チフネの日記
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| 2010年05月17日(月) |
miracle 14 真田リョ |
今日は部活が終わったら、幸村の見舞いに行くつもりだった。 レギュラージャージを着ている所を見せて欲しいと、ずっと言われていたからだ。 来週は地区大会が始まる。見せるなら、今日位しかない。
しかし練習の途中で真田が現れたのは予想外だった。 わざわざ青学までやって来るとは、かなり律儀な性格をしているようだ。
だが、そういうのは嫌いじゃない。 真田のその律儀さに、リョーマは好感を抱いていた。
足の引っ張り合いや陰口しか叩けない連中よりも、よっぽど信頼出来る。 だから微力ながら、真田の為に何かしようという気になった。 話を聞くことしか出来ないが、それでも心のつかえが取れるならそうしてやりたい。 真田が落ち込みから回復するとなると、立海も良い方向へ進んで行くに違いない。 それは幸村にとっても、嬉しいことだとリョーマは考えていた。
退院した時に、大会で立海が敗退したらがっかりするだろう。 これは幸村と真田と両方に良いことのはずだ。
コートから見付からないようにそっと部室に移動して、 ロッカーから自分の携帯を持ち出す。 そして真田と連絡先を交換した。
「いつでも掛けて来てよ。たまに寝てて気付かないこともあるかもしれないけど、 その時は俺から掛け直すから」 「う、うむ」
照れ臭そうに頷く真田に、リョーマは笑顔を零した。 初対面では厳しそうな人と見ていたが、今では不器用でほっとけない人に変わっている。 なんとか他の人も協力的になるといいなあと思いつつ、 実は今日の部活が終わったら幸村の所に向かうことを告げた。
「これからどうする?さすがに俺はコートに戻らなきゃいけないんだけど、 終わったら幸村さんの所に行く約束しているんだ。 もしあんたが時間あるって言うのなら、ちょっと待っててもらって一緒に行く?」 「幸村の所にか?」 「うん」
頷くと、真田は少し複雑そうな表情になる。 そして「いや、遠慮しておく」と固い声を出した。
「幸村は多分、お前と会うことを心待ちにしている。邪魔するわけにはいかないからな」 「邪魔?そんなわけないと思うけど」 「いや。それと、出来れば俺と会ったことは言わないで欲しい。 お前に悩みを打ち明けていると知ったら、幸村にまた余計な心配を掛けることになるだろうからな。 頼む」 「いいけど」
真田の申し出に、リョーマは頷いた。 確かに他校の一年生に、話を聞いてもらっていると幸村が知ったらいい気はしないだろうなと、思う。 病人の自分には相談出来ないのか、と疎外されたように受け取るかもしれない。 もしくは他の部員に打ち明けることも出来ない真田の立場を心配するか。
「真田さんは本当に幸村さんのこと、心配してるんだね」 しみじみ言うと、「当たり前だ」とキッパリ言われる。 「大事な友人だからな」 「ふうん」 恥ずかしげも無く言う真田に、いいなあとすら思える。 リョーマにはそこまで大切と言える友人はいない。 少しだけ、幸村のことが羨ましくなった。
「わかった。幸村さんには何も言わないよ。 その代わりあんたは心の内に溜め込んだりしないこと。 言いたいことあったら、俺にぶつけること。 またあんな顔色して歩いていたら、怒るからね」 「あ、ああ」
リョーマの気迫に飲まれたのか、真田は大きく頷いた。 この様子なら黙って悩みを抱えることは無さそうだ。
「じゃ、俺コートに行くね」 「ああ。練習、頑張れ」 「あんたもね」
軽く手を振って、走り出す。 ちらっと振り向くと、真田はまだそこに立っていて見送っているのが見えた。
「遅かったな、越前」
コートに入ると同時に、手塚に声を掛けられる。 たしかに真田と話したことでいつもより戻るのは遅かった。 まずかったな、と頬が引き攣る。 サボっていたのがばれたら、再びグラウンドを走らされる。 それだけは避けたい。
「あー、ちょっと調子悪くて」 頭を掻いて誤魔化そうとしたが、手塚は不審な目を向けてくる。 リョーマが身構えるのと同時に、 「調子悪いなら仕方無いよね」と不二が間に入って来る。
「そういう時だってあるよ。ね、手塚?」 「……そう、か」
これは助けてくれたことになるのだろうか。 しかし一体何の為に、とリョーマが顔を上げると、 「そうそう。さっき立海の真田が来ていたんだよー」と不二が声を上げる。
