チフネの日記
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2010年03月24日(水) lost 悲劇編 24.跡部景吾

まさかこんな所で再会するとは思わなかった。
リョーマに絡んでいる二人を睨みつけ、
「つまみ出される前に退散しろ」と跡部は低い声を出した。

「なんだと、てめえ」
「おい、相手はあの跡部だ。やべーよ」
矛先を変えようとした男を、もう一人が慌てて制す。

「懸命な判断だな。ここは俺様が保有している施設の一つだ。
品位を欠いたやつが来るようなところじゃねえんだよ。さっさと出て行け」

跡部の言葉に彼らは「行こうぜ」とそそくさと去って行く。
びびる位なら最初からくだらないことするんじゃねえと内心で思いつつ、
こちらを見ているリョーマに「大丈夫か?」と声を掛ける。

「……大丈夫。そもそも何もされてないから」

リョーマと顔を合わせたのはあの日以来だ。少し痩せて見える。
色んな所で苦労しているのだろうと、胸が痛んだ。
外見は成長しえいるが中身は’12歳’のリョーマのままだ。
あれこれ周囲から言われたり中傷されたりと、理不尽なことの連続ばかりだろう。
まだ二年の空白も埋められていないというのに。


「何も、って色々言われていただろうが。どこの奴らかわかるか?」

とはいっても、リョーマだって今の連中がどこの誰かわかっていなさそうだ。
期待せずに尋ねると、知らないというように首を横に振った。

「さあ。いきなり話し掛けられただけで、見覚えも無いっす」
「こういうこと、よくあるのか」
「え?」
跡部の質問に、リョーマは顔を上げた。

「だから今みたいに知らない奴らからあることないことごちゃごちゃ言われるってことだ。
あるんだろ?
おかしな噂が流れているせいで面倒なことになっているのは、知ってる」

リョーマの手が小刻みに震えているのを見て、辛いことに耐えているんだろうと解釈する。
その苦しみを掬ってやりたいと心から思った。

「俺の方でも色々調べている。
噂を流している奴が誰かわかれば止めることが出来るだろう。なんとかするから、少し時間を」
「どうして?」

リョーマの声は震えていた。
そして跡部の顔を見る。

「どうして跡部さんがそんなことするんすか」

質問の意味がわからず、跡部はゆっくりと瞬きをする。
そんなこと。中傷している犯人を捜すのは何かリョーマにとって都合の悪いことなんだろうか。
まさか。有り無い。
犯人を突き止めたらこの馬鹿げた行為を止められるはずだ。

「大したことはしてねえよ。けどいずれ原因がどこにあるか突き止められるはずだ。
それまで辛抱してくれ」
「そうじゃなくって」

苛々した様子でリョーマは軽く舌打ちをする。

「なんで跡部さんが関わってくるんすか。
俺達、もう別れたんでしょ。助けてなんて頼んでいない。むしろもう関わって欲しくない。
ここが跡部さんの所有するクラブって知っていたら、来たりしなかったのに」
「……」

拒絶の態度を取るリョーマに、言葉が出て来ない。
迷惑に思われるなんて予想もしていなかったからだ。

「俺のことは放っておいて下さい」

そう言って足元のボールを拾って、コートから引き上げようとする。
慌てて跡部はその背中を追い掛けた。
放っておくなんて出来るはずがない。リョーマ一人でどうやって解決するというのだろう。
そうしている間にもまた心無い連中がリョーマを傷付けるかもしれない。
そんなの黙っていられない。

「待てよ、越前!」
ボールの入った籠を持っていない方の腕を掴んで引き止める。
「放せよ!」
声を上げるリョーマに構わず、跡部はぐっと掴んでいる手に力を込めた。

「意地張るなよ。どうやってこの事態を収めるつもりだ。
一人でどうにか出来るはずがないだろう。
俺が力を貸す。何とかしてやるから、だから!」
先を続けようとする前に、リョーマは渾身の力を込めて腕を振り払った。

「俺は……跡部さんだけには助けてもらいたくない。
もう別れたんだから、俺に近付いて欲しくない。なのになんでそんなこと言うんすか」
「それはお前の力になりたいからだ」
リョーマは俯いたまま声を出した。

「そういうことは彼女だけにしてあげたら?
俺は、同情なんていらない」
「越前……」
「さよなら」

逃げるように走って行くリョーマの後姿を見送ることしか出来なかった。

あれだけきっぱりと拒絶されて、何が言えるというのだろう。
プライドの高いリョーマのことだ。
別れた相手に情けを掛けられ、そんな自分がみじめだと思っているのかもしれない。


(同情、なんかじゃない)

跡部としては決してそんなつもりではなかった。
リョーマの手を放してしまった後悔と、せめてもの罪滅ぼしからと、
もうこれ以上苦しめたくないという思いからの行動だった。
それなのに自分がしゃしゃり出たことで、リョーマが傷付くなんて。考えもしなかった。

(だったら、諦めるのか?)

