チフネの日記
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2010年05月07日(金) miracle 4 真田リョ

翌日、仁王が部室に顔を出すと、一瞬さっと視線を向けられる。
何だ?と思いながらロッカーを開けて着替え始めると、
「よう、仁王」と丸井がガムを噛みながら近付いて来た。

「今日は最後まで部活やって行く予定か?」
その言葉に、再び周囲がこちらをチラチラ覗う。
なる程、と仁王は納得して丸井に「そうじゃな」と言った。
「たまには真面目にやっていくかの」
「そっか。そうしてもらえると助かる。
昨日も大変だったんだぜ」
「真田か」
「ああ」
頷いて、丸井は声を潜めた。
「真田の奴、こっちに八つ当たりしてくるからよ。
お前も大概にしておいた方がいい。
今は他の部員も真田に対してムカついているけど、
サボっているお前に対してのとばっちりだと気付いたら、同じように恨まれるぜ」
「心配してくれているんか」
「まあな」

丸井は屈託の無い笑顔を浮かべて、鼻を擦った。

「これでもダチだからな。
お前のくれるガム、美味しいし」
「ガムに釣られるだけか」
「まあ、そう言うなって。とにかく今日だけでも真田を刺激するんじゃねーぞ」

ぽん、と肩を叩いて丸井は部室を出て行った。

今日位は大人しくしているかと、仁王は手早く着替えを終えた。
昨日もあれから舞子の部屋に行ったが、
「素振りくらいしたら?」と追い返されてしまった。
どうやら彼女は自分の引越し話の所為で、仁王が自主練をさぼっていると思い込んでいるようだ。
この先も部活を切り上げて家に行ったら、追い返される可能性は大だ。
面倒だのと、仁王はラケットを持って外へと出て行った。
















しれっとした顔して練習に参加する仁王を見て、
真田の胸の内で、怒りがふつふつと沸いてくる。
少しはすまなそうにしていれば良いものの、堂々と出て来るあの態度も気に入らない。

しかしここでまた怒鳴ると、他の部員達が何事かと注目してくる。
またやっているのか、そんなうんざりした表情をするのもわかっている。
だからあえて集合の時にはぐっと我慢して、今日のメニューを読み上げる。

そして「解散!」と声を上げて皆がばらけた所で、仁王を呼び止めた。

「今日はコートに入ることは許さん。グラウンドを走って来い。
何故そう言われるか、わかっているな?」
「はいはい」
仁王は特に反省する様子もなく、結んだ髪をいじりながら答える。
そんな仕草も腹が立つ。
勝手に部活を抜け出して、さぼっておいて何とも思わないのか。

「今後一切サボるような真似は謹め。下級生にも示しがつかんからな」
低い声でしっかり言い聞かせると、
仁王はだるそうな表情で「そうか?」と言った。

「別にどうでもええじゃろ。ここにいる者は、むしろレギュラー狙えるチャンスだと頑張るかもしれん」
「お前は何言ってるんだ?レギュラー落ちするかもしれないのに、それでもいいのか?」
眉を潜める真田と反対に、仁王は何故か笑っている。
「そうなったら俺の実力不足ってことじゃ。潔く席を譲ることにする」

淡々とした口調に、真田の怒りが一気に膨れ上がって。

気付いた時には、仁王を素手で殴り飛ばしていた。

「弦一郎!何をしているんだ」
駆け寄って来た柳に腕を捉まれて、真田は我に返った。
地面に転がった仁王は赤くなった頬擦りながらをちらを見上げている。

―――とんでもないことをしてしまった。

部員への制裁はこれが始めてではない。
しかしその所為で皆との溝が深まったと柳に指摘されてから、
これでも一応抑えていたのだ。
なのに仁王の言動に我慢出来ず、手が出てしまった。

一度は解散した部員達が集まるのを感じて、真田は下を向いていた。
今、どんな目で見られているのか、怖かった。

「おい、仁王。大丈夫かよ!?」
丸井が仁王を起こそうと手を出す。
「一人で大丈夫じゃ」
首を振って仁王はゆっくりと立ち上がった。頬が腫れている以外、特に外傷は無さそうだ。
「ったく、酷ぇよな。いきなり殴ることは無いだろい」
言いながら、丸井は真田を睨んだ。
元々、丸井は暴力には反対で、下級生に喝を入れる真田を良く思っていない。
仲の良い仁王を殴ったことで、更に評価が下がったようだ。

