チフネの日記
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| 2010年03月15日(月) |
lost 悲劇編 15.跡部景吾/越前リョーマ |
「景吾さん、少し痩せたようおに見えます。練習がそんなに大変なのですか?」 「まあ、大会が近いしな」 「あまり無理しないで下さいね」
待ち合わせたカフェに、彼女はもう先に着いて待っていた。 跡部がその前に座ると同時に顔をじっと見て、心配そうな目を向けて来る。 そんなにやつれたように見えるのか、と苦笑しつつ口を開く。
「無理なんてしてねえよ。ただ、ちょっと忙しかっただけだな」 「そうですか。でも私との約束は大会が終わってからでもいいんですよ? こっそり遠くから応援出来れば、それだけでも満足出来ますから」 「……」
嘘ではなく心からそう思っていることがわかる。 彼女の心には疑う気持ちが無いのだと、付き合っている間に気付いた。 父親は相当のやり手なのだが、まるで対照的な性格だ。 相当大切に育てて来たんだろうな、と想像する。
「景吾さん?」 「あ、悪い」 少しぼんやりしていたことを反省して、軽く首を振る。 彼女が勧めてくれたハーブティーを一口飲んで、落ち着きを取り戻す。 「しばらく忙しいかもしれないから、こんな調子が続くかもしれない。 我慢させることになるけど、大会が終わるまで待っててくれるか?」 「勿論です。それに我慢だなんて思っていませんから」 肩より下に伸ばしているさらっと真っ直ぐな髪を揺らしながら、頷いている。 待て、と言われたらきっと一年でも二年でも耐えることが出来そうだと、ふと思う。 そこまで好きでいてくれているようだが……。 本当に、こんな自分のどこが良いのか、さっぱりわからない。
「あかり」 跡部は彼女の名前を呼んだ。 「大会が終わったら、日帰りだけど少し遠出するか」 「いいんですか?」 「ああ。だからそれまで行きたい場所を考えておけよ」 「……はいっ!」 パッと顔を輝かせているあかりをそれまで見ていられず、 再びカップに手を伸ばして目を逸らす。
喜ばせようなんて、これっぽっちも思っていない。 今の提案だって罪悪感から逃れたいだけ。 嘘つき。お前は嘘つきだと、心の中で何度も呟く。
それでも彼女に全てを話すつもりにはなれない。 傷付けたくない。その気持ちの方が大きいからだ。 名前の通り、あの時暗く閉ざされた心に光を差し込んでくれたあかりに感謝している。 だから出来るだけ望みを叶えてあげたいのだ。
でも、ただ一つだけ叶えられないことがある。 二年前に彼を激しく愛したような気持ちには、決してなれない。 あの時、自分の中の情熱は彼と共に全て失われた。
どこに行こうかしらと微笑みながら、今から行き先を考えているあかりに、 跡部は相槌を打って答える。
―――他人から見たら、それは仲の良い恋人のように見えた。
今日も良い天気だと、リョーマは大きく伸びをした。 夕方からは千石と会う約束をしている。 申し訳ないが、家に来てもらうことにしたが、千石は二つ返事でOKしてくれた。 あの噂がどこまで広がっているかはわからないが、テニス部の同級生の誰かに会うのが気まずいという理由からそれを決めた。 昨日の南次郎との会話で、自分の所為だと思うのは先輩達に対して失礼だと考えを改めることにした。 けれど全部が納得出来たことではない。 それに噂では大会に復帰するとか、根も葉もないことが含まれていた。 同級生達が耳にしたら、今更何だと気を悪くしそうだ。だからなるべく外に出たくなかった。 本当に引き篭もりになりそう、とリョーマは溜息をつく。 が、すぐに背筋をぴんと伸ばす。
嘆いても仕方無い。 前に進もうと軽く頬を叩いてラケットを握る。 折角の良い天気だ。 無駄にしては申し訳無い。 やるぞ、と肩を回しつつ裏庭のコートへと向かった。
「あれー、何かやけにすっきりした顔してるね。 今日、相当頑張ったでしょ」 千石が現れたのは夕方過ぎてからだった。 それまでにすっかり体力を使い果たしていたので、 「まあね」と軽く手を上げて答える。
