チフネの日記
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| 2010年05月18日(火) |
miracle 15 真田リョ |
地区大会を前にして、立海では本日練習試合を行うことになっていた。
珍しく現地集合という形で、現在試合相手の学校前に立海のテニス部員達が集まって来ている。
本来なら一度、立海に集まって皆で揃ってから行くのが決まりだ。 しかしそうすると遠回りになる部員もいるんじゃないのかと、丸井が提案したのを切っ掛けに、 各自で現地まで行くことに変更された。
まさか真田が了承するとは思わなかったのだろう。 言い出した丸井は、驚いたまま固まってしまった。 他に賛成した者も動揺だ。 絶対反対されると予想していたのに、 あっけない位簡単に意見を受け入れた真田に誰もが戸惑っている。
一体、どうしたのかと柳生はそっと真田を横目で見た。 誰よりも早くここに来ていた真田は、まだ来ない切原のことを苛々しながら待っている。 現地集合なんてしなければ良かった、と後悔しているのだろうか。 しかしこんな事態になることは、容易に予測出来るはずだ。 それなのに、真田は丸井の意見に賛成をした。 一体、何故か。
少しは他の部員の言葉に耳を傾けようと、努力しているのだとしたら。 それは良いことだと思う。 全国大会に向けて、真田は少し力が入り過ぎていた。 幸村の為に、と厳しく皆を指導していたが、それが悪い方に傾いてしまった。 押し付けが過ぎると、離れて行く者もいる。 実際、この春休みで立海の部の雰囲気はかなり悪くなっていた。 仁王が真田に謝罪したことによって、表面上ではなんともないようになっているが、 未だに不満を持っている部員も少なくない。 しかし真田が変わっていくことで、彼らも歩み寄ることを考えてくれれば。 心配の種が一つ、無くなる。
(真田君は大丈夫そうなので……。私はこちらの心配をしますか)
塀に凭れたまま、虚ろな目をして空を眺めている仁王に近付いて行く。
「仁王君、どうしました。具合でも悪いのですか?」 「柳生か。いや、ちょっと寝不足なだけじゃ」 「そうですか……」
柳生には仁王が嘘を言っているとすぐにわかった。 少し前なら悟らせもしなかっただろう。 それだけでも異常事態だ。 仁王の抱えている悩みが相当深刻だと思わせる。
「仁王君。もし良かったら、今日の練習試合が終わった後で時間をもらえませんか?」 「いや、悪いが忙しい。また今度な」 「……そう、ですか」
何も話したくなさそうに、仁王はそっぽを向いてしまう。 心の内を覗かれたくないと、拒否しているようにも見えた。
(仕方無い。今日は出直しますか)
仁王からそっと離れる。 無理強いしても、何も聞き出せないだろう。 むしろもっと心を閉ざしてしまうかもしれない。 次はせめて一緒に帰るところは成功させようと考える。
(あなたがそんな風だと、大事に思っている幼馴染も心を痛めるとわかっているのですか?)
しかし柳生はその件については何も言わなかった。 仁王の幼馴染の舞子と、柳生は去年同じクラスだった。 そのことで、少し彼女と話が出来る立場にある。 仁王のことが心配だから見てやって欲しいと頼まれたのは、つい先日のことだ。
勿論、頼まれたことは本人には絶対に言えない。 勝手なことをするなと仁王が機嫌を損ねる可能性が高い。
(厄介ですね……)
せめて仁王から相談してくれれば良いのだが、 誰かに話すつもりは無いらしく、接触しようとすると避けられてしまう。 今のところ皆はいつもの気まぐれだと思っているらしく、 異常に気付いている者は柳と柳生以外はいないのが幸いだ。
なんとかしなけば、と柳生は溜息をつく。
そのすぐ近くで真田が「赤也はまだ着いておらんのか!」と大声出すのが見えた。 イラついているが、まだ抑えているのだろう。 誰も呼びに行かなかったのか、と他に飛び火するような言い方しないだけマシになっている。 一体、何が真田に変化をもたらしたのだろう。
ふと、不思議に思った。
一方その頃、切原赤也は今日の練習試合の学校に向かうはずが、 バスの中ですっかり眠ってしまい、全く知らない停留所で目が覚めた。
遅刻が確定したことに、がっくりと肩を落とす。 何の為に早起きしてバスに乗ったかわからない。
とりあえず柳に電話をすることに決める。 真田だといきなり怒鳴られて、言い訳さえもさせてくれないからだ。
やっぱり柳先輩だよな、と頷いて携帯を取り出す。
「赤也か。今どこにいる。もう、集合時間を1分過ぎているぞ」 冷静な声にほっとしつつも、切原は今の状況を伝える。
「バスの中で気付いたら寝ちゃってて、今知らない学校の前っす」 「どこの学校だ。名前位読めるだろ」 「えーっと、青春学園?変な名前……って、ここ青学じゃないっすか!?手塚さんがいる所の」 「青春学園なら、そうだろうな。それで、バスは次いつ出るんだ」 「20分後っすね。完全に遅刻っす」 「仕方無い。真田には上手く俺から伝えよう。遅れてもいいから、必ず来るようにな」 「さすが柳さん。真田さんのことは頼むっす」 「あまり期待するな」
そこで通話は途切れた。
けど柳なら、きっと取り直してくれるはずだ。 いきなり行って、殴られるようなことは無い……と思いたい。
(さーて、バスが来るまでの間、ここで突っ立っているのも暇だからな。 さくっと偵察にでも行きますか)
切原は堂々と青学の中へと歩き出した。
以前より、手塚と手合わせしてみたいと思っていた。 大会で青学がここ最近関東止まりだが、手塚は別格だと切原も知っている。 立海の三強でさえ、一目置いている選手。 よく知っておく必要がありそうだ。
コートに向かうと、青学の部員達はちょうど練習している所だった。 地区大会前だから当然か。 皆、真面目に取り組んでいる。
(それで、手塚さんはどこだよ……?)
