チフネの日記
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| 2010年03月01日(月) |
lost 悲劇編 1.越前リョーマ |
人と人との間には目に見えない縁がある。 偶然や巡り合わせで繋がった縁でお互い知り合って、親しくなっていく。 けれど距離や環境の変化、様々な理由で人は別れたり、互いを忘れたりと、 一度は交わった道が消えてしまう。 そしてまた新たな出会いをして、見知らぬ人との縁を結んで行く。
もしずっと繋がっていたいという相手と出会ったとしても、 望んだ気持ちとは全く違う形で引き裂かれることがあるかもしれない。 誰かを恨むことも出来ず、その人とは縁が無かったと諦めてしまうような。
―――これは、望みを叶えることが出来なかった恋人達の話。
越前リョーマは、雨が大嫌いだ。 理由は単純で、テニスが出来なくなるから。それだけのこと。
「なんで、雨が降るの」 「知らねえよ。俺の所為じゃないだろ」 リョーマの独り言に、ソファに座って本を読んでいた跡部が突っ込みを入れる。 ちなみにリョーマは昨日から跡部の家に泊まりに来ていた。 付き合い始めてから、もう何度目の宿泊になるのか覚えていない。
跡部の家は居心地がいい。 自分の家だと決まって父親が邪魔しに来るから、ゆっくり寛ぐことが出来ない。 だから自然とリョーマが跡部の家に運ぶことが多くなる。 なによりご飯が美味しい。 それもここに来る理由の一つに挙げられる。
大会を前にしてお互い忙しいけれど、 空いた時間の全ては一緒に過ごすことに費やしている。 認めたくないけど、その位好きなんだよなあ、とリョーマは内心で呟いた。 普通の友達なら、こんな面倒なことしない。 家でゲームするか、自主練するかの方を選ぶ。 けれど、跡部に誘われたら嫌とは言えない。 むしろ誘われることを望んでいたりもして、末期だと、軽く溜息を吐く。 こんなこと、跡部には悟られたら、ますます調子に乗ってしまう。 だからいつも素っ気無い態度で返している。 自分のペースをこれ以上乱されなくない。 だからリョーマは絶対に隙を見せないようにしていた。
「室内コート予約しようって言ったのに、 なんで嫌だなんて言ったんだよ」 テニスが出来ないことに不満を訴えると、 「しょうがないだろ」と跡部は持っていた本を閉じた。
「俺もお前も一応別の学校なんだから、外で見られたりしたら色々言われるかもしれない。 俺に文句言う奴はいねえだるが、お前の方が心配だ」 「その時は言い返すから大丈夫」 「大丈夫、じゃねえ。揉め事起こすな。 出場停止になったらしゃれにならないだろうが」 「あ、そっか」 納得したように頷くリョーマに、跡部は溜息をついた。
「大会が終わるまでの新保だ。 終わったら外でもどこでも付き合ってやる。だからちょっとだけ我慢しろよ。な?」 「うん……」
青学と氷帝の部員同士が付き合っている。 しかも今は大会前。 リョーマにとっては些細なことなのだが、周囲がどう思うかはまた別の話になる。 青学の先輩達にばれた時、反対はされなかったが、 「今はあまり大っぴらにしないように」と釘を刺された。 きっと跡部も同じようなことを考えているのだろう。 跡部はこちらの心配ばかりしているが、リョーマだって一応気に掛けていたりする。 もし氷帝の部長が青学のレギュラーと付き合っていると知ったら、部員達はどう思うか。 跡部を認めないと言い出す人も出て来るかもしれない。
色々不便だなと思うが、今はまだ表に出さない方が良いだろう。 そんな風にリョーマも考えるようになっていた。
「不満そうな顔すんなよ」 リョーマの方を見て、跡部は少し笑いながら言った。 「テニスが出来なくて退屈なのはわかるが、 恋人と一緒に居て仏頂面しているのは頂けないな」 「もともとこんな顔っす」 「まあ、俺にとっては世界一可愛く映っているがな」 「目、悪いんじゃない?」 そう返すと跡部は立ち上がって、こちらへと歩いて来た。 ずいっと顔を近付けて、リョーマの顔をまじまじと眺める。
「目が悪くなったとしたら、お前の所為だな。 責任取れよ」 「なんで俺の所為になんの。意味わかんない」 「お前が俺の前に現れてから、他の誰も目に入らなくなった。 これは立派な理由になるよな」 「どこが?頭も悪くなったんじゃない?」
