チフネの日記
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2010年03月04日(木) lost 悲劇編 4.越前リョーマ


「まず、俺と越前君の出会いから話そうか。
あ、出会いって記憶を失くした直後のことだよ」

席に座るなり、千石は口を開いた。
とりあえずざっと説明しようと、歩いている間に考えていたらしい。

「越前君が全国大会決勝直前前に記憶喪失になったって聞いた時、
不謹慎だけどドラマみたいだなって思った。でも他に感想は無い。
だってそんなに親しくしていたわけじゃなかったからね。大会が終わったらすぐに忘れた位だ。
で、引退してしばらくした頃かな。
街で君を見掛けたんだ」

その頃の千石はテニス部に顔を出すことも無くなって暇を持て余していた。
どうせこのまま高等部へ上がることも確定しているから、あくせく勉強する必要も無い。

だらだらと時間ばかりが過ぎていく毎日だった。
ちょうどその日もクラスの仲の良い女子達に帰ろうと声を掛けられ、断るわけもなく一緒に目的も無くふらふら歩いていた。
通り掛ったゲームセンターで一人の女子がプリクラを取ろうと言い出した。
女の子達と密着して写す。悪くない提案だ。
千石は賛成と、声を出した。

そしてプリクラの機械をあれこれ言いながら決めている時、
退屈そうに対戦ゲームの前に座っているリョーマを見つけた。

一年生なら部活の時間だろうに、何故という思いで千石はリョーマに声を掛けた。

「越前君、だよね?こんな所で何してんの?」
問い掛けに、リョーマは不機嫌そうに振り向く。
そして、
「あんた、誰?」と首を傾げた。

「またかよ。いい加減覚えてくれてもいいと思うけど。
山吹中の千石清純だよ」
「へえ。そんな名前なんだ」
「ふざけてんの?酷いなあ」
リョーマの言い方に顔を引き攣らせると、違うというように首を振る。

「今までのこと全部忘れちゃったんだから、しょうがないじゃん……。
覚えていないのはあんただけじゃないよ」

リョーマの言葉に、千石は記憶喪失の件を思い出した。
しかも未だに思い出していないことにも気付く。

「そっかあ。じゃあまた覚えてくれればいいよ」

明るく告げたのはリョーマがあまりにも暗い表情をしていたからだ。
記憶を失くして不安なのか、忘れたことによる罪悪感からなのかはわからない。
だから気にしなくていいよ、と千石は笑ってみせた。

その反応にリョーマは驚いたように目を見開く。

「あんた、変わってるね」
「そう?」
「そうだよ。忘れられてそんな風に笑っていられるなんて……ありえない。
皆、悲しんだり怒ったりしているのに」

段々と語尾が小さくなっていく。
色々あったんだろうなと、千石は圧した。
誰だって忘れられたら、相手に思い出して欲しいと願うものだ。
しかしそれを直接的にリョーマにぶつけたら、かなり傷付くだろう。
忘れたくて忘れたわけじゃないのだから。

リョーマを元気付けたくて、千石は「俺は怒ったりなんてしないよ」と笑って言った。

「忘れたとしても、これからまた知り合っていけばいいんだから。ねっ。
今日、俺の名前覚えたんでしょ。それでいいって」
「……うん」

リョーマが頷くと同時に、
「千石、何やってんのー?こっちは決まったよ!」と一緒に来た女子達に呼ばれる。

「あ、ちょっと待って!」

咄嗟に千石はリョーマの手を取って、「一緒にどう?」と誘った。
「えっ、でも俺は」
「いいから、いいから。
暇なんでしょ?どうせなら楽しく過ごそうよ。
一緒に来てるのはクラスメイトなんだけど、皆可愛い子ばっかりだよ」
「そういうんじゃなくって」
「まあまあ。おーい、この子も一緒でいいかなあ?」

