思考を切り替えて、真田はコートへと歩き出す。

中学生活最後の大会が、始まる。

悔いのないように全力を尽くそう。

知らず、ラケットを持つ手に力が篭った。










一方、その頃リョーマは大会に初めてダブルスで出場する為、
パートナーである桃城と打ち合わせをしていた。

「だから、真ん中に来たら例の合言葉があるだろ。それ以外は俺が合図するから、勝手に取るんじゃねーぞ」
「はあ。面倒くさ。自分でも拾えるのに」
「お前、やる気あるのか!?」
「いや、段々無くなってきた気がする」
「おいっ。今更どうすんだ!」
「出るって言ったからには、ダブルスで出場はするけど……はあ」

途端に桃城に小突かれる。
仕返ししようとリョーマが手を構えた所で、
「君達、仲がいいねえ」といつの間にかすぐ横に立っていた不二が口を開いた。

「ダブルスまで組んで、一体どうしたの。全く向いていないみたいなのに」
「向いていないっすか。やっぱり……」

客観的に見てもそうなんだ、とリョーマは肩を落とした。
先日ストリートテニスで今日の対戦校の玉林の選手にダブルスで負けた。
リベンジしてやろう、と桃城と組んだのはいいが、
自分でもこれはまずいと思い始めてきた。
今までダブルスをするなんて一度も考えたことが無い為、
コートの中に誰かが隣にいるというだけで鬱陶しくて敵わない。

そんなリョーマの杞憂に気付くことなく、
「心配するなって」と、桃城が明るい声を出す。

「あいつらに借りを返さねえとな。以前の俺達とは違うって見せ付けてやろうぜ」
「……そうっすね」

コートに入る前、何回かボールをぶつけることになるかもしれないけど、
よろしくと言っておくべきだろうか。

リョーマは真剣に悩んでしまった。









そして案の定、ダブルスの試合では散々な醜態をさらして、皆の失笑を買ってしまった。

勝てただけ良かったよと、不二によくわからない慰めの言葉をもらっても、
リョーマには言い返す気力すら残っていなかった。

滅茶苦茶やった罰として正座させられ、しかも次の試合は補欠だと命じられても、
逆らうことなく従ったのは、疲れていた所為かもしれない。

絶対この先はシングルスしかやらない。
ダブルスなんて頼まれてもやるものかと誓ったのだが、
この場にいる青学の部員全員がリョーマにダブルスをやらせてはいけない、と思っていた。


「もう、桃先輩の所為で散々だったじゃないっすか」
「原因は俺だけかよ!?人の頭にボールぶつけといて、そりゃないだろ」
「あ、覚えてた」
「当たり前だ!」

桃城と二人で正座しながら、お互いの文句を言い合う。
しかし桃城は本気で怒っている様子はなかった。
ただ「お前とは二度と組まねえからな」と釘を刺されたが……。


「ほら、大石先輩達の動きを見ろよ。あれがダブルスってものだぜ」
「ふーん」

D1の試合で、いともあっさりと相手チームを倒す大石と菊丸のペアに、
リョーマは面白く無さそうな声を出した。

「あの二人って、全国行ってるんでしょ?上手くて当たり前なんじゃないの」
「けど、ゴールデンペアって呼ばれるようになるまで努力してるんだぞ。少しは見習えよ」
「もうダブルスはしないから、関係無いんだけど……。
それよりあの二人が全国で一番強いペアなんすか?」
「いや、それはわからねえよ」

困ったように桃城は頭を掻いた。

「他にもダブルスが強いペアはいるからな。
この先勝ち抜いていかない限り、なんとも言えねえよ」
「他に強いところ?どこ?」
「そうだなあ。都内なら氷帝か山吹か。関東ならやっぱり立海だな」
「ふーん。そんなに強いんだ。立海って」
「当たり前だろ。前回と前々回の優勝校だぞ!」
「やっぱり立海ってすごいんだ……」

感心したように言うと、
「おや、越前。立海に興味があるのかな?」とまた不二の声がする。
「不二先輩!?いつから聞いていたんすか!」

さっきからよく絡んでくるよな……、とリョーマは会話に入って来た不二に眉を寄せる。
一体、何なんだ。後輩を嗅ぎ回る趣味でもあるのだろうか。
乾よりも厄介かも、と警戒を露にする。

