チフネの日記
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| 2010年05月13日(木) |
miracle 10 真田リョ |
ここ最近の仁王は部活が終わったら、すぐに家へ直行している。 正確には荷物を置いて、隣家へお邪魔してずっと幼馴染の部屋で寛いでいるのだが。
「部活には行っているみたいだけど、皆と寄り道したりはしないの? 付き合いが悪いと、その内呆れられちゃうよ」 「そんなもん、あいつ等も気にはしとらん。 それとも舞子は俺がここに居ると迷惑か?」 「今更。もう何年も一緒に過ごして来たのに」
そう、今更だ。 絵を描くことが好きな幼馴染の傍らで、仁王は好きに過ごしていた。 本を読んだり、ダーツを持ち込んで遊んだり、眠ったり。 そこは家族と過ごすのと同じ位、居心地の良い場所だった。
けれどそんな時間も後僅かしか残されていない。 舞子が引っ越した後、自分はどうしているんだろうと仁王は考える。 少し寂しいと思っても受け入れて別の場所を探すのか、違和感を引き摺ったまま孤独に耐えるのか。 先のことが想像出来ない。 だって自分はいつまでも続く生温い日々を送ると信じていたから。
それが失われた時どうなるか、なんて考えもしなかった。
土曜日。 一日の練習が終ってから、仁王は丸井に声を掛けられた。
「仁王ー!今日こそ寄り道して行くよなっ。 土曜練習だけどいつもより終わるの早いし、ケーキバイキングに行こうぜ。なあなあ」 「あ、悪い。パス」 「またかよ!」
むくれる丸井を前に、仁王は「すまんの」と片手を上げた。
「本当に用事があるんじゃ。悪いが、他を当たってくれ」
真剣な表情で言った所為か、丸井はあっさりと引いてくれた。
「ちぇっ。しょうがんねえ。ジャッカル、行こうぜ」 「待て。俺は誘われていないぞ?」 「俺が行くって言ったら、決定事項だろぃ」 「いつからそんな話になった……」
納得いかないジャッカルを引き摺って、丸井は去って行く。 その後ろ姿を確認して、仁王は目的地へと歩き出した。 もしどこへ行くか知ったら、一緒に行くと言い出すかもしれない。 それは避けたい。呼び出した本人も、他の者を連れて来ることは望んでいないだろう。
(折角の土曜なのに……) 小さく舌打ちをする。 そのメールが送られて来たのは今朝だった。
『話がある。練習が終わったら、すぐにこっちに来てほしい』
一瞬無視しようかと思ったが、結局行くことを決めた。 ……幸村からの呼び出しは、断ると後が怖い。 他から根回しされて結局行くことになるなら、早い方がいいだろう。
結局メールの通りに、仁王は病院へ直行した。
「幸村ー。俺だ」 おざなりにノックして病室のドアを開ける。 しかし中には誰もおらず、室内は静まり返っている。 どういうことだと周囲を見回すと、「中庭にいます」とメモがテーブルに残されていた。
「中庭?」
ナースステーションで場所を聞くと、丁寧に教えてくれた。 エレベーターから下に降りて、一階の中央廊下を突っ切る。 すぐに中庭は見付かった。
普段は幸村の病室しか寄らないから知らなかったが、 この中にこんな開けた場所があったようだ。 花壇には色とりどりの花が咲き、中央には小さな噴水もある。 患者達も気晴らしに訪れているらしく、パジャマ姿の人が何人かいる。 仁王はその中に幸村の姿を見付けた。
「幸村」
声を掛けると「やあ、仁王」と幸村は振り向いた。
「こんな所にいるとは珍しいな。探したぜよ」 「それはすまないね。ちょっと外の空気が吸いたくなったんだ。 もし不在の時に来たらと思ってメモを残しておいたんだけど」 「ああ、それを見てここに来た」
幸村の言う通り、一日中病室にいると暇になって外に行きたくなるのだろう。 見舞いに来る時は大概病室に居たが、時々こうしてここで気晴らしをしてるのかもしれない。
「あそこが空いてる。座ろうか」 「ああ」
空いているベンチに、二人は腰掛ける。 同時に仁王は口を開いた。
「のう、幸村。メールに書いてあった話ってなんじゃ」 「随分せっかちだね。この後、急ぎの用事でもあるのかな?」 幸村に顔を覗き込まれ、仁王は目を逸らした。
以前は彼を苦手だと思ったことはない。 むしろ自由にさせてくれる良い部長と評価していた。 しかし入院してからの幸村は以前とどこか違う。 時々それが顔を覗かせる。 どこが、と言われても上手くは答えられないのだが……。
他の誰かに言っても、きっとわかってもらえない。 しかし仁王は本能のようなものでそれを感じていた。 最も、テニスをすることを禁じられて、ずっと入院することになったのだから、 心境に変化があってもおかしくない。
でもその変化があまり良くない方向だとも、気付いている。
「まあ、いいよ。 俺もだらだら話したくないから、手短に言うから」 黙ったままの仁王に、幸村は真顔で口を開いた。
「真田と歩み寄ってくれないか」 「……」 「謝罪しろとは言わない。けど、表面でも仲直りしてくれないか。 今のままだと部内の空気は悪くなるだけだ。 ここは仁王が折れるべきなんじゃないかな」
予想通りの言葉に、仁王は頭を掻いた。 こちらにメールを出す前に、柳から一連の事情を聞き出しているのだろう。 殴ったのは真田だが、サボっていた自分の方が分が悪い。