堂々と辺りを見回していたいたら、不審に思われて名も知らぬ部員に見咎められてしまう。
「おい、他校生がそこで何やってるんだ?しかもコートの中まで入って」 「あ、ちょうどいいや。手塚さん、どこ?」 「人の話聞いてるのか?」
軽く睨みつける部員を止めようと、「何やってるんだ」と間に誰かが入って来る。 髪型から、青学の副部長だと気付く。
「その制服、立海の生徒だよね。一体、ここで何をして」 「ういっす。ちょっと偵察に」 「偵察だあ?」 さっきの部員が声を上げるが、切原は無視して「手塚さんは?」と大石に話し掛ける。
「手塚?いや、今はちょっと」 困った顔をした大石が口を開くと同時に、 「コート内で何揉めている」 手塚がこちらを静かに見据えながら現れた。
切原は喜んで、さっと近くに寄った。 迷惑そうにしている手塚に構わず話し掛ける。 「いやー、手塚さんに会えて良かったっす。 ここまで来て手ぶらで帰るのも、つまらないんでね。 俺と勝負してもらえません?」
しかし手塚はきっぱりと拒否を口にする。 「他校生は出て行け。練習の邪魔だ」 「はあ?そりゃ無いっすよ」 「二度も言わせるな。出て行け」
有無を言わさない手塚の口調にかちんと来て、 切原はそこに転がっているボールを拾って、顔を上げた。
「何もフルセットでやろうって言ってんじゃないのに、そりゃ無いんじゃないっすか。 折角人がここまでこうして来てんのに……。 感じ悪いなあ。 あんた、潰すよ」 実際はたまたま青学に辿り着いただけなのだが、そこはあえて伏せておく。 だが訴えても、手塚は無視したままこちらを見ようともしない。 取り合わないと、決めているようだ。
(チッ。これ以上訴えても無駄か)
下手に騒ぎを起こしたら、真田に怒られるだけでは済まない。 大会前に揉め事は厳禁だというのは切原だってわかってる。
仕方無い、と切原は「ま、今日はこれ位にしておきますよ」と笑顔を浮かべる。
そして、「これ、返すわ」と拾ったボールを籠に入れて退場する……はずだった。
しかしボールは見当外れに部員の頭に当たり、 怒った相手が投げ返そうとしたがまた別の部員へと、被害が拡大していく。
(これは、まずい……)
あちこちから飛んで来るボールを手で受け止めて、青くなる。 間違いなくこの騒ぎを引き起こした原因は自分だ。 見咎められる前にさっさと逃げ出そうと、切原は混乱に乗じてコートからそーっと外へ出る。 手塚の怒声が聞こえたところで、急いで走って少しでも遠くへと走り出す。
「危なかった。俺の所為にされる所だった。ま、俺の所為なんだけど」
いや、手塚が一球勝負すら許さなかったからだと言い訳しながら、校舎の角を曲がる。 ここまで来れば安心、と油断していた。 前を向いていなかった為、向こう側から歩いて来た人物に気付かず正面から軽くぶつかる。
その衝撃に、お互い地面に尻餅をついてしまう。 「悪い。前向いてなかった。そっちは大丈夫?」 切原の声に、ぶつかった相手は「さあね」とおかしな返事をして立ち上がる。 背の小さな少年、おそらく一年生だろう。 見た所、怪我はしていないようだ。 ホッ、と切原は安堵の息を吐いた。
そして少年の傍らに散らばっているラケットに気付く。
「ひょっとしてテニス部?今からじゃ遅刻だろ。 青学って、遅刻しても平気なのか?」
罰則が無いとしたら羨ましい、と呟く切原に、 「そんなわけないじゃん」と少年は肩を竦めて立ち上がる。
「きっと走らされるけど、どうにもならないから行くしかない」 「ふーん。堂々としてるな」
一年生なのに、と切原は苦笑する。 去年の自分も態度がでかいと言われていたが、この青学の一年よりはマシだと思ってしまう。 しかしあの手塚相手に物怖じしないとは。 相当肝っ玉が据わっているのか、馬鹿なのか。
興味深そうに眺めていると、 「それじゃ、俺もう行くから」 少年はこの場からコートへ移動しようとする。
「あっ、ちょっと待てよ」
さっき受け止めたボールをポケットから取り出し、 「これ、返しといて」少年の背中へ向かって投げる。 当然振り返って手でキャッチすると思っていたが、 前を向いたままラケットで軽く受け止めてそのまま何事も無いように歩いて行く。
「へえ。青学、ね……」
一年でもあれ位のことが軽く出来るということか。 少し見直した気になって、校門から外へと出て行く。