このまま見ないふりをして、リョーマのことは忘れていけばいいというのか。
苦しんでいるのを知っているくせに、素知らぬ顔して婚約者と人生を歩んで行くなんて……。

(出来るわけがないだろう)

例え疎まれても罵られても、この件からは手を引かないと決めている。
二年前のように後悔だけはしたくない。
その為にも早く解決してやるのが、自分の使命だと思った。















「あーとーべー」

翌日、部活に向かうと珍しく起きた状態のジローが話し掛けて来た。

「お前が俺より先にコートに来てるなんてどうしたんだ。
夕べはここに泊まったのか?」
正直に話すと、「今のはちょっと失礼だよ」とジローは頬を膨らました。
「偶然早起きしただけだもん」
「そうかよ。でもいつもこの位に起きて部活に来いよ。
お前が本気を出せばレギュラーにだってなれたのかもしれないのにな」

二年生でレギュラー入りしたのは結局忍足と跡部だけだ。
もっと精進しろというように告げると、「それよりさ」とジローが話題を変えてきた。

「昨日、跡部って中等部の方に行った?」
「なんだそりゃ。どこの情報だ」
ジローが何故知っているんだというように目を向けると、
「跡部は目立つからねー。色々聞こえて来るんだよ」とにこっと笑った。

「中等部に何の用事だったの?」
「……大したことじゃねえよ。ちょっと野暮用だ」

どうしてかわからないが、ジローに追い詰められているような気がした。
いつもの無邪気さとは違う。
じっとりした目線を向けられ、内心で汗をかく。
もしかして、知っているのだろうか。
リョーマの為に動いているということ。
あれほど近付くなと警告したのに、それを無視した自分の行動を責める為に、早く来て待っていたのか。


「あのな、ジロー」
「跡部はどうしたいの」
静かな口調だが、ジローが怒っているのは伝わって来た。

「二年前、さんざん振り回されて、結局捨てられた相手を助けようとしているの?
もう関わりたくない、忘れるんだって俺に言ったよね?
跡部が言ったこと、全部覚えているよ。
なのにどうしてまた踏み込もうとしてるの。おかしいよ」
「ジロー、二年前のことなら俺も悪かったんだ」
「何が!?あの子は跡部を忘れて、しかも向き合おうともしなかったじゃないか。
どうして庇うようなことを言うんだよ。跡部にはあかりちゃんがいるんだよ?
それとも彼女に堂々と言えることをやってるつもり?信じられない」
「ジロー、ちょっと落ち着けや」

慌てた様子で忍足が割って入って来た。
ジローの肩を掴み、「ケンカは止めや。大会前やで」と諌める。

「ケンカじゃないもん。跡部がバカなことをしようとしているから、止めようとしているだけだよ」
「バカなことってなんだ。俺だって色々考えて」
弁明しようとするが「やっぱりあの子の味方をするんだ!」とジローは大声を出した後、コートから走って去ってしまう。

「おい!折角来たのにサボるつもりか!」

あの分だと部活に出る様子はなさそうだ。
溜息をつくと、「ジロー、どうしたんや」と忍足が心配そうな声を出す。

「なんでもねえ。ちょっとした意見の食い違いだ」
説明するのも面倒でそう答えると、忍足は全てお見通しだと言わんばかりに「越前のことやろ」と言う。

「わかっているなら聞くなよ。それともお前も説教がしたいのかよ」
「そうや無いけど、俺もジローと同じ意見や。
お前が何をしたいのかわからんけど、もう関わらん方がええんやないか。
二年も前に終わったことやろ」
「……」

終わったこと、か。
改めて他人から言われると、寂しく聞こえるものだ。

忍足は肩を竦めて「大会前に揉め事は勘弁やで」と釘を刺す。

そんなことはわかっている。
自分が首を突っ込むべきじゃないことだって。リョーマにだって拒絶された。
だけどどうしても、放っておくことは出来ない。

ジローへの言い訳をどうするかが頭の痛いところだが、今この瞬間も覚えの無い悪意を向けられているリョーマに比べたら軽いものだ。

(悪いな、ジロー)

全部終わったらちゃんと説明するからと、心の中で謝罪をした。


チフネ