チフネの日記
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2010年05月11日(火) miracle 8 真田リョ

幸村の病室を後にしたのは、結局2時間も経過してからだ。

リョーマの話を丸井も柳生も興味深々に尋ねて来て、
色々な質問に答えている内にすっかり疲れてしまった。
まだレギュラーにもなっていない一年に答えられることも無く、
ほとんどが曖昧な返事になり、そしてまた質問されるというパターンだ。
勿論、二人があまりにしつこい場合は幸村が間に入ってくれたのだけれど……。

明日のレギュラーを決めるランキング戦に出ることを話したら、
さすがに皆驚いていた。

「部長って手塚だろ?一年生を抜擢するなんて、大胆な考え持ってるようには見えなかったよな」
「ええ。手塚君は慎重に物事を考えるタイプかと思っていました。
青学もどちらかというと規則は厳しい方だと聞いています」

納得出来ない顔をしている二人に、
「それだけ越前君の実力が認められたということだよ」と幸村が言った。

「チャンスが与えられて良かったね。君ならきっとレギュラーになれるよ」
「そんな。まだ試合もしてないから、わからないっす」
「おや。自信ないのかな?」

おどけたように言う幸村に「さあね」とリョーマはニヤッと笑う。

「同じブロックにはレギュラーもいるみたいだから、どうなるかはわかんない。
でも楽しみっす」
「お前、レギュラー以外は眼中に無いのかよー」
丸井が呆れたように声を上げる。

「生意気だなあ。赤也と同じ位?
先輩を倒す気満々なのもそっくり」
「赤也って?誰?」
「うちの二年のレギュラーだよ」
幸村が説明をする。
「入学早々に俺や真田達を倒すって挑発して来てね。
あの時はびっくりしたよ」
「幸村君はそこまで驚いているように見えませんでしたが」
柳生が眼鏡を掛け直しながら言う。

「性格に問題は多少ありますが、実力は確かです。
彼は今大会でも活躍してくれるでしょう」
「へえ。そんな強い人がいるんだ」
興味を示したリョーマに、「でも赤也は俺に勝ったこと無いけどね」と幸村が言う。

「未だに俺達を潰すとか息巻いているのが、また面白いんだよ。
学習しない辺りがまた子供みたいだよね」
「はあ……」

幸村の言葉に、丸井と柳生は黙ってしまう。
リョーマはなんとなく不穏な空気を感じて、曖昧に頷いた。

時々幸村は何を考えているかよくわからないことを言い出す。
そういう時は突っ込みを入れない方がいい、となんとなく察していた。

「なんにしろ、レギュラーならないと俺も試合出られないから……。
明日は頑張るっす」
話題を変えようと、わざとらしいが声を上げると、
幸村は「そうだね。応援しているよ」とリョーマの手を握って来る。
側にいる二人が驚いた顔をしたのが見える。
しかしリョーマにとってはいつものことなので、動じることなく手を握り返した。

「ありがとう。じゃあ、俺そろそろ帰るから」
「えっ、もう?」
「明日ランキング戦って言ったじゃん。早く帰って休みたいんで」
「しょうがないな。その代わり、結果はメールで連絡してくれる?」
「わかった」

じゃあね、と立ち上がると丸井が「俺達もそろそろ」と同じように腰を上げる。

そうして三人で幸村の病室を出た。





「お前、幸村と本当に仲が良いな。
あんな幸村の顔見たこと無いからびっくりしたぜ」
「ええ、本当に。私達が見舞いに行ってもあそこまで喜ぶことは無いですからね。
随分前からの知り合いなんですか?」

エレベーターに乗って、二人は同時にリョーマへ話し掛けて来る。

「いや。ついこの間知り合ったばっかりなんだけど。
なんか懐かれちゃって」

幸村に気に入られているのはさすがに気付いているか、
どうしてだかなんてわからない。
むしろこっちが教えてもらいたい位だ。
見舞いに来るチームメイト達がいるというのに、幸村は自分と会いたがって連絡して来る。
寂しいという訳でも無さそうなのに、変なの、と首を傾げる。


「おいおい。幸村に懐かれるなんて言う奴いないぜ。
しかも一年生だろい。もしうちに入っていたらマジで赤也の再来になっていたかもな」
「その可能性は十分ありますね」

納得したように言う二人に、リョーマはムッとして顔を顰めた。
少なくとも自分は最初から先輩を潰そうと行動していない。
やられたから、やり返しただけだ。
一緒にすんなよ、と思ってしまう。


エレベーターが到着して、三人で病院の外へと出る。

「あーあ。なんか喉渇いちまったなあ。柳生、どっかに寄っていかね?」
「先程あんなに甘いものを食べるからですよ。もう真っ直ぐ家に帰ったらどうですか」
「だからその前に飲み物だけ飲んで行こうぜ。
あ、良かったらお前も来いよ」
丸井にそう言われて、リョーマはきょとんと目を瞠った。
「え、俺?」
「ああ。さっきは幸村が居たから遠慮して聞けなかったことも聞けそうだしよ。
時間会ったら付き合わねえか?」

リョーマは少し考えて、「ごめん。今日はちょっと」と言った。
「やっぱり家に帰る。明日のことがあるから」
「そうだよな。ま、次もまたここで会えるかもしれねえし。
その時は付き合えよな」

ぐしゃっと、小さい子にするみたいに丸井が頭を撫でて来た。
どうやらシュークリームを半分あげたことで、気に入られてしまったようだ。

「じゃ。明日の試合、頑張れよ!」
「……失礼します」

片手を振って歩き出す丸井に、柳生も続いて行く。

やれやれ、とリョーマは二人の後姿を見送る。
立海大は個性の強いチームらしい。
幸村といい、前に会った真田や仁王、今日の二人。
いずれも癖のある者ばかりだ。
常勝校ともなると、そんな部員ばかり集まって来るのだろうかと考える。

