チフネの日記
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2010年05月03日(月) 雨 2   真田リョ


家人が留守とはいえ、手ぶらで訪問するのはどうかと考えて、
真田は電車に乗る前に駅前のケーキ屋に寄っていくつか購入することにした。
リョーマは食べてくれるだろうかとふと考えたところで、
食べ物の好みなどまるで知らないことに気付く。

(接点も何も無いからな。知らなくても、当然だ)

万が一、いらないと言われたら持って帰るまでだ。
しかし喜んでくれるのなら、こちらも嬉しい。

右手に傘、左手にケーキの箱が入った紙バッグを持って真田は店を出た。


それからリョーマの家の最寄りの駅に到着して改札を出ると、「真田さん!」と名前を呼ばれる。
声がした方を向くと、リョーマが走り寄って来るのが見えた。

「あの、わざわざ来てもらって」
「その話は、もういい」
リョーマの言いたいことが先にわかって、真田は遮るように口を開いた。
「俺から申し出たことだ。別に気にしなくてもいい」
「……はあ」
「なんだ、気の抜けたような返事をして」
「いや。なんでわざわざこんな面度なことを引き受けてくれるのか、
気になっただけっす」
「特に面倒なことでもない」
「いや、だって近所ってわけでもないのに。普通なら、言わないと思うんだけどな」

じっと見詰めてくるリョーマに、真田は(たしかに、そうかもしれない)と考える。

しかし今日はリョーマと会う約束をしていた。
電話をしてから、ずっとそのつもりだったのに雨に邪魔をされた。
次は必ずテニスしようとリョーマは言うが、いつになるかわからない。
そんな当ての無い日よりも、今日会って顔を見ておきたかった。

「真田さん?急に黙って、どうしたんすか。
やっぱり面倒だったんじゃ……」
リョーマの声に、真田はハッと我に返った。

「そんなことはない。
俺は、ただ…、そうだ!お前が宿題を片付けていないというから、気になっただけに過ぎない。
だから終わる所まで見届けないと思って来ただけだ」
「はあ」

納得してはない感じで首を捻るリョーマを見ないようにして、
「家はどっちの方だ」と真田は言った。
「こっち」
「じゃあ、行くか」
「……うん」

まだリョーマは腑に落ちない顔をしているが、それ以上追求することないまま雨の中を歩き始める。
そのことに真田はホッとして、後をついて行く。

(ただ会いたかった?全く、どうかしている……)

さっきの思考は気の迷いと片付けて、無言のまま傘をぎゅっと握り締めた。











先に聞いていた通り、リョーマの家族は不在だった。
当然のことだけれど、家の中は静かだ。
と思ったら、廊下の奥からミシッという音が聞こえて、真田は慌てて顔を上げた。
家族だったらきちんと挨拶をしなければと背筋を伸ばす。

「カル、ただいま」
「カル……?」
靴を脱いだリョーマが優しい声を出すと、毛玉のようなものがこちらに近付いて来た。
迷うことなくリョーマはそれを抱き上げてこちらを振り向く。
「ほら、カル。真田さんに挨拶しなよ」
「ホアラ」
「越前、それはお前の猫なのか?」
少し丸々としているが、猫に間違いないだろう。
そう尋ねると、リョーマはこくんと頷く。
「カルピンって言うんだ。真田さんは猫は平気?」
「ああ。動物は好きだからな」
「良かった。カルピン、ほとんど家の中どこでも歩いているから」
「そうなのか。よろしくな、カルピン」
「ホアラ」

