チフネの日記
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| 2010年05月06日(木) |
miracle 3 真田リョ |
リョーマが幸村という人を知ったのは、たった数ヶ月前のことだった。
その時リョーマはまだアメリカに居た。 ある日、南次郎が「お前、この手紙に返事してやれよ」と封筒を押し付けてきた。 それが切っ掛けだ。 なんでも現役時代に世話になった広告代理店の担当者を通じて、 是非にとお願いされたらしい。 その手紙を書いた主は日本にいるという。 わざわざアメリカまで送って来るなんて、妙な人、と思いながらリョーマは手紙を開けた。
そこにはいきなり手紙を送ったことの謝罪と、 偶然入手したアメリカのジュニア大会のビデオにリョーマが写っていたこと、 その強さに圧倒されて、是非交流を持ちたいとの言葉が真摯に綴られていた。
最後に、彼が入院中だと書かれているのを読んで、 リョーマは返事と出そうという気になった。 同じようにテニスをしている者同士、思うことがあったからだ。 メールアドレスが添えてあったので、リョーマは母親に相談してパソコンのアドレスで彼に返事を書いた。この方が早く幸村に届くと考えたからだ。
返事が来たことに幸村はとても喜んでくれて、同じようにメールで返してくれた。 それから、二人のやり取りが始まった。
とはいえ、リョーマはほとんど書くことがなく、 適当に今日あったことを短い文で送るだけなのだが、 それでも幸村は嬉しいと返事をくれる。 こんなのでいいのか、と疑問に思うことがあったけれど、幸村が喜んでくれるならと、 リョーマは途中で放り出すことなくメールを毎日きちんと送り続けた。
そしてリョーマが4月から日本に行くことを告げたら、 幸村は会いたい、見舞いに来て欲しいと申し出た。 勿論リョーマは「いいよ」と返信した。どうせ日本に行ったら会うつもりだった。 メールの印象から、幸村はとても落ち着いた人だろうと想像していた。 が、実際に会ってみたら、子供っぽいところもあって、そして寂しがり屋だと気付いた。
その気持ちも、なんとなくわかった。 本当ならコートで思い切りテニスをして、終わったら家に帰ってご飯を食べて、眠って。 そんな当たり前の生活から、遠い所にいる。 毎日、病院にいるとはどんな気持ちなのだろう。 笑顔で隠しているが、幸村は想像出来ないほど苦しんでいるはずだ。 もし自分が同じ立場になったら、こんな風に笑っていられるだろうか。
だから幸村が「また、来てくれる?」と言った時、こくっと頷いた。 自分が来ることで少しでも気が紛れるのなら、出来るだけ力になりたいと思った。
口ではいつも素っ気ないけれど、リョーマはこの年上の友人のことをちゃんと考えている。
「あの人、帰っちゃったみたいだけど。いいんすか?」
仁王が出て行った音にリョーマは体を起こした。そして大きく伸びをする。 幸村は笑顔を浮かべて「別に構わないよ」と言った。 「仁王はただ愚痴を零しに来ただけなんだから。 自分達のことは自分達でなんとかするべきだ。 ここにいる俺に頼っても、どうにもならないからね」
一瞬、幸村の目が酷く冷たいように見えた。 彼らを突き放しているような、そんな感じだ。 テニス部の部長をやってるとメールで書いてあったけど、 今は入院しているからそこまで干渉するべきではないと考えているのだろうか。 最も、あの真田とかいう代理の人に任せてあるのだろうから、 口出ししないと決めているだけかもしれないが……。
「それより、もうすぐ青学の入学式だね」 言いながら幸村は手を握って来た。 初めて出会った時から普通に触れてくるので、もう慣れた。 昔からよく年上の人に構われたりすることが多いので、リョーマにとってどうってこと無い。 誰かに触れていることで、幸村も安心したいのかもしれない。 だからひんやりとした手をそっと握り返して、「そうっすね」と頷く。
「入学したらなかなか会えなくなりそうだけど、暇がある時はまたここに来てくれる?」 「勿論、いいっすよ」 嬉しそうに笑顔を覗かせる幸村に、リョーマも自然と笑顔を返す。
それにしても、二人程しか同じチームメイトの人とここで会ったけれど、 幸村はあまり嬉しそうな顔をしていなかった、気がする。 入院中も何か部内の相談をして来ることを重荷に感じているのだろうか?
