チフネの日記
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| 2010年03月19日(金) |
lost 悲劇編 19.越前リョーマ |
じっとこちらを見ている彼らに、関わらないでおこうとリョーマは思った。 そしてすぐに体の角度を変える。 目を合わさないようにやり過ごそうとした。 しかし相手は逆のことを考えていたようだ。
「お前、青学の越前リョーマだろう」 一人が話し掛けて来る。 悪意があるように聞こえるのは気のせいだろうか。 「おい。無視するんじゃねえよ。こんな所で何しているんだ。 秘密の特訓か?」 「だとしたらあの噂は本当なのかよ」 「人に迷惑掛けておいて、のこのこと大会にエントリーするのか。 天才様は俺ら凡人とやる事が違うねえ」 ギャハハ、と下品に笑う彼らを、リョーマは必死で無視をした。 相手にしてはいけない。 反論しても聞くような連中では無いことは見てわかる。 放っておこうとひたすら視線を下に向けた。
大体、青学の関係者でも無い彼らに、何故あれこれ言われなくてはいけないのか。 これがかつて一緒に戦った先輩達や、現在迷惑を掛けている青学の部員にならまだわかる。 謗られても甘んじて受ける覚悟は出来ている。 しかし部外者からこんな風に言われるのは納得出来ない。 ありもしない話を鵜呑みにして攻撃してくるなんて。 何か迷惑掛けたのかよ、とリョーマは心の中で呟く。 口に出せば騒ぎ立てられるのはわかっているからじっと黙っているが、 腹立たしい気持ちでいっぱいだ。
「おい。黙ってないでなんとか言えよ」 一番長身の男子が、リョーマの肩を小突く。 それでも何の反応もしないことに苛立ったのか、次々と別の者も手を出して来る。 リョーマの肩を小突きながら、連中は罵りの言葉を浴びせる。 「お前みたいな奴、二度とコートに出る資格は無いんだよ!」 「遊び半分で出てこられると迷惑ってわからないのか?青学の連中だってそう思っているぜ」 「さっさと辞めちまえ。 お前にはラケットを持つ資格は無い。それも放せよ」 千石から借りたラケットを奪われそうになり、咄嗟に両手で抱きかかえた。 ここまでされる覚えはない。 睨みつけると、「何だよ、その目」と言われる。
「ちょっと全国で活躍したことがあるからって、調子こいてるんじゃねえぞ」 「そうだ、そうだ!もう二年も前の話だろ。一度辞めた奴はすっこんでろ!」 「これまで遊んでいたくせに途中から出場するなんてずるい手使いやがって。 卑怯だよなあ。すぐに辞退しろよ」
彼らの言っていることは的外れなことばかりだけど、 それでもリョーマの心を傷付けるのには十分だった。 青学にいる同級生達も噂を聞いて同じようなことを考えているのだろうか。 だとしたら、居た堪れない。 しかし噂は出鱈目と否定した所で信頼を失ったことには変わりない。 記憶が無かったこととはいえ、一度テニスを捨てた身だ。 再びラケットを持ったと知ったら、良い気分はしないだろう。 思っている以上に辛い現状だと、リョーマは目の前にいる彼らを忘れて、フッと自嘲する。
それを笑われたと勘違いし、一人が「何笑っているんだ!」と声を上げる。 そして長身の彼がリョーマの肩を突き飛ばす。 思ったより強い力だったので、ベンチから落とされて尻餅をついてしまう。 「いい気になっているんじゃねえぞ」 座り込んだリョーマを見下ろす形で近付いて来る。 殴られるのかな、と身構えた瞬間、 「越前君!!」と千石が走り寄って来た。
「大丈夫!?」 慌てた様子で千石は庇うように男とリョーマの間に入った。 手に持っているペットボトルを握りつぶしてしまいそうな勢いで連中を睨みつける。 すると、彼らもさすがに怯んだ様子に変わった。
「一体、何の権利があって越前君を非難するんだよ。 どんな迷惑を掛けたか、言ってみろ。さあ!」 千石の剣幕に押され、 「いや、俺達はただ……なあ」 「そんなつもりじゃ」 途端にいい訳じみたことを言って逃げようとする。 千石がいるとわかった途端、これか、とリョーマは鼻白む。 所詮、大勢で寄って集って文句を言うことしか出来ない。 気にするまでも無いと立ち上がろうとしたが、 斜め前にいた最初にリョーマを小突いた長身の男に軽く蹴り飛ばされてしまう。 油断していた所為で、もろに肩に当たった。 響くような痛みに、再び蹲る。
「おいっ!お前、今何やったのかわかってるのか!?」 千石の怒声にも怯えることなく挑発的な目を向ける。 「前からこいつのこと気に入らなかったんだよ。 しかもテニスを辞めたくせに、のこのこと大会にエントリーしようなんて舐め過ぎだろ。 俺がこいつに迷惑なことしてるって教えてやってるんだ」 「だからって、こんな!」 「あ?何、やる気っすか。別にいいけど。 こっちは大会も途中で敗退して暇だし。 けどあんたはまずいんじゃないの。大会の前に不祥事なんて、どうなるんでしょうねえ」
殴れるもんなら殴れ、と薄ら笑いを浮かべている。 性質の悪い奴だ。 仲間はそんな彼に引いているというのに、よっぽど自分のことが嫌いなのか、とリョーマは思った。