渋々、仁王は頷いた。 あれから真田とは一度も口を利いていないが、 そろそろ止めてもいい頃合だ。真田が参っているのは、見てわかる。 幸村の言う通りにしようと、決めた。
「しかし珍しいの。幸村がわざわざ首を突っ込むとは」
基本、彼は放任主義で部員同士のいざこざには口を出さない。 誰かがケンカしていても自分達で解決しろと中立を貫く。 なのに真田に歩み寄れ、とは彼らしくない言葉だ。
その問いに幸村は、 「真田に泣きつかれたからね。しょうがないよ」と首を竦めて答える。
「真田が?お前さんに直接頼んだのか」 幸村が頷いたのを見ても、信じ難い話だった。
真田は決して弱音を吐かず、何でも一人で解決しようとするタイプだ。 どんなに窮地に追い込まれても、自分でなんとかすると差し伸べた手を振り払うと思っていた。
「俺も信じられなかったけどね」
仁王の表情を見て、何を考えたかわかったのだろう。 幸村も同調するように頷いた。
「けど、事実だ。 何があいつの考えを変えたか知らない。 でも真田は俺に相談を持ち掛けてきた。 この事態をどうにか出来ないかと。 さすがに直接頼まれたら、知らん顔するわけにもいかないからね。 これでもまだ部長だから」
その言葉の裏には直接頼まれなかったら、無視を決め込んでいたという真意が含まれている気がした。 やはり幸村は、部内がどうなろうが基本は放置を貫くつもりだったらしい。
放置されることは、仁王にとって都合もいい。 けれど、今の言い方はいつも以上に冷たく感じた。
テニス部なんて、どうでもいい。 そう聞こえたのは、考え過ぎだろうか。
「とにかく俺はこれで話を終わりにしたい。 だから丸井には仁王から話をしてくれないか」 「なんで俺が」 「丸井がイラつく原因を作ったからだよ」 「……」
そう言われると、仁王も黙るしかない。 サボった所為で真田が怒って鉄拳制裁をして、 それを見た丸井が反発を強めたのだから。 原因となった自分がどうにかする他無いようだ。
「わかった……」 「そう、じゃあもう帰っていいよ。急ぐんだろ?」
清々しい顔をして、幸村はパジャマの胸ポケットから携帯を取り出す。 そして文字を打ち始める。
なんだか嬉しそうにしている幸村の顔に、ついつい仁王はその場に留まった。
裏のあるような笑顔はよく見るが、 こんな楽しそうな表情はほとんどしない。 一体、誰宛にメールを打っているのか好奇心で、つい尋ねてみる。
「妹に、メールしちょるんか」 「違うよ」 「じゃあ、彼女か。いつの間に作ったんじゃ」 「違うよ」 「わかった。片思いの相手じゃな」 「仁王……。静かにしてくれない?」
うっすらの開いた目の奥に怒りが見えて、仁王は慌てて口を閉じた。
(あれ? もしかして図星だったかもしれんの)
それまでは機械的に否定していたが、最後の言葉には反応した。 当てずっぽうで言ったが、案外正解だったとか。
(幸村が片思い……。想像つかんがの)
もしそんな相手がいても、幸村ならすぐに相手陥落しそうだ。 片思いなんてまどろっこしいこと、彼には似合わない。
だったらやっぱり間違いだったか、と仁王は首を捻り、そして立ち上がった。
「それじゃ、また来るからの」 「ああ」
携帯に目を落としたまま、幸村は顔を上げようともしない。 そっとしておこう、と仁王は病院を後にした。
同時刻。
ランキング戦初日を終えたリョーマは、部室で着替えをしていた。
「リョーマ君すごいよ。海堂先輩に勝っちゃうなんて!」 「俺は最初からこうなるってわかっていたけどな」 「それ、海堂先輩に言える?」 「う……」
レギュラーに勝ったことで、他の一年生達は興奮した様子で試合のことを話している。 騒ぎ過ぎなんだよ、とリョーマは黙々と帰る準備をする。
たしかに海堂は強かった。 青学にも楽しめそうな選手がいて、リョーマは内心それはそれは喜んだ。 しかし負ける気はまるで無かった。
(俺に勝つには、まだまだだね)
明日もこの調子で行こう、と意気込む。 もう一人レギュラーの対戦があるから、楽しみだ。 どんなテニスをするのだろう。考えただけでわくわくする。
帰ったら幸村に今日の試合勝ったとメールしなくちゃな、とリョーマが思ったその時。 バッグの中に入れていた携帯が振動を始める。
「お先に」 「あっ、リョーマ君!?」
まだ話し足りなさそうな同級生達を振り切って、リョーマは外へと出た。 そして携帯を開く。
「やっぱり…」
メールの相手は幸村だった。 結果はこっちから知らせると言っておいたのに、もうメールを寄越して来た。 今日の試合はどうだった、という質問が長々と書かれている。
(本当にせっかちな人)
もう少ししたらこちらからメールするのに、待ち切れないのだろうか。
そこで、ふと気付く。
一日中、病院の中にいると変化はほとんど無い。 同じ時間でも幸村の方が長いように感じるのだろう。 だからこそ、連絡を待ち切れずにメールを送ってくるのだと。
(すぐに返信しよ……)
歩きながら、リョーマはたどたどしい手つきでメールを打ち始める。
きっと朝から気にしていただろう彼の為に、 出来るだけ長くどんな試合だったかわかるようにと一生懸命考えて、メールを作成した。
チフネ

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