チフネの日記
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| 2010年03月06日(土) |
lost 悲劇編 6.跡部景吾 |
ほとんど眠れないまま、朝を迎えてしまった。
夏休みに入っているが、朝から部活の練習がある。 リョーマがいつ来るかわからないので、ここで待っていても仕方無い。 学校へ向かうことにする。
(次に越前と名乗る奴が来たら、通すように指示してあるから大丈夫だろ) 連絡が来たら部活は理由をつけて、早退すればいい。
とにかく会ってみないことには、わからない。 リョーマの名を語った別の人間なら、その相手はただで帰すわけにはいかない。 だが、本人だったら……?
結局、どうしたら良いか考えても答えは出て来ない。 リョーマが接触して来た理由を尋ねないことには、話も進まない。
(大丈夫だ。あいつを前にしても、冷静に対処出来るはず……)
この二年でリョーマへの想いを乗り越えて来た。 何を言われようと、平静を保てると跡部は自分に言い聞かせた。
朝食を取ってからいつも通りに学校へ向かうと、 「跡部、おっはよー!」 珍しく遅刻もしないで登校していたジローに声を掛けられる。
「おう……。早いな」 「うん。昨日は暗くなる前に寝たからかなー?」 「それは寝過ぎってやつじゃないのか」 「そうかも」
明るく話すジローを羨ましく思いながら、跡部も調子を合わせる。 しかしジローは直感で何かに気付いたようだ。 こちらの顔を覗きこみ、 「跡部、昨日はちゃんと眠った?」と聞いてくる。
「顔色、悪いよ?きちんと寝ていないみたい」
内心でぎくっとしつつ、跡部は「そうだな。夜更かししていた」と嘘をついた。
「夏休み明けのテスト勉強の準備を始めたら、止まらなくなってな」 「何それ。夏休みに入ったばっかりなのに、もう試験勉強始めてんの!?」 「準備は早い方がいいだろうが」 「全く。跡部って見掛けによらず努力家なんだからー」 「見掛けによらず、は余計だ」 「アハハ。ごめん」
明るく笑うジローに、どうやら上手く誤魔化せたと胸を撫で下ろす。
二年前の件で、特にジローには散々心配や迷惑を掛けた。 リョーマが訪ねて来たことは、出来ば知らせたくない。 誰にも言わずに密かに決着をつけようと、決めている。 もうリョーマとのいざこざで周りを巻き込みたくない。
自分一人で解決してみせると、跡部はジローの笑顔を見ながらそう思った。
インターハイに向けて、部員達の練習にも身が入る。 跡部は部長なので、余計に手が抜けない。 寝不足で動きが鈍くなるなんてあってはならないことだ。 ただでさえ、二年生で部長に指名されてから三年の先輩達よりよく思われていない。 実力で選ばれただけなのだが、認めない人も多いということだ。
中等部の時とは違い、無理に学校やテニス部を掌握するような真似はしなかった。 一部先輩には警戒されていたが、跡部が何もしないとわかると調子に乗る連中もいた。 しかしレギュラーを選抜為の校内試合では全く跡部に歯が立たず、 結局彼らは大人しくなった。
何もしなくても実力さえあれば、トップに立つことになる。 跡部はそれに気付いていたので、中等部の時ような行動を起こさなかっただけだ。
当時の部長が引退する際、「跡部に任せようと思う」との意見に、 反対する者はいなかった。
しかし全部認められたわけではない。
未だに二年生の跡部が部長であることに不満を持つ部員は何人かいる。 だがそれでも構わない。 広い世界に出れば、これから先いくらでも反発する者と出会うことになる。 たかが学校の部活の中で嫌わてる位、どうだというんだ。 いちいち気にしていたら、この先身が持たない。
そんな風に開き直っている所為か、陰で何を言われようが気にもならなくなっていた。
最も最近は大会前ということもあって、先輩達も跡部に嫌味を言う余裕すら無いようだ。
(練習もハードになっているからな……)
昼休みの時間になっていることに気付き、跡部は部員達に休憩を取るよう声を上げた。
少しでも休もうと皆、食堂や部室へ急いで向かって行く。
コート外で練習している一年生達にも声を掛けてから、 跡部も食堂に行こうと歩き始める。
この気温と寝不足の所為で食欲もわかないが、そうも言っていられない。 食べないと後がもたなくなる。 少しだけでも胃に入れなければ、とぼんやり考えていると、 ふと前方に立ち塞がる人物に気付く。
