チフネの日記
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2010年05月08日(土) miracle 5 真田リョ

「リョーマさん、素敵です」

にこにこ笑いながら携帯で写真を撮る従姉に、
「一枚でいいのに」とリョーマは呆れた目をして言った。

「駄目です。一番可愛い写真を撮らないと。ね?」
「可愛いとか、その発言がおかしいから」
「いいえ。リョーマさんは可愛いですよ」

うふふと笑う従姉に、リョーマはげんなりと肩を落とした。

「お、二人共何しているんだ。楽しそうだな」
扉が少し開いていたから、会話が聞こえたらしい。
ニヤニヤと笑いながら南次郎が部屋に入って来た。
「入学式でもないのに、なんで制服着ているんだ。
菜々子ちゃんをその姿でたぶらかそうってわけじゃないだろうな」
「クソ親父。つまらないこと言うなよ」
そう言って、リョーマは学ランを脱いだ。

「お、なんだ。折角着たのに、また脱ぐのか?」
「いいんだよ。写真を撮って欲しかっただけだから」
「はあ?なんじゃ、そりゃ」

南次郎が首を傾げている間に、リョーマは菜々子から携帯を受け取った。

「かなりいい感じに撮れていますよ?すぐにメールで送らないんですか?」
「ああ、いいの。直接見せるだけだから」
「なんだ、お前。誰かに見せる為に写真撮っていたのかよ」

南次郎の問いに、「まあね」とリョーマは答える。

「相手は誰だ。日本に来て早速可愛い女の子とお知り合いになったのか?」
「バーカ。そんなんじゃないよ。
それより、今から着替えるんだけど?」
「あらあら、失礼します」
にこっと微笑んで、菜々子が先に出て行く。

「親父も。俺、もう出掛けるんだから早く出たら?」
「だから相手は誰だよ?」
「幸村さんだって。あんたのつまらない期待と違うからね」
「幸村君?この間も見舞いに行くとか言っていなかったか?」
「そうだよ。今日も行くんだよ」
「へえ。仲良くしているんだな」
「まあね」

リョーマの返事に、南次郎は「そうか」と肩を竦める。

「元はと言えば、俺が押し付けたことだけど、
お前が誰かと仲良くするなんて珍しいと思ってな」
「そんなの俺の勝手だろ。誰かと友達になることだってある」
「へえ。まあ、お前がそう言うのならいいんだけどな」
頭を掻きながら、南次郎は部屋から出て行った。

あれでも一応自分が切っ掛けを作ったことなので、気にしているらしい。

でも。
嫌なら最初から断るし、一度会って気が合わないと判断したら再び会うことはしない。
幸村のことはもう南次郎から頼まれたことと別に親しくしている。

「やばっ、時間…!」
お昼過ぎには病院に行くと伝えてある。
駅まで急いで走らなくちゃと、リョーマは素早く私服に着替えた。







「それで、どうしてこの写真を俺の携帯に送っちゃいけないのかな?」
「えーっと……」
リョーマの携帯のデータを見ながら、幸村はそれはそれは喜んだ。
青学の制服を着た姿だけなのに、何がそんなに嬉しいのか。
リョーマには理解出来ない。
しかし笑顔を覗かせる幸村を見て、見せてあげることが出来て良かったとは思う。

問題はその後だ。
このデータを自分の携帯に送って、と幸村は言い出した。
拒否しても引こうとしない。

「こんなもの何で欲しがるんすか?二人で撮ったやつがあるのに」
「それはそれ。これはこれ」
「屁理屈言わないで下さい。とにかく嫌ですからね」
「越前君は俺の頼み聞いてくれないんだ。悲しい……」
「制服姿が見たいって頼みを聞いたばかりなのに!?」
「そんなに怒ると可愛い顔が台無しだよ」
「可愛くなんて無いから!」

嬉しくない、とムッとするリョーマに、
「そんなに拗ねないで」と幸村はそっと指で頬に触れる。

「入学したらこんな頻繁に会うことも出来なくなるんだよ。
今頃青学の制服を着て頑張っているんだなって、ふと思い出した時にこの写真があったら……。
病室で一人きりだとしても寂しくないと思うんだ」

その理屈はおかしいとリョーマは反論しようと思ったが、
儚げに微笑む幸村を見て声を詰まらせてしまう。

(絶対、わざと顔作ってる)
そう思っても幸村を前にすると、何も言えなくなってしまう。

「一つだけっすよ」
仕方なくそう告げると、「ありがとう」と幸村は嬉しそうに笑った。

「でも越前君にはうちの学校の制服も似合うと思うんだ。
今度着てみない?」
「嫌っすよ。それに幸村さんの制服なんてサイズが合わないでしょ」
「そういうのも悪くない。やっぱり今度用意しておくよ」
「遠慮します……」

幸村との会話は、いつもこんな下らないことが多い。
テニスのことはほとんど喋ることはない。

けれど不思議とこんな時間も悪くないと思えてしまう。
何を言い返しても幸村は穏やかな態度で流してくれるので、ケンカになることもなく割りと楽しく過ごすことが出来る。

決して、見舞い品の菓子やジュースに釣られているだけでは……無い。




いつものように他愛ない話をしながらだらだらと過ごしていると、
不意にノックの音が聞こえた。

「はい」

幸村の返事に、扉が開く。
入って来たのは、ついこの間病院の前で会った真田だった。

リョーマがいることに驚いているのか、目を見開いて動けないでいる。

「真田、座ったら?」
幸村の声に真田はハッとしたように我に返る。
「い、いや、少し寄っただけだすぐに帰る」
「そう?まあ、それでも座ってよ。部活帰りで疲れているんでしょ」