強引に引っ張って行くと、リョーマは抵抗することなくついて来た
女の子達は綺麗な顔立ちしたリョーマを連れて来たことを喜び、歓迎してくれた。

それから皆でカラオケへ移動して、しばらく楽しい時間を共有した。

部活を引退して時間が出来た千石と、テニスを辞めてしまったリョーマ。

その日を境に二人は親しくなっていった。


「皆、テニスしろってうるさいんだよね。
でも俺は無理にやりたいとは思わない。
色々言われて、今はもう、うんざりする」

会っていく内に、次第にリョーマは現状を千石に相談するまでになっていた。

「千石さんも俺にテニスしろってやっぱり思ったりする?」
リョーマの問いに、千石は首を傾げた。
「どうだろうね。以前の君ならテニスをするべきだって思うけど、
やりたくないならいいんじゃない?
サッカーとか野球とか好きなスポーツ選ぶのも自由。何もしたくないのならこうして遊んでいるのも自由。
あれだけの実力を捨てるのは惜しいと思うけど、それはリョーマ君自身が決めることでしょ」

本人の好きなようにさせてやればいと、千石は考えていた。

「でしょ?だから俺はやりたくないことはしない。
皆の期待している目線とかも鬱陶しいんだよね」

それより千石と遊んでいる方が楽しいとリョーマは笑う。
以前のリョーマなら決してこんなこと言わなかっただろう。
記憶を失くしたことによって、別人になったみたいだ。

このまま新しい人生を歩んで行くのだろうか?

大会で試合を見た時は迷うことなくプロになって行くのだろうと予想したが、
今はどうなるのか全くわからない。

最低限、道を踏み外さないよう見守っておこうと千石は考える。
自分の影響であまりにも不真面目な性格になるのは忍びない。

「ところで越前君って勉強はちゃんとやってるの?」
「やってるよ。従姉が付きっ切りで面倒みてくれたおかげで、中1の勉強までは追い付いたかな」
「へえ。それは良かった」
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、それも女の子にもてる為の秘訣だよ。ここわからないのって言われたら、答えてあげられるような男にならないとね」
「ふうん。参考になるなあ」

楽しそうに笑って、「それじゃ、これからナンパしに行く?」とリョーマは言った。
「頭の良い千石さんのナンパ術見せてよね」
「いや……俺のキャラとはちょっと違うかなって」
「何言ってんの。もてる秘訣だって言ってたくせに」

あれから時々、山吹中の女子を交えて遊ぶことはあったが、
基本は二人で行動している。
女の子に声を掛けるのが得意な千石と、綺麗な顔をしたリョーマ。
ナンパの成功率はほぼ100パーセントだ。

最近はリョーマも積極的に行動している。
やはり男なんだな、と妙に感心しまう。

そうやって男二人でつるむようになって、一年が過ぎた。
千石が進学しても、友情は途切れる続いてる。

ある日、「たまには青学の女の子も誰か誘って来てよ」と千石は提案してみた。
青学の子はレベルが高いし、リョーマがどんな子を連れて来るか楽しみでもあった。

わかった、とリョーマは頷き、次の約束でクラスメイトを含む4人の女子を連れて来た。

その中にいたのが、香澄だった。
リョーマが誘った女子の友達だという彼女は、あきらかにリョーマ目当てだった。
他の3人もそれはわかっているらしく、二人をくっ付けようとしているのはすぐにわかった。

なるほどねえ、と千石もすぐ理解し、香澄はリョーマに任せて他の女の子に話し掛けることにした。

帰り道、同じ方向だからとリョーマにくっ付いていく香澄に、
これは告白するんだろうなとピンと来た。

千石の予想通り、リョーマは告白を受けてすぐに「どうしよう。好きだって言われたんだけど」と相談の電話を掛けて来た。

「俺に聞いてどうすんの。大事なのはリョーマ君の気持ちでしょ」
「うん」
「あの子のこと、どう思ってんの」
「可愛いとは思う。話しても楽しいし……付き合ってもいいかなって」
「なんだ、もう答え出てるんじゃん」

呆れたように笑うと、「そうだね」とリョーマは頷いた。

香澄とリョーマが付き合うことを決めた時、少し寂しいと思ったのは事実だ。
つるんでいた相手に恋人が出来る。
当然、一緒にナンパしたり、遊んだりする時間が無くなってしまう。
良かったね、と思う反面取り残されたような気持ちになった。

