チフネの日記
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| 2010年05月05日(水) |
miracle 2 真田リョ |
春休みの練習も、数日したら終了する。 そしてもうすぐ一年生が入部して来るはずだ。 人数が増えるから、今やっているメニューも少しずつ変えなければいけない。 どうするかは、柳に相談しよう。
そんなことを考えて、真田はコートを見渡した。 皆、それぞれ練習に励んでいるが……違和感に気付く。
「仁王は、どこに行った?」 真田の声に、何人かが顔を上げる。 が、すぐにふいっと視線を逸らしてしまう。
(全く、どいつもこいつも…!)
苛々しつつ、「誰か仁王がどこに行ったか、知らんか!?」と少し大きな声を出す。 「あ、俺……さっき、部室の方に歩いて行くのを見た、気がする」 ほぼ無視されるがその中の一人だけ、ジャッカルがおずおずと声を掛けて来た。 「部室に?」 「ああ。それからは見ていないぜ。もしかしたら、帰ったのかも…」 「またか!あいつは練習をなんだと思っているんだ!」 憤慨する真田に、ジャッカルはびくっと肩を揺らした。
「おいおい、真田。ジャッカルは関係無いだろぃ」 それまで黙っていた丸井が、ジャッカルを庇うように肩を抱いて「行こうぜ」と真田から離れようとする。 「だから、止めとけって言ったのによ。馬鹿正直に話すから、巻き込まれるんだぜ」 「けど、無視するわけにもいかないだろ」 「だからって、お前が怒られることねえだろぃ」
ふんっ、と丸井は鼻息荒くして、ジャッカルを引っ張って行く。 一連の出来事を見ていた人々は、呆れたような目をこっちに向けてくる。 これも、いつもの事だ。
立海テニス部はもう、幸村が居た頃と違って一体感も緊張感も無くなっている。
肩を落とす真田に、「真田君」と柳生が声を掛けて来る。 「今のはよくありません。仁王君に文句があるのなら、彼に直接言えばいいことです。 あれでは八つ当たりしているようにしか見えませんからね」 「そうだったか?」 「そうですよ」 そんなつもりは無かった。 ただ仁王が勝手に居なくなったことが腹立たしくて、イラついたのは確かだ。
「で、仁王はどこに行ったんだ?本当に帰ったのか?」 「おや、今度は私に八つ当たりですか」 「だからそういうつもりじゃないと言っているだろう!」
どうして伝わらないのか。 仁王は練習をサボっていて、それに対して怒るのは当たり前なのに。
「だとしたら、仁王君に直接聞いて下さい。 ダブルスのパートナーでもありますが、いちいち全ての行動を把握しているわけではありませんので」 言うことだけ言って、柳生はさっさとコートへと戻ってしまう。
言い返すことも出来ないまま、真田はその場に立ち尽くす。
正論を言っているだけなのに、空回りしている気がする。 誰も付いて来ることもなく、むしろ悪い方向へ向かっている。 こんな状態で大会を勝ち抜くことが出来るのか。 幸村が居た頃と比べると……自信が無い。 何かと幸村と比較するのも良くないが、どうしても引き摺ってしまう。
情けない、と真田は心の中で呟いた。
その頃、部活を勝手に早退した仁王は幼馴染の家に居た。
「雅治。今日はもう練習終わったの?」 「終わった、終わった。楽勝じゃ」 「それ、本当?」 筆を置いて、幼馴染は顔を上げた。 「途中で抜け出したんじゃないの」 じろっと睨まれて、仁王は軽く肩を竦めた。 「そんなことして何になる。わざわざ舞子の顔を見に来る理由も無いしの」 「そうだけど……。本当にサボっていないんでしょうね」 「しつこい。舞子は黙って絵を描いていたらええんじゃ」
再び仁王はソファに横になって、漫画の続きを読み出す。 巻数があるから、一度に読むことは出来ない。 それを読みに来るという名目で毎日通っている。 家も隣で、小学生の頃からしょっちゅう出入りしていた仲だから、 今更理由など要らないのだけれど……。
溜息をついて、舞子は再び絵に向き合う。 彼女がこうして筆を取っているすぐ側で、仁王はいつも好き勝手なことをして遊んでいた。 それが日常だった。 こんな時間が、ずっと続くと思っていたのに。
「6月になったら、引越しするんだって」