それから千石を自室に通して、「ハイ」とよく冷やしておいたペットボトルのジュースを渡す。 グラスに入れて運ぶのも面倒になったからだ。
「相当頑張っているみたいだけど大丈夫?無理するのも良くないよ」 「わかってる。明日は控えるから」 「うん、いい返事だ」 ぐしゃっと頭を撫でてくる千石に「何するんすか」と疲れたような声を出す。 今は払いのけることさえ疲れて出来ない。 それでも報告だけはきちんとしようと思っていたので、 少し体をずらして千石の方へと向き直る。
「彼女との話、終わったっす。 結局別れることになったけど、千石さんの言う通りちゃんと話が出来て良かった」 「そっか。うん。話し合いって大事だからね」 それ以上、千石は何も聞かない。 もう香澄の方からメールでいくつか事情を知らされているかもしれない。 だけど何も言わずに黙って側に居てくれるのは、こちらのことを気遣ってくれているのだろう。 本当にありがたい。 友人っていいな、と素直に思った。
「それで、千石さん」 「何?」 「昨日、桃先輩が家に来たんす」 「オモシロ君、じゃなくて桃城君が?」 「うん。何か俺の記憶が戻ったって噂を聞いて訪ねて来たんす」
すると千石は険しい顔をした。
「越前君」 「何?」 「今日、俺が来たのはその件を含めてなんだ。 うちの学校の中等部のテニス部にも、越前君の噂が流れている」 「山吹中に?」 「そう。壇君が教えてくれた」 バンダナをしていた壇のことを、うっすらと思い出す。 そうか。壇もテニスを続けていたのだ。 その点に関しては、嬉しいことだ。
千石は壇から聞いた内容を、掻い摘んで教えてくれた。 ほとんど桃城から聞いたことと同じだが、違う点も含まれていた。
今度の噂には千石のことも入っていて、一緒になって悪く言われているようだった。
「千石さんのことまで……。一体、何で?」 「いや、俺のは本当のことだから、別にいいんだけど。 女泣かせなのは事実だし。もてる男は辛いねえ」 「良くないっす!」 「越前君?」 「俺だけじゃなく千石さんも巻き込んで、何がしたいんだよ。 言いたいことがあれば、はっきりと言えばいいのに」
怒りに売る得るリョーマに、千石は宥めるように肩に手を置く。
「あのさ、面と向かって文句を言う人の方が少ないんだよ。 大抵は陰でこそこそ言って足を引っ張ったり、陥れたりするんだ。 きっとこの噂を流した奴も、そんな卑怯者なんだよ」 「でも、だからって」 「うん。気分は良くないよね。 山吹や青学のテニス部にばら撒いたりして、何を考えているんだか。 噂の元が誰なのか、確かめて見る必要がありそうだ」 「俺一人でやります。千石さんは大会前で忙しいでしょ?だから」 「そんなのダメ!」 千石は声を上げて、リョーマにストップを掛けた。
「相手が誰だかわからないのに、そんなことをするのは危険だって。 もしかしたら複数かもしれないんだよ?」 「それは、わかんないけど」 「でしょ。だから一人では行動しない。何かやる時は俺に連絡をすること。 いいね?」 「でも、大会が」 「大丈夫。練習はほどほどに、が俺のモットーだから」
ウィンクして答える千石の仕草に、つい笑ってしまう。
「あー、残念。女の子だった千石君って、素敵!って見直される所なんだけどなあ」 「それ冗談ですよね?」 「真顔で言わないでよ。傷付くからー!」
千石のおかげで殺伐とした空気が和んだ。 とりあえず互いの学校に情報を集めて、どうするのかそれから決めようということにする。
噂を流したのは誰なのか。 千石を巻き込んだことだけでも、きっちりを侘びを入れて貰おうとリョーマは心に誓う。
まず、桃城に連絡を取って青学の情報を集めなければ。 必要なら、テニス部に顔を出す展開にもなるだろう。
気が重いが、真実を掴む為なら仕方無い。
皆、あれから色々と成長しているはずだ。
こちらを見た時どんな反応するのか、少しだけ怖いと思った。
チフネ

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