チフネの日記
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| 2010年03月03日(水) |
lost 悲劇編 3.越前リョーマ |
悩み続けても仕方無い。 行動を起こさなければ、何一つ知ることは出来ない。
眠れない夜を越えて、リョーマは一つの決断を出した。
跡部に、会いに行ってみようと。
何があったのかと思い出そうとしても、思い出すことは出来無い。 空白の2年にこのまま悶々とするより、跡部と会ってハッキリさせた方がいいだろう。
どんな態度を取られても、受け入れる覚悟は出来た。
ベッドから起き上がり、リョーマはカーテンを開けた。 強い日差しが降り注いでくる。 今日も暑くなりそうだ。
記憶を取り戻したのが、夏休み直前で幸いした。 とりあえず休みの間に気持ちの整理をつけることが出来る。
しかしずっと休学扱いというわけにもいかないだろう。 とはいえ復帰した所で、そこに自分の居場所があるとも思えない。 偽物の記憶のまま過ごした場所だ。 今のリョーマにとっては未練も何も無い。このまま学校へ行かなくても構わないとすら思っている。
ただ一つ気になるのは、テニス部のことだけ。
決勝直前に記憶を失ったので、結局青学が全国制覇したのかわからないままだ。 それに、今のテニス部がどうなっているのかも知りたい。 部長だった手塚に柱を託されたのに、不本意とはいえ結途中退部の形を取ってしまった。 同級生達は今のテニス部でどう過ごしているか、大会は順調に勝ち進んでいるのか気になっている。
しかし今は跡部と会う方が先だ。
外出を渋る母をなんとか説得して(意外にも父親が援護してくれた)、遅くならないと約束した上で自由行動を許される。
跡部の家はどうやって行けばいいか、ちゃんと覚えている。 それだけが救いだ。
駅に向かって電車に乗り、そこから徒歩で向かう。 あの大きな屋敷は遠目からでもわかる。 当時は通い慣れた道を、リョーマは歩き続けて行く。
連絡を取る手段が無かった為、急に押し掛けてしまったが跡部は家にいるだろうか。 色々忙しい人だから、不在の可能性も高い。 その時は来たことだけ伝えてもらって、出直すしかない。
氷帝の高等部に行けば会えるかもしれないが、 彼が今もテニス部に所属しているかどうかがわからない。 プロにはならない、テニスは学生の間だけだと過去に語ったことは覚えている。 きっとその頃にはもう将来について色々覚悟していたのだろう。 もしかしたら高等部に上がってすぐにラケットを置いてしまったかもしれない。
願うことなら、続けて欲しいところだ。 跡部ともう一度テニスがしたい。 勿論、自分にもブランクがあるのはわかっている。 それを乗り越えた上で、彼ともう一度だけでもいいからネットを挟んで向き合いたい。
(無理、なのかな……)
どうして記憶を失くしてしまったのだろうと、何十回目の後悔に浸る。 強くなる為とはいえ、大会を前にして遠くになんか行くべきではなかった。 時間が戻せるものなら、あの日の前日に戻すだろう。 そうしたら違う未来が、きっとあったはずだ。
こんな望んでもいない今を、変えてしまいたい。
「景吾様はただ今不在ですが、失礼ですがお約束されていたでしょうか?」
インターフォン越しに聞こえた女性の声は、事務的で冷たいものだった。 約束も無しに押し掛けてきた不審人物に、会わせるわけにはいかないと判断したのだろう。
2年前、ここに訪れた時は誰もがリョーマを丁重な客として扱った。 跡部がよく言い聞かせていたのだろう。 しかしその時ここに仕えていた人も入れ替わった可能性もある。 ここで粘っても入れてはくれないだろうし、本当に跡部は外出しているかもしれない。
咄嗟にリョーマはそう判断して、諦めて伝言だけを頼むことにした。
「じゃあ、伝えて下さい。 越前リョーマが来て、会いたいと。それだけでいいですから」 「わかりました」
ぷつっとそれだけで向こうは会話を打ち切った。 跡部にメッセージが届くかどうか、怪しいところだ。
(しょうがないか)
もう一つの可能性に掛けてみようと、再び駅へと向かう。 跡部が高等部でもテニスを続けているなら、氷帝に行けば会えるかもしれない。 インターハイを前にして、各校練習に力を入れている頃だ。 勿論、跡部が所属しているならという前提だが。
高等部へは足を踏み入れたことが無いので、当然テニスコートがどこにあるかわからない。 勝手に校内を探し回ることも出来ない場合もある。
それでも折角こうして外出したことだから、行ってみようと電車に乗る。 行って駄目だったら、後日出直しすればいい。
(そうだ、可能性がゼロってわけじゃない)
いつかは会えるだろうと、リョーマは自分を励ました。
数分ほど電車に揺られ、乗り換えの為にある駅で降りる。 次の電車は、とリョーマが周囲を見渡したその時、 ぽんと肩を叩かれる。