それでもやはり2つ下の友人の恋を見守っていこうと思ったので、
頑張れ、と千石は後押しするようなことを言った。


それからリョーマと香澄は付き合い始めた。

千石と遊ぶ時間はたしかに減ったが、全く会えなくなったわけでもない。
リョーマは色々千石に相談する為に連絡を取ってきたし、
三人で会うこともあった。

二人の仲は順調に見えた。
香澄はリョーマにベタ惚れで、リョーマも付き合いが長くなるにつれて好きになっていた。
千石に向かって「千石さんって可愛い子は皆好きみたいだけどさ、香澄には手を出したら駄目っすよ」と笑って言ったことがあったが、
あれは本音だったのではないだろうか。

勿論、千石は友人の恋人に手を出すなんてことは考えていなかった。
むしろ幸せそうなリョーマの顔を見て、ずっと二人が付き合っていけたらと願ってさえいたのに。

運命というやつは、実に皮肉だ。

お互いの両親でさえ公認と認める仲になったというのに、
今ここでリョーマの記憶が戻って、香澄のことを忘れてしまうとは……。

相談を受けた千石だって、本当は困っている。

一つわかっているのは、リョーマがこの2年間あったことから目を逸らさず、
きちんと向かい合ってから答えを出して欲しい。それだけだ。






千石の話を聞いて、リョーマはしばらく俯いていた。

彼女と上手く行ったいたと聞かされても、自分とは無関係なように聞こえていた。

けれど、千石の誠実な物の言い方に少し心が動かされた。

例えば自分だったら。
昨日まで恋人だった相手に、記憶を失くしました。だから付き合えないと突き放されたら。
ショックを受けるのは間違いない。
ましてそれ以前に避けられているとしたら、不誠実だと責められてもしょうがない。

なのに彼女はリョーマを気遣い、千石という第三者を介して様子を確かめるだけに留めている。
両親公認の彼女の立場であるなら、家に押し掛けて来るのも可能だったはずだ。
あえてそれをせず、こちらのことを考えてくれている辺り良い子なんだと思う。




「わかった……。元に戻るのは無理だけど、ちゃんと会って話はしてみる」
「それでこそ、越前君だよ」

ニッ、と千石は明るい笑顔を向けた。

「本人に直接連絡するのはまだ勇気がいるでしょ。
会う覚悟が出来たら、俺に電話してよ。越前君の携帯に登録されていると思うから」
「うん」

以前の自分が使用していた携帯は、跡部の名前が無かったのを確認して以降電源も入れていない。
しっかししなくちゃいけないな、とリョーマは軽く首を振った。


「それと、これは香澄ちゃんとは関係無い話なんだけどさ……」
「何?」

少し言いにくそうにしている千石に、リョーマは自分から尋ねた。
この際、全て知っておこうと思ったから、もうどんな話でも聞こうという気になっていたからだ。


「越前君って、以前は跡部君と付き合っていたりした?」
「え……?」

意外な言葉に目を見開く。
跡部とのことは、ごく限られた人しか知らないはずだ。
しかも青学と、氷帝の関係者のみ。
他校の千石が知っていたとは思えない。

どうして、という目を向けると、「いや、実は」と千石は深刻そうな表情をして口を開いた。

「記憶を無くした越前君と俺が友達なってから、数日経った頃かな。
一緒に歩いていたら、跡部君が突然現れてさ。すごい剣幕で迫って来るから何事かとびっくりしたんだ」



ただ目的も無く、リョーマと歩いていただけだった。
その頃はまだナンパもしていなかったから、咎められるようなことはしていない。

なのに突然現れた跡部は、千石とキッと睨み「こいつと何しているんだ!」と怒鳴った。
事情もわからず、千石はぽかんと立ち尽くすしか無い。
何故、怒られなければならないのか。
意味も分からず呆然としていると、跡部はチッと舌打ちして今度はリョーマの腕を取った。

「お前もこんな所で遊んでいる場合じゃねえだろうが。今日も部活あるだろ」
「何言ってんの?俺はもうテニスはしないって決めたんだけど?」
「勝手なこと言ってんじゃねえ。お前がテニスを捨てられるわけないだろうが」
「勝手なのはそっちだろ。テニスなんかもうしたくない。それにあんたに行動も決められたくないんだけど!」

