チフネの日記
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2010年05月01日(土) 真田リョ たった一本の電話から 

今日は真っ直ぐスポーツクラブへ行くかと、真田は教室を出た。
そこへ見知った人物が前を歩くのが見えて、思わず声を掛ける。

「幸村。今、帰りか?」
「やあ、真田」
幸村はすぐに振り返り、足を止める。
「今から帰るところ?」
「ああ。クラブに寄るつもりだがな。良かったら、幸村も一緒に行かないか?」
「うーん。今日は部活に顔を出そうと思ってるんだ。
たまには様子を見ておかないとね」
「そうか。俺も今度行くことにしよう」
「それがいいよ。赤也もきっと喜ぶはずだ。
あ、でも行く時はいきなりの方がいいかも。
びっくりさせた方が、喜びは倍になるからね」
「ああ。わかた」

そう言って頷く真田を見て、幸村はいっそう深く微笑む。

三年生が引退して、今の立海は部長である赤也が仕切っている。
頑張ってはいるが、気を抜く所は思い切り抜いている。
散らかった部室を見て、真田が雷を落とすのは間違いない。
その時の赤也の顔が目に浮かぶと、幸村は声を出して笑いそうになるのを必死で堪えた。

「そういえば、この間の小テストで、赤也がまた酷い点を取ったんだって」
「何?全く、あいつは少し目を離すとこれだ。
次に会ったら、じっくり指導してやらねばいかんな」
「そうだね。その時は是非、俺も呼んでよ。後輩の力になってやりたいからね」
「幸村、お前は本当にいい奴だな」
「そんなことないよ。じゃあ、そろそろ部室に行くから。
真田は自主練、頑張って」
「ああ」

真田の後ろ姿を見て、(全く変わっていないね)と、幸村はくすっと笑う。
生真面目で、人を疑うという事を知らないところは特に。
きっといつまでもあのままなんだろうなと思う。

とりあえず赤也には真田が部活に顔を出すことは黙っておこう。
大切なイベントにはサプライズが必要だからね、と呟く。
人の悪い笑みを浮かべつつ、幸村は部室へと歩き出した。




この時、真田が越前リョーマと接触していたことを幸村が気付いていたら、
事態は大きく変わっていたかもしれない。
明日、真田がリョーマと会うことを聞き出して、邪魔しに行っていたら。
違う未来に繋がっていた可能性も残っていたはずだ。
しかし幸村は気付かず、真田をそのまま見送ってしまった。

真田とリョーマが会っていることを知るのはずっと先の話で、
その時にはもう手遅れだということを知ることになる。





(明日は、越前との試合か)

クラブに到着してから、真田は調子を整える為に念入りにストレッチから始めた。
明日のことを考えると、がむしゃらに打って疲労を残すのは止めるべきだ。
相手は、一度とはいえ幸村を破った越前リョーマだ。
公式試合ではないが、真田としては真剣勝負で挑むつもりだった。
リョーマと打ち合うのは、関東大会以来になる。
こちらは引退した身で、しかも他校生となると次にいつ当たるかもわからない。
リョーマとの偶然の再会は、嬉しいチャンスを与えてくれた。

しかし真田は前回負けたことを、明日の結果で晴らしてやろうなんて不純な気持ちは抱いていない。
ただリョーマと再びコートで打ち合える、その喜びだけが胸の内を占めていた。

しかも、これはリョーマの方から話を持ち掛けてくれたのだ。
連絡先を知ったのは良いが、メモを見詰めるだけで真田は電話を掛けるべきかずっと悩んでいた。
昨日の今日では失礼だと考え、そして次の日もまだ早いと判断し、
先延ばしにしている内に一週間経過したころには、もう忘れられているかもしれないと、掛け辛くなっていた。
今更なんだとリョーマに言われそうだと、半ば諦めていた頃、リョーマの方から電話が掛かってきた。

「真田さん。この間は、どうも。
ちっとも連絡くれないけど、忙しかった?」
「あ、いや」
「待ち切れなくてこっちから電話しちゃったよ。
時間あるなら、なんで掛けて来ないんすか。迷惑だった?」
「まさか、違う。ただちょっと、その色々タイミングが」
「タイミング?」
「なんでもない。……とにかく迷惑ではないからな」
「そう。なら、いいけど」

自然なリョーマの口調に、真田は何故かほっとさせられた。

連絡しなかったことを責めるわけでもなく、怒っているのでもないらしい。
そしてリョーマは「来週の休みって空いている?」と、単刀直入に用件を切り出してきた。

「こっちの顧問の都合で、部活が休みになったんだ。
もし良かったら、その日に一緒に打たない?コートもあることだし」
「どこか良い所を知っているのか?」
「うん。誰にも邪魔されず、ゆっくり打てる所、あるよ」
「どこだ」

驚いたことに、リョーマの家の裏にはコートがあると言う。
ちょうど家の者が不在の為、気兼ねすることなく伸び伸びと打てるらしい。

「そうか。なら、決まりだな」
「じゃあ、その日は駅まで迎えに行くってことでいいっすか?」
「ああ。頼む」
「時間は11時でどうっすか。それより早いのは、ちょっと……」
言葉を濁すリョーマに、朝は何か忙しいのだろうと察して、
真田は「わかった」と承諾した。

「じゃあ、またね」
「ああ」

電話を切った後、真田はずっとリョーマのことを考えていた。

あっさりと日時が決定した。
たった一本の電話に、何を悩んでいたのだろう。
たかがテニスの約束をするのに、色々気を使うなんてらしくないことだ。

(相手が越前だからか?たしかに強い選手だが……)

おかしいな、と首を捻る。

しかしリョーマから電話を貰ったことで問題は片付いた。


万全の調子で、リョーマとの試合に挑むだけだ。


(いよいよ、明日か)

いつになく楽しみな気分で、真田はコートに入る。

「ああ、真田君。来ていたんだ」
ここを利用している馴染みの関係者の声に、真田は振り返る。
「こんにちは」
「今から練習するつもりかい?でも、今日はあまり遅くまではやれないようだよ」
「どうしてですか」
「だって、ほら」と、彼は空を見上げる。
「もう少ししたら降るだろうからね。明日も雨だって言っているよ」
「明日も?」
「うん。さっき天気予報をテレビで見たところだからね」
「……」


よりにもよって、明日の天気が雨だなんて。

どんよりとした空を見て、真田は顔を顰めた。

せめて朝方には晴れてくれればいい。

そうしたらリョーマとテニスが出来る。
楽しみにしていたことだ。
天気なんかに邪魔されたくはない。

柄にもなく祈るような気持ちで、雲が広がって来た空を睨みつけた。


チフネ