チフネの日記
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| 2010年03月20日(土) |
lost 悲劇編 20.越前リョーマ/跡部景吾 |
すっかり忘れていた。 体力は以前と違ってかなり衰えている。 息が切れた所で、リョーマはゆっくりと立ち止まった。
「にゃろう……」
たったこの程度の距離も完走出来ないなんて情け無い。 けど跡部から離れることが出来たんだから、いいかと思って歩き出す。
「おーい、越前君待ってよー!」 聞こえて来た声に振り返ると、千石が手を振ってこちらへと走り寄って来る所だった。 「突然帰っちゃうんだもん。びっくりしたよ」 「ごめんなさい……」 確かに千石を放置して逃げたのはまずかった。 友人に対して失礼なことをしたと反省して謝罪する。
「いーよ、別に気にしていないから。 それより良かったの?跡部君と話をしなくて。 相談したら、今回の件に力を貸してくれるかもしれないよ? 跡部君なら簡単に解決出来そうだし」 「やめて下さい!」 自分でもびっくりする位、大きな声が出た。 言われた千石は驚いたように目を見開く。 やり過ぎたと感じ、もう一度リョーマは「ごめん」と謝った。
「けど跡部さんは……、あの人だけは巻き込みたくないんだ」 「どうして?本人はすごく気にしているようだったよ。 きっとまだ越前君のことを好きなんじゃないかなあ」 千石は隠すことなく本当のことをずばりと言う。 そんな所は嫌いじゃない。 腫れ物に触れるような扱いよりマシだ。 なのでリョーマも本音で答える。
「だから嫌なんです。跡部さんには今、付き合っている人がいるんでしょ」 「それが何?まさか跡部君の幸せの為に身を引くとか考えてる? だったら言わせてもらうけど、越前君に未練を隠して彼女と付き合う方が不幸だと思わない?」 「思わないっす」 きっぱりとリョーマは断言する。 「跡部さんは俺なんかのことを忘れて、その人と添い遂げるべきなんだ。 家柄や容姿も誰もが認めるような人の方が似合っている。 俺じゃ最初から不釣合いだったんだよ……」
最後は自分に言い聞かせるように言った。 跡部が気に掛けてくれたのは嬉しかったが、勘違いしてはいけない。 彼との道はもう別れているのだ。 このまま関わらないようにするのが、ベストだと思った。
「……わかった。 越前君がそこまで言うのなら、もう無理に跡部君と会うべきだ、なんて口にしない」 降参、というように千石は軽く首を振った。 「辛い選択になるけど、大丈夫?」 リョーマはゆっくりと頷いた。 「あの日から覚悟していたことだから」
跡部に別れを告げられた日に、決めていた。 この先、偶然どこかで出会っても関わるようなことはしないと。 会っても知らん顔して跡部から距離を取るんだと。
(ただ、気持ちだけはどうしようもないけど)
会えばやっぱり好きだという感情が溢れて来てしまう。 心が揺れなくなるのはいつの日になるだろう。 それには沢山の時間を必要としそうだ。
千石と一緒に駅に向かって歩きながら、リョーマは内心で溜息をついた。
まさかリョーマと再会するとは思わなかった。
今一つ晴れない心を抱えて、気まぐれに徒歩で家へと向かう途中、 ふとストリートテニス場に寄ってみようという気になった。 そこはリョーマと初めて出会った場所だった。
『それよりそこにサル山の大将さん。俺と試合しようよ』
一年生のくせに物怖じすることなく、真っ直ぐ挑んで来たその目に興味を持った。 それが都大会でリョーマと日吉の試合を見て、興味は別の気持ちへと変わった。 手に入れたい。あの目をこちらに向かせたい。 初めはこちらだけが関心持っているのが気に入らなくて、 無理矢理リョーマに付き纏う形で存在をアピールした。 名前すら知らないと言われた時には脱力したものだ。
俺ばかりが気にしているなんて、許せない。 そう思って、帰り道に待ち伏せしては乗り気じゃないリョーマを引っ張って、 あちこちへと連れ回した。 こうやって一緒に居れば、いずれリョーマの方が俺を必要とするだろう、と。 頃合を見計らって、青学に行くのは止めた。 精々気にすればいいと思った。 いつ現れるのかとそわそわして、もしかしたら氷帝にまで様子を見に来るかもしれない。 その時が楽しみだと想像して笑っていたのだが、 いくら待ってもリョーマが姿を現すことは無かった。