幸村はリョーマといると楽しそうにしているが、そういう話は一切しない。 詮索は嫌いだから、リョーマもわざわざ尋ねたりしないのだが、 時々心配になってしまう。 自分よりもずっと長いはずのチームメイトの中に、苦しみを打ち明ける人は誰もいないのかと。
「越前君が来てくれることだけが、俺の楽しみだよ」 そう言って笑う幸村に、リョーマは曖昧に笑って返すことしか出来なかった。
今日は割りと早めの訪問をしたからか、 帰ると言っても幸村はごねることなく「じゃあ、またね」とあっさり見送ってくれた。 とはいえ、「絶対、絶対に来てよ」と念押しされてしまったが。 近い内に行くつもりだったから、約束は簡単に守ることが出来る。
入学式前にもう一度、と考えながら病院を出たところで、 こちらへ歩いて来る人物に気付く。 たしか幸村の病室で会った人だ。 あの時より元気が無く、肩も落としてあるいている。
向こうもリョーマに気付いたらしく、「越前、か」とぼそっと声を出した。 「あんたはたしか、えーっと」 咄嗟に名前が出てなくて困っていると、 「真田だ」と呆れたような顔をして、もう一度名乗ってくれた。
「今日も、幸村の見舞いに来てくれたのか」 「うん。まあ、約束したから」 「そうか……。幸村も喜んだだろうな」
言葉とは違い、真田は疲れたように暗い表情をしている。 思わずリョーマは「大丈夫っすか?」と声に出してしまう。
「大丈夫、とは?一体どういう意味だ」 真顔で聞かれて、リョーマは目を瞬かせた。 どうやら自分がどんな顔色しているか、わかっていないらしい。 「あんたがなんか疲れた顔しているから。相当参っているのかと思って」 「なっ…、そんなことあるはずがない! 何を馬鹿なことを言っているのだ!」
大声を出されて、リョーマは顔を顰めた。
「馬鹿って?俺は見たままを言っているんだけど?」 すると真田は不機嫌そうに口元を歪めた。 どうやら図星を指されるのが、嫌いなようだ。
「だとしても、お前に心配される筋合いは無い!」 真田はリョーマを無視して、病院に向かおうと歩き出す。 その背中に、「あんたの心配だけをしているわけじゃない」と呼び掛けた。
「何?」 足を止めて振り返った真田に、 「そんな顔して、幸村さんの所に行くつもりかよ」と言い放ってやる。
「何があったか知らないけど、今ちょっと幸村さん疲れているみたいだから、 心配事を持ち込むなら明日にしたら?」 「馬鹿な。俺は幸村の様子を見に来ただけだ。何も相談するつもりはない」 「だったら尚更だよ。そんなあんたの顔色見て、なんとも思わないはず無いだろ」
少し強く言うと、さすがにショックを受けたのか、真田は顔を強張らせてその場から動かない。 そんな真田に少し近付いて、リョーマは「約束は?しているの?」と尋ねた。
「いや。俺が勝手に来ただけだ」 「だったら尚のこと、止めておいた方がいい。 まず、その顔色なんとかしたら?」 「俺はそんなに酷い顔しているのか?」 「うん」
正直に答えると、真田はしょげたように肩を落とした。
「相談に来たんじゃないのなら、明日にでも出直した方がいい。 今のままなら、心配させるだけだろうから」 「そうだな……お前の言う通りだ」
ふうっ、と一息ついて、真田はリョーマに向き直った。
「今日は止めておこう。幸村のところへは、また改めて訪問しよう」 「うん。それがいいよ」 良かった、とリョーマは頷いた。
なんとなくだが、半分眠りながらさっきの仁王と幸村の会話を聞いていた感じでは、 部内のことにあまり関わりたくなさそうに思えた。 それなのに今日、真田が暗い顔をして現れたら、幸村の気持ちは落ち込むだけになりそうだ。 だからつい余計なお節介を焼いてしまったのが、 これで良かったのだろうか。
「それにしても、お前は……幸村のことよく考えてやっているんだな」 真田に言われて、リョーマは首を傾げた。 「そう?まあ、友達として普通には接しているけど」 「普通、か……」
またも真田は頭を悩ませてしまっている。 彼の長考に付き合う義理は無いので、 「じゃあ、俺もう行くね」と声を掛けて駅へと歩き出す。
数メートル歩いたところで一度振り返ると、 真田はまだ悩んでいるらしく、額に手を当てて固まっている。
大丈夫かな、と少し心配しつつも帰りの時間がある為、今度は真っ直ぐ前を見て歩き出した。
チフネ

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