チフネの日記
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| 2010年03月13日(土) |
lost 悲劇編 13.越前リョーマ/跡部景吾 |
桃城との話が終わり、リョーマはぐったりとした様子でベッドに横になっていた。
「気にすんなよ」
桃城はそんな風に言ってくれたが、簡単に流せるようなことではない。
二年前の自分が取った行動は間違っていた。 そう考えるのを止めることが出来ない。 今までずっと自分の判断に後悔したことは無かったはずなのに、 あの時に戻ってやり直したいと、そればかり考えている。
「おーい、リョーマ。いつまで塞ぎ込んでいるんだ。 いい加減降りてきて、飯食えよ。でないと俺が全部食べちゃうぞー?」 「勝手にしたら」 ノックもしないで入って来た南次郎に、リョーマは不機嫌そうに答えた。 今は言葉を交わすことすら辛い。 壁の方を向いて、きゅっと唇を結ぶ。
「冗談だって。お前が食べないと、母さんも菜々子ちゃんも心配するだろうが。 いいか加減拗ねてないで起きたらどうだ?」 「……」 「おい、リョーマ」 「……」 「なんだ、そのまま引き篭もりにでもなるつもりか?」 「それもいいね」 「おい」 「今は食べたくないだけ。放っておいてよ」
投げやりに言うと、南次郎は頭を掻きながら溜息をつく。
「まあ、なんだ。さっきのツンツン頭と何話したんか知らねえが、 起きてしまったもんはしょうがねえだろ。 腹括って、これからのことを考えろよ」 「仕方無い?簡単に言えることじゃないのに……」 リョーマは、南次郎の方へと振り返った。 そんな言い方をされるのは心外だった。 あの大会は仕方無いで済まされる程、些細なことではないからだ。
「俺があの時ちゃんと試合に間に合ったら、青学が負けることは無かったかもしれない。 皆、優勝を目指して努力して来たのに記憶喪失なんてものになって、 試合にも出られないまま終わったんだ。 先輩達にどう顔向けすればいいんだよ」
桃城は決してリョーマの所為ではないと言ってくれた。 他の先輩達も同じ考えだと慰めてくれたけれど、失望させてしまったことには変わりない。
大体、試合の当日に間に合わないような真似をしてはいけなかった。 もっと強くなれる糸口を掴もうと足掻いていたとしても、前日までには帰って来るべきだった。 試合に勝つ為に特訓していたと言い訳しても、遅刻した選手は失格になるだけだ。 それが、ルールというもの。 ルールを無視しようとした自分に、罰が下ったのだろうか。 それにしても重過ぎて、耐えられない。
リョーマの言葉を聞いた南次郎は、ふんと鼻で笑う。
「お前が捻くれているのは勝手だが、その先輩達とやらを理由に使うな。 先に三勝上げれば、青学の優勝は決まってたんだろ。 黒星を上げた選手が、お前の泣き言を聞いたら怒ると思うぜ。 自分が出たら優勝出来た?思い上がるなって、な」 「……」
あまりの言い分に返す言葉もない。 そんなの考えてもみなかった。 自分一人で青学の勝利を担っているわけではない。 たしかに負けてしまった選手からしたら、失礼な考え方だ。
「わかったら、自分の所為で負けたなんて二度と言うな。 あの時、会場で頑張っていた他の選手の為にもな」 「……うん」 「ま、あんな所に連れて行った俺にも責任はあるしな……。 これからのことに手を貸すこと位はしたいと思っている」 「これから、って」 「お前、もう一度コートに立とうって思ってるんだろ?」 「まあ、ね」 二年もブランクがあるくせにと笑われるかと思ったが、南次郎の表情は真剣だった。 「そっか。なら、俺にも考えがある」 「親父……?」 「まず、お前は飯を食え。食わねえとテニスする気も無くなるぜ。 ほら、さっさと立って下に行け」 「わっ、ちょっと」 強引に部屋から出されてしまう。 南次郎はそのままリョーマの背を押して、リビングへと連れて行く。
席に着いたことに母は驚きつつも、嬉しそうに茶碗にご飯を装い始める。 菜々子もにっこり笑って、お茶を入れてくれた。 にやにや笑っている南次郎を見ないようにして、リョーマは「いただきます」と箸を取った。
