チフネの日記
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| 2010年03月16日(火) |
lost 悲劇編 16.氷帝 |
全国大会を前に、氷帝では一つだけのレギュラーの枠を賭けて準レギュラー同士の試合が行われていた。
「折角の全国前に、黒星上げるなんて高梨先輩ついてないよなあ。最後の大会なのに……」 「けどしょうがねえよ。負けたらレギュラー落ちがうちの伝統なんだから」
聞こえて来る声に、跡部は溜息をつく。 実力主義のやり方に異論を唱えるつもりはない。 しかしフォローはしておくべきだろう。 このまま部に顔を出さないまま引退というのはあまりにも虚しい終わり方だ。 しかし部長とはいえ後輩の自分が進言しても、反感を買うだけだろう。 同学年である副部長に上手く話しをしてもらうかと考える。
「あーとべっ」 背後から聞こえたジローの声に振り返ると、 ラケットを振ってこちらに近付いて来るのが見えた。 「負けちゃったー。忍足の奴、手加減してくれないんだもん」 「当たり前だ。手を抜いたりするような真似したら、グラウンド100周させてやる」 「アハハ、厳C。でも忍足、かなり頑張っているよ。 ひょっとしたらレギュラーになれるかも」 「そうだな」
午前の試合でも忍足は三年生の準レギュラーに勝っている。 このまま行くと、順当にレギュラーの座を獲得出来るかもしれない。 いや、むしろ遅い位だった。 忍足の実力ならば一年生の時からレギュラーになれたはずだ。 勿論練習不足でなければ、という条件がつくが……。 高等部に進学してから、忍足は部活より学業を優先させるようになった。 成績は常に上位でいること。 それが忍足の家が出したテニスを続けることの第一条件だった。 自主練習の時間を勉学に変えた結果、準レギュラー止まりになったわけだ。 勿論、それで忍足を責めることは出来ない。 成績が下がったら、即退部させられるというプレッシャーの中、よくやっている方だ。 しかしそれでは努力し続けているレギュラーに勝てないのも事実だ。 氷帝はこれでも強豪校だ。全国を目指している選手が集まっている。 勉学よりもテニス、という者も少なくない。 忍足がレギュラーになれなくても仕方無いことだと、跡部は思った。
しかしここへ来てやる気を出したらしい。 個人戦には出られなかったが、せめて団体戦だけでもと考えたのだろうか。 精々頑張れよ、と遠くで向日と話している忍足を見て、跡部はフッと笑った。
「宍戸さん、何も今日山吹に行くことないんじゃないですか。 明日も試合を控えているのに」 「バカヤロウ。こういうのは思い立ったらすぐ行動するもんだよ」 レギュラーを賭けた大事な試合というのはわかっている。 だがこのまま放っておいて噂が広まり続け、 リョーマの立場がどんどん悪くなっていったらそれも目覚めが悪い話だ。 千石の所に行くと決めたのなら、一日でも早い方がいいと判断した。 だから今日の練習が終わってすぐに山吹へ向かうことにしたのだ。 お人よしだと鳳に言われるが、これが自分の性格なのだ。どうしようもない。 一人で行くと言ったが、鳳も「最初に話を持ち込んだのは俺なんで」と、一緒について来た。 宍戸に言わせたら、鳳もかなりのお人よしだと思う。
「けど練習日じゃなかったらどうするんですか?全員帰っていたりして……」 山吹の高等部の校門前に到着してから、鳳は不安そうに口を開く。 「どうもこうも、明日も来るまでだ」 「はあ。そんなことだと思いました」 肩を落とす鳳に構うことなく、宍戸はその辺を歩いている山吹の生徒に声を掛けてテニスコートの場所を尋ねる。 丁寧に説明をしてもらえた為、すんなりと場所を見つけることが出来た。
「まだ練習していたみたいですね」 「ああ、幸いだったな」 氷帝の方が試合形式だった為、今日は早めに解散となった。 おかげで山吹の練習時間内に辿り着くことが出来たらしい。 ついてる、と宍戸は呟く。 「千石はどこだ?あいつ、髪の色変えてから見つけ辛くなっているんだよな」 「えーっと、あ、いました。あそこです」 鳳が指差す方向に、千石がいた。 ダブルス相手に一人で奮闘している。 遊んでばかりいるという噂とは逆に、なかなか良い動きをしている。 そういえば一応、中等部の時に選抜に行っていたんだっけと思い出す。
