チフネの日記
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2010年05月12日(水) miracle 9 真田リョ

それでもやっぱり、幸村を前にすると決意が鈍った。
入院している彼に、相談をしていいものだろうか。

しかしここまで来たのだからと、真田は自分を奮い立たせた。
先程、リョーマに励まされたばかりだ。
ここで何も言わず帰ったら、次に会った時にまた心配させるかもしれない。

(おかしな奴だ……)

リョーマとは数回顔を合わせただけ。
しかも幸村と共通の友人という接点以外、何も無い。
なのに彼は自分を心配していると言う。

たしかに余計なことを言ったのは事実だ。
しかしそんなに気に病むことでもない。元より真田は幸村に何かを打ち明けるつもりは無かった。
だからリョーマに一切の非は無いはずだ。
何を言われようが、気にしていないのだから。

それなのに。

「だから俺の勝手だって。なんか気が済まないから、言ってるだけ」

勝手に心配していると、リョーマは胸を張って答えた。
本当に変わっている奴だ。
ついこの間まで小学生だったのに、物怖じせずにハッキリと自分の意見をぶつけて来るなんて。
単純馬鹿なのか、とも考えるが心配しているという言葉に嘘は無さそうだった。

年下の子供にいつまでも心配されているようではいけないと、真田は改めて背筋を伸ばす。
するとベッドで半身起こしている幸村が、不思議そうに見詰めて来た。

「どうしたんだい、真田。そんなに改まって」
「いや、実は……今日は話が合って来た」
「へえ。話って?可愛い女子に告白されて、付き合うかどうか悩んでいるとかそういう面白い話?」
「ち、違うぞ!断じてそんな類のものではない!」
「わかってるよ。それよりもう少し声を小さくしてもらえないかな。ここ、病院なんだけど」
「すまない……」

謝罪してから、真田は気を取り直すように咳払いする。
今のは幸村なりにリラックスさせようとしてくれたのかもしれない。
ならば後は覚悟を決めて、打ち明けるだけではないだろうか。


「幸村。実は、相談したいことがある」
「俺に?」
少し首を傾げて尋ねる。
あくまでも幸村は知らない振りをすると決めているようだ。
相談してくれるまでは、何も言うまいと耐えているとしたら、
それまで余計な負担を彼に掛けたことになる。

やはり正直に何もかも話すべきだと、真田は口を開いた。

「実は、部のことなんだが」
「え?何?上手くいっているんじゃないの。この間もそう言っていたよね」

何気ない言葉が、胸を刺す。
たしかに幸村にはそう伝えていた。部の方には問題など、無いと。
しかしそれは余計な気苦労を掛けまいと言った嘘だった。
嘘をついていたことを認めるのは、辛い。
だがこのままでは何も解決しないとわかっている。

真田は「実はあれは嘘だった」と真実を話した。
「お前に心配掛けまいと、あんなことを言ってしまった。
本当は部の方は皆の気持ちはばらばらで、とても纏まっているとはいえない。
すまない、幸村。
俺がいながら、こんな事態を招いてしまった」
「……」
「どうするべきか。知恵を貸して欲しい。
頼む」

真田の話を黙って聞いていた幸村は、沈黙の後に、大きく溜息をついた。

「そうか。嘘だったんだ」
「ああ……」
「わかった。それで、今何がどうなっているの?」
「それが、その」
「まずレギュラーの方から聞こうか。
柳とジャッカルと柳生は問題起こすと思えないから除外して、
仁王とは?今の関係は良好?」

さすがに幸村は鋭い。
誰と気まずくなっているか、聞かなくてもわかっているようだ。


そうして真田は全てを話した。
仁王のことを殴ってしまったこと。
その件で、丸井に嫌われていること。
他の三年生を初めとした部員から不満が上がっている。
一年生達は怖がって近付くこともしない。
部内はばらばらになっていると、告げた。



「ふーん。俺がいない間に、随分と雰囲気が変わったようだね」
呆れたように言う幸村に、真田はもう一度謝罪をした。
「俺の力が足りないばっかりに、こんなことになってしまった。
申し訳無い」
「いや。真田の所為だけじゃない。
皆、随分と好き勝手にやってくれてるようだね。
まあ、いい。俺の方から少し手を回してみることにするよ」
「本当か!?」

幸村の申し出は、願っても無いことだ。
もう一人ではどうにもならなくなっている。
幸村が力を貸してくれるというのなら、きっと上手く行くだろう。

「ああ。真田の頼みだからね。
まさか君が弱音を吐くとは思わなかったよ。
これは予想外だった」
幸村はそう言って、こちらをじっと見詰めて来る。
「よっぽど堪えたのか、それとも誰かに何か言われた?」

