チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2010年03月22日(月) lost 悲劇編 22.跡部景吾

「結局、全部喋ってしまいました。出しゃばるようなことをしてすみません」
「あ、いや。お前が謝ることなんてねえよ。
俺だって本当は跡部に言うべきだってわかっていたんだ……」

申し訳なさそうな顔をする鳳を前に宍戸は軽く首を振った。
さっきのことは、鳳が正しいと思う。
このまま跡部に隠して解決出来るはずがないと思っていた。
けれど、それでも口に出せなかったのは話したことによって何か良くない方向へ進んで行きそうで怖かったからだ。
あの頃の跡部がリョーマをどれほど強く想っていたかよく知っている。
だから二人が接触したら、また二年前に逆戻りしてしまうんじゃないかと心配して、
どうしても言うことが出来なかった。

今の 跡部には、婚約者がいる。

親が薦めた相手を振って、リョーマを選んだりしたらどんなことになるか。
宍戸でもその位、想像がつく。
無意識にリョーマから遠ざけようとして、話すことが出来なかったのかもしれない。
その切っ掛けを自分が作ったらと思ったら、怖くて―――。


「宍戸さん」
鳳の声に、顔を上げる。
「跡部さんに、任せた方がいいと俺は思います」
「そう、だな」
知ってしまった今、どうするのか選ぶのは跡部だ。
彼なら後悔のない道を進んでいくはずだ。
それを助けることこそが、あいつの為になるはずと宍戸は自分を納得させる。

「ありがとうな、鳳。お前が言わなかったら、俺はあいつにずっと嘘をついたままだった。
間違っているとわかっていても、知らないふりしているなんて友達じゃないよな。
後で知って傷付くのは跡部なのに、そんなこともわからなかった俺は馬鹿だ」
「俺はそうは思いませんよ」

にこっと、いつもの人当たりの良い笑顔を浮かべて鳳は言った。

「跡部さんのことを心配している気持ちが本物だって、わかってます。
だから出来るだけフォローはしてあげて下さい。
跡部さん、ああ見えて色々繊細ですから。友達が側にいると心強いと思いますよ」
「さっきは任せておけって言ったくせに」
「そうですけど。跡部さんだって、話し相手くらいは欲しいんじゃないですか」

鳳の言葉に、そんなこと言うやつじゃねえよと言いながら宍戸は笑った。
でも、そうだ。今はフォローに回ることだけを考えよう。
最後のところで間違わずに済んだ。友達として、やれるべきことを自分はすればいい。





















リョーマに降りかかった厄介ごとを解決するにはどうしたら良いか。
まずは情報が必要だと、跡部は氷帝の中等部に顔を出すことから始めた。

あれから宍戸と電話で話をして知ったのは、各学校の中等部のテニス部を中心にろくでもない噂が出回っているということ。
誰が何の目的があってやっているのか、まだわかっていない。
それでまず中等部の部員に聞いてみようと考えた。
現部長とは当時一年生だった為あまり関わりがなかったが、顔を名前は知っている。
すぐに部室で会う約束を取り付けた。

その現部長は勿論跡部をよく覚えていて、緊張した面持ちでこの訪問が何事かと視線を彷徨わせている。

「そう緊張するな。中等部のやり方に口を出しに来たわけじゃない。
全国大会出場が決まったんだってな。頑張っているじゃねえか」
「せ、先輩達の威光を引き継いで、せいっぱいやらせて頂いてます!」
上擦った声に、まあ座れと指示をする。
もう跡部は中等部の人間ではないのだけれど、この部室を作らせた本人だ。
主のように振舞う跡部に何の疑問も持たず、現部長はぎくしゃくとした動作で椅子に腰掛けた。

「今回俺がここに来たのはプライベートだ。聞きたいことがあってな」
「それは、一体……?」
「青学の越前リョーマに関して何か噂とか聞いたことは無いか」

何故跡部がそんなことを聞くのか。一瞬腑に落ちない顔をするが、すぐに取り直したように口を開く。

「それでしたら何回かメールが回って来ました。
大会に復帰するかもしれないだの、彼女を捨てた酷い奴だの、根も葉もないレベルなので放置しておきましたが」
「誰から回って来た?」
「面白がった部員達から何件か。あまり感心しないことだと咎めてからは俺の所にはメールしなくなったようですけど」
「そうか。そいつらは誰から聞いたのか、知っているか?」
「えーっと、たしか最初の奴は他校のテニス部のやつからだって聞いてます。もう一つのはテニスコートで知り合った人から送ってもらったとか」
「誰からなのか、詳しく聞いてくれないか。出来れば出所を知りたい」
「わかりました」
跡部からの言葉に、現部長は大きく頷いた。