いつもの他愛ない話のように言った舞子に、仁王は返す言葉が見付からなかった。 父親の海外勤務に一家で付いて行くこと。 6月にはいなくなるということ。 淡々と話す彼女に、もう一緒にいることは出来ないんだと、どこか他人事のように思った。
仁王が小学生の頃、この土地に引越しして来てから以来の付き合いだ。 妙な話し方をする仁王は、なかなか友達を作ることが出来なかった。 そんなの構わない、別に一人だって学校くらい通えると強がっていた仁王に親切にしてくれたのが舞子だった。 家が隣だったから、いつも一緒に登下校をして、互いの家を行き来して遊んだ。 それは中等部に入ってもほとんど変わることはなく、男女という枠を超えて、お互いがいることが当たり前になっていた。
恋とは少し違うと思う。 仁王にとって舞子は家族のようなものだ。
しかし突然に別れはやって来るものだ。 いつまでも続く日常などない。 舞子の引越しの話を聞いて以来、心にぽっかりと穴が開いてしまったかのようだ。
自分はもっと冷静な性格だと思っていた。 人との別れもあっさりと受け入れられると。 しかしいざ、家族のように大切にしていた人がいなくなると知って、 平静を保っていられなくなってしまっている。
部活をさぼりがちになったのも、この所為だ。 少しでも長く、今の日常を失いたくない。
そんなこと舞子に言えば怒られるのはわかっているから、いつも適当に誤魔化している。
「ねえ、雅治」 舞子は色を塗りながら、そっと声を掛けて来た。 「なんじゃ」 「私は6月までしかいられないけどさ、全国大会頑張ってよ。 立海の優勝するの、遠くで祈っているから」 「何をいきなり……」 「その為にも練習はきっちり顔を出さないと。 ここの所、自主練もしていないじゃない」 「あー、もう。うるさいのう。見えないところで努力しているんじゃ。 それ位察してくれ」 「察するもなにも、いつもここで寛いでいるばかりじゃない。 入院している幸村君も心配していると思うよ」 「……」
それまで読んでた漫画を放り出して、仁王は立ち上がった。
「邪魔だったら、そう言えばええじゃろ。 少し出て来る。また舞子が暇になった頃に来るからの」 「えっ、ちょっと」
舞子が止める間も無く、仁王は部屋を出た。
自分がさぼるから心配しているのだろうけれど、 テニス部のことであれこれ言われたくない。 今の部内の雰囲気は、仁王にとって少し重いものになっているというのに。
(久し振りに幸村の顔でも見に行くかの)
舞子に言われたからではないけれど、幸村のことが少し気になった。 ちょっとだけ話をして気を紛らわそうと、病院へと向かった。
仁王にとって幸村はさほど仲が良いというわけではないが、 部長として信頼出来る仲間だった。 彼が部長になれば、全国制覇は間違いない。 そう思わせるようなカリスマ性を持ち合わせている。 だから幸村が入院した時、テニス部はどうなるのかと不安に思った。 真田も決して実力では幸村に負けてはいない。 しかし部長代理として引っ張っていくとなると、話は別だ。 案の定、心配した通りの展開になって、仁王自身もストレスを抱えている。
病院に到着し、真っ直ぐに病室へと向かう。 すると幸村のいる個室に入ろうとする私服の少年が目に入る。 ここの売店で買い物したらしく、手には飲み物が入った袋を手にしていた。
少年が入ったのを見て、仁王も後に続く。 きっと親戚の子か何かだろう。 別に遠慮することは無い。ちょっとだけ話をして帰ろうと、仁王は考えてノックをした。
「おや、仁王。珍しいね。どうしたの」 ベッドの上で体を起こした姿勢で迎えてくれた幸村の顔色は、以前見た時より大分よくなっていた。 とはいえ、どう回復しているか詳しく聞けないが。
先ほどの少年は、幸村のすぐ隣に腰掛けて飲み物を飲んでいる。 ちらっと仁王を見ただけで、後は無反応だ。 幸村の客だから関係無いと思っているのかもしれない。 それならそれでいいと、仁王は幸村の側に寄って行った。
「まあ、たまにはお前さんの顔でも見ておこうと思っての」 「とりあえず座ったら?あっちに予備の椅子が置いてあるよ」 幸村が指差す方向に、もう一つパイプ椅子が置いてある。 仁王がそれを取って来ようと足を踏み出すと同時に、 「俺、もう帰ろうかな」と少年が口を開いた。
