チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2010年05月04日(火) miracle 1 真田リョ

幸村の復帰の目処が無いまま、四月を迎えようとしている。
このまま真田達は三年生に進学する。
そして大会が始まったら、今いるメンバーだけで戦うことになるだろう。

メンバーの実力に不安は無い。
立海のレギュラー達は最強と呼ばれるのに相応しいと思っている。
きっと今年度の全国大会も優勝出来ると、真田は考えていt。

けれど、不安は消えない。

今のテニス部は幸村が居た時と、少し違う空気に変わっている。
部長代理の自分ではやっぱり駄目なのだろうか。
幸村と同じようにと考えていたわけじゃない。

それでも自分なりに部を支え、引っ張って行こうと努力しているつもりだ。
しかし頑張れば頑張る程、結果が遠退いている気がする。
こんなこと、入院している幸村に言えるわけがな。

春休みの間も、練習は続いている。
今日も終わってから、こうして病室に見舞いに来たのはいいが、
当たり障りの無い会話をして帰ることになりそうだ。


幸村がいる個室の前まで来て、真田は立ち止まった。
中から声がしたからだ。
チームメイトの誰かがいるとしたら、少し気まずい。
じっとその場に立ち尽くしていると、幸村ともう一人の会話が聞こえて来た。

「本当に残念だよ。君が立海に来てくれたら、次の代でも安泰だと思ったのに」
「さっきからそればっかり。あのさ……、俺の家からここまで通うのにどれ位時間が掛かるかわかってんの。
絶対無理っす」
「そっか。でも、ショックだな。これで体調が悪化したらどうしよう」
「それ、嫌がらせっすか」

会話からすると、チームメイトではないとわかった。
それにしても幸村は随分楽しそうにしている。
相手は一体誰なのだろう。

「でもよりによって青学に入ること無いじゃないか。
大会で立海と当たったりしたら、どっちを応援したら良いかわからなくなるよ」
「青学は親父が勝手に決めただけっす。俺の所為じゃないでしょ。
それにテニス部に入っても、続けるかどうかはわからないよ」
「そうなんだ?」
「うん。練習相手にもならないような奴ばっかりだったら、すぐ辞めるつもり」
「ふーん。さすが王子様は言うことが違うね。
お眼鏡に適うかどうか、青学の方が試されているってわけか」
「王子様って、何すか。それ」
「君のことだよ。イメージにぴったりじゃないか」
「嬉しくないっす」

青学?
何のことだと、真田は首を傾げた。
幸村は青学の生徒と話をしているというのか。
相手は一体、誰なんだ。

青学といえば、手塚か不二しか思いつかない。
しかし発言から察するに、その二人では無さそうだ。
微妙に失礼なことも言っている。

誰だか確かめてみようと、真田は目の前の扉をノックした。

「はい」
幸村の返事の後、真田は中へと入った。
するとベッドの脇に腰掛けている少年が、こちらを向いた。
まだ小学生といった、あどけない顔をしている。
けれど視線は鋭く、真田を見定めるかのようにじっと大きな目で見詰めて来る。

「やあ、真田。今日も来てくれたのかい」
「ああ」
頷いて、真田は少年の隣に並ぶ形で、幸村がいるベッドへと寄って行った。
「越前君、さっき話していたうちの副部長の真田だよ」
「ああ……、この人が」
幸村の紹介に、越前と呼ばれた少年は納得したかのように頷く。
「なんかイメージ通りっすね」
「イメージ?」
「うん。幸村がさんが話してくれた人を想像したら、あんたみたいな感じになる」
「……」

あんた、と呼ばれて、真田は少し顔を顰めた。
そんな失礼な呼び方は、身内である甥っ子を除けば誰一人としていない。
きっとこの子供は礼儀というものを知らないのだな、と真田は自分に言い聞かせた。

「俺のことは、大体幸村から聞いたようだな。
それで、君は誰なんだ?」
気を取り直して、真田は少年に名前を尋ねた。
自分のことだけ知られているのは、フェアじゃない。
少年はきょとんとした後、「越前リョーマっすけど」と名乗った。

「そうか。覚えておこう。幸村の友人なのか?」
「まあ、そんなところ。
あんたみたいに長い付き合いじゃないけどね」
「そうか」

この二人は、一体どんな知り合いなのだろう。
ふと、真田は気になった。
約二年間、チームメイトとして一緒だった幸村に、こんな友人がいるなんて、聞いたことは無い。

「越前君、真田ばっかり構っていないで俺とも話をして欲しいな」
ベッドから手を伸ばし、幸村はリョーマの肩を軽く掴む。
「幸村さんとは散々話をしたじゃん。まだ足りないの?」
「うん。君といると時間が経つのがやけに早く感じる」
「はあ」
「あれ?信じていない?」
「だって冗談かどうかわからない口調だったから」
「俺はいつでも本気なのになあ」

