チフネの日記
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| 2010年03月21日(日) |
lost 悲劇編 21.跡部景吾 |
リョーマのことを考えて、昨夜はほとんど眠れなかった。 それでもレギュラーの残る一枠が決まる大事な試合を見届けなくてはいけないと、 いつも通りに起きて学校へと向かった。
校門の近くで車から降りて中へと入る。 夏休みということもあって部活がある生徒以外はいないので、いつもより静かだ。
「おはよー、跡部」 眠そうな声の挨拶に振り返る。 目を擦りながらジローが立っていた。 「おはよう……って、珍しいな。 ちゃんと遅刻しないで来れたのは久し振りじゃねえか?」 「うん。母さんが朝からレンジが壊れたーって騒いでいて、その声で起きちゃった。 試合もあるし二度寝は止めるかって着替えて出たら、ちゃんと間に合った」 「いつもそうしろ。つか二度寝するな」 「だって二度寝って気持ち良いんだもん」
えへへ、と笑うジローを見て、もし昨日のことを話したらどなるのかと考える。 きっと怒るに違いない。 どうしてリョーマと接触したのか、関わったりするのかと。 激しく叱責してくるはずだ。
しかしそうさせているのも、自分の所為だ。 あの時、リョーマが悪いという言い方をして完全に自分は被害者だということをアピールしていた。 慰めてもらい、ジローと一緒にリョーマのことを悪く言うことで、失った悲しみから目を逸らそうとした。 そんなのただの責任転嫁だ。 本当は、わかっている。 自分は間違ったやり方をした。 だから記憶を失くしていたリョーマは、跡部を拒絶した。 『もう二度と、顔も見たくない』 そこまで言わせたのは自分の所為だ。 しかしそれはジローに隠している。 軽蔑されるのが怖いからだ。 おかげでジローはリョーマが何もかも悪いと思い込み、今も嫌悪感を抱いてる。
やはり全部話すべきだろうか。
「忍足がレギュラーになったらお祝いしようよ。どこでやろうかなー」 笑顔で話をしているジローの横顔を見て、跡部は今も迷っていた。 本当のことを言って軽蔑されるのが怖い。 今まで黙っていたのかと、きっとジローの信頼を失ってしまう。 今日ここまで友人として支えてくれたジローを失いたくないという気持ちの方が大きい。
(俺は卑怯者だ……)
自分に都合の良いことばかり考えている。 それで大切なものを守ることが出来るのだろうか。
きっと取り返しがつかなくなる時が来る。
結局何も話せないまま、ジローとはそれぞれの部室へと別れた。
試合の結果は予想通り忍足のレギュラー入りとなった。 二年生にレギュラー入りさせてたまるかと三年生達も奮闘したのだが、 後一歩が及ばないまま終わった。 「ありがとうございました」 最後の試合を終えて、忍足は嬉しそうに笑顔を覗かせている。 ここでの努力が報われたのだ。 嬉しくないはずがない。
と、コートの外でキャアっと黄色い声が上がる。 見ると女子テニや他の部の子や、中等部の生徒までが忍足を見て騒いでいる。 ファンだろうか、と跡部は思った。 中等部から忍足に女生徒のファンがいたことは覚えている。 最も、テニス部のレギュラーには誰かしらファンが付いているのだが。 しかしその頃より更に増えている。 女性には親切で、その上、特定の相手の相手とは長続きしないということで、 次こそは自分がと狙っている女子が多いのかもしれない。
「忍足、すごい人気。でも前は跡部の方がすごかったよねえ」 いつの間にか試合を終えたジローが、欠伸をしながら話し掛けて来た。 「けど跡部に婚約者がいるって噂になった途端、皆離れていったんだよねえ。 少し寂しい?」 「バカ言え。騒がれても迷惑なだけだ。 それにまだ婚約はしてねえよ。お付き合いだけだ」 「いずれはそうなるんでしょ。 でも彼女がいればもう充分だよねえ」
にこにこと笑うジローに、実はあかりのことは愛しているわけじゃない、 そう言ったらどうなるのか、想像して身震いする。 可愛いとも、大切だとも思う。 けれどリョーマに感じたような情熱はどこにもない。 それでも救われたという恩があって、離れることは考えていない。 つくづく最低だと、自分自身を嫌悪する。
「おーい、ジロー!」 「なあに、忍足。ファンの子が呼んでるよ。サービスしなくていいの?」 からかうように言うジローに、「アホ」と忍足は笑って返す。 「呼ばれてんのはお前や。ジロー先輩呼んでくれって言われたで」 「え、俺?」 「知り合いと違うんか」 忍足が指差した方向に視線を向けると、 長い髪を二つに分けて肩で結んでいる女子と、ショートカットの癖毛の子がぺこっと頭を下げる。 いずれも中等部の子だ。 「あー、うん。ちょっと行って来る」 「ジロー、すぐ戻って来いよ。部活中だからな」 釘を刺すと「わかってる!」と声を上げて行ってしまう。 すぐに女子二人と合流し、楽しそうに会話しながらコートから離れてしまう。
