チフネの日記
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2010年05月09日(日) miracle 6 真田リョ


立海も入学式が終わり、仮入部の時期がやって来た。

「新入生の数はそこそこ多いみたいだぜ。
去年の赤也みたいな生意気な奴もいるのかねえ」
「ちょっと、丸井先輩!俺はそんなに生意気じゃないっすよ!」

丸井の言葉を聞いていた切原が聞き捨てならないというように、声を上げる。

「入部そうそう幸村達に挑んだ奴がよく言うぜ。なっ、ジャッカル!」
「ジャッカル先輩までそんな風に思っていたんすか〜?酷いっす!」
「なっ、俺は関係無いだろ」

部活が始まる前、丸井・ジャッカル・切原の三人は集まっている一年生達から離れて和気藹々と会話をしていた。

「うーん。見た所、赤也みたいな無謀な奴はいなさそうだな。
お前、最初から先輩にケンカ売っていたもんなあ」
「そりゃ自分の実力が上ってことをアピールするのは大事っす」
「じゃあ、あそこにいる一年が挑発して来たらどうすんだよ」
「全力で潰す!」
「赤也……。大人気ないにも程があるぞ」

溜息をつくジャッカルに、丸井がククッと笑い声を上げる。
と、そこへ別の三年生が声を掛けて来た。

「なあ、丸井。一年生達が入部して来たのはいいけど、このままだとすぐ辞めるかもしれないぜ?」
「ん?そりゃ、どういうことだよ」
丸井が顔を上げると、声を掛けて来た部員の他に後ろに何人かが控えているのが見えた。
「わかってるだろ。真田の態度にびびって逃げる奴が出るんじゃねえかって心配しているんだ」
「このままだと全員、仮入部前にいなくなるかもしれないぜ?」
「なあ。お前から柳辺りに、真田は副部長から外れるべきだって言ってやった方がいいんじゃないか?」

彼らの言葉を聞いて、丸井はつまらなそうにガムを口に含んだ。
ガムの甘味で、少し苛々が収まる。

「何で俺が。面倒くせえ」
「だってお前も真田に不満を持っているんだろ?
レギュラーのお前から一言言ってもらえば、柳だって」
「そんなんお前らが直接言えばいいだろ。俺を巻き込むな」

しっ、と片手を振ると、その部員達は舌打ちや、顰め面しつつ去って行く。
これ以上は言っても無駄と、一旦引くことに決めたらしい。

「なーんすか、あれ」

赤也の声に、ジャッカルは肩を竦めて答える。

「あいつらは元々真田に不満を持ってたからな。
この間、丸井が仁王を庇った件で巻き込めると考えたんだろ。
副部長の交代っていうより、真田の失脚を狙ってるみたいだな」
「はー。浅はかというか、自分達じゃ何にも出来ないんすかねえ」

呆れたように言う赤也に、「そういう連中もいるってことだろい」と丸井は言った。

「幸村の時はこんな不満出て来なかっただろうが。
真田のやり方が悪いから、何言われてもしょうがないよな」
「その割りには、丸井先輩、あいつらの味方はしないんすか」
「当たり前だろ」

ふん、と丸井は鼻を鳴らした。

「俺は気に入らないことがあったら、直接真田に文句を言う。
群れてこそこそと陰口叩くような真似は嫌いだからな」
「おっ、なんだか丸井先輩が格好良く見えるっす」
「馬鹿野郎。俺はいつでも格好良いだろい」

またいつもの調子に戻ったことで、ジャッカルはホッと息を吐いた。

それにしても今まで真田に不満を持つ者はいても、こんな風に声を掛けてくることは無かった。
よっぽど耐えられなくなっているのか、それともレギュラーである自分達の微妙な空気を読み、
今なら覆すことが出来ると考えているのか。

冗談じゃない、とジャッカルは思った。

ただでさえ、部長である幸村が入院してテニス部は少し不安定になっている。
ここで問題が起きたら、それこそ部は空中分解するのではないだろうか。

とはいえ、ジャッカルも真田の指導は厳し過ぎると感じている。
真面目なのが悪いわけではない。
しかしもう少し柔軟な態度があっても良いのではないだろうか。
あれでは真田自身も誤解されかねない。
部のことを思う気持ちは人一倍あるのだろうが、相手によっては独裁や力尽くで抑え付けられていると感じる。
なんとかならないかと考えても、自分にはそれを上手く真田に伝えることすら出来ない。

困ったな、と首を捻ったところで、仁王がこちらに歩いて来るのが見えた。

ここ最近、彼は真面目に部活に出ている。サボることも無くなった。
真田と余計な揉め事を起こしたくないと考えているのだろうか。
とはいえ、元のような関係に戻ったとは言い難い。
真田の姿を見ると、すっと視線を逸らし極力近付こうとしない。

こんな状態で立海大は今大会を勝ち抜いて行けるのか。
ジャッカルの胸に、不安が過ぎった。

そんなことに全く気付かず、丸井は「よお、仁王。ちゃんと練習に出て来ているんだな」と呑気な声を上げた。

「まあな。やっぱり練習位は出るべきだと考え直したんじゃ」
「それは良かった。ところで今日、久し振りに幸村の所に行かね?
駅前のケーキ屋でお土産買ってさー」
「悪いがパスさせてもらう。練習が終わったらゆっくり休みたいからな」
「なんだよー。最近付き合い悪くねえか?」
「疲れているんじゃ。ま、その内埋め合わせするから、今日は見逃してくれ」