しかも氷帝の制服を着ていない。 偵察か?と思って顔を上げると、 「やあ。跡部君」 そいつは手を上げて挨拶して来た。
黒髪だったから、一瞬わからなかった。 けれどそれが千石と気付き、跡部は驚いて目を見開く。 最後に見た時の髪の色はオレンジだった。印象が全く違うように見える。 しかしこのへらへらとした笑顔は千石本人で間違いない。
「あー、そんなに驚かなくても」と、千石は苦笑する。 「二人して、同じ反応するなんてねえ。そんなにこの色、俺に似合ってない?」 問われて、跡部はようやく声を出した。 「いや。見慣れた色じゃなかったから、戸惑っただけだ。学生らしくていいんじゃねえのか。 それより、二人って誰と誰のことだ」 「決まってるじゃん。跡部君と、越前君の二人だよ」
あまりにも千石がさらっとした口調で言うものだから、一瞬、反応が遅れた。
「越前君も、びっくりしたように固まっててさあ。見ていて面白かったよ」 勝手に会話を続けている千石に、跡部は警戒しつつ口を開いた。 リョーマの名前を出したことで、昨日の件を思いだす。 越前リョーマの名前を語って跡部の家に訪問する。千石ならそんな悪戯を思いついてもおかしくない。
「お前、だったのか?」 「え?何が?」 「惚けんな。昨日、越前の名前使って家に来たんだろ。何企んでいやがる」
今度ははっきりとした敵意を込めて、千石を睨みつける。
記憶を失くしたリョーマと、千石が交流を持っていたことは知っている。 よりによって何故千石なのかと、あの頃は腹が立って仕方なかった。
『だって、千石さんは俺にテニスしろって強要したりしないから』
理由を尋ねると、リョーマはぬけぬけとそんなことを口にした。 たしかにあの頃、リョーマの周囲ではなんとか再びテニスをさせようと躍起になっていた感はある。 自分もその内の一人だ。 なんとか記憶を戻す切っ掛けになってくれればと思い、何度も無理矢理テニスコートに引張って行った。 結果、リョーマはテニスさせられることを嫌がり、ラケットにも触れようとしなくなった。
それなのに千石とは遊び歩いていた。 結局楽な方に逃げたんじゃねえかと、当時はそう思った。
あいつに余計なことを吹き込むな、と跡部は千石に意見したこともある。 それに対して、 『え?だって、越前君はテニスしたくないって言っているんだよ? 本人の好きにさせてあげなよ』と千石は無責任なことを言った。 何も知らないくせに。リョーマの才能をこのまま潰すつもりかと、怒りが頂点に達した。
いい加減記憶を戻さなければならない。 その為にも千石との付き合いは絶つべきだ。、 そして強引な手を使って、結局リョーマに嫌われてしまった。 二度と会うこともなくなってしまう。
当時の出来事から跡部の中での千石への評価は最悪なままだ。
こいつならリョーマの名前を語って、何か企ててもおかしくないと思う位に。
しかし千石は跡部の言葉に、 「違う、違う。それ、本人だから!」と両手を振って否定した。
「本人?」 「そう。あ、跡部君は知らないんだよね。 ええっと、何から話したものかなあ。 俺がここに来たのも、越前君に頼まれたからってわけじゃないんだけど、 友情の為でもあるってわかって欲しい」 「さっぱりわからねえ。何が言いたい?」
要領の得ない千石の言葉に、跡部は顔を顰める。
友情の為なんて言われて、苛々する。 どうやらリョーマは今も千石と付き合いがあるらしい。 それは恋愛とは違うものだとわかっていても、ムカつくことに変わりない。 こんな奴とつるんでいても碌なことは無いと、内心で悪態をつく。
「だから、跡部君の家に行ったのは越前君本人だって」 「それが本当だとして、何故今更あいつが俺の所に訪ねて来るんだ。 ……二年前に、とっくに縁は切れているはずだ」
苦い顔をする跡部に、「それが違うんだな」と千石は人差し指を立てて軽く左右に振った。
「越前君、記憶が戻ったんだ。 今の彼は十二歳の当時の心のままだよ。 だから跡部君に会いに来たってわけ。納得した?」 「おい、どういうことだ……!?」
納得なんて出来るはずがなく、思わず千石に掴み掛かる。
「十二歳のままって、なんだよ。嘘つくんじゃねえよ!」 「嘘なんて言っていない。俺もよくわからないけど、突然記憶が蘇ったらしい。 変わりにこの二年間の出来事は消えて、十二歳の越前君に戻ってしまった。 今になって、ね」 「……」
千石の目は真剣で、嘘を言っているようには見えない。 だから余計に混乱する。
あの頃のリョーマが戻って来た?
