チフネの日記
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2010年03月23日(火) lost 悲劇編 23.越前リョーマ

リョーマがそのスポーツクラブを選んだのは自宅や青学から遠いという理由からだった。
近いと知り合いに会うかもしれない。
練習している姿を見て、また根も葉もない噂が広まるのが嫌だ。
そう思ってわざわざ電車に乗ってまで行こうとしたのだが、そうう時に限って見知った人達と出会ってしまうものだ。


「越前、だよな。……久し振り」
気まずそうに目を逸らしながら挨拶をする堀尾に、リョーマも「久し振り」と固い声を出して応える。
隣にいる二人は髪型も変わり背も伸びているが、カツオとカチローだとわかった。
向こうはリョーマと会ってどう接したら良いかわからないというように黙ったままだ。
同じ電車に乗って会うなんて、そうそうない偶然だ。
心の準備も出来ていないのにと、運命を恨みたくなる。

「どこか出掛ける途中なのか?ひょっとして、その」
リョーマの持ってるラケットバッグに気付き、堀尾は言葉を濁す。
やっぱり噂通りテニス部に戻って来るつもりなのかよ。
そんな疑問の声が聞こえた気がして、「うん、ちょっと」と誤魔化す。

「堀尾達は?部活帰り?」
三人は制服を着ている。だからちょっと時間は早いが練習が終わり、どこかへ寄る所なのかなと考えた。
しかし部活という言葉がリョーマの口から発せられ、そのことに対してカチローとカツオが微妙な反応を示す。
「あー。部活終わったところなんだけど、これからカチローのお父さんがいるクラブへ打ちに行くところなんだ。
大会前にやることはいくらでもあるからな。なんたって青学のレギュラーなんだし」
「堀尾、レギュラーだったんだ」
へえ、と感心したように呟く。
二年の間に何があったのか全く知らなかったので少し驚く。
一年の頃はまだまだレギュラーなんて程遠いと思っていた堀尾だが、努力を重ねてレギュラーになる位に成長したようだ。
ひょっとして他の二人もそうなのだろうか。
目線を向けると、「カチローとカツオもそうだぜ」と堀尾が胸を張って答えた。

「噂の青学トリオとは俺達のことだ。な?カチロー、カツオ」
「……」
「なんだよ。黙ったままでどうした?」

笑っている堀尾を目で制し、カチローが意を決したようにリョーマの方を向いた。
「こんなこと聞くのも変かもしれないけど、リョーマ君はテニス部に戻ったりしないよね?」
「カチロー、何言って」
「堀尾君は黙ってて。大事なことなんだから」
少し大きい声を出した為、車内にいる人達から注目を浴びてしまう。
だがカチローはそれを気にすることなく「はっきりさせておきたいんだ」と言った。
「噂が流れていることを、リョーマ君は知ってる?
記憶が戻って、それでまた前みたいにテニス部に戻って大会に出るつもりだって。そう言われている」
「うん……、知ってる」
頷いてから「誰が流しているかは知れないけど、全部デタラメだから」とリョーマは答えた。
「じゃあ、テニス部に戻って来ることは」
カツオも会話に入ってくる。二人にとってそれは重要なことらしい。
だからきっぱりと「ないよ」と告げた。

「そんな都合の良い話なんてあるわけない。
二年のブランクがあって、しかも一度は退部しておいて。のこのこと戻るなんて、あり得ない」
「越前……」
気遣うような堀尾の声に、リョーマは「でもテニスは続けるつもりだから」と笑ってみせた。
「記憶が戻ってテニスが好きだったことを思い出したんだ。
テニス部に戻るつもりはないけど、俺なりに頑張って行く。それは曲げられない」
「そう、なんだ」
リョーマの出した答えにカチローは俯いて「変なこと聞いてごめん」と謝罪した。

「あの噂が流れてから青学の方に他校の偵察が押し掛けて来ては、リョーマ君のことを聞くんだ。
本当なのかどうかって。後輩達も落ち着かなくて説明しようにもリョーマ君に確かめたわけじゃないから、何も言えなくて。
だから久し振りに会えたのにこんなこと聞くしか出来なくて……」
「僕らも本当ならリョーマ君と一緒に大会に出たかった。一緒に戦えることが出来たらと思っていた。
二年前、なら。
でもテニスを辞めちゃってずっとチームから離れていた人が参加するのは変じゃないかなって話していたんだ。
最近記憶が戻ったばかりのリョーマ君には酷いことかもしれないけど」