一瞬、リョーマの顔が浮かんだ。
切っ掛けを作ってくれたのは、彼だ。
強引な意見を押し付けられなかったら、今も一人で悩んでいたかもしれない。

だが、幸村に話すのは何故か躊躇われた。
リョーマのことをとても親しい友人だと思っているようなので、
そんな彼に知らない所で会ってアドバイスされたと聞いたら、気分を害する可能性だってある。

「いや。俺が根を上げただけだ」
「そう。真田がそう言うのなら、よっぽどのことだね」
幸村は頷いた。

「わかった。少し時間を貰えるかな。
他の部員に連絡して、協力してもらえるよう俺から頼んでおくから」
「すまない、幸村。入院してまでお前の手を煩わせることになってしまった」
「悪いと思っているのなら、ちゃんとしなよ。
仁王達のことはともかく、一年生達に対してはやりようがあるはずだ。
そっちは自分で考えてもらいたいね」
「……わかった」

厳しい言葉も試練として、受け止める。
真摯に頷く真田に、「なんだか疲れちゃったな」と幸村は肩に手を置く。

「今日はもうこの辺でいい?また今度、どうなったか連絡するから」
「ああ、待っている」

感謝しつつ真田は立ち上がった。
幸村は病人だ。長居して疲れさせてはいけない。
そういえばさっきまでリョーマや丸井達も来ていたというから、そろそろ限界かもしれない。
退散しておくべきだろう、とドアへと向かう。

「幸村。今日は話が出来て本当に良かった。ありがとう」
「まだ何も解決していないのだから、お礼は早いよ。
明日の練習も、頑張って」
「ああ」

一礼して、真田は外へと出た。

やはり幸村に相談して良かった。
もし立ち止まったままでいたら、更に悪い方へ向かっていたかもしれない。
そう思うと、後押ししてくれたリョーマにも感謝の気持ちが浮かぶ。

(次会ったら、きちんと礼を言わねばならないな)

生意気だが、裏表無く自分の気持ちをぶつけて来る姿には好感が持てた。
幸村がリョーマを可愛がるのもわかった気がする。
ああいう後輩が今の一年生の中に一人いたら、きっと雰囲気も違っていただろう。

(いや、それは無いものねだりだ。
折角、幸村も協力してくれると言っているんだ。
立海大テニス部をなんとかここから纏めていかねばならん)


リョーマには次に会った時、ちゃんと話せたと伝えよう。
しかしそれがいつになるかはわからない。
連絡先も知らないのだから。

(また、会えるよな……?)

このまま擦れ違ったままだとしたら、礼も言えないのか。
ふと浮かんだ考えに、真田は困ったように眉を寄せた。

出来るだけ早く会えればいい。
もし叶わなかったら、その時は青学まで会いに行こう。
きちんと礼は言うべきだ。
そうしよう、と決意を固めた。












真田が帰ってから、幸村はごろんとベッドに横になった。

(まさか正直な気持ちを話してくるとはね。
誤算だった)

真田の性格を考えると、部が上手く行っていると言い通すと思っていた。
決して入院している自分に心配を掛けるようなことは言わない。
真田はそうやって一人で頑張ろうとするはず、だと。

しかしあっさりと嘘を認めて、しかも協力を仰いで来たことに驚いた。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
柳に相談して、自分に助けを求めるようにアドバイスをされたか。
いや。柳なら、真田にこう動くようにと指示を自ら出すだろう。
彼もまたこちらに負担を掛けるような真似はしないはず。

真田が話した通り、よっぽど堪えたのだとしても腑に落ちない。

しかし考えても答えは出なかった。
真田を後押しするような人物に、心当たりは無い。

(やっぱり自分の意思でここに来たのか。
全く、余計なことを持ち込んでくれるよ……)


たしかに今も部長である自分が仁王や丸井に一言お願いすれば、
事態は好転して行くだろう。

でも、出来れば関わりたくなかった。
今起きている問題は、そこにいる者達だけで片付ければいいだけのことだ。

出たくてもここから出られない自分に助けを求めてくるなんて。

(ある意味、残酷なことしているってわかっているのかな。真田……)



幸村はそっと携帯を開いた。
そこには少し前に待ち受けにしたリョーマと二人で写した写真がある。
体を密着して、無理矢理取ったものなのであまり映りは良くない。
それでも幸村にとっては大切なものだ。
病室では携帯の使用を禁止されているが、これを見る位なら構わないだろう。

こうして、リョーマの顔を眺めると落ち着く。

仁王への連絡は明日にしよう。少し位遅れても、真田は律儀に待ってくれるはず。

今だけは穏やかな気持ちでいたいと、リョーマが映っている部分をそっと指で撫でた。


チフネ