結局痺れを切らし、俺は再び青学を訪れた。 まだ練習時間だったが構うことなくコートへと向かって行く。 そしてそこで見たものは……。 いつも通り元気いっぱいにコートを走り回る姿と、 他の連中に可愛がられているリョーマの姿。
ぷちっと、何かが切れた。
「おい、越前!」 声を上げると、当然コートの中にいる部員達が振り返る。 それに構うことなく「こっちに来い!」と声を出す。 「ちょっと、あんた何してんの!?」 目を丸くしながらもこちらに来ようとしないリョーマに苛立ち、 ついにはフェンスの中へと乗り込む。 手塚が九州に行っていて助かった。 居たら間違いなく阻止されていただろう。 他の連中はオロオロしてるか、硬直してるか、面白がって見ているだけだった。 それを良いことにリョーマの腕を掴み、強引に外へと連れ出す。
「痛いっ。何なんだよ、もうっ」 人気がいないことを確認して、やっと腕を解放する。 文句を言いながら、リョーマはこちらを睨んで来た。 「何しに来たんすか。ハッキリ言って練習の邪魔なんだけど」 「お前は俺より部活を取るのか!?」 「意味わかんないし。普通、部活でしょ」
ふん、と横を向くリョーマに「言いたいことはそれだけか?」と肩を掴む。 「ここ数日、俺がいなくて寂しいとか会いたかったとか、そんな言葉はねえのかよ!?」 「はあ?ある訳ないし」 何それと眉を寄せるリョーマに、がっくりと肩を落とす。 期待していたわけじゃないが、あまりにも冷たい反応に心が苦しくなる。 やっぱり気に掛けているのは自分だけなのか。
黙っていると、 「あんたはどうなの?」と今度はリョーマから質問される。 「頼んでもないのに頻繁に俺に会いに来てさ。 あんたは一体、何を考えてんの?」 「何って……」
そこでやっと俺は自分の気持ちに気付いた。 リョーマに関心を持ってもらいたい。 いつも自分のことを考えてほしい。 そう思うのはきっと……好きだからだ。
自覚した気持ちに動くことが出来ずに固まっていると、 「変な顔」とリョーマは小さく吹き出した。
その笑顔にまた、好きだと思った。
全ての始まりであるストリートテニス場の階段を上がりながら、 跡部はあのことを思い出していた。 この記憶もいつか、薄れていくのだろうか。 まだ辛いことだが目を背けてはいけないと、リョーマのことを考えながら一つ一つ上がって行く。 そして到着すると同時に、少し離れた所で数人が一人を小突き回している場面に遭遇した。 仲間内のケンカなら通り過ぎていただろう。 しかしそれがリョーマだと気付き、瞬時に全身が熱くなった。 どうしてリョーマがここに。 いや、それよりも誰に絡まれている? 助けなければと思って近付こうとする前に、千石が駆け寄って行くのが見えた。 千石がいるなら安心だと思ったが、 念の為にリョーマに絡んだ連中の顔をポケットから取り出した携帯で写す。 もしもの時の保険だ。 そして事態が収まらなさそうな雰囲気に、今度こそリョーマの元へと向かう。 聞こえて来る会話からリョーマのことが相当気に入らないのだとわかる。 大会? 何の話だと考えながら、走って千石を殴ろうとする男の手を間一髪で止めた。
連中はあっけない程、簡単に退散した。 それから未だにしゃがみ込んでいるリョーマを起こそうと、手を差し伸ばしたのだけれど……。 振り払われた上、拒絶された。 もう関わらないで欲しいとまで言われる。
ショックだった。 友人としても関わってほしくないと言われるとは思ってなかった。 しかしリョーマの目が悲しみで満ちているのに気付き、 嫌いだからそんなことを言ったんじゃないんだと理解した。 多分、自分にはもう彼女がいるからそっちだけを大切にしろと釘を刺したのだろう。 それにまるで戒めのように言っているようにも聞こえた。
(お前はどんなことからも逃げるような奴じゃなかったよな。 なのに今日は走って行ってしまった。 そうさせたのは、俺の所為なのか……)
リョーマの気持ちを汲んで、追う事はしなかった。 ただ千石に「頼む」とだけ言って、後を追わせた。 自分が行けばますますリョーマの心は頑なになる。 それがわかっていたからだ。
(俺はこれからどうするべきなんだ)
何かトラブルを抱えているのは間違いなさそうだ。 でなければ、あんな他校生達に絡まれるはずがない。
調べるべきか、放っておくべきか。
跡部は今、重大な岐路に立たされていた。
チフネ

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