チフネの日記
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| 2010年05月16日(日) |
miracle 13 真田リョ |
コートとは反対の方角へと進むリョーマに、 真田は段々とこのまま付いていっていいのかと思い始めた。
「なあ、越前。いいのか?」 「いいって、何が?」 不思議そうな顔をして、リョーマが振り向く。 何の罪悪感も無さそうな所を見ると、この状況がわかっていないのかとこちらが驚かされる。 「今は部活中ではないのか。コートでは部員達が練習しているのを見たぞ」 「そうだね。で?」 「……そちらに戻らなくてもいいのかと言っているんだ。 罰で走らされたと言っていたな?サボったらまた怒られるんじゃないのか」
何故こんなことを説明しているんだろうと、真田は思った。 リョーマがあまりにも考え無しだから、忠告したくなったのかもしれない。
だが「平気、平気」と流される。
「今、皆コートにいるんでしょ。だからバレないって」 「……」 「喉の乾きを潤す方が、俺にとってはそっちが重要。 ついでにあんたの話も聞けるでしょ。有効な時間の使い方だと思うけど」
滅茶苦茶な言い分に、言葉を失う。
(うちに入部していたら、グラウンド100周に部室の掃除当番と後片付け一ヶ月では済まされないぞ)
最もこんな非常識な振る舞いをする一年生はいない。 入部前にいきなり挑んで来た赤也でさえも、叱られればしゅんとして大人しくする位だ。
ひょっとして手塚はナメられているのでは、ないか。 しばし考える。
「ねえ。俺はファンタ飲むけど、あんたは?どうすんの」
リョーマの声に真田は顔を上げた。 いつの間にか自販機の前まで来ていた。
「いや、俺はいらない」 「あ、そう」
真田に背を向けてリョーマはポケットから小銭を出して、自販機へ投入する。 チャリンと下へ落ちる音がした。 そしてリョーマは迷うことなく炭酸飲料のボタンを押す。 またも真田は驚愕させられた。
(走った後にそれを選択するか?普通はスポーツドリンクではないのか?)
呆然とする真田に、リョーマは「座ろう」と側に設置されてるベンチへ向かう。 リョーマが座ったのを見て、真田も隣に腰を下ろした。
「それで、俺になんの話があるんだって?」
炭酸を手にして、ご機嫌な様子で話し掛けて来る。 スポーツドリンクにしなくていいのかと気になって仕方無い真田は、 一瞬返事が遅れる。 軽く咳払いをして、背筋を伸ばした。
「実はこの間の礼を言いに来た」 「礼?俺、なんかしたっけ?」
首を傾げるリョーマに、真田は肩を落とす。 自分はあの言葉に救われたのに、言った本人は全く覚えていないとは。
「幸村の所に相談に行け、と言ったことだ。もう忘れたのか?」 「ああ。あのこと。どうだった?上手くいったんだよね?」
ちゃんと覚えていたようだ。 真田は気を良くして答える。
「ああ。幸村が手を回してくれたおかげで、問題も片付きそうだ」 「へえ、良かったね」
裏表無く言うリョーマに、心がほっとさせられる。 喜んでいるように見えるのは、決して錯覚では無いだろう。
「ああ。だから、お前に礼を言いに来た。 お前の言葉が無かったら、ずっと俺は悩んだまま何も出来ずに更に事態を悪化させただろう。 感謝している」
じっと真田の言葉に耳を傾けていたリョーマは、 「そんな大袈裟なこと言ったわけじゃない」と呟く。
「真田さんがの顔色がすごく悪かったから気になって、だからなんとかするべきだって考えてた。 今は落ち着いているみたいで、良かった。 問題が片付いたって本当なんだね」 「ああ」 「これから何か起こったら、ちゃんと幸村さんに相談した方がいいよ。 一人で抱え込むと、また同じことになると思う」
リョーマの忠告は最もなことだ。 だが、真田は首を横に振った。
「いや、幸村には十分迷惑を掛けた。本来なら治療に専念して貰わねばならない身だというのに……。 次からは必ず自らの手で解決してみせる」 「けど、無理だったら?誰か他に相談出来る相手はいるんすか?」
問われて、真田は考える。
柳は今、練習メニューを組んだり一年生の指導や、地区大会で当たる他校のデータ収集等で手一杯で、とても相談出来る状況ではない。 仁王とは会話出来るようになったがそれだけ。丸井は最初からこちらに近付こうとしない。 柳生とジャッカルはそれぞれのパートナーのフォローをしている。 後輩の赤也に相談するわけにもいかない。
つまり、誰にも話すことは出来ないということだ。
「いないな。しかし、自分でなんとかしてみせる」
真田の問いに、リョーマは「だから、無理だって」と言った。
「あんたさ、そんなんでこの先大丈夫なんすか?」 黒い瞳が、じっと真田を見詰める。 「大丈夫、とは」 「この間だって、悩んですごく顔色悪くなっていたじゃん。 そうなる前に幸村さんに相談すれば良かったのに。 一人で抱え込んでばっかりで。損ばかりしているんじゃないの?」 「損とは?幸村に後のことを頼むと任された。 その責任を取ろうとしているだけだ」
声を上げると、リョーマは「それはわかるけど」、と肩を竦める。
「真田さん、真面目過ぎるんだよ。なんでも自分だけで片をつけようとしてさ」 「悪いか」 つっけんどんに答えたが、リョーマは気を悪くした風でもなく首を横に振った。 「ううん。悪くは無いっすよ。 むしろ真田さんみたいな人だけは信頼出来るって思えるし」 「何?」 「偉そうにしているだけで何もしない奴とか、口だけとか。 俺はそんな人より真田さんを支持するけど」 「……」
