チフネの日記
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2010年03月14日(日) lost 悲劇編 14.氷帝


「跡部は忙しいってさー。俺達だけで寄り道していこうよ」
「おー、いいぜ」
ジローの声に、向日が笑顔で応えた。
「侑士は?今日も忙しいのかよ」
「ああ。ちょっとな。悪いがパスさせてもらうわ」
「ちぇっ。最近、付き合い悪いよな。ひょっとして女絡みか?」
肘で突く向日に、「あほ。そんなんとちゃうわ」と忍足が笑って返す。
「家の用事でな。その内解放されるで、待っといてや」
「ふーん。なんか大変そうだな」
それ以上は絡むことなく、向日は宍戸の方を向いた。
「宍戸は?用事無いんだったら、行こうぜ」
「あ、この後、長太郎と練習する約束が入ってるんだ」
「またかよ!どれだけ自主練すれば気が済むんだよ。
お前ら、いい加減にしないとその内倒れるぜ」
「そこまで無理はしてねえよ」
苦笑いする宍戸に、「いいけどな」と、向日は肩を竦めた。
「滝は委員会で顔出さねえんだよな。今日は俺達だけで行こうぜ」
「そうだね。バイバイ、忍足、宍戸」
「またなー」
「おう、また明日な」

手を振って向日とジローは部室から出て行く。
同級生でレギュラーになったのは今の所跡部だけだ。
高等部でも正レギュラーとそうでないものは部室が別れている。
跡部が建てたものではなく、監督の意向だ。
レギュラーになって特別待遇を受けたければ、それなりの結果を出せということらしい。
実際、それで頑張っている者もいるから効果はあるのだろう。
レギュラーでない者達は大人数でも十分入れる広いi室を使っている。

二人が去った後、宍戸は思い切って忍足に話し掛けた。
「なあなあ、忍足。ちょっといいか」
「なんや。改まって」
「ジローのことなんだけど、どう思う?
様子が変とか感じるところとかは無いか?」
「は?」
「いや、ちょっとしたことでもいいんだ。いつもと違うって思わないか?」
「何が言いたいかさっぱりわからんわ。さっきもいつもと同じに見えたけどなあ」
「いや、それがな」

一瞬、躊躇ったが宍戸は結局鳳から聞いたことを話した。
黙っていても何も解決しないと思ったからだ。

「ジローが越前の悪い噂を流してる?まさか、そんな」
「けどお前だって知っているだろ?ジローが越前のこと嫌っているって。
記憶が戻ったって俺達に話した時のあの顔、ちょっと普通じゃなかったぜ」
憎憎しげに言うジローに、宍戸は口に出さなかったがそこまで言わなくても、と思っていた。

たしかに二年前、記憶を無くしたリョーマが跡部を振ったのは事実だ。
しかしそれはどうしようもないことだろう。
記憶が無い人間に、もう一度好きになれと強要した所で思い通りになるとは限らない。
そして現在、跡部には付き合っている人がいるのだ。
親公認で、世間的にも堂々と顔向け出来る相手だ。
今更リョーマが記憶を取り戻したからって、そんなに騒ぐことか?というのが正直な感想だった。

「跡部のこと忘れていたくせに、会いたいとかどうかしてる!おかしいよね!?」
宍戸にしてみたら、跡部の問題に口を出すジローの方が変に思えた。
勿論、それだけ心配しているのだろうが……。

「ジローは跡部のこと大事な友達だと思っているからな。
ちょっと言いすぎな所もあるけど、まさか越前の悪口を言い触らしたりまではせえへんやろ」
「けど、だったら誰が広めているんだ?」
「そんなの知らんわ。越前のこと嫌っている奴は、他にもおるやろ。
言動や態度で敵が多いみたい感じやったしな」
「そうかもしれねえけど」

釈然としない気持ちで宍戸は首を振った。
それにしても他校にまで噂を流すとは、酷過ぎるのではないだろうか。
たかがその程度の恨みで、そこまでするのか疑問だ。

「なあ、このこと跡部に報告するべきだと思うか?」
「なんで、跡部に?」
忍足は眉間に皺を寄せる。
「なんでって、一応……後でどうして黙っていたんだって言われるのも嫌だからな」
「黙っておいた方がええで。大体、越前とはもう関係無いんやろ。
余計なこと言って、また関わることになったらジローが黙ってへんで」
「だよなあ」
「せや。もう跡部は越前のこと忘れていたいんやろ。
折角彼女とも上手くいってるのを、そんな話で台無しになったらかなわんで」
真剣な訴えに、宍戸はそれもそうかと思って頷く。
「やっぱり跡部には黙っておくか。言っても仕方無いもんな」
「ああ。このことは秘密にしておこうや。跡部の為にも」
「わかった」
忍足に話して良かったと、宍戸は肩から力を抜いた。
相談しなかったら、間違った判断をしていたかもしれない。