リョーマの腕の中にいるカルピンの喉を軽く触れてやると、
嬉しそうに目を細める。

「カルピン、真田さんのこと気に入っているみたい」
「そうか。仲良くやっていけそうだな」
「うん」

ニコッと笑うリョーマに、真田の心臓が軽く跳ねる。

どうも、リョーマの生意気ではない別の表情を見ると、こちらの調子が狂う。

こほん、と咳払いして真田は「とりあえず、これを冷蔵庫に入れて置いてくれないか」と、
持っていた包みをリョーマの方へと差し出す。
「駅前のケーキ屋で買っておいた。丸井が美味しいと言っていたから、味は確かなはずだ」
「そんな、勉強教えてもらって、更にお土産までなんて、悪いっすよ」
またリョーマは遠慮の言葉を口にする。
これでは話が進まないと、真田はやや強引に押し付けることにした。
「いいから、遠慮するな。それよりさっさと宿題に取り掛かるぞ。もたもたしている時間は無い」
「……っす」

カルピンを床へ下ろし、リョーマは真田の持って来た箱を受け取った。

「俺の部屋、二階っす。ドア開いているから、すぐわかると思う。
これ、冷蔵庫に入れてくるから先に行ってて」
「ああ」

頷いて、階段の方へと向かう。
ドアが開いている部屋は一つしかないので、すぐにわかった。

中へ入ると、きちんと整頓しているとは言い難いが、
それでも勉強するスペースだけはきちんと確保されている。
真田が来るというので、慌てて片付けたのだろう。
リョーマのイメージ通りだなと、真田はふと笑った。


「真田さん」
すぐに追い付いてきたリョーマの声に、真田はびくっと肩を揺らした。
「あ、いや、別にじろじろ見ていたわけでは」
「は?」
「……勉強、始めるか」
「そのつもりっすけど」
「そうか、なら座ったらどうだ」
「はあ」

ぽかんとしつつもリョーマは真田の言う通りに、床に置かれた小さなテーブルの前に座った。
ノートや筆記用具が用意してあるところを見ると、それが課題なのだろう。
真田もすぐ隣に腰を下ろす。

「どの部分が問題なのか、言ってみろ。出来るだけ、答えに近付くようヒントを出してやろう」
「ええっと、まずこの部分からなんだけど……」

早速、問題を引っ張り出すリョーマに、
真田は内容を確認してまず最初から答えを出すのではなく、解き方を教えてやることにした。
宿題を片付けるだけなら、真田が教えてやれば済むだけのことだ。
しかしそれはリョーマの為にならない。
なるべく本人に考えさせて、次からも解けるようにする為に考え方を導いて行く。
それが真田のやり方だ。

しかし赤也は「副部長〜、もう、いいから答え教えて下さいよ」と、実に不真面目な言い方ばかりで、
教え甲斐が無いというか、真田を苛立たせるばかりだ。
それに比べて、リョーマは真面目に取り組んで、しかも真田の言うことを良く聞いて、理解しようとしているので、さくさくと宿題が進んで行く。

手助け無くとも、終わっていたんじゃないだろうかと思っていると、
「少し休憩しませんか?」と、リョーマが顔を上げた。

「もう1時だし、そろそろお昼ご飯にしません?」
「そうだな。どこかに食べに行くか?」
この辺りの地理には詳しくないから、リョーマに案内を頼むかと真田は考えていた。
すると「あの、まだ雨降ってるし、簡単に出前とかどうっすか?」とリョーマは言った。

「真田さんに勉強教えてもらうって言ったら、うちの親がお金置いて行ってくれたんす」
「いや、そんな大したこともしていないのに、ご馳走になるわけにはいかない」
たかが宿題の面倒を見ただけで、と真田は辞退しようとしたが、
リョーマは「駄目っすよ」と近付いて来た。

「何も頼まなかったら、俺が怒られるっす。お客さんを招いて、何もしなかったのかって。
だから、なんか食べたいもの言ってください」
「しかし……」
「もし提案してくれないのなら、勝手に頼むから。
例えば、うーん、デラックスピザとかそんなんにしてもいいんすか?」
「それは、勘弁してくれ」