「大会前に偵察するなんて熱心だと思わない? しかも真田っていつもは偵察なんか来ないのに、わざわざ見に来るなんてね。 越前はどう思う?」 「え、えーっと……」
まさか真田と一緒にいる所を見られたのだろうか。 不二の見透かすような視線に、リョーマの背中に汗が流れる。 手塚にばれるよりも最悪な相手かもしれない。 どうしよう、と悩んでいると、「もう、いい」と手塚が話を遮った。
「越前はコートに入れ。来週は地区大会だ。 今日の遅れをさっさと取り戻して来い」 「ういーっす」
助かった、とばかりリョーマは走ってコートに入る。
どうも不二のことは苦手だ。 こちらの行動をわかっているような言動も不気味に感じる。 面白がっているだけなら止めて欲しい、とリョーマはしばらく後ろを振り返ることが出来ずにいた。
「あーあ。なんで手塚はそうやって僕の邪魔をするのかなあ」 「何の話だ」 「ちょっとね。真田がここに来たのは偵察だけの為かどうか、確認したくてね」 「話がさっぱり見えないぞ」 「もう少し頭を働かせたら?まあ、いいよ。僕だって確信を持っているわけじゃないんだから」 「だから、何の話だ……」
リョーマの後姿を楽しそうに眺める不二に、手塚は首を傾げる。 2年の間、チームメイトとして顔を合わせて来たが不二の考えることはいつもわからない、と。
地区大会前ということで、練習にもそれぞれ力が入る。 かなり疲労したが幸村のとの約束を破るわけにもいかず、 リョーマはさっさと片付けを終えて神奈川の病院へ向かった。
見舞いと言っても、いつも手ぶらだ。 一番最初の顔合わせの時は、母親が持たせてくれたお菓子を渡したが、 次回からは何もいらないからね、と念を押された。 そう言われても悪い気がしたが、 「お返しするのに悩むことになるから。俺の為と思って」と幸村に説得されて、手ぶらを実行している。
今日も自分の荷物以外何も持たずに、病室をノックする。
「どうぞ」
幸村の声に、リョーマは中へと入った。 希望通りのレギュラージャージでの訪問だ。 幸村は一瞬目を丸くした後、上から下までリョーマをじろじろと眺める。 不躾な視線に居心地悪く感じて身を引くと、「ああ、ごめん。じっと見ちゃって」と謝罪される。
「悔しいけど青学のレギュラージャージが似合うなあ、と思って」 「悔しい?何すか、それ」 意味わからない、とリョーマは首を傾げつつ、ベッドの端に腰掛けている幸村の隣に同じ姿勢で座る。
「俺としては越前君に立海に入って欲しかったんだ。 けどそこまで青学のジャージがそんなに似合うんじゃ仕方無いね。もう諦めろってことかな……」 「まだ諦めていなかったことが驚きっす」
呆れるように言うリョーマに、幸村は意味深に笑みを浮かべる。 否定しないということは、本気だったらしい。
確かに立海に通えば、ここの病院も近いから平日でも寄ることが可能だ。 多分、幸村はそう願っているのだろう。 けど住むところが決まっているから、仕方無い。 いくら立海が強豪校とはいえ長過ぎる通学時間は苦痛なだけだ。
「でも、もういいかな。その姿を見て吹っ切れた。 それに……うちに入部したらやっぱり複雑だったかもしれない」 「複雑って?」
その問いには答えず、幸村は「そうだ。今日は母さん達が来てね」と立ち上がる。 「越前君が夕方に来るって言ったら、お菓子を用意してくれたんだ。 勿論、食べていってくれるよね」 「いいんすか」 「構わないさ。ここまで君に来てもらって、おもてなししない方が逆に失礼だ」 「そんなことこそ、気にしなくていいのに」
もてなしなんか期待しているわけじゃないと、リョーマは言ったが、 幸村は曖昧に笑うだけで冷蔵庫から菓子の入っている箱を取り出す。
中に入っていたのは様々な果物のゼリーで、美しい色合いに思わず「美味しそう」と呟く。 「好きなの選んでいいよ」 「幸村さんは?食べないんすか?」 「うん。俺はさっき一つ頂いたから」 「そうっすか。じゃあ葡萄もらうっす」 「どうぞ」
プラスチックのスプーンで、葡萄のゼリーを口へ運んで行く。 自分が来るから、わざわざ幸村の家族は買いに行ってくれたのかと思うと少し申し訳なくなる。
一度だけ、リョーマは幸村の家族と病院で顔を合わせたことがある。 日本に来てから、初めてここに訪れた時のことだ。 病気で入院した幸村のことを父親も母親も妹も、随分心配しているとすぐにわかった。
―――そんな彼らに幸村が気を使わせないように、いつも笑顔を絶やさないことも同時に気付いた。
「美味しい?」
黙々と食べるリョーマに、幸村が味の感想を尋ねる。