「なんだ、ありゃ。ジローのファンか?」 「知らんが親しげやな。これはひょっとして本命の登場かもな」 「ふーん。今度はどれだけ続くだろうな」 寝るだけにしか興味がなさそうなジローだが、意外ともてるのだ。 可愛いと評判で、告白される数も少なくない。 しかしデートしようにも睡眠の方を優先させて、結局最後には振られている。 また振られたーと、よく愚痴を言っているが、「ちゃんと起きろよ……」としか言いようが無かった。
「それより、とうとうレギュラー入りだな」 忍足の目を見て言うと、「ああ」と僅かに頷く。 「目標は全国制覇やろ。頼むで、大将」 「だたら今まで以上にトレーニングに励むんだな。 温いやり方じゃ、いつまでも補欠のままだぜ」 「うわっ、キツっ。けど期待に沿えるよう頑張ってみるわ。 またお前と全国に行けるようになって、ほんまに嬉しいんやからな」 「ふん。だったら一つでも勝て。氷帝の優勝に貢献するんだな。 それこそ俺に回さない位の勢いでな」 「了解。跡部部長」
ニッと笑顔を向けてから、忍足はまだフェンスから離れようとしない女子達の方へと向かう。 今は部活中だからと、追い払っている。 ご苦労なことだと苦笑する。
(忍足のレギュラー入りが決まったことだし、明日からレギュラー用のメニューに参加させないとな) そうだ、部室もこっちに移動しなければならない。 今日からで良いのか、副部長に相談しようと探していると、 不意に‘彼の名’が耳に届く。
「で、越前の噂の出所はまだわからないのかよ」 「それが色んな人から聞いたって話がごっちゃになっているらしくて、 メールでも回っているみたいですし」 「メール?そんなんで越前の悪口回しているのか?」 「俺に怒らないで下さいよ……」 「あ、悪い」
耳を澄まして聞いてみると、たしかにリョーマのことを話している。 この声は宍戸と忍足だ。 しかし、一体どういうことなのだろう。 何故この二人がリョーマに関わっている? しかも噂とか悪口とか、不穏な単語ばかりだ。
居ても立ってもいられず、跡部は二人の前に飛び出した。
「今、話していた内容はなんだ」 「跡部……」 「言えよ。越前のことなんだろ」 「……」 「黙ってないで、何とか言え! それとも俺には話せないことなのか!?」 黙っている宍戸の肩を揺さぶると、「止めて下さい」と鳳が止めに入って来る。 「宍戸さんを責めないで下さい。跡部さんのことを思って黙っておこうと決めたんですから」 「そんなこと頼んでねえよ! 越前のことで隠し事される方が、不愉快だろうが!」
何を言っているんだと鳳を睨みつけるが、全く動じることはない。
「そうですか。じゃあ言いますが、たしかに俺達は越前君のことで話をしてました」 「おい、長太郎!」 「宍戸さんは黙ってて下さい。 跡部さんにこれだけは言いたいんです」 ぴしゃり、と間に入ろうとした宍戸を止める。 そして鳳はもう一度、跡部に向き直る。 「それで越前君のことを跡部さんに報告して、どうするんですか」 「決まってるだろ。あいつが困っているのなら手助けしてやりたいと思っている」 「それが余計なお世話だって言うんです」 「お前、何を言っている?」 鳳は冷静な声で答えた。 「越前君の気持ちも考えてあげて下さい。 婚約者がいる跡部さんに手を貸してもらいたいなんて、思うわけないでしょう。 むしろ関わっただけ、辛くなる。 最後まで面倒見られないのなら、最初から手を出さない方がいいんじゃないですか。 中途半端なことはするべきじゃない。俺はそう思います」 「……」
返す言葉が無かった。 呆然として立ち尽くしていると、「行きましょう、宍戸さん」と鳳は宍戸の袖を引っ張る。 「けど、跡部が」 「跡部さんは、少し頭を冷やすべきだと思います」 その言葉に納得したかはわからないが、宍戸は渋々というように鳳と一緒に、この場を離れて行った。
一人になった方がありがたかったので、引き止めることなく跡部はじっと俯いていた。
自分は中途半端なことをしようとしているのか。 リョーマにとって迷惑な存在にしかならないのか。 友人として、側にいることさえ出来ない。
なんて悲しいのだろう、とぐっと拳を握り締める。 これでは記憶を失くした時よりも、ずっと苦しくて辛い。 リョーマが何かしらの困難に巻き込まれているとわかっていて、助けることも出来ないなんて。
(いや、出来るはずだ)
ゆっくりと、跡部は顔を上げる。
中途半端?迷惑? そんなもの、全部リョーマの都合だけでしかない。
知ったことか、と小さく呟く。
自分が助けたいと思ったから、そうする。やりたいようにやってやる。 このまま見過ごすことなんて出来るものか。 それこそが跡部景吾のやり方だ。
何を言われても構わない。 必ずリョーマの抱えるトラブルを解決してやる。 その後で文句を言われても、どうでもいい。 迷惑だと言われても知るものか。
見てろよ、と誰とも無く宣言する。
久し振りに自分らしさが戻って来たような、そんな気がした。
チフネ

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