片手を振って離れて行く仁王に、「なんだよ、もう」と丸井は頬を膨らます。
「しょうがねえ。赤也、ジャッカル。俺達だけで行くぞ」
「えっ、俺もっすか?」
「当然。先輩命令だからな」
「見舞いは口実でケーキ食べたいだけじゃないっすか?
そういや、前にも幸村部長の分まで食べていたような」
「細かいことは気にすんな」

手持ちの金が無いからと必死で赤也は抵抗しているが、
逃れることは出来ないだろう。
甘いものが絡むと、丸井は手加減しない。

そういえば今日はいくら財布に入っていたっけ、とジャッカルは空を見上げた。














常勝・立海大付属に仮入部した一年生達の目は、希望に輝いている。
今大会も全国で優勝することを疑う者はこの中に一人もいないのだろう。
立海大テニス部が勝利を得た瞬間、自分もその場にいる。喜びに立ち会うことが出来る。
そんな気持ちを、もう今から持っているのかもしれない。


だが、
「整列だ!」
低く響いた声に、驚いたように硬直し、そして背筋をぴんと伸ばす。


そんな一年生の様子を見て、真田は柳の言った通りだなと思った。


部活が始まる前、珍しく柳に呼び止められた。

「今日の部活が始まる前に、一つ言っておきたいことがある」
「なんだ」
「一年生は今日から仮入部期間だ。それはわかっているな?」
「当たり前だ。いくらなんでもそんなことを忘れるはずがない」

人をなんだと思っているのだろう。記憶力だって悪くないのに。
少しムッとして答えるが、柳は澄ました顔を崩すことなく話を続ける。

「だったらこれから俺が言うことも、覚えていられるな」
「何が言いたい」
「その顔。
すでに慣れた俺達や二年生達はともかく、何も知らない一年生達は怖がると思うぞ。
もう少し愛想良く出来ないか。せめて仮入部の間だけでも」
「……」

友人からあまりの言葉を投げ掛けられ、真田は言葉を失った。

「蓮二。一体、何が言いたい」
「わかりやすく言ったつもりだが、理解出来なかったか?
厳しいばかりでは誰もついて来ないと言っているんだ。
機嫌を取れと言っているわけではない。
せめて入部希望を出してくれた一年生に、普通の態度で接してみる努力をしたらどうだ」
「努力も何も、これが俺の普通だ」

きっぱりと言い切った真田に、柳は大袈裟に溜息をついてみせる。

「その表情のどこが普通だ。
もっと小さな子供相手だと、泣いているかもしれないぞ」
「そんなことを言われても、どうしろと言うんだ。
幸村のように微笑んで新入生を迎えることは、俺には出来んからな」
「幸村の真似をしろとは言っていない。
意識し過ぎだぞ、弦一郎」
「……」

柳に指摘された一言が、胸に突き刺さる。

どんなに頑張っても、幸村のように上手くいかない。
それが真田の心を苛立たせ、表情を固くしていく。


「もう、いい。俺は俺のやり方でしか出来ない」
「弦一郎」
「折角の忠告も無駄になりそうだ。すまない、蓮二」

そう言ってくるっと背を向けると、
柳はもう諦めたのか何も言葉を掛けて来ない。


友人の忠告さえ、素直に聞くことが出来ない。
幸村と比較しては落ち込んだりして、そんな自分が嫌になる。

日々、こんな風でいいのかと疑問は膨らむばかりだ。







結局、どうすることも出来ずに普段と変わらない態度の真田に、
一年生達は完全に気合負けしたように小さくなっている。
去年の赤也みたいに、挑んでくる者はいないらしい。
ほとんどが顔を引き攣らせ、中には足を震わせている者もいる。

こんな状態でやっていけるのかと眉間に皺を寄せていると、
少し後ろの方からひそひそと何か耳打ちしている部員達の姿が目に映る。
レギュラーではないが、同じ三年生だ。
一年の様子と真田を見て、何か可笑しそうに会話をしている。


(俺の態度に文句があるのか。だったら直接言ってみろ)

そんな勇気もないくせに、文句を言うことだけは一人前らしい。

くだらん、と即座に視界から外して本日の練習メニューを告げる。

変わらず一年生達は真田に萎縮したままだ。
その背丈から、ふと幸村の病室で会った越前リョーマのことを思い出す。

聞こえて来た話から、彼も同じ一年生のはずだ。
しかしリョーマは真田の不機嫌な顔を前にしても、真っ直ぐ視線を向けて来た。
物怖じすることなく、ハッキリと自分の意見を主張していた。

リョーマだったらこの場にいても怖がることもなく、むしろ堂々と立っていたはず。


『あんたには、誰か他に悩み事を相談出来る相手はいるんすか……?』

言われたことを思い出して、真田は慌ててリョーマのことを頭から振り切る。

(くだらん。青学に入学した奴のことなど、気にする必要はない)

一年生には慣れてもらうしかないと、真田は割り切ることにした。

柳は何か言いたそうな顔のままだったが、結局態度を変えることなく練習を続け、
次に集合した時、一年生達の距離は先程よりも遠くなっていた。


チフネ