「あっ、いけね!バスの時間!」
次を逃したら、今度こそ真田の鉄拳は免れない。柳も庇ってくれないだろうと、慌ててダッシュしてバス停を目指した。
バスに乗って動き出したところで、再び切原は睡魔に襲われた。 あのまま乗っていたら、間違いなく終点まで行っていただろう。 しかし幸いにも柳より「今どこの辺りだ」というメールが入った為に、二度目の乗り過ごしは免れた。 柳にはこの先も頭が上がらない。
そして肝心の副部長である真田だが、 意外にも今日の試合には出さずにずっと正座していること、そしてこの後グラウンド100周しろと言い渡されただけで、他に説教は無かった。 練習試合に遅刻するなんて、それこそ殴られるだけでは済まないと覚悟していたのに。 よっぽど柳が上手く口添えしてくれたのか?と思ったが、そういう訳でも無いらしい。
「真田の奴、なーんか変だよな。現地集合を許したり、赤也への罰も軽く済んでるし。 悪いものでも食ったんじゃねえだろうな」 「そんな丸井先輩じゃあるまいし」 「んん?なんか言ったか?」 「丸井先輩!膝、押さないで下さいっ!」 「あ、悪ぃ」
試合も終わって暇になった丸井は、隅っこでじっと正座している切原の所にやって来て喋り掛けて来た。 座っているのも退屈で、お喋りした方が気が紛れる。 真田と柳は他の部員の試合にそれぞれアドバイスしたり忙しいので、何も言われないのが幸いだ。
それにしても、丸井の言うことはもっともだ。 真田にしては罰が軽過ぎる。 悪いものを食べたのが原因とは思わないが、考えを変えるような何かでもあったのだろうか。
「そういや、参謀に聞いたけど青学前で降りたんだって?全く、なんでそんな所まで寝てるんだ。 普通、起きないかねえ」 「いや。つい、油断して。 あ、でも一応、青学偵察とかもしたんで、全く無駄ってわけじゃないっすよ」 「偵察ねえ」
ふーん、と疑うように言う丸井に、 「本当ですって」と力を込めて返す。
「それで手塚さんにも手合わせお願いしたけど、断られて」 「当たり前だろい。今の時期に飛び込みでやって来た怪しい他校生の相手なんて、誰がするかよ」 「怪しいって……これでも俺、立海のルーキーっすよ!?」 「あ、そうそう。青学といや、一年のレギュラーはいたか?」
切原の言うことを無視して、丸井は勝手に話題を変える。 怪しい呼ばわりされてムッとしつつも、一年のレギュラーという単語が気になって「誰のことっすか?」と聞き返す。
「見てなかったのかよ。今年の青学はレギュラーに一年がいるんだぜ」 「へえ。見なかったけどなあ。どんな奴っすか?」
一年でレギュラーになる位だ。きっとガタイのいい選手だと想像していたら、 「ちっこくて可愛い感じ」と言われて驚く。
「は?丸井先輩、そいつの顔知っているんすか?」 「まあな。話したこともあるぜ」 「えっ。どこで?」
柳ならともかく、丸井がそんな情報を掴んでいるとは意外だった。 どういうことかと視線を向けると、 「聞きたいか?」と楽しそうに言われる。
「そりゃ、まあ。ここまで聞かされた気になるっす」 「素直だな。よし、特別に教えてやろう」
勿体付けながら、丸井は屈んで切原に耳打ちする。
「そいつ、幸村の知り合いでな。病室で偶然会ったんだ」 「は?幸村部長の知り合い?」 「声がでかい!」 バシッと後頭部を叩かれる。 「痛いじゃないっすか!」 切原は両手で痛む箇所を押さえた。
それにしても驚きだ。 青学の選手と、幸村が知り合いだったとは。 今までそんな話は聞いたことが無い。
「けど、まあ悪い奴では無さそうだぜ。 幸村もそいつが来ると嬉しそうにしてたしな」 「はあ……」
青学の一年レギュラー。 どんな奴だっけ、と切原はコートの中に居た部員達を必死で思い浮かべる。
が、大石と手塚かしか思い出せない。 覚えが無いということは、大した選手じゃないのかもしれない。
そう結論出そうとした所で、ふと思い出す。
「あっ、そういえば……」 「どうした?」 「いや、ちょっと」
顔を覗きこんでくる丸井に、切原は誤魔化すように笑った。
帰り際、ぶつかった時に会ったあの少年。 遅刻したわりに堂々としていた態度といい、 きっと彼こそがその一年レギュラーだ、と切原は思った。
チフネ

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