チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2010年03月18日(木) lost 悲劇編 18.越前リョーマ

「それじゃ桃城君の方も、何もわからなかったんだ」
「そうっす」
毎回、千石に家へ来てもらっては悪いと考え、久し振りに外で待ち合わせをした。
千石が今日は午前中のみの練習の為、昼過ぎに集合することになった。
とはいえ、いつものファーストフード店だが。
前とは違う青学からは離れた店舗の為、知り合いには遭遇することは無いだろう。
こそこそしているようで気分良いものではないが、青学の部員の方がきっともっと嫌な気持ちになるだろう。
そう考えて、あえて山吹に近い場所を指定したのだった。

「こっちの部員はクラスメイトから聞いたって人がほとんどみたいっす。
俺が記憶喪失になったのは有名なことだったんで……。
結構あちこちで噂されてる為、誰からって言うのは特定し辛いって」
「そっか……」
千石は真剣な顔をして頷いた。
「山吹の方では壇君に聞いて教えてもらったんだけど、
どうやら部員の中に氷帝に通っている従兄がいるらしくってそこから情報を拾ったみたい。
後、青学の女の子と付き合っている奴とか、意外なところから漏れてるみたいだね。
それだけなら俺も心配しないんだけど」
「他に何かあるんすか?」
リョーマの問いに、千石は迷う素振りをしてからポケットを探り携帯を取り出した。

「これ、見てよ」
「何すか?」
千石が表示した場面を覗き込み、目を見開く。
信じられないことが書かれている。

『越前リョーマの最新情報!!
新たなターゲットを山吹中の千石と一緒に物色中!?
女性の皆さん、気をつけて!』
絵文字で飾られているが、悪意ある内容に眩暈を起こしそうになる。
「これ、一体何っすか?」
「噂の正体、かな。あちこちから回っているんだって。
壇君の所に来たやつを転送してもらった」
「誰から?」
「その氷帝に従兄がいるっていう部員から。
それだけじゃなく面白半分で送っている奴もいるみたいで……タチ悪いよね」
怖い顔をする千石に、リョーマは「許せないっす」と同調した。
「千石さんのことまで巻き込んで、本当何考えているんだろ。
今すぐにでも止めさせないと」
「いや、俺のことは別にいいんだけど。物色中なのは本当だし」
「よくないっす!」
リョーマは声を上げた。
「前から思ってたけど、何で自分のことはいいって言えるんすか?
俺は千石さんが悪く言われるのは嫌だよ……。その、友達なんだから」
少し照れ臭い台詞を言ってしまったと目を逸らすと、
「ありがとう」と千石の手がぽんと頭に置かれる。

「でも俺は平気なんだ。こういうことでやっかみ受けるのは慣れているし。
リョーマ君は違うよね。まだ心は12歳の子供なんだ。
なのに傷付けようっていう奴がいるってことが許せない。それだけなんだよ」
「千石さん……」
「しかしこうなると噂の元は氷帝か青学ってことになるかな?
宍戸君の方で何かわかるといいんだけど」
「宍戸さんって、氷帝の?」
聞き覚えのある名前に目を瞬かせると、
千石は「そうだった。説明しないとね」と言った。

「実はこの間、宍戸君が俺を訪ねて来たんだよ。
リョーマ君に関して悪い噂が流れているから気を付けて欲しいって。
ついでに出所も出来る範囲で調べてくれるって約束してくれた」
「どうして、宍戸さんが?」
跡部と付き合っていた頃もほとんど話をした覚えはない。
たまに氷帝に行った時に挨拶する程度だった。
その彼が何故……と訝しい顔をすると、
「跡部君の為だろうね」と千石が語る。

「多分、この一件を跡部君は知らない。
知って騒動に巻き込まれることを恐れたんじゃないかな。
ほら、あんな風でも部長として慕われてるわけだし?
宍戸君なりに友達を守ろうとしての決断だと俺は睨んでいるけど」
「そう、っすか」

跡部は知らないのか。
ほっとした思いで体から力を抜く。
もう彼にには迷惑を掛けたくない。
だから余計に知られたくないと思った。
きっと耳に入ったら、別れた相手といえども心配する。そんな人だとわかっている。

早く解決しなければ、とリョーマは思った。
跡部が知ってしまう前に犯人を見付けて止めさせなければ。
もたもたしている暇は無いと決意を固めた瞬間、
「こら。あまり力まない」と千石におでこを指で押される。
「焦る気持ちもわかるけど、まず宍戸君からの情報を待とう。
それからでもいいよね?」
「……はい」
「よし、良い子だ」
ニッと笑う千石の笑顔に、安堵を覚える。
友人がいて良かった、と何度そう思ったかわからない程だ。

