チフネの日記
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| 2010年03月12日(金) |
lost 悲劇編 12.越前リョーマ/氷帝 |
彼女の家を出た後、リョーマは千石へのメールを打った。 今回のことで色々迷惑を掛けている彼だけには、報告をきちんとしておかなければならない。 千石が居てくれてよかった、と心から思っている。 おそらく香澄があれだけ潔く引き下がったのも、千石の口添えがあったからだろう。 もう元の二人に戻れないことを、伝えていたのかもしれない。 跡部との別れで動揺している自分の為に働きかけてくれたのだと、推測する。
(お人よしというか、友達思いというか……)
千石との間にあったこともすっぱり忘れているというのに、ここまで力を尽くしてくれるとは。 見掛けとは違い友情に厚い人、なんて言ったら怒られるだろうか。
とにかくきちんと礼を伝えなければ。 こんなメールだけの報告じゃなく、会ってありがとうと伝えたかった。 彼のことだから「いいよ、そんな畏まらなくても」と照れた顔をしそうだ。
そんなことを考えながら自分の家へと向かっていると、 門の前にうろうろと誰かが徘徊しているのが目に入る。 インターフォンを押すのを迷っているようだ。 一体、誰?と思って目を凝らすと、二年前までは見慣れていた髪型に気付き、 リョーマはダッシュした。
「桃先輩!」 声を上げると、桃城は驚いたようにこちらを振り向く。
「越前、お前、本当に越前なのかよ!?」 「何わからないこと言っているんすか。頭でも打ったの?桃先輩」 「俺のこと、ちゃんとわかるのかよ。しかも相変わらず生意気な言い方しやがって。 でも、許す」 「わっ」 途端に、桃城に髪をぐちゃぐちゃに撫で回される。 二年前と違い、桃城の背も自分の背も伸びていて、 こんな大きな二人が何やってるんだと、誰かが見たら怪訝に思われそうだけど。
でも今の二人は、心だけはあの頃に戻っていた。 桃城を見上げる位のチビだった頃、 あの時も二人でふざけあっていて、今みたいに髪を撫で回されたことがあった。
「良かった、本当に。 またあんたなんて知らないって言われたらどうしようかって、俺……」 泣きそうになってる桃城に、リョーマの心がズキンと痛む。 記憶喪失になったことで、色んな人達を悲しませている。 何て言ったら良いかわからず黙っていると、 「あ、悪い。責めているわけじゃねえんだ」と桃城は無理矢理笑顔を作る。 「思い出してくれたから、もういいんだ。 もう二度と会話出来ないって、ずっと気にしていたからよ」 「……ごめん」 「だから謝るなって!えーっと、ほらまたこうして再会出来たんだし、 もう水に流そうぜ。なっ」 「桃先輩……」 明るく話してくれる桃城に、嬉しくなると同時に、じわっと涙が出そうになった。
こんな風に会話してもらう資格が、自分にあるのだろうか。 きっと記憶喪失した直後は、酷いことを言って遠ざけていたに違いない。 ―――跡部にしたのと、同じように。 けれどあえてそこには触れず、昔のようおに接してくれる桃城に、 ありがたいと感謝する。
「ところで俺の記憶が戻ったって、なんで知っているんすか? ひょっとして千石さんから聞いたの?」 「いや、それがよお」 何故か表情を曇らせる桃城に、リョーマは首を傾げた。 千石が気を利かせて連絡を取ってくれたわけではなさそうだ。 だったら、一体……?
じっと桃城の顔を見ると、少し言いにくそうに目を逸らす。 だが、決心したようにもう一度向き直って口を開いた。
「いや、実も俺もなんでかはよくわからねえけど、鳳から変なことを聞いてな。それがすごく変でどう言えばいいのか」 「あの、もっとよくわかるように説明して下さい」 「あ、ああ。実は、な」
桃城は、ここ最近あったことを全て話してくれた。 リョーマが記憶を取り戻したのを教えてくれたのは、氷帝の鳳から聞いたということだ。 その彼もかなり迷って、桃城に知らせたそうだ。 鳳とは中等部の時に何度か合同練習や試合をしている間に、親しくなって連絡先を交換していたと説明される。 その彼から一昨日、メールで「越前リョーマ君の記憶が戻ったって本当ですか?」と問い合わせがあった。 何も知らない桃城は逆にどういうことかと質問を返すと、 氷帝の中等部でそういう噂が流れているのだと教えてくれた。 後輩から、リョーマが全国大会に復帰するらしいので、どうしたら良いかとアドバイスを乞われたらしい。 どこからそんな情報が、と鳳は驚いて、桃城に連絡を取ったという流れだ。
「氷帝の中等部で?なんで?」 わからない、と唸るリョーマに、「それが氷帝だけじゃないんだ」と桃城は言った。 今日、中等部のテニス部にも顔を出して、さり気なく皆に確認した所、 三年生の部員の全員がリョーマの記憶が戻ったことを知っていた。 勿論、噂レベルのことだが。 どうして知ったのかと尋ねると、メールで広まっているのだと教えてくれた。 「なんか全く関係の無い奴から、越前の記憶が戻ったんだって?と聞かれた。 俺達も直接会ったわけではないから、知らないって答えてるっす。 どういうことなのか、こっちが知りたいっすよ」