面と向かって言われて、珍しく真田は動揺した。
チームメイトに煙たがられたり、もっと上手く立ち回れと呆れられたりしている中、 リョーマの言葉が胸に響く。 こんな馬鹿正直で融通利かない性格をいいと言ってくれたのは、 家族を除けば他にいただろうか。
「だから、正直腹が立つっすよ。 あんたがそんなに一生懸命やってるのに、なんで周りは手伝ってくれないの。 ストレスばっかり溜まって、損してるじゃん」 「いや、手伝ってくれないというわけでもない。 俺が好きで一人でやろうとしているだけだ」
柳は表立って手を貸さないだけで、フォローは十分してくれている。 ジャッカルや柳生もパートナーの近くにいて、なるべく揉め事を起こさないように注意してくれているのが見てわかる。
「それでも、逃げ場が無いんでしょ。 なのに言いたいことも言えない。そんなの俺だったら耐えられない」
何故かリョーマの方が怒っているようだ。 不思議な思いで真田はじっと幼いその顔を見詰めていると、 「あ、そうだ」と勢い良くファンタの缶をベンチへ置く。 ほとんど中身は飲んでいたらしく軽い音が響いた。
「良かったら俺が話し相手になろうか?」 「は?」
リョーマの突拍子も無い提案に、真田はぽかんと口を開けた。
その反応を見てリョーマは「あ、迷惑ならいいんだけど」と軽く手を振った。
「話を聞くだけで解決してあげることは出来ないからね。 でもそれであんたの気が楽になるならと思ったけど、必要無いか」 「一つ聞きたいことがある」 「何?」 「どうしてそこまで俺のことを気に掛ける。 言っておくけど、俺から立海大の情報を聞き出そうとしても無駄だぞ。 例え対策を練ったところで、負けるようなチームではないからな」
きっぱりと言い切った真田に、 「情報?そんなの聞いてどうするんすか」とリョーマは眉を顰めた。
「では何故気に掛ける。理由が無いだろうが」 「理由?だってあんた、幸村さんの友達でしょ。 これも縁ってわけじゃないけどさ、色々余計なこと言って関わった所もあるし、 あんたが元気なくしていると、幸村さんも気にするでしょ。だから、かな」 「そう、か」
幸村の名前を持ち出されると、さすがに強く言い返すことは躊躇われる。 内情を知ろうという下心は無いということも、リョーマの表情を見て理解した。
「それに俺にだったら、気軽に愚痴も言えるんじゃないの?」 「なっ、俺は愚痴など」 「色々落ち込んだ姿も見たんだから、今更っすよ」 「……」
そんなに顔に出していたのかと、真田は肩を落とした。 本当に、この少年の前ではらしくない自分を晒してばかりいる気がする。 真田の様子を気にすることなく、リョーマは話を続ける。
「無理にとは言わないけどさ、あんたは誰にも頼ることが出来ないんでしょ。 この前みたいに倒れる一歩手前の顔になる前に、 俺に話してみたら?案外すっきりするかもよ。 勿論聞いたことは誰にも言わない。幸村さんにもね。そこは保障する」 「そんなのお前に、何かメリットがあることなのか?」
よく知らない他人に、どうして簡単に手を差し伸べるのか、わからない。 真田の言葉に、「メリット?」とリョーマは首を傾げる。
「そんなものは無いけど。 あるとしたら、あんたが元気にやってるかわかる位だね」 「それはメリットとは言わないだろ……」 「そうだけど。あの酷い顔色見ていたら、普通どうしたかって気になるよ。 それが解消されるのは、いいことだよね」
真顔で言われて、真田は自分の考えが変なのだろうかと悩んでしまう。 リョーマにとって、自分はほとんど他人だ。 それをここまで気に掛けるとは……。 だからこそ幸村はこの少年を気に入っているのだろうか。 病室でリョーマに向けていた優しい笑顔を思い出し、そんなことを思った。
「でも、さっきも言ったけど真田さんが必要無いっていうのなら、 俺からはもう何も言わないっすよ」
どうする?とリョーマは目で問い掛けて来る。
こんな年下の、しかも青学の選手に悩みを打ち明けるなんて、絶対どうかしている。
けれど、他に話し相手がいないのも事実だ。 この前もリョーマに喋ったことで、救われた。 幸村も信頼している相手だ。 この申し出も企みなど無く、話を聞けるだけならとそんな純粋な気持ちから出たものだろう。
「頼む」
真田はリョーマの目を見て、しっかりと答えた。
「お前が迷惑でなければ、だが」 「全然。でも聞くだけで、解決とかは出来ないっすよ」 「それでも、構わない」
頷いた真田に、「じゃ、決まりだね」とリョーマは笑顔を向けた。
何故だろう。 こんな年下の少年を見て、安心するのは。
いざとなったら、話を聞いてくれる相手がいる。 それだけで、こんなにも気持ちが安定するのかと驚かされる。
この時の真田は話し相手が出来たことが嬉しい気持ち、それしか頭に無かった。 幸村不在の部内を引っ張っていかねばらないという緊張感から、 自分では気付かない間に随分疲れていたのかもしれない。
ついリョーマの申し出を受け入れ、そしてこれを機に親しくなって行く。
その事が今後にどう影響するかなんて、考えてもみなかった。
自分と同じように友人がリョーマの存在を大切に思い、友情以上の気持ちを望んでいることを知るのはもう少し先のこと。
そして友人の深い思いに巻き込まれることになるなんて、予想出来るはずもなく。
今は笑顔のリョーマを前にして、真田も笑顔を返すだけだった。
チフネ

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