まず誰が出所なのか、突き止めたい。
悪戯にしては悪質だ。
犯人を見付けたら止めさせるつもりだ。
話が通じない相手なら、こちらも相応の手段を使ってやる。

(一体何をしたいのか知らないが、あいつに危害を加えたことを後悔させてやる)

他校を含めてテニス部中心に噂を流しているのは、何かしらの意図があるからだろう。
何が何でもリョーマをテニス部に復帰させたくない、とか。
ふと思いついた疑問を、跡部は口にしてみた。

「そういやお前はメールを見た時、根拠の無い噂だって思ったんだよな。
けどそれが噂じゃなく事実ならどうした。
越前リョーマが大会に復帰したらまずいと思うか?」

少し考えてから、彼は答えを口にした。

「二年前の大会で活躍したことはよく覚えています。強敵になるでしょうね。
けどずっと公式試合に出ておらず、テニスを続けていたかどかもわからない相手にうちの部員が負けるとは思えません。
出るなら叩き潰す。その位の気持ちで挑みます」
「そうか」
萎縮しているかと思えば、言うべき所は言う。
氷帝の強さはちゃんと引き継がれているようだ。
その答えに満足して跡部は頷いた。
「じゃあ結果は追って連絡してくれ。忙しいところ、悪かったな」
「いえ。跡部先輩の顔を見たら何だか大会に対して気合いが入りました。
また来て下さい」
素直な言葉に少し笑って、跡部は懐かしい中等部の部室を後にした。


(中等部に来るのも久し振りだったな)

リョーマとの思い出が残っている為、顔を出そうという気にずっとなれなかった。
しかしいざ向き合うと決めたら、不思議なもので以前のような苦しいという気持ちにはならなかった。
今はそれよりもどうしたらリョーマの為に解決してやれるか。それだけが心を占めている。

当時の自分が行ったことに対しての罪滅ぼしというわけではない。
理不尽な仕打ちを受けているリョーマに手を差し伸べてやりたい。それだけだ。

懐かしさから、跡部はふらっと校門から外へと出た。
車は連絡したら来るように指示してあるからこのまま自力で帰った所で問題はない。

(たまにあいつが氷帝に迎えに来て、一緒に歩いて帰ったりしたよな)

車だとすぐに到着してしまう。二人の時間をもっと楽しみたいと考えて、わざと徒歩で帰った。
暑いのに、車に乗った方が楽だとかぶつぶつ言いながらも、リョーマも一緒に歩いてくれた。
あの頃は、そんな些細なことですら幸せだった。
何故今は一緒に笑い合っていた二人が離れ離れのままでいるのか。

(リョーマが記憶喪失さえならなければ、今とは違う未来があったはずだ)

無駄だとわかっているが、何度だって考えてしまう。
あの夏に戻ることが出来たなら、決してリョーマから離れることなく決勝までどこかに閉じ込めていただろう。
たとえ罵られても、殴られても。
こんな未来になるよりはマシなはずだ。
一番大切だったはずの人を失う位なら、自分は躊躇いも無く卑怯な手段を使う。

(しかし考えたところで、時間は戻らない)
認めたくないが跡部にも出来ないことはある。
時を戻るなんて映画や小説じゃあるまいし、不可能な話だ。
今のこのどうにもならなくなった状況をどうにかするしかない。

だがそれでリョーマと友達に戻るとか、そんなことは考えていない。そうしたいとも思わない。
会えば辛くなるだけだ。
けれど鳳から今回の件を聞いてしまった今、放っておくことは出来ない。
せめてこれの件だけで力となってやりたいと思うのは、エゴなんだろうか。

(あいつが聞いたらなんて思うだろうな)
解決の目処がついたなら、リョーマと直接会って問題は無くなったと伝えてやりたい。
そうして沈んでいる心が少しでも浮上出来るなら、なんだってやるつもりだ。
自分が出来るのは、その位しかないのだから。


チフネ