次第に熱くなっていく二人に、千石は我に返って「ちょっと、跡部君も越前君も落ち着いて」と、止めに入る。

「大体、跡部君も突然やって来て、何?越前君がやりたくないって言っているんだから、そっとしてあげたらいいのに」

青学の部員でもないのに、ムキになっているのが不思議だった。
大会で自分を負かした相手が遊んでいるという状況が気にいらないのかと、この時はそう思っていた。

「ああ?てめえには関係無いだろ」
「あるよ。俺と越前君は友達だもん」
「友達?」
「そう。友達が困っていたら、助けるよ。普通のことでしょ?」

跡部はふん、と鼻で笑った。

「越前、こんな奴と付き合うとおかしな影響を受けるだけだぞ。すぐに付き合いは止めるんだな」
「あっ、酷いー」
声を上げても大してショックを受けていない千石と反対に、
リョーマは「あんた、最低」と吐き捨てるように言った。

「俺が誰と仲良くしようが、勝手でしょ。千石さんは良い人だよ。
あんたに非難されたくないね。
大体、俺が誰と居ようとあんたには関係ない」
「……てめえ、本気で言ってるのかよ」
「うん」

直後、跡部は手を上げた。
リョーマが殴られると勘違いした千石は咄嗟に庇おうとしたが、
それは違っていた。
跡部はリョーマの体を掴み、強引に抱きかかえていたのだ。

「放せよっ」
「今からコートに戻るぞ。いいな」
「ヤダって言ってるじゃん!」
「こうなったら無理矢理にでもテニスさせるって決めた。
口で言ってもわからない奴には、こうするしかないからな」
「ちょっと跡部君!それは誘拐ってやつなんじゃ」
「あーん?てめえは引っ込んでいろ」

抵抗むなしく、リョーマは跡部が待機していた車に押し込まれてどこかへ連れて行かれた。

翌日会った時に話を聞くと、跡部が所有するスポーツクラブのテニスコートでずっとしごかれていたらしい。


「でも、跡部君ってなんなの?学校も違うのに越前君の世話を焼くなんて変だよね」
「わかんない。とにかく俺に思い出せって言って来るんだ。なんか、変でしょ。
俺としてはもう会いたくないんだけど、突然現れてはああいうことするんだ。
本当に迷惑」

顰め面したリョーマに、大変だなあと千石は同情した。
跡部はリョーマの才能を認め、このままでは終わらせないとしているのかと推測した。

しかしそれは間違いではないだろうか、と思うことが起こった。


二ヶ月ほど過ぎた辺りだ。

待ち合わせをしていたリョーマから、『またあの人に拉致された』と連絡があった。
あの人とは跡部だともうわかっていたので、今日もリョーマは来られないと千石は悟った。
度々跡部には邪魔されるので、もう慣れっこになっていた頃だ。
思い出す素振りも無いのに相変わらず跡部は頑張っているなー、と軽く受け止めていた。


けれど、翌日会ったリョーマは妙に疲れていて、その上跡部への嫌悪感を隠そうともしなかった。
「あいつ、もう二度と顔も見たくない。最低。消えてしまえばいいのに」
具体的に何があったかは、話してはくれない。
リョーマにとって忘れてしまいたいことなのだろう。
千石も無理に聞き出そうとはしなかった。

そしてその日を境に、跡部がリョーマを追い掛けて来ることは無くなった。




「今思うとさ、跡部君は俺に嫉妬していたんじゃないかな。
俺は記憶を無くした君と仲良さそうにしているのに、自分は嫌われているようで。
だから引き離そうと必死で、なんとか思い出してもらおうとしていたんだと思う」
「……それで、跡部さんと俺は会わないままだったんすか?」

気になることを尋ねると、千石は「そうなんじゃないかな」と言った。

「越前君の口から二度と跡部君の話が出ることも無かったからね」
「そう、っすか……」

何があったのかは、千石にもわからないらしい。
やはり跡部本人に聞かないと駄目か、と項垂れる。

「それで今越前君は、跡部君と会おうとしているってわけだ」
「えっ、と」

気まずさに言葉を濁すと「隠さなくてもいいよ」と優しく言われる。

「さっきも言ったけど、越前君のことは今も友達だと思っているから。
記憶が戻ろうと、それは変わらないよ。
だから何か力になれることがあったらどんどん相談して。
勿論、君が迷惑じゃないければだけどね」

千石の明るい表情に、救われた気になる。
多分、記憶を無くしていた間の自分も同じように思ったのではないだろうか。

「……ありがとう」

だから素直にその言葉を、口にすることが出来た。


チフネ