「ところでさ、この後はどうする?
まだ時間は早いけど。リョーマ君、帰らなきゃいけない用事はある?」
「あ、多分大丈夫」
母にはちゃんと外出することを伝え、夕方までに戻ることを約束したから平気だ。
リョーマの返事に「じゃあさ、ちょっとだけ打たない?」と千石が身を乗り出して来た。
「打つって、テニスするってこと?」
「そう!俺さ、リョーマ君とテニス出来たらなあって、本当はずっと思っていたんだ。
勿論、やりたくないのならそれも仕方無いって諦めていたけど、今はどうかな?
やっぱり嫌?」

正直、まだブランクは全然埋まっていない。
ボールのコントロールも酷いもので、誰かの相手になれるなんて出来ないと考えている。
けれどこの大切な友人の願いを取り下げるのも、どうかと思う。

「俺、まだリハビリ中で、サーブ打つのもやっとなんだ。
それでもいいって言うのなら……」
控え目に承諾したリョーマに、千石はパッと笑顔を浮かべる。
「本当?じゃあちょっと肩をならす程度に打とうよ。
あ、ラケットは俺のを使って」
「うん」
「誰かと打つのもまた違った刺激になるし、こういう練習も悪くないと思うよ」

笑って言う千石に、もしかして、とリョーマは思った。

自主練習に煮詰まっている自分の為に、気分転換させようとしてくれているのでは無いのだろうか。

(いつも迷惑掛けてばっかりだ……)
この恩はいつか返そうと、心の中で決心する。

「それでどこで打つんすか?」
「そうだなあ。ちょっと電車に乗るけど、ただで打てる所があるんだ。
こんなに暑いし、外で打ってる奴なんていないと思うからそこに行ってみない?」
「いいっすよ」
そうして二人は店を後にした。
千石に案内されるまま、リョーマはただ後ろをついていく。
しかしその場所に近付くにつれて、どこへ向かうかわかってしまった。


「ここ……」
「あ、ストリートテニス場なんだけど、結構立派なコートがあるんだ。
ひょっとして知っていたかな?青学からも近いよね」
「……」
「リョーマ君?」
顔を覗き込まれ、リョーマは軽く首を振った。
「あ、いや、何でも無いっす」
「本当に?もしかして気分でも悪くなった?暑さで参ったりして」
「ううん。平気、っす」
動揺を抑えて声を出す。
千石にはこれ以上心配を掛けたくない。
それに、跡部と初めて出会った場所だからってなんだというのだ。
ここに彼が来るとは限らない。
今頃は氷帝で練習中か、自宅の設備でトレーニングしているだろう。
会う可能性は極めて低い。
ここで逃げたら何も出来ないままだ。

「行こう、千石さん
そう言って階段を上がって行く。
戸惑いながらも千石も後から続いて来る。

階段を上がり切った所で、コートを見渡す。
こんな炎天下の中、テニスをしようとする物好きはいないらしい。
コートの中は無人だった。

「ラケット貸してくれる?その前にストレッチしないと」
「うん。暑いから休憩取りながらやろうね」
それにお互いウエア姿ではない。
千石も真剣勝負を望んでいるわけでもないから、今日は軽いラリーが出来れば、と考える。
最も自分がミスをして続けることが困難かもしれないが。

きちんと準備運動してから、二人はコートの中へと入った。











「199……200、201!」

とりあえずの目標は100で、と始めたラリー。
やはりリョーマのミス続きで10を続けることさえ困難だったが、
途中から段々とコントロールが掴めるようになって来て、目標を達成。
次は200、と数を増やして今も続行中だ。

千石とのラリーは楽しかった。
こちらのミスを気にすることなく、いつでも楽な位置へと返してくれているおかげかもしれない。
テニスのコーチとか向いているのかも、と真剣に思ってしまう。
そして208回目のところで、リョーマがネットにボールを引っ掛けて、中断となってしまう。

「もっと打ちたかったのに……」
「でもここまで続けられれば上等だよ。ちょっと休憩しようか」
「そうっすね」
「俺、飲み物買って来る。さっき全部飲んじゃったし。
リョーマ君もスポーツドリンクでいいよね」
「あ、俺も一緒に」
「いいから。そこで座ってて」

ウインクして千石は少し遠くに設置されてる自販機へと走って行く。
息が上がっているのが見抜かれているなと苦笑して、木陰に入っているベンチに座る。

体力も落ちている。
昔ならこの位、なんとも無かった。
もっとメニューを増やすべきか。
そんなことを考えていると、ふと背後に人の気配を感じる。

振り向くと同じ年位の男子が数人、少し離れた所からこちらを見ている。
私服なのでどこの学校の生徒かはわからない。
だけど、どこぞのテニス部員だろうか、と思った。
何故なら彼らの目にははっきりとリョーマに対する嫌悪感が映っていたからだ。


チフネ