しかし仁王は「いいんじゃよ」と意外にも真田のことを庇った。

「今のは俺が悪かったんじゃ。怒られても当然のことを言った。
すまんかったの、真田」
「あ、いや……」
素直な謝罪の言葉に、こちらが驚いてしまう。
同時に、だったらあんなことを言わなければいいとも思った。

あんな……レギュラーなんてどうでも良いような言葉。聞きたくなかった。

「そうですね。今のは仁王君が悪い」
今度は別方向から、真田を援護する声が響く。

柳生だった。

眼鏡を掛け直しながら、柳生は周囲に聞こえるように言った。

「あなた達の会話が聞こえましたが、仁王君はもっとレギュラーの自覚を持つべきです。
そんな心構えで大会を勝ち抜けるとは思えません。
他の部員にも失礼です。
レギュラーから降りたいというのなら、それなりの覚悟を持って発言するべきですね」
「おいおい、柳生。お前どっちの味方だよ」

真田の肩を持つような発言に、丸井が頬を膨らます。
ダブルスのパートナーに対してこの仕打ちは無いかと怒っているようだ。

「私はどちらの味方でもありません」
柳生はキッパリとした態度で言った。
「正しいと思ったことを言うだけです。後は仁王君次第です」
「全く、お前さんは正論ばかり口にするのう。耳が痛い」

小さく笑って仁王は真田の方を向いた。

「すまんかった。軽々しく言う言葉では無かった。
反省している」
「あ、ああ……」
頷くと、仁王は「走って来る」とグラウンドに向かってしまう。

これ以上騒ぎが広がらないと知った部員達は、
面白くなさそうにそれぞれ散っていく。
留まっていたらまた真田に怒られると察しているのだろう。

「柳生。……その、助かった」
この場を収めてくれた柳生に礼を言うと、
「当然のことを言っただけです」とこちらを振り向くことなくコートへ行ってしまう。

膨れ面していた丸井も、ジャッカルが宥めながら連れて行く。


後には柳と真田だけが残った。

「弦一郎。一体、どういうことだ。
仁王と何を話したか、詳しく聞かせてくれ」

少し呆れた顔をしている柳に、真田は先ほどの経緯を説明した。

「お前が怒るのもわかる。
仁王は少しレギュラーの自覚が足りない。だけどな、」
「殴るのは良くない。そう言いたいのだろう?」

先回りして言うと、「わかっているのなら、手は出すな」と柳は言った。

「ただでさえ部内の雰囲気が悪くなっているんだ。
殴っても何も解決しないぞ。むしろ付いて来る部員がいなくなるだけだ」
「その位、わかっている。
だから今まで我慢していたじゃないか」
「それも今日の出来事で、台無しになる所だった。
柳生がフォローしてくれたから、あれ以上の悪化を防ぐことが出来たんだぞ。
もう少し慎重に行動しろ。
手を出す前に、数を数えて心を落ち着かせるんだな」

言いたい放題だ。
しかし柳の言っていることを無視するわけにもいかず、
真田は黙って頷いた。


「とにかく、4月からは新入生も入部してくる。
あまり怖がらせるような行動は慎め。いいな」
「なあ、蓮二。もしお前が副部長だったら……もっと上手く皆を纏めることが出来たんじゃないか」
「弦一郎、それ以上言うな」

眉を寄せる柳を前にしても、真田は零れる言葉を止めることが出来なかった。

「何故、俺が幸村の代わりなんだ。
俺じゃなくても良かったんじゃないか!?」

真田の叫びに、柳はそんなことかと言いたげに答える。

「別に代わりを求めているわけではない。
お前なら、幸村と違ったやり方で立海を引っ張って行けると信じているんだがな」

「……」

それ以上何を言うわけでもなく、柳も練習へと向かってしまう。

結局は自分で考えろということか。

それがわからないから悩んでいるのに。

自分はどこへ向かうべきなのか。
立っている位置さえわからないと、真田は被っている帽子に手を当てて、
ぐっと握り締めた。


チフネ