そうだ。テニスを続けると決めたのだ。 こんな所で立ち止まってはいられない。 悔しいが、南次郎の言う通りだった。 自分の所為で負けたと言う資格は無い。 悔やむことが出来るのは、あの場で戦った者だけだ。
桃城も言っていたではないか。 「お前の所為じゃない」 そしてテニスをまた始めたいと言ったら、素直に喜んでくれた。 「また今度一緒に打とうぜ。けどダブルスは組まないけどな」 冗談交じりでそう言った桃城の笑顔はあの頃のままで、 それが余計に嬉しく感じた。 彼の中ではまだ仲の良い先輩だと認識してくれているのがわかって、 だからこそ忘れていたことを申し訳なく思った。
(せめて桃先輩と打ち合える位、頑張らないと)
そ思うと急にお腹が空いた気になって、結局ご飯をお代わりした。 元気を取り戻したと思ったのか、母はやけに上機嫌で大盛りに装ってくれた。
いい加減、彼女を避け続けているわけにもいかない。 そろそろ限界だと感じて、跡部は今日の練習が終わったら会おうと約束を取り付けた。 それに対して部活が忙しいのなら無理しなくても、と彼女は電話でそう言ってくれたが、 今日は大丈夫だと、返事をした。 本当はまだ平常心を保てるか怪しいものだが、いつまでも放っておくわけにもいかない。 ふとした拍子に自分の両親から、彼女と最近会っているのかと確認されることがあるかもしれない。 家同士の結び付きが絡むと、面倒なことが多いと苦笑いする。 だが彼女には政略的な気持ちが全く無いということを跡部は知っていた。 親が引き合わせた相手なのに、自ら恋をしたものと思い込んでいる。 ある意味純粋で、そして無知だとも思う。
しかしその彼女のおかげで救われた部分もある。 いつまでもこちらを見ようとしないばかりか、完全に拒否したリョーマへの当て付けで、 親が決めた相手と付き合おうとやけになっていた。 もし彼女が自分の家の利益の為に近付いて来るような人間だったら、 ますます心が荒んでいっただろう。
無知だが、こちらに向ける信頼だけは本物だ。 その純粋な心に癒されて、少しずつ立ち直っていくのを感じだ。 だからこそ、跡部は彼女と別れるつもりはなかった。 こんな自分を心から好きだと言ってくれる相手がいるのだと、教えてくれた存在だからだ。
(いい加減、あいつのことは考えないようにしないと……。変に思われる)
高校を卒業する頃には、正式に婚約する予定のはずだ。 いつまでも過去を振り返ってはいられない。 前を向かなければ、明日さえ見えない。
本日の部活も終わり更衣室で溜息をついて座っていると、 「跡部いるー?」とジローが入って来た。 ここは正レギュラー専用の更衣室で、ジローはまだ準レギュラーなのだがそんなことはお構いなしだ。 先輩達もあいつならしょうがないと、何故か反感を買うこともない。得な性格をしている。 なのでジローは時々こんな風にひょいっと入って来ることがあるのだ。
「なんだよ、ジロー」 「ねえねえ。今日、時間ある?良かったら、俺の家に寄って行かない? 新しいゲーム買ったんだー」 屈託の無い笑顔を向けられるが、跡部は首を横に振った。 「悪い。今日は用事がある」 「何それ。まさかあの子と会おうとしてるんじゃないよね」 スッ、とジローの表情が変わる。 冷たい目に、跡部は体を少し引いた。 ジローにこんな顔をさせるのは、自分の弱さが原因だったとわかっている。 だから心配させてはいけないと、正直に今日の予定を話す。
「そんなわけねえだろ。今日は彼女を約束しているんだよ。 そっちと先に約束していたから、お前とはまた今度な」 「なんだ。彼女とか。じゃあ、しょうがないね」 ころっと、また笑顔に戻る。 彼女となら安心だと言いたそうな表情だ。
「じゃあ、また今度誘うから。彼女と仲良くね」 「ああ……」
ご機嫌な様子で去って行くジローに、跡部は疲れたように息を吐いた。
いつまで本当のことを黙っているつもりなのか。 大切な友人にあんな顔をさせて。 彼女にも気を使わせて。 本当に好きだった人の力になることも出来なくて。
嘘だらけのこんな自分を、今すぐ消してしまいたい。
チフネ

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