「越前君っ。奇遇だねー。 ちょうど今、君の家に向かおうとしていた所なのに、ここで会えるなんてやっぱ俺ってラッキー」 「……誰?」
首を傾げると、目の前に立った男は「そりゃないよー!」と声を上げた。
青学の制服を着ていないので、余計怪しく見える。 何かの勧誘だろうかと警戒するが、相手はまだ馴れ馴れしく話し掛けて来る。
「一応、これでも前からの知り合いなんだけど。 何か思い出さない?」 「え?」
記憶が無い頃に知り合った相手だろうか。 じっと見詰めると「ほら、都大会で君の学校と試合したじゃん」と言われる。 都大会ということは、今の自分が知っていなきゃいけない相手だ。 でも覚えが無い、と困惑していると「相変わらずだなあ」と男は溜息を漏らした。
「おでこにボールぶつけて、知らないって言っていた頃とちっとも変わらない。 それとも俺って、そんなに印象薄い?だとしたら、また髪染め直そうかなあ」 柔らかそうな髪を撫で付ける男に、リョーマは「そういえば」と呟く。
この軽薄なものの言い方。覚えがある。 髪の色は以前と違うが、確かに見たことはある。
「あ、えっとラッキーなんとかだっけ」 「千石だよ!千石清純!もう、いい加減覚えてくれてもいいと思うけど」
苦笑交じりに言う千石に、「髪の色変えたんすか?」とリョーマは尋ねた。 以前見た時は鮮やかなオレンジ色した髪だった。 今は黒に近いブラウンなので随分落ち着いて見える。
「まあね。校則はうるさくない方だけど、あんまりやり過ぎるのはNGなんだ。 前の色は中学と同時に止めちゃった」 「へえ」
どうでもいい話だった。 なんでこの人声を掛けて来たんだっけ、とぼんやり考えると、 千石は「でもこの話したの、2度目なんだけどね」と言った。
「えっ」 「俺がこの色にした時、びっくりしてたけど似合うねって言ったこと忘れちゃった?」
にこっと笑う千石に、リョーマは目を見張る。
まさか、千石は記憶の無い間の自分と接触していた人物なのだろうか。 そう言えばさっき家に行こうとしていたとか言っていたような。
リョーマの気持ちを読んだかのように、 千石は「やっぱり、記憶が戻ったって本当だったんだ」と呟く。
「驚いたけど、こうして直に会うとはっきりとわかるね。 あの頃の越前君が戻って来たんだって。うん、納得」 「あんた、一体誰にその話を聞いたんだよ」
記憶が戻ったことは、当時の知り合いはまだ誰も知らないはずだ。 学校には話を通してあるが、内容までは伏せてもらっている。 知らないクラスメイトとかにお見舞いという形で家に来られても困るからだ。
しかし他校の千石が知っているとはどういうことだ。
不審な眼差しを向けると、 千石はこれまで軽薄だった表情をがらっと変える。 そしてリョーマの腕をぐっと掴む。
「ちょっと、あんた何して」 「俺が越前君に会いに来たのは、香澄ちゃんから頼まれたからだよ」 「誰、それ」 「わかっていて言っているの?記憶を失くす前の君の彼女だよ」
その単語にカッとなって、千石の手を振り払おうとする。
「彼女なんかじゃない!」
しかし掴んでいる力は強く、千石は痛い程握り締めてくる。
「そうやって逃げようとしてるんだ。 でもね、避けては通れないことだよ。 今の君が関係ないと言ったところで、俺や香澄ちゃんが知ってる越前リョーマもちゃんと存在していたんだ。 記憶が戻ったから知りません、なんてそれこそ君らしくないんじゃない?」 「……」
千石の言葉は痛いところを突いた。
逃げてることなんてわかってる。 それでも改めて言われると、落ち込んでしまう。
俯いたリョーマに、千石はふっと表情を和らげる。
「何も君を責めてるわけじゃないんだ。 俺としても香澄ちゃんに頼まれたわけだし、ちょーっと話をしたいかなと思って。 これでも俺達仲の良い友達だったんだよ?って信じてもらえないかもしれないけど。 その辺の事情も説明したくってさ。 ちょっと時間貰えないかな?」
そう言って千石はリョーマの腕を解放した。 後の判断は任せると、言いたいのだろう。
「いいよ、わかった。 全部聞かせてよ」
彼女本人に詰め寄られるよりも前に、千石から話を聞いた方が良いだろう。 第三者の意見は貴重だ。 それにどうやら一方的になじるつもりで来たわけでも無いらしい。 だから聞こうと言う気持ちになった。
「じゃあ、どこかお店で冷たいものでも飲んで話そうか。 こんな暑い中立ち話もなんだし」 「そうすね」 「ここの駅に近くにファミレスがあったはず。そこに行こう」 「うん」
先に歩く千石にリョーマはゆっくりとついて行く。
今は何を聞かされても驚かないと呪文のように唱えることしか出来なかった。
チフネ

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