ぼんやりと練習風景を眺めている内に山吹の顧問がやって来て、 今日は終わりだと、解散の指示を出している。 氷帝と違って山吹は結構のんびりした雰囲気だ。 しかしそれでも千石は個人戦で全国に行くことは決まっている。 どっちの指導が良いかなんて、一概には言えない。 氷帝には氷帝の、山吹には山吹のやり方があるのだから。
「宍戸さん。千石さんが出て来ますよ」 「わかってる」 出入り口に向かう千石を見て、宍戸と鳳もそちらへと移動する。
「千石!」 部室へと行こうとする千石に、思い切って声を掛ける。 振り返った千石は驚いた顔をしながらも、すぐこちらへ駆け寄ってくる。
「宍戸君と鳳君、だよね?今日は何、偵察?」 「いや、違う。実は……越前のことで話があって来た」 「リョーマ君の?」 さっと千石の顔が険しいものになる。 「ちょっと、移動しても良いかな」 「ああ」 山吹の部員にじろじろと見られながら、というのでは落ち着かない。 それに誰に聞かれるかわからないので、別の場所へ行くことに同意した。
千石の後に続いて、二人も歩いて行く。 すぐそこの部室の裏らしき場所で、千石は足を止める。 さっと周囲を確認してから、「どういうこと?」と口を開く。 「それは、だな」 説明は苦手だ、と頭を掻く宍戸に代わって、 「俺が話します」と鳳が一歩前に出る。 「実はうちの中等部の部長に相談されたことなんですが」 宍戸に話した内容と同じことを語る。 鳳の話を聞いて、千石は難しい顔をして腕を組んだ。
「氷帝でもやっぱり噂は広がっていたのか。予想はしてたけど」 「氷帝でもって、どういうことだ」 「だから同じだよ。うちの中等部や青学でも同じ話が飛び交っているってこと」
宍戸は驚きのあまり、ぽかんと口を開けた。 そんなのは聞いていない。 あまりにも酷過ぎるんじゃないか。 同意を求めるように鳳の方に目を向けると、 事の深刻さに気付いたらしく、顔色を濁して俯いている。
「それで二人は俺に伝えて、どうして欲しいの? むやみに不安を煽るだけなら、むしろ黙っていて欲しかったんだけど」 「千石さん、それは言い過ぎです。宍戸さんは心配して」 「よせ、長太郎」 鳳を止めてから、宍戸は千石に向き直った。
「お前に相談すればなんとかしてくれると思っていた。 後は丸投げするつもりだったんだ。……すまない」 「別に謝らなくてもいいけど? 当事者じゃないんだから何かして欲しいとは俺もここまで望んでいないよ」 ふう、と千石は溜息を吐く。 「でもね、リョーマ君のことを考えると気の毒に思えるんだ。 記憶を失くして、それがいきなり戻って。 今、あの子の支えになるものはほとんど無い。 なのにこんな無責任な噂を流されて、追い込まれている。 一体、どこのどいつがやっているんだよ……!」
千石は声を荒げた後、困ったようにぐしゃっと手で髪を掴む。 相当、参っているらしい。 無理もない、と宍戸は思った。 もしもこれが自分の友人の身近で起きたことなら、同じような思いをするだろう。 どうすることも出来ない、やり切れない気持ち。 それがわかるから、……。
宍戸は覚悟を決めて、顔を上げた。
「手助けはしない。 けど、こっちで噂の元が誰なのか聞くこと位は出来るかもしれねえ」 「宍戸君?」 「勘違いするなよ。お前や越前の為じゃない。 こんな事態が長引いて跡部の耳に入ったら、またあいつが動揺するからな。 それだけのことだ」 宍戸の申し出を黙って聞いていた千石は、それでも嬉しそうに頷いた。 「ううん。それでも助かる。 勿論、こっちでも調べてみるけど、一人でも手が多い方が助かる」 ほっとしたような顔をする千石に、 宍戸は改めて一時だけという条件で手助けすることを約束する。
いいんですか?と鳳が非難を込めた目で見ていたが気付かない振りをした。
結果的にこれは跡部の為になることだと、宍戸はそう信じていた。
チフネ

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