ピザやハンバーガーといった類のものはあまり好きではない。
眉を寄せた真田に、「じゃあ、注文言って」とリョーマはにっこり笑った。


結局その笑顔に逆らうことが出来ず、
あまり値段の高くない蕎麦を注文することに決めた。












数十分後。

出前が届き、二人は少し遅いお昼ご飯を食べ始めた。


「真田さんって、箸で食べるの似合うっすね。
期待を裏切ってピザがいいとか言っても、面白かったけど」
「すまないが、その期待には応えられないぞ……」

リョーマも真田に合わせて蕎麦を食している。
真田のイメージだと、リョーマこそジャンクフードを好みそうなものだが、
意外にも和食が好きだと知って、驚かされた。

「ピザが食べたいのは、お前の方ではなかったのか?」
「うーん、今は別に。
それに休日に俺と親父だと、そんなもので済ませることが多いんで、ちょっと飽きてる。
夕飯とかも洋食が多いんで、時々和食が無性に食べたくなる」

溜息をつくリョーマに、真田は無意識に「だったら、今度俺の家に来るか?」と口にしていた。
「え、真田さんの家に?」
「食事はほとんど和食メインだからな。その点ではきっと満足してもらえると思うぞ」
「行っても、いいんすか?」
「ああ。いつでも来ればいい」
「やった!」

小さくガッツポーズをして喜ぶリョーマを見て、和んでいる自分に気付かされる。

どうしてだろう。
今、自然とリョーマを家に招待したいと思っていた。
試合とは関係なく顔を合わせたのは、これで二回目。

試合会場との印象とは大分違って、素直なリョーマに驚かされ、そしてもっと親しくなりたいと思ってしまう。
どうしてか、その理由はわからないままだ。

「真田さん?」

手が止まった真田に、リョーマが声を掛けて来る。

「どうしたんすか?さっきから、時々ぼんやりしている気がするんだけど。
なんか、心配事でもあるんすか?」
「いや、考えていただけだ」
「何を?」
「それは、」

真田は言葉を詰まらせた。
ずっと、リョーマのことばかり考えている。
けれど、リョーマ本人はそこまで真田のことを気にしていないはずだ。
なのに思ったことを口に出せるはずもなく、
どうしたものかと考えて、違うことを言うことにした

「試合の時と随分態度が違うものだな、と。
普段のお前は意外と素直なので、驚いていただけだ」
「意外で、悪かったっすね」
「いや、決して悪い意味で言ったわけでは…!」

怒らせてしまったのかと慌てて言い訳すると、
リョーマはくすっと笑うのが見えた。

「けど、それはお互い様。俺も驚いているかも。
真田さんって、もっと怖い人かと思っていたけど、すごく親切でびっくりした。
試合のイメージから、問題を間違えたら怒られるかとちょっと思っていたのに」
「そんなこと、するはずないだろう」

言いながら、違うなと真田は思った。
赤也相手なら、何を聞いていたのだと一喝していたところだ。
しかしリョーマは真面目に真田の話に耳を傾けていたから、怒る気になれなかった。それだけだ。

「そっか。じゃあ、厳しいのは試合の時だけなんだ。
普段はこんな優しい先輩なんて、立海の人が羨ましいかも」
「大袈裟だな。別に特別なことはしていない」
「そういう風に言えるのが、真田さんのいい所だと思うっすよ」

赤也が聞けば、「騙されるな!」とツッコミを入れるところだが、
生憎とこの場にはいない。


にこにこと笑うリョーマにまた目を奪われながらも、
真田は「蕎麦、伸びるぞ」と照れ隠しに言って、残りを食べ始める。

「食べ終わったら、また続き教えてくれるっすか?
それで片付いたら、真田さんが持って来てくれたケーキ食べようよ」
「そうだな。じゃあ、残りも頑張れるな?」
「うん!」


お互い試合の時の緊張感から解放されたリラックスした顔で、
向き合って蕎麦を口に運ぶ。


数ヶ月前には考えもしなかった光景だけど、
あの時より縮めた距離で、確かに今日ここにいる。

何度も会っていれば、その距離はもっと縮むのだろうか。


真田はふと、そんなことを考えた。


チフネ