「なんで?帰ることないよ。越前君はずっとここにいればいい」 「けど折角友達が来てくれたんでしょ。ゆっくり二人で話しをしたいんじゃないの」 「いいの、いいの。仁王だって越前君がいても構わないよね?」 話を振られて仁王は「ああ……」とゆっくり頷いた。
短いやり取りだが、幸村がこの越前と呼ばれた少年に帰って欲しくないことがわかった。 とても気に入っているようだが、親戚の子だろうか。それにしては似ていない。 仁王が椅子を移動させている間も、幸村は少年が帰らないようにと肩を掴んでいる。 「もういい。ここに残っているから。肩、放して」 「本当にどこかに行ったりしない?本当に?」 「しないから……。ねえ、幸村さんっていつもこんな風なんすか?」
急に話し掛けられて、仁王は少し戸惑いつつも首を横に振った。
「いや。俺の知っている幸村はもう少し落ち着いて、騒ぐような奴じゃない」 「へえ、なんか俺と一緒の時と違うみたいだけど」 その言葉に、幸村は苦笑している。 「越前君といるとつい楽しくて、テンションが上がってしまうからね」 「ということは幸村、俺達が見舞いに来てもつまらんということか?」 「そういうわけじゃないけど、越前君だけは特別だからね」
そう言って優しく笑う幸村に、仁王は意外なことを聞いたというように目を見張った。 誰に対しても同じように接している幸村が、こんな風に言うのは珍しい。 一体どういう知り合いか、興味が沸いてくる。
「俺は仁王雅治。よろしくな」 少年に向かって改めて挨拶すると、「越前リョーマっす」と少年は名乗った。 「幸村とは、長い付き合いなのか?」 「ううん。そうでも無いけど」 「仁王。俺に会いに来たんだよね?」 話を遮るように、幸村が口を挟んで来る。 「越前君にあれこれ詮索するのは駄目だからね。わかった?」 「ああ」
幸村の前で話し掛けない方が良さそうだ。 本能的にそう察して、仁王はリョーマから幸村へ視線を移した。
「それで?今日はなんの愚痴を零しに来たの?」 「愚痴っていうわけじゃないが、最近テニス部の雰囲気があまり良くない。 幸村から真田になんとか言ってくれんのかの」 「君が練習さぼったりするから、真田がぴりぴりしているんじゃないの」 容赦なく言われて、仁王はすっと目を細めた。 「真田から聞いたんか?」 「いや。あいつは俺に何も無い、心配ないとしか言わないよ」 「ふうん。そうか」 「でもこの時間はまだ部活のはずだろう。なのに仁王がここにいるとしたら、さぼっている以外に考えられない」 「今日の部活は昼までじゃ」 「そんなはずはない。真田が休みならともかく、あいつは熱を出そうが部活に出て来る奴だからね。 今日も夕方までみっちり練習があるはずだ」 「なんだ、わかっていたんか」
溜息をついて仁王は椅子の背に体重を掛けた。
「練習をサボっていたのは事実じゃ。けど、時々、息が詰まりそうになる。 お前さんがいた時は良かった。適度に息抜きしても見逃してくれたからの。 けど今は真逆の体制で苦しくなる。一年生が入っても、あれじゃ続かんぜよ」 「真田には真田のやり方があるんだよ」 「けどなあ」 「真田に不満があるのなら、直接言えばいい。 今の俺に言われても、どうしようも無いよ」
言えるものなら、とっくに言っている。 けれど真田はすぐに怒ってしまうので、話し合いにならない。 そこをなんとかして欲しいと思っているのに。
幸村はもう興味がないというように、仁王から視線を逸らして、 半分眠ったようにベッドの縁に顔を埋めているリョーマの髪を撫でている。
入院しているとはいえ現部長は幸村なのだから、もう少しなんとかしてくれてもいいのに。
不満に思いながらも言えないのは、彼が入院していつ出られるかわからないからだ。 早く健康になって、復帰してくれたら。 それを一番望んでいるのが幸村だからとわかっているから、何も言えない。 きっと他の部員も同じなのだろう。
結局ここに来ても不満は解消されることなく、仁王は溜息を零した。
チフネ

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