くすっと、幸村は笑った。
珍しいことだ。
真田は思わずまじまじと、その横顔を眺めた。

入院して以来、幸村の表情には以前と違う翳りが見られるようになった。
心配掛けないようにと、笑顔を向けることはあっても、
どこか作っているようで、見ているこちらが痛々しかった位だ。
けれど今は心から楽しそうにしているとわかった。

この少年のおかげなのだろうか。
幸村とどんな縁があってここにいるのか、ますます気になって来る。

リョーマに視線を移してじろじろと眺めると、
「何すか?」と見上げて来る。
「あ、いや。別に……」
大きな黒い瞳と視線がぶつかって、らしくもなく真田は口篭った。

こんな小さな子供相手に、臆しているわけじゃない。
けれど意思の篭ったその目にじっと見詰められると、
不思議なことに言葉が上手く出てこなくなる。
真田のそんな様子を見て、リョーマはニヤッと笑った。

「なんだ。案外、普通の反応もするんだね。
幸村さんから聞いた感じだと、もっと偉そうにしているのかと思ったけど」
「何?」
「まあまあ、真田。俺の言い方に問題があるのだから、彼を責めないでやって」
幸村に言われて、真田は仕方なく口を閉じた。
さすがに病院内で文句を言うのは、憚られる。

「越前君に、立海でのことを色々話し過ぎてしまったようだ。
興味を持ってこっちに編入してくれたらと思ってのことだけど、
やっぱり無理だったみたいだ」
「いや、通学時間で無理あり過ぎるから」
そう言って、リョーマは立ち上がった。

「俺、そろそろ帰るよ。十分、長居したからね」
「えっ、もう?」
目を丸くする幸村に、リョーマは呆れた顔を向ける。
「昼からずっと居たでしょ。もう帰らないと」
「じゃあ、また来てくれる?」
「気が向いたらね」

名残惜しそうな幸村に対し、リョーマは実にあっさりとしている。
もう少し言い方は無いのかと思ったが、口に出すのは止めにした。
幸村が気にしていないのなら、自分が何か言う権利は無い。

「じゃあね」
「必ず、来てよ!」
幸村の声に、片手を振ってリョーマは病室を出て行った。

「行っちゃったか」
ふっと息を吐いて、幸村は顔を上げた。
「座れば?」
真田にさっきまでリョーマが座っていた椅子を勧めて来る。
「俺もそんな長居するつもりでは」
「君までもう帰るの?寂しいなあ」
そう言われて無視することも出来ず、真田はパイプ椅子に腰を下ろした。
直前までリョーマが座っていたので、まだ生暖かい。

「すまない。邪魔したようだな」
自分が来なければ、リョーマはもう少しここに居たはずだ。
幸村はそれを望んでいたのだろう。
項垂れる真田に「何、謝っているの?」と幸村は笑顔を浮かべた。

「ついつい引き止めちゃっていて、本当は帰さないといけないとわかっていたから、
ちょうど良いタイミングだったよ」
「そうか」
「また来てくれるだろうから、別に構わない」

そう言いながらも幸村の目には、寂しいと書いてあるようだった。
同じチームメイトである自分よりも、リョーマといる方が楽しいのか。

そんな事実を突き付けられた気がして、どこかがっかりしてしまう。

やはり自分では支えになっていなかったのかと、
ここでも必要ないと言われている気がする。

「真田?どうかしたのか?」
幸村の声に、真田は顔を上げる。
「いや。あいつとはずいぶん仲がいいんだなと思って」
「そうでもないよ。でもこれからもっと仲良くなる予定なんだ」

意味深に言う幸村に、真田は目を瞬かせた。
二人の間に何があるかは全くわからない。
ただ幸村はリョーマのことをとても気に入っている。
それだけは事実だろうと思った。

「ところで真田。テニス部の様子はどうだい?」
幸村に突然質問を振られて、真田の鼓動が少し早くなる。
落ち着け、と一呼吸置いてから答える。

「いつも通りだ。なんの問題もない」
「そう」

嘘だ。
今のテニス部は幸村が居た頃とは違ってしまっている。

「皆、お前の帰りを待っている」

これは本当。
幸村が居てくれれば安心だと、全員が思っているのを真田は感じている。

「俺もお前の帰りを待っている。
早く回復すると、いいな」
「うん」

その時には、また元通りになれるのだろうか。
万が一、今のようなまとまりのない状態が続いたら、
それこそ幸村に合わせる顔が無い。
なんとしてでもその事態は避けたい。

(すまない、幸村。俺はお前に心配を掛けないように『嘘』ばかりついている)

いつからこんな風になってしまったのだろう。
らしくもなく、真田は心の中で重い溜息をついた。


チフネ