不二は気にすることなく、「ねえ、どうなの?」と顔を覗き込んで来た。

「立海のこと知りたいの?」
「いや、強いところがどんなのか知りたいって普通でしょ」
そう言って横を向くと、「へえー、普通ねえ」と含むように言われる。

「まあ、いいや。勝ち進んで行けば、いずれ立海とも当たるだろうし。
その時の君の反応が楽しみだなあ」

試合前にアップしときたいから行くね、と不二は去って行く。

「なあ。不二先輩って、結局何が言いたかったんだ?」
首を傾げて問い掛けて来る桃城に、
「こっちが知りたいっす」とリョーマはげんなり肩を落として答えた。

何を勝手に憶測しているかは知らないが、人の反応を見て楽しむのは止めて欲しいものだ。
















さて、立海の方はさすが地区大会では敵無しと評価されている通り、
順調に勝ち進めて行った。

時々ぼんやりしている仁王に、真田は不安を覚えたが、
コートに入るといつも通りのペテンで相手を翻弄し、試合では結局何の問題も無くストレートで勝利した。
そして自らエースと名乗っている切原は、試合時間の最短記録を次々と作っていく程調子が良かった。
前の週での練習試合での遅刻という失態をしたが、全て帳消しになる位の活躍をした。

「あらら、もう終わり?」

決勝の相手が切原の圧倒的な実力に打ちのめされて、蹲ってしまっている。
チームメイトが声を掛けて、ようやく立ち上がって切原と握手する。
そこで試合は終わった。

「呆気無かったなー」

整列の後、気の抜けたように言う切原に、
ダブルスで早々に勝利を決めた丸井も「こんなもんだろい」と同調する。

「県大会までは張り合う相手もいないからなあ。
関東になりゃ、そこそこ骨のある選手もいるだろけど」
「ああ、じれってえなあ。すっ飛ばして関東大会に行けたらいいのに」
「そりゃ無理だろ」

二人がごちゃごちゃやり取りをしているのが聞こえて、
静かにしろと注意すべきかと真田はしばし考えた。

声のトーンが大きくなった所で、やはり言わねばならんと口を開きかけた所で、
「真田君」と名前を呼ばれる。

振り向くと月刊プロテニスの記者が手を上げてこちらに歩いて来るのが見えた。
この記者は学生テニスにも関心を持っていて、時折取材に訪れることがあった。
大会で優勝した時も大きく取り上げられた。
今日もきっとどこかで試合を見ていたのだろう。

「優勝おめでとう。さすが王者立海だね。他を全く寄せ付けない試合だった」
「ありがとうございます」

礼を述べると、「少し話を聞かせてもらっていいかな」と言われる。
予想していたことなので、「はい」と頷く。

2、3簡単な質問を受け、真田はそれに答えた。
今日は地区大会ということで、特に構えるような内容でもなかった。
これからの抱負や、今日の調子等、ありきたりなものだ。


メモを取り終わった所で「そういえば」と記者が口を開く。

「青学の方も優勝したみたいだよ。
けど手塚君は結局最後まで出場しなかったらしい」
「そうですか……」

一年の時から真田が手塚のことをライバル視していると知っている為、
記者はこうして情報をもたらしてくれる事もある。

出場しなかったのは立海と同じようにD1・2とS3で勝ったからなのかと、
考える。
真田の表情から記者は考えを察したらしく、
「決勝ではストレート勝ちというようにはいかなかったみたいだ」と言った。

「怪我人を出して苦戦したそうだ」
「怪我人、ですか」

ふっと頭を過ぎったのはリョーマのことだ。
無茶していんければいいが、彼はその無茶を平気でやりそうな気がする。

不安になって思わず、「誰が怪我をしたんですか?」と尋ねてしまう。

「えーっと、一人が河村君と言って、相手のボールを受けた時に手にヒビが入ったらしい。
もう一人は一年生の越前君だね。
どうやら無理に打とうとしたら、ラケットが手から離れて壊れてしまったようだ。
その破片が瞼を切って血が出たとか」
「その傷は、酷かったんですか?」
「多分ね。一時は試合を中断するとか揉めたって報告も……。
真田君?」
「すみません、ここで失礼します」

話の途中だったが、リョーマの名前が出て激しく動揺する。
やはり怪我をしたのはリョーマだった。
しかも瞼を深く切ったと聞かされて、平静でいられるはずがない。

こうしてはいられないと、真田は荷物を抱えて柳の元へと走った。

「蓮二。すまないが、急用が出来た。
後のことは任せてもいいか」
「弦一郎?一体、どうした」
「悪いが説明している時間は無い。頼む、今は行かせてくれ」
「あ、ああ……」

呆気に取られている柳を置いて、真田は急いで駆け出した。

リョーマの怪我の具合は大丈夫なのだろうか。
頭の中にはそれしかない。

自分が行ったところでどうにもならないと気付くことなく、
とにかくリョーマに会わなければと、慌てて駅へと向かった。


チフネ