「それにしても越前の噂をばら撒いているのって、どんな奴だろうな。
他校にまで広めるのって、ちょっとやり過ぎだと思わないか?」
「さあなあ。ひょっとしたら女かもしれへんで。
振られた相手が腹いせに、ってありそうなパターンやんか」
「女が?まさか」
「女は怖いで。お前も彼女の一人でも作ったら、その内わかるわ」
「今は別にいらねえよ」
「宍戸らしい答えやな。特訓の方が大事か。
ほどほどにしとかんと、卒業まで女っ気ないままやで」
「大きなお世話だ」

軽口を叩きながら外へと出る。
ちょうと片付けを終えた一年生達が、着替えの為にこちらへと歩いて来るのが見えた。
その中には鳳もいる。
宍戸が軽く手を上げるのを横目で見た忍足は、「お先に」とj歩き出す。
中等部の時より少し背が伸びた忍足の後姿に、「また明日」と挨拶をの言葉を投げる。
振り向かないまま軽く右手を上げて、忍足は校門へと歩いて行った。

「宍戸さん。すぐ着替えるんで、待ってて下さいね」
こちらに近付いて来た鳳に、「ああ」と頷いて壁に凭れる。
「どうかしたんすか?」
様子が違うと感じたのか、そんな風に聞いてくる鳳に、
「忍足に例の件を話したんだよ」と伝える。

「そうですか。何か、言っていましたか?」
「跡部には話すなって。
確かにあいつにはもう恋人もいるし、波風立てること無いからな」
「そうですね。巻き込むとなると、芥川先輩も黙っていないでしょうし」
頭を掻いて、鳳はそっと小さな声で言った。
「でもまだ噂は流れているみたいでうしょ?
今度は山吹の千石さんのことも一緒になって言われているみたいで」
「千石が?」
鳳はこくん、と頷いた。

「千石さんみたいな不真面目な人とつるんでいるから、テニスを蔑ろにしているとか、
本当は記憶を失った振りをして、遊びたかっただけじゃないかって言われてるみたいです」
「なんだそりゃ。テニス関係ないだろ。そんな噂流してどうするんだ」
「ええ。でも何も知らない人は信じてしまうみたいで……。
とはいえ、宍戸さんの言う通りテニスとは関係無い話なんで、
例の中等部の部長は、聞かされてもどうってこと無いって言ってましたけどね」
「そうか。気にするのは越前が大会にエントリーするか、それだけだもんな」
「はい」

だけど、そうは思わない奴もいるだろうな、と宍戸は思った。
世の中にはどんな形で悪意を向けてくるかわからない人がいる。
ただでさえ悪い噂を流され、攻撃を向けられるような対象になっている。
もし、大会にのこのこと現れたりしたら。
それこそ四方八方から因縁をつけられるのでは、と想像する。

(大会に出るとは思えないけどな……)

記憶を取り戻したとはいえ、リョーマはずっとラケットを振っていなかった。
いくら二年間があれだけ強くでも、トレーニングを怠っていては実力もかなり落ちただろう。
大会になんて、笑われる為に出るようなものだ。

「まあ、その件は大丈夫だろ。
念の為、一度青学に偵察に行くよう勧めておいたらどうだ?」
「そうですね。言っておきます」
鳳は着替えの為に、部室へと入って行った。

壁に凭れたまま、宍戸は噂は今後も続くのかと考えた。

(相当、悪意のある奴のようだから、止めることは無いかもしれないな。
もし跡部が知ったら、やっぱり越前の為に手を貸そうと動くんだろうか)

それはまずい、と思った。
忍足の言っていた通り、跡部は幸せを掴んで静かに暮らしている。
波風を立たせたくないと思うのは、二年前の落ち込みようを知っているからだ。
ジロー程ではなくても、宍戸だって跡部のことを心配している。

(越前がなんとか自分で解決してくれるのが、一番なんだが)

そこまで考えて、宍戸はふと思いついた。
さっき千石も噂に巻き込まれていると、鳳は言っていた。

千石に伝えるのはどうだろうか。
彼とリョーマは親しいようだから、こちらから伝えれば二人で解決していくかもしれない。
記憶を取り戻したばかりのリョーマでは心許ないが、
千石が味方なれば色んな情報も集まるのではないか。
誰がこんなことをしているのか、心当たりのある人物も容易に思いつくかもしれない。
そうすれば、跡部の出番は無くなる。

それがいい、と宍戸は心の中で頷く。

近い内に山吹の高等部へ行こうと決める。
これ以上噂が広がって跡部の耳に入る前に、知らせておくのがベストだ。

鳳にもこのことを相談しようと、出て来るのをじっと待った。


チフネ