つまり彼の中ではまだ自分と恋人同士のまま、ということになるのだろうか。
「跡部君にもそれなりの事情があること位わかってるよ」 千石は静かな口調で言った。 こちらの今の現状を知っているということなのか。 勿論画しているつもりは無いから、噂で色々聞いているかもしれない。
それに、リョーマとの関係も知っている口振りだ。 本人から聞いたのかもしれない。 だが、千石には色々話過ぎだとまた腹が立って来る。
こっちの複雑な心にも気付かず、千石は話を続ける。
「けど、それでも越前君に会ってもらいたいんだ。 跡部君の口から説明しないと、納得しないことが色々あると思う。 その為にも一度でいい。会ってくれないか」
必死の訴えに、跡部は思わず頷きそうになった。
が、「勝手なこと言うなよ!」と飛び出してきたジローによって、遮られる。
「え、芥川君……?」
突然現れたジローに、千石も跡部も面食らってしまう。 どうやら隠れて話を聞いていたようだ。
ジローは興奮したように、千石に詰め寄る。
「あの時、跡部がどんな思いでいたか知らないくせに、よく言えるよ。 記憶が戻った?そんなのそっちの勝手だろ。 跡部はもう吹っ切れているんだ。今頃会って、かき乱すような真似止めろって言ってくれない?」 「は?なんで君に指図されなきゃいけないわけ?」 「千石が余計なこと言うからだろ。跡部の今の生活を壊すなよ!もう、帰って!」
怯む様子も無く、千石はフッと鼻で笑った。
「それは跡部君が決めることでしょ?君には関係ない」 「だったら千石にも関係ないことでしょ。 会ってやれなんてよく言えるよ。これ以上、跡部を苦しめるなよ!」
ドン、とジローは千石の肩を押す。
「おい、ジロー止めろ。こんな時期に揉め事起こすな」 「けど」 「千石。話は聞くだけは聞いた。もう帰ってくれないか」
これ以上ジローを刺激したくなくて、そう言うと、 千石は「わかった」と頷いた。
「さっきの件、よく考えておいてね」 「だから跡部は会ったりしないって」 「ジロー、もういいから」
ジローを抑えるように、跡部はぐっと両肩に手を置いて力を込めた。 その間に、千石は校門へと歩き始める。 十分に距離が開いたところで、跡部は両手を離した。 くるっとジローは振り向いて、口を開いた。
「跡部……。またあの子と会うつもりなの?止めなよ。 もう二度と関わらないって、俺に言ったじゃん」
声には、怒りの感情が溢れている。 そうさせたのは、自分の所為だ。 二年前の件で、跡部は色々リョーマのことで相談に乗ってもらった。 落ち込んでどうしようもない時に、一番側にいて慰めてくれたのもジローだった。
記憶を失くしたことへの不満をぶちまけていたことや、別れた後でしばらく落ち込んでいたこともあて ジローは次第に跡部以上にリョーマのことを嫌うようになった。 こんな風になったのも、リョーマの所為だと口を滑らせたのが原因かもしれない。
だから今になってリョーマが接触して来たことを、許せないと思っているようだ。
(もし俺が逆の立場だったら……)
やっぱり会うべきじゃないと、言うかもしれない。 あれだけ辛い気持ちを味わって、立ち直れなくなった程の相手だ。 関わるべきじゃないt言うジローの気持ちもわかる。
「いい?跡部。会っちゃ駄目だからね」
念押ししてくるジローに、跡部は曖昧に頷くことしか出来なかった。
一度だけ会ってもいなんて考えていると知られたら、反対されるのはわかっていたからだ。
チフネ

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