「美味いっす。幸村さんは何味食べたんすか?」 「俺はさくらんぼのゼリーにしたよ。あれも美味しかったな」 「へえ」 「でも葡萄も美味しそうだね」
じっと見詰めて来る幸村に、リョーマはスプーンで一口掬って「はい」と口元へと運ぶ。
「え?」 「食べたんでしょ?どうぞ」 「……いいの?」
スプーンをじっと見詰める幸村に、「早くしてよ」とリョーマは笑った。 元々幸村の家族が買って来たゼリーだ。 食べたいのなら、そう言えばいいのに遠慮しているのか。
ほら、ともう少し距離を縮めると「じゃあ、頂きます」と幸村はスプーンに被り付いた。
「うん、美味しい」 幸せそうに笑う幸村に「そうっすね」と同意してリョーマは再びスプーンで残りのゼリーを片付ける。
その手元をじっと見られていることに気付き、「もう一口欲しいんすか?」と聞く。
「いや、そうじゃなくって……。躊躇わずに使うんだなと思って」 「何がっすか?」 「スプーン。さっき俺が口をつけたのに、いいの?」 「え、それなら俺も使っていたけど。幸村さんだって気にせず食べたじゃん」 「……」
苦笑している幸村に、何か変だったろうかと考える。 病院では同じスプーンの使い回しの禁止されている規則があるとか。 それだったら先に言ってくれればいいのに、とちらっと幸村を見ると、 「わかっていないなあ」と何かぶつぶつ呟いている。 一体、なんなんだとリョーマは首を傾げた。
時々、こんな風に彼の言っていることがよくわからない時がある。 聞いても教えてくれないから、まあ、いいやと片付けることが多い。 今回もそんなものだろう。
ゼリーを食べ終えて空のカップをテーブルに置くと、 「そういえば、来週から地区大会だね」と幸村に言われる。
「そうっすね。やっと公式の試合なんで楽しみっす」 「うん。それもわかるけど、やっぱり来週はこっちには来られないよね?」
寂しそうに言いながら、幸村は手を取ってきた。 そっと両手で包み込まれるが、いつものことなので気にしない。
最初に見舞いに来た時、リョーマがそろそろ遅くなったからと帰ろうとしたら、手を引っ張って引き止められた。 ごめん、と謝罪する幸村に、「じゃあ、もうちょっとだけいるっす」と逆にその手を握り返したら、 ものすごく驚いた顔をしていた。 それから何度も手を触れてくるようになって来て、今では当たり前のこととして捉えるようになっている。
「さすがに大会だから、何時になるかわからないから約束は出来ないよ」
やんわりと断ると、幸村の表情が曇るのがわかった。 この前もランキング戦で一週間以上顔を出さないことがあった。 そうやって足が遠退いて行くのを危惧しているのだろう。
(仕方無いなあ)
溜息をついて、リョーマは「その次の日ならいいよ」と答えた。
「本当に?」 「うん。大会の次の日は休みに予定だって言ってたから、平日でもこっち寄れると思う」 「そっか。じゃあ、楽しみに待っているよ」
嬉しそうにしている幸村に、見舞い客は何も自分だけじゃないだろうにとリョーマは思った。 きっと立海大付属も同じように大会は始まっているはず。 その結果の報告に、真田と始めとした部員達が集まるに違いない。
ふと浮かんだ考えに、「でも、立海の人とかいっぱい来て忙しいんじゃないんすか?」と口に出してみる。
すると幸村はそれまで浮かべていた笑みを消して、 「どうせ当日に来るから、君は心配しないで」と目を伏せて言った。 「結果なら、すぐに知らせてくれる。だからその翌日は時間が空いてる。 絶対に来て。お願い」 「わかった、わかった」
念押しされて、リョーマは何度も頷いた。 途端に幸村は安堵の表情を浮かべる。
家族には絶対こんな風にしないくせに、妙に自分にはべったりと甘えてくる。
きっと家族にも立海の部員達にも心配掛けないように、いつも気を張っているに違いない。 病気だからといって、落ち込むことすら出来ないとしたら、 それは辛いことだ。
甘えられる相手が自分だけだとしたら、好きにさせようとリョーマは考えている。
そういう点では、真田と幸村は似ているのかもしれない。 他者に心の内を見せないように一人で抱えている所が特に。
(二人共、俺には出来る範囲でしか励ますことが出来ないけれど……)
微力とはいえ力になれたらいいな、と思う。
まだ手を放そうとしない幸村に、リョーマはしばらくこうしていようと決める。
「今日はもうちょっと遅くまでいるよ。来週の分まで」
目を丸くした幸村に、リョーマは知らず微笑んだ。
チフネ

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