(青学はどうだろう……)

まだレギュラーの人達とはほとんど関わっていない為、区別さえついていない。
立海と同じ位に面白ければいいんだけど、とリョーマは呟く。

そして駅に向かって歩き始める。





(そういえば、前に真田さんを見掛けたのもこの辺だったな)

部活は休みだと丸井達から聞いていたが、真田はどうしてるのだろう。
こんな日に幸村の見舞いに顔を出したりしないのか。
まさか未だに思い悩んだままじゃないと思いたい。



しかし前を向いたリョーマの目に、以前と同じように顔色を悪くしたままこちらへ歩いて来る真田が映った。
またここで再会してしまった。

「え、なんで」
思わずそんな風に言うと真田もこちらに気付き、びくっとしたように足を止める。
「偶然、っすね」
「……」
また幸村の所に来たのかと言われると思ったのか、真田が身構えているのがわかる。
そんな仕草に気付かない振りして、リョーマは口を開いた。

「今日、部活休みだったんでしょ。
部活の人達とは一緒に来なかったってことは、自主練でもしてたんすか?」

リョーマの問いに、真田は「幸村に聞いたのか?」と逆に聞き返す。

「ううん。あんたと同じ学校の部員に。
丸井さんと、えっと柳生さん」
かろうじて思い出した名前を口にすると、真田は少し眉を寄せる。

「あの二人が来ていたのか」
「うん。シュークリーム持って来てた。結構早くから居たみたい。
あんたは学校終わった後、どうしてたんすか」
同じ質問をすると、「お前の言った通り自主練だ」と返される。

「休みだからといって、練習を怠るわけにはいかん。
あいつらもそれはわかっているはずなのに、見舞いを口実に遊んでいるとはたるんどる」
「いいじゃん、それ位」

ぶつぶつ言う真田に、リョーマは呆れたように言った。

「だって休みなんでしょ。闇雲に練習すればいいってもんじゃないし、時に休養だって必要な時があるんじゃない。
それに幸村さんのこと心配して会いに来てるのに、まるでサボったみたいに言うのもね」

黙っている真田の顔を見上げると、呆然としたように立っている。
また余計なことを言ってしまったかと、リョーマは慌ててフォローをする。

「という考えの人もいるってこと。
あんたの周りの人はそう思わないかもしれないから、気にしなくてもいいけど」
「いや」

真田はゆっくりと首を横に振った。

「貴重な意見として受け止めていく。
どうも俺は周囲のことがよく見えていないようだからな」
「……なにか、あったんすか?」

前回と違って素直な真田の態度が気になった。
もしかして思っている以上に悩みは深くなっているのあろうか。

「幸村さんの所に行ったら?今なら誰もいないから、話も出来ると思う」
すると、真田は急に態度を変える。
「俺は幸村に悩みを話したいわけではない!何度同じことを言わせるんだ」
幸村に心配を掛けたくないと、真田は思っているのだろうか。
しかしそんな顔色して、何を言っても説得力は無い。

「じゃあ、なんでここに来るんすか。話したいことがあるんじゃないの?
本当はどっかで聞いて欲しいって、思っているんでしょ」
「そんなはずはない。俺は幸村に会って、このままではいけない、自分でなんとかするべきだと確認しているだけだ。
あいつに負担を掛けるようなことを、望んでいるんじゃない」

動揺している真田に、リョーマは「でも幸村さんは、あんたが話してくれるの待っているんじゃない?」と言った。

「幸村が……?」
「うん。あんたの顔色を見て薄々何か抱えてるのを知ってるんじゃないかな。
でも無理矢理聞きだすことが出来ないから話してくれるまで、待ってるとしたら。
それも負担なんじゃないの?」
「……」
「俺、この間あんたに余計なことを言ったって気にしていた。
悩みを打ち明ける相手が幸村さんしかいないんだったら、それを止めるようなことしちゃって。
だから、あんたがいつまでもそんな顔しているの見るの嫌なんだけど」

ハッキリと言うリョーマに、真田は驚いたように目を開く。

「たわけが。お前に心配される筋合いではない」
「だから俺の勝手だって。なんか気が済まないから、言ってるだけ」

もう少し言い方というものがあるかもしれないが、
リョーマは本音を隠すことが出来ない。
自分の都合だと言い切ると、さすがに呆れて言い返せないのか真田は黙っている。

「とにかく。あんたが黙っている方が心配させてることだってあるんじゃないの。
さっさと幸村さんに会いに行ったら?」
「結局その話に戻るのか」
「うん」
「……」

溜息をついてから、真田は少し距離を縮めて来る。

「全く、お前みたいに正面切って意見を押し付けて来る奴も珍しい」
「そうっすか?」
「ああ。けれど、悪い気分ではない。
最近ではずっと……いや、止めておこう。
お前の言う通りだな。幸村に、話すことにする」
「それじゃ」
「ああ、今から行って来る」

少し吹っ切れたような真田の顔に、リョーマはホッとさせられる。
これで良い方向に行けばいい。
そうであって欲しいと、願う。

「頑張ってね」
そう伝えると、真田は少し照れくさそうにして、だけど頷いてくれた。
てっきり「お前に応援される筋合いは無い」と言われると思っていたので、
予想外の反応だ。


そしてそのまま真っ直ぐ真田は病院へと歩いて行く。
広い背中を見送りながら、リョーマはもう一度「頑張れ」と呟いた。


チフネ