チフネの日記
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| 2010年03月17日(水) |
lost 悲劇編 17.越前リョーマ/跡部景吾 |
「中等部での噂の出所がどこからかって? いや、俺は知らねーけど」 「そう、っすか」
話があると連絡し、今日は桃城に来てもらった。 部屋に通して早速例の件を切り出す。 千石も調べてくれているので自分だけ何もしないわけにはいかない。 そう思ってまず桃城に確認を取ろうと思ったのだが、 予想通り何も知らないらしい。 やはり中等部に行って、直接確かめるしかないのかと考えていると、 「なんなら、俺が聞いといてやろうか?」と桃城が言った。
「いいっすよ。自分のことなんで」 「けど、中等部に行っても誰が誰かわかるのか?」 「それは……」 桃城の言う通りだ。自分の記憶は二年前で止まっている。 皆もあれから背が伸びて、容姿にも変化が出ているだろう。 それでも行けばなんとかなる、と考えるリョーマに、 「会っても気まずいだけだろ。俺が話を聞いといてやるから」と気遣うように言われる。
「言いたいことはわかるけどな。けど今は結構ぴりぴりした雰囲気になってるから。 その、お前のことで他校からも問い合わせがあるから、それで」 「え……」
そういえば千石が山吹でも噂になっていると言っていた。 他の学校にも思っている以上、知られているのかもしれない。 大会に出場なんてありえないことなのに、信じた上でわざわざ青学に確かめる者もいるのか。 だとしたら結局、中等部にいる部員に迷惑を掛けてしまっていることになる。
申し訳無さそうに身を小さくするリョーマに、 「そんな顔するなって!」と桃城が肩を叩く。 「悪いのはお前じゃねえ。つまらないことを吹聴して歩いている奴だ。 そこを間違えるなよ」 「……っす」 桃城の言葉に、リョーマの心も少し軽くなる。
そして改めて、周囲を苦しめるような真似をする相手を許せないと思った。 誰だか知らないが、自分が気に入らないのなら直接向かってくればいい。 周囲を巻き込むことが、何より許せない。 一体誰なのか、複数なのかは知らないが、必ず尻尾を掴んで正体を暴いてやりたい。
「それじゃ俺は何をすればいい?何でも言ってくれよ。 あっ、でも小遣いは残り少ないから貸してやることは出来ねーぞ」 おどけながら話す桃城に、ついくすっと笑いが漏れる。 そして「じゃあ、お願いします」と、一つ頼みごとをする。 最初にその噂を聞いたのは誰なのか。 わかる範囲でいいと、調査を依頼する。
「任せておけよ」 頼もしい言葉を残し、桃城は「またな」と越前家を後にした。
氷帝、空いたレギュラー枠の席を賭けた試合の二日目。
今日になって結果はほぼ確定したと言ってもいい。 ここまで全勝しているのは忍足一人だけだ。 明日の試合を全部落としたとなると別だが、 そんなヘマはしないだろうな、と試合結果のノートをコート前の観客席で眺めながら跡部は思った。 どうやらこの日の為に、忍足は密かに特訓をしていたらしい。 今までの動きと違っているのは明らかだった。 おかげで対戦相手達の一歩上を行くことが出来る。 やっとやる気になったか、と全ての結果を眺めながら考え込んでいると、 「どうしたん、跡部。眉間に皺が寄ってるで」と声を掛けられる。
「なんだ、てめえか」 「なんだ、とはご挨拶やなあ。試合結果に何か問題でもあったんか?」 「いや、そうじゃねえよ」 中等部の頃から変わらず丸い伊達眼鏡を忍足は掛けている。 薄いレンズ越しにじっと見られて、跡部は軽く首を振った。 「このままで行くとレギュラーになるのはお前だろうなって思って見てただけだ」 「そんなんわからんで。明日、全敗するかもしれへんし」 「嘘付け。自信あるんだろ?」 それには答えず、忍足はひょいと肩を竦める。 わからない、ということか。 変わりに跡部は別の質問をぶつけてみることにした。
「お前、なんでもっと早くに勝ち抜いて来なかったんだ? 個人戦の出場枠だって出られたかもしれねえのに」 「無茶言うわ。勉強との片手間にレギュラーになれる程甘くはない。 お前かてそれはわかってるやろ」 「けど」 「俺はお前みたいに出来が良くないからな」 「何言って」 反論しようとしたが、忍足に遮られる。
「いや、俺とお前じゃ出来が全然違う。 そりゃお前が努力してへんとは言わん。 けど俺が理解するのに100必要とする所で、お前は10でええはずや。 どうしようもない。元々生まれ持ったものの差や。 お前は特別なんや。だから成績も常に主席で、すぐにレギュラーにだってなれた。 俺は成績を落とさんようするだけで必死やったからな」 「……」 「そんな顔せんでもええって。 前期のテストがかなり良かったからな。 親も今はあまりうるさいことは言わへん。 せやからその分、自主練の時間が出来たってわけや。 来年はどうなってるかわからんけどな……。受験前に無理矢理辞めさせられるかもしれへんし」 軽い口調の忍足に、跡部は笑うことは出来なかった。 彼の家も相当なプレッシャーを息子に掛けている。 それを無視してまでレギュラーになれるよう努力しろとは言えない。 忍足が納得していることなら、口を出すべきことではないからだ。
「ま、レギュラーになったら褒めてくれや。 そんで氷帝を優勝まで導いたって。 お前なら出来るはずや」 「ふん、言われなくても」
忍足は片手を上げて、同級生達の方へと歩いて行ってしまう。 その背中を見ながら、こっちも大したプレッシャーだと息を吐く。 青学の手塚や、立海の主力の面々が留学で不在の今、 優勝するのは不可能ではないとはいえ険しい道には違いない。
(それをこんな凡人に託すなんてな)
忍足は自分のことを特別だと言ったが、それは大きな勘違いだ。 特に、テニスに関しては。 そこら辺の選手に負けない自信はある。 だが相手が……リョーマのようにテニスに関してずば抜けた才能を持っている相手には、一生敵うことはない。 今は記憶を取り戻したばかりでブランクもあるけど、きっといずれ世界に出て行くはずだ。 越前リョーマはそれだけの価値がある人間だ。 側に居た頃が嘘のように、遠い存在になっていく。近い内にそんな日がやって来る。
(けどあいつが世界に羽ばたく姿を見たいと思っているのも、俺の本当の気持ちだ)
リョーマがテニスコートを駆けるたび、その才能に嫉妬しつつも憧れの気持ちも持っていた。 二つも年下の少年に抱くにしてはおかしな感情かもしれないが、 あんな風に人の心を動かすようなプレイをしたいと思っていた。
今でも鮮やかに思い浮かべることが出来る。 光輝くような、リョーマのテニス。 たった一度でも公式で戦えたことを誇りに思う。
(だからあいつの幸せと活躍を今でも願っている。 その位は、良いはずだ……)
家に帰ったら、あかりに電話をして恋人としての役割を果たす。 トレーニングもするけど、勉強することも怠らない。
ちゃんとつまらない人生を歩んで行く、だからただ少しだけリョーマの行く末を案じることは許されるはずだ。
今頃リョーマは何をしているだろうか。 再びテニスを始めているとしたら、……頑張れと、届かないエールを送った。
チフネ

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