「ほら、殴れよ。俺にムカついているんだろ」 拳を震わせている千石を見て、リョーマは痛む肩を押さえながら声を上げた。 「千石さん、ダメだよ!こんな奴、殴る価値も無い!」 「リョーマ君?」 「馬鹿みたいな言い掛かりを間に受けてもしょうがない。 俺なら大丈夫。だから、もういいよ」 リョーマの言葉に、千石は「わかった」と手から力を抜いた。
「だってさ。越前君に感謝しなきゃね。 俺が殴っていたら、コート脇まで吹っ飛んでいたと思うよ。 わかったら、さっさと行っちまえ」
馬鹿馬鹿しいと千石は顔を背けて、リョーマを立ち上がらせようと手を差し出す。
そんな態度がまた相手の怒りに火を注いだのだろう リョーマに続き、千石にまで馬鹿にされた。 屈辱に、顔が歪んでいる。 「お前らみたいに中途半端にテニスしている奴が、一番ムカつくんだよ!」 カッとなって腕を振り上げる。
「危ないっ!」 リョーマは声を上げた。 自分の所為で千石が怪我なんてしたら、きっと一生後悔する。 けれど庇うにも地面にへたり込んでいる状態ではどうしようもなくて、 助けて、と目を瞑ったその時、 「何してやがる」と聞きなれた声が耳に届いた。
そっと、目を開ける。 そこには男の腕を片手で止めている跡部の姿があった。
「跡部、さん……?」 どうして彼が、ここに。 信じられない思いで、目を見開く。 跡部は「一部始終を見ていた。お前らのしたこと、学校に報告してやっていいんだぜ」と冷たい目をして言った。 側で聞いている仲間達の顔が瞬時に強張る。 「なっ、どこの学校かなんてわからないくせに」 「ふん。お前らの面はさっき携帯で撮らせてもらった。 あちこちに転送すればどこに通っているかなんて、誰かは教えてくれるだろうなあ」 「ひ、卑怯だぞ!」 上擦った声で抗議しても、どちらの立場が上なのか、もうハッキリしていた。
跡部は無表情で「去れ」と命令する。
「卑怯なのはどっちだ。 部外者がこいつを非難する権利はねえんだよ。 わかったのなら二度と関わるな。 本当は許せない所だが、こいつが相手にするなって言うからな。 この場から去るのなら今回は忘れてやろう」
跡部の出した恩情とも言える案に、 「おいっ、行こうぜ!」と仲間達は呆然としている長身の彼を引っ張って、退散して行く。 脅しではなく本気だとわかったのだろう。 振り返ることはなく、彼らは行ってしまった。
「跡部君、助かったよー。でもなんでここに?」 礼を言いつつ不思議そうな顔をする千石に、 「偶然だ」と跡部は言った。 「それより越前、立てるか」 ほら、と未だにしゃがみ込んでいるリョーマに手を差し伸ばして来る。
以前はこの強引で、だけど優しくもある跡部の手が好きだった。 いつでも知らなかった世界を見せてくれる、そんな魔法のようなものだと思っていた時もあった。 テニス漬けの日々から騒がしく、時に苛立ったり、恥かしくなったり、蕩けそうにもなった。 跡部の手に導かれて、恋を知ったのだ。
でも今は。 ―――別の人のもの。
そう認識した瞬間、リョーマは跡部の手を振り払っていた。
「越前?」 「いい。一人で立てるから」 大丈夫、自分は一人で何とか出来る。 これ以上、醜態を晒さないようにと素早く立ち上がる。
「今日は、その、迷惑掛けてすみません。 でもこれからは大丈夫だから。 もう手助けとか必要ないんで放っておいてくれますか」
自分でも驚く位スラスラと言葉が出た。 久し振りに跡部の姿を見て嬉しいと思う反面、悲しいと思った。 どんなに近くにいても、もう同じ道を進むことが出来ないのならいっそ、突き放してしまいたかった。
「お前、何言って」 跡部は動揺したように口元を震わせている。 千石はオロオロとして二人の顔を交互に見ているだけだ。
「放っておけって何だよ。 友人として手を貸すことも許されないのかよ」 「友人?」 その言葉に、リョーマは笑った。 そんな偽りだらけで薄っぺらいもの、誰も望んじゃいない。
「友人になんてなれるはずがない。 少なくとも俺はそんなの御免だ。 あんたは今隣にいる人だけを見ていればいいんだよ。 もう俺に構わないで。 ……迷惑だから」 「越前!」
引き止める跡部も、そこにいる千石も無視して走り出す。 少しでも跡部から離れようと、速く。 さっきの連中が出て行った方と逆の入り口へと向かう。
一つ、嘘をついた。 迷惑なんてそんな風に思っていない。
本当は嬉しかった。 さっき助けてくれたことも、手を差し出してくれたことも。
けど跡部はもう前を向いて別の道に進んでいる。 もう二度と心を通わすことは無いのだ。 そんな彼とこれ以上一緒にいるのが辛かった。 ましてや友人になんて、なれるはずがない。
(それ位、察しろよな)
涙で滲む目を擦りながら、ひたすら駅へと向かって走り出す。
全速力で走り抜けるリョーマに擦れ違う通行人が不思議そうな目を向けて来るが、 そんなものも気にならなかった。
チフネ

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