どうやら噂はテニス部限定というわけではないらしい。 記憶が戻ったということ以外にも、今まで付き合っていた彼女を捨てた、 今更になってまた復帰するらしいとのこと、あれだけ迷惑掛けていても、 反省の色無く自分の方が強いから試合に出せと言っているらしい等、勝手な話が流れているようだ。
リョーマは香澄から聞いたことを思い出した。 香澄が心配していたのは、これだったのだと理解する。
「なあ、一体どうなっているんだ? お前、誰かの恨みでも買っているのかよ」 「いや、わからないっす」 「けど勝手なことばかり言いやがってよ。悪意があるとしか思えないじゃねえか」 「……」
最初に記憶が戻ったことを知ってたのは、家族と香澄と千石と跡部だけだ。 普通なら振られた香澄を疑うところだが、 先ほどの様子から、とても言い触らすような風には見えない。
今、付き合っている彼女が居て幸せに過ごしている跡部がやったとは思えない。 むしろ自分と関わりたくもないと考えているはずだ。 残るは千石だが、これも違うと思いたい。 何故ここまで親切にしてくれるか疑問が残るが、裏があるようには見えなかった。 友人だと言ってくれた千石の言葉を信じたいのだ。
「今は考えてもわからないっす」 「そうか」 桃城は眉を寄せて、首を振った。 そんな噂を流す奴が許せないという表情だ。
折角再会出来たのに、ずっと立ち話していることに気付き、 リョーマは桃城を見て口を開いた。 噂の件よりも、もっと大事なことを聞かなければならない。
「ねえ。時間あったら家に入ってよ。お茶位なら出せるから」 「おう、いいぜ」 桃城を伴って、家の中へと入る。
噂が流れてることも気になるが、それ以上に二年前の大会のことを知りたい。 決勝に間に合わず、終わってしまったあの日。 どうなったか全て聞かなくてはと、リョーマは覚悟を決めた。
鳳に一緒に帰りませんか、と誘われ、断る理由も無く宍戸は了承した。 何か悩んでいるようだったので、相談でもあるかと漠然に思っていると、 予想外の話をされて驚いてしまう。
「越前の記憶が戻ったことが噂になってる!?なんだ、そりゃ!」 「し、宍戸さん。声が大きいです」
下校中の他の生徒にじろじろ見られ、宍戸は慌てて声のボリュームを落とした。
「おい、長太郎。一体全体何の話だ。どこでその噂が流れているって?」 「中等部のテニス部で知らない部員はもいないそうです。 現部長がもし本当なら、大会に参加することになるかもしれないって、そうなったらどうしようって泣き付いて来たんですよ」 「あー。なるほど」
元部長の日吉よりも、鳳の方が相談し易いのは確かだ。 しかし一体どこからその話が漏れたんだろうと、宍戸は思った。 先日、ジローが興奮した様子で「越前リョーマが記憶を取り戻して、また跡部に近付こうとしている!」と喚いていたが、 あの時は忍足と向日と滝と、そして自分しかいなかった。 まさかジローが言い触らしているのか?と考える。 だとしたら、中等部にまで喋ることないだろ、と溜息をつく。 とりあえず、後輩の相談に答えてやることにする。
「記憶が戻ったからって、大会に出るとは限らないだろう。 都大会にも出ていなんだし」 「そうですけど、出るとなったら強敵になりますからね。 他の学校も内心穏やかではないでしょう」 「まあな。たしかに越前の凄さは嫌という程わかってる。 あの跡部が負けるなんて、当時は信じられなかった位だからな」
二年前を、懐かしい目をして振り返る。 あの頃の跡部は、とても幸せそうに見えた。 生意気なリョーマに散々手こずらされながらも、両想いになって、 ケンカしつつも上手くやっているようだったのに。 リョーマが記憶を失って、全てが崩れた。 もう立ち直れないんじゃないかと思う位に焦燥し切っていた跡部の姿は、 正直二度と見たくない。
「その跡部さんなんですけど、噂の件を話すべきでしょうか?」 「何で跡部に言う必要があるんだよ」 「一応報告というか。大会の参加だけじゃなく、悪意のあるような話も流れて来ているんで……」 「悪意?」 「ええ。恋人を弄んで捨てたとか、迷惑掛けているのに反省する様子が無いとか」 「くだらねえな」
宍戸は溜息をついた。 その程度の噂なら、気にすることはないんじゃないかと思う。 どうせ噂なんて、飽きた頃には皆忘れている。
「跡部に、か。 話すかどうかは、ちょっと考えた方がいいかもしれないな。 あいつ、今は彼女がいるんだし」 「そう、ですね」
決して納得しているようではないが、鳳は小さく頷いた。
たしかに嫌な噂を流すような行動は、褒められたものではない。 もしジローがやっているのなら、止めさせるよう忠告するつmりだ。
それとなく聞き出そうと、宍戸は鳳からの報告を心に留めておいた。
チフネ

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