幸村の言う通り、真田の顔色は前回見た時より悪くなっている。
これは自分がいると話も出来ないかもしれない。
そう判断したリョーマは「俺、帰るから」と立ち上がろうとした。

しかし、「なんで?まだいいでしょ」と幸村に腕を掴まれてしまう。
「え、でも」
「真田だって気にしないよ。ねえ?」
話を振られて、真田は無言で頷く。
それでも部内の話をするのなら、自分は席を外した方が良いのでは……。

しかし幸村はリョーマの腕を掴んだまま、放さない。
これではどうしようもない。

真田は椅子を持って来て、ベッドの近くに置いて腰を下ろす。
それと同時に、幸村が口を開いた。

「今日はもう部活は終わったんだよね。いつも通り問題は無かった?」
「ああ……。何も無い」

肯定しているが、真田の顔色は悪いままだ。
絶対何か相談したいことがあるのでは、と思わせる表情だ。

前回、真田に会った時に余計なことを言った所為で、
何も言えないのかもしれない。
幸村が気付いて促してくれればいいのにと願うが、にこにこと笑っているだけだ。
真田の様子に違和感を抱かないのだろうか。

不思議に思っていると、幸村は「そっかあ。良かったよ」と安心したように言った。
「真田が部を纏めてくれて助かっている。これで大会も安心だね」
「そうとも言い切れないのだが」
「えっ。さっき問題無いって言ってたじゃないか。それとも気になることでもあるって言うの?」
「そういう意味ではない。俺はただ……」
「ただ?」
「いや、なんでもない」

真田は首を振って立ち上がった。

「俺達はお前が戻って来るまで、勝ち抜いてみせる。
それまで待っているからな」
「うん。頑張って」
「それでは、失礼する」

病室を出て行く真田を、幸村は笑顔で送り出す。


(何、今の会話)

何も言おうとしない真田も変だが、幸村の態度もどうかと思う。
本当にわからなかったのだろうか。

それともわざと?
そんなはずはないと思いたいが、何を考えているかさっぱりわからない。


「あの」
「何かな?越前君」
「……」

笑ったままの幸村を見て、リョーマは言葉を飲み込んだ。
立ち入り出来ないような、そんな雰囲気を纏っていたからだ。

「俺も、帰ります」
「えっ、もう?」
明らかに不満そうな顔をする幸村に、「今日は早く帰って来いって言われているで」と嘘をつく。

「代わりに明日、入学式が終わったら真っ直ぐここに来るんで」
「えっ、本当?」
「うん。そんなに遅くはならないと思うから、来れると思う」
「そう。じゃあ、待ってるね。約束だよ?」
「はい」

腕を掴む幸村の手が緩んだところで、リョーマは「じゃあ、またね」と立ち上がって、病室を出た。

今日の幸村は何か変だった。
けれど、気軽に尋ねることが出来そうにない。
だったら自分がやれることをしようと、早歩きでエレベーターへと向かう。



「真田さん!」

病院を出てすぐの所で、リョーマは真田の後ろ姿を捕らえた。
そのまま走って、彼に追い付く。


「あの、ちょっと待ってよ」
リョーマの呼び掛けに、真田は振り返った。

「俺に何の用だ」
「あのさ。見ての通り、俺はもう帰るから。
もう一度幸村さんの所に寄って来たら?」
「それはどういう意味だ?」
「話、あったんでしょ。俺がいることで遠慮しているのなら、今から、もう一度行って来たらいい」
「おかしなことを言う」

真田は少しムッとしたように言った。

「この間、幸村と会うなと言ったのはお前の方ではないか?」
「そうだけど。だからこそ、あんたの様子が気になったんだよ。
俺が余計なことを言った所為で、幸村さんに何も相談出来なくなったんだとしたら、
後味悪いでしょ」
「勝手だな」
「そんなのわかってる。
でもあんたのあんまり酷い顔色を見たら、やっぱり口出すべきじゃなかったって反省したんだ。
ねえ、今から幸村に言いたいこと、全部話したら?」

リョーマの訴えに、真田は「勘違いするな」と一喝した。

「俺は幸村に愚痴を零しに来たんじゃない。ましてや、問題を持ち込むつもりもない。
さっき言った通り、我がテニス部は幸村が戻るまで大会を勝ち抜いていかねばならん。
くだらないことで落ち込む場合ではないと、幸村の姿を見て改めて確認する為に来ただけだ」
「それじゃ……でも」

リョーマは真田の顔を見上げた。

最初に出会った時は厳しそうな人だなと思ったけど、
今はそれに翳りが見えているようだ。
何か心配事を抱えているのは、間違いなさそうだが、
真田は幸村に何も言うつもりは無いらしい。

「あんたには、誰か他に悩み事を相談出来る相手はいるんすか……?」

リョーマの問いに、真田は一瞬目を逸らした。

そして、「くだらん。そんな必要は無い」と背を向けて歩き出してしまう。

背筋を伸ばしているが、どこか虚勢を張っているようにも見えて。


大丈夫なんだろうか、とリョーマは小さく呟いた。


チフネ