そんなことないと、リョーマは首を横に振った。
カチローとカツオが言っているのは真っ当なことだ。
大会を目指してこれまで頑張っていたのに、ひょいっと現われた誰かが参加すると聞かされたらやはり良い気はしない。
他校生に押し掛けられて迷惑もしている。
本人を前にしたら、当然確認したくなるだろう。
そう、頭では理解している。
だけど心は傷付いていた。
あの頃「リョーマ君」と言って何かと近くに居た仲間達に拒絶されることが、こんなに堪えるとは思っていなかった。
見知らぬ誰かに何を言われようと、痛くも痒くもない。
だけどリョーマにとってそれなりに大切だった人達に「もう、お前の居場所はここにない」と突きつけられると流石に冷静なままではいられない。

「おい、次降りる駅じゃないか?」
この場の雰囲気を取り直すように堀尾が明るい声を出す。
「あ、そうだね。リョーマ君、えっと、元気で」
「練習、頑張ってね」

ドアが開き挨拶もそこそこに二人は電車を下りて行く。
さっきの質問の所為で気まずいのかもしれないが、そんな余所余所しい態度にもっと傷付く。
「越前、また今度会って一緒に打とうぜ。俺、上手くなったからよ!」
軽く肩を叩いて、堀尾も二人の後を追って行く。

最後に少しだけ、変わらない堀尾の態度に救われた。
けれどドアが閉まり遠くなって行く三人の後姿に、もうあの中には入れないと思い知らされ、悲しく思う。


二年前に戻ることが出来たのなら、テニスを辞めるなんて絶対言ったりしない。
だけどどんなに悔やんでもどうすることは出来ない。

(俺は俺として頑張るしかないんだ)

溜息をついて、バッグを抱え直す。
前向きになっていたはずの気持ちが一歩後退した気がする。
それでも泣き言なんて言っていられない。
進んで行く他、ないのだから。














しかし続いて行ったスポーツクラブでもリョーマのやる気を削る出来事が起こる。

「青学の越前リョーマだよな」

小一時間程、予約したコートでサーブの練習をした頃だろうか。
まだコントロールが完全に取り戻すことが出来ずパワーも落ちてる自分のサーブに苛々していた。
白線上を狙うことはまだ難しく、それどころかネットを越えないことすらある。
失敗ばかりしていたのは、今よりずっと子供だった頃だ。
あの時もボールが上手く打てずに途方に暮れていた。
それでも諦めずに練習を続けていた結果、大会で優勝出来るくらいになった。
挫けている場合ではないと、一心不乱にサーブを打ち込む。
少しでもコートでの勘を取り戻したくて、何度もボールに手にする。

そんな時だ。見知らぬ誰かに名前を呼ばれて振り向く。

「随分お粗末なサーブじゃないか。それで大会出ようっていうのか?」
「まさか冗談だろ」
「だよなあ」

二人組の男は、今のリョーマとそう変わらない位の年に見えた。
しかし見覚えはない。
無視してサーブを打とうとすると、「おい、待てよ」と声を上げて近付いて来る。

「全国大会出るって話はどうなっているんだよ。本当なのか?」
「人違いじゃないっすか?俺は越前じゃないっすよ」
一瞬怯むがもう一人が「嘘付け。お前、越前だろうが!」と叫ぶ。
「隠すってことはやましいことでもあるからか?
青学のエースがこのままじゃ優勝どころか初戦敗退もありえるからなあ」
「あんた達も大会に出るんすか?」

他校の部員かと当たりを付けて言うと、「俺らのことはどうでもいいんだよ!」と返される。
「そうだよ。あと一歩で青学を追い詰めてやれたのに」
「次に当たれば俺らの勝つよな?」
ぶつぶつと文句を言っている様子から、都大会辺りで青学と当たって負けた学校かと推測する。

「それで?俺は大会に出るつもりはないし、予定もないんだけど。
わかったならどいてくれる?邪魔なんだけど」

リョーマの言葉に二人はさっと顔色を変える。

「なんだよ、その言い方は」
「二年間もテニスを捨てた奴が今更偉そうにコートに入ってくるんじゃねえよ」
「そうだよ。ラケット置いて帰れよ」

何故、見知らぬ人達からここまで言われなくてはいけないのか。
ただテニスを続けていたいのに。
記憶喪失になった間、テニスから離れていたというのがそんなに悪いことなのか、自分がどうしてたかなんて覚えていないのに。

言い返そうとしたその時、
「お前ら、そこで何してる」と鋭い声が割って入って来た。

「まさかケンカじゃないだろうな。あーん?」

こちらへと歩いて来る人物を見て、リョーマは言葉を失う。

出来ればもう顔を合わせたくないと思っていたのに。
それに、こんな場面を一番見られたくない人なのに。

こちらに向かって歩いて来る跡部に、どうしてここにいるんだと心の中で呟いた。


チフネ