毒舌を吐くのは、妙な雰囲気を吹き飛ばしたかったからだ。 昨夜も跡部と親密な時間を過ごしたばかりだ。 今日はもう遠慮したい。 でなければ、明日の朝練に差し支える。 そう思っていても、跡部はリョーマの頬に手を添えて、顔を近付けてくる。
「確かに頭も悪くなったかもしれない。 お前のことばかり考えるようになったからな」 「ちょっと……!」 何とか逃れようと顔を背けて、リョーマは窓の外に目を向ける。
そして「あっ」と声を上げた。 「何だよ?」 「ほら。外、明るくなってる!」
光が差すのが見えた。 跡部の気が逸れたところで、リョーマは素早くその腕から逃げて窓を開ける。 いつの間にか雨は止んだようだ。 すぐには無理でもテニスは出来るかもしれないと、周囲を見渡す。
「あれ……」 「どうした?」 「虹が見える」 そう言ってリョーマは側に寄って来た跡部に「そこ」と外を指差す。
空に架かる虹を最後に見たのはいつだろうか。 もう覚えていない。
「珍しいな」 跡部も同意して呟く。 「うん。虹見たの久し振り」 「そうだな。雨が降ったら必ず見られるものでもないからな。 それがお前と一緒に見ることが出来て、嬉しいぜ」 「またそんなこと言って」 「お前だってそう思っているだろ?」 「さあね」 「そうは言っているが、俺のことが大好きだって顔に書いてあるけどな」 「書いてない!」
反論したけれど、リョーマの本当の気持ちは跡部に言い当てられていた。
好きな人と一緒に虹を見ることが出来て、嬉しかった。
次に虹を見る時。 その時も跡部と一緒に居られるだろうか。 お互い子供で、またこの先がどうなるかなんてわからないけど。 出来ればこの恋が続いていけばいいなと思っている。
跡部も同じことを考えていたのだろうか。 「なあ。次に雨が降った後も虹が出ているか確認しようぜ」と、そんなことを提案してきた。
「そう都合よく出ているとは思えないけど」 「だとしても可能性はゼロじゃないだろ。 次の時もお前と一緒に見たいから、雨上がりに二人で確認しようぜ」 「別にいいけど」 「素っ気無い振りしているけど、嬉しそうだな」 「してない!勝手な解釈するの、止めろよ」 「勝手か?まあ、いい。 これからも虹を見る度、俺のことを思い出すようになるだろうからな」 「どこからそんな自信が……」
子供のように笑う跡部に呆れつつも、やっぱり好きだなと確認する。
今のような居心地が良い時間が続くのだと、この時のリョーマはそう思っていた。
衝撃に、後頭部が痛む。 ズキズキとした痛みに、リョーマは顔を顰めた。
(何が起きたんだろ。軽井沢でテニスをしていて……それから、どうしたっけ)
記憶を手繰り寄せている中、 「リョーマ!大丈夫!?」と、聞き覚えの無いの女性の声に名前を呼ばれる。
「痛い?吐きそう?救急車呼んだ方がいい?」 「あ、えっと……」 「気を失っていたから心配したんだよ。これ、何本かわかる?」 指を二本立てるその彼女に、「二本」と律儀に答えて、リョーマは体を起こした。
「あのさ、ここ……どこ?」 見る限り、自分の家であない。 何でこんな所で倒れているか全く理解出来ない状況だ。 「どこって、私の家だけど」 不安そうに見詰める彼女に、全く見覚えがない。 一体、誰なのだろう。 見た所、少し年上らしいが知り合いにはいない。
「あんた、誰?」 「えっ……?」 「俺、なんでこんな所にいるの」 「リョーマ……、どうしたの。悪い冗談やめてよ」 「冗談じゃない。本当にわからないんだけど。 あんたが誰なのか知らないから、説明してよ」
嘘、と呟いて彼女は呆然と目を見開いていた。 話にならない。 リョーマはそっと起き上がった。
まるで見覚えの無い場所。 一体ここはどこだと周りを見渡した所で、違和感に気付く。
目線が、今までと違う。 高くなっている。
どういうことだと眉を顰めたところで、食器棚のガラス戸に映った自分の影に気付いて近寄る。
「なんだよ、これ……」 改めて自分の姿を間近で見る。 何かの間違いだと思いたかった。 鏡ではなくおぼろげな姿だから、見間違えているのだと。 慌てて自分の手足を確認する。 記憶にあるものとは違う。 まるで一晩で成長したような。
「どういうことだよっ……!」
痛む後頭部を抑えて、リョーマは声を上げた。
悪夢なら覚めてくれと願うが、事態は変わらない。
わけのわからない恐怖が心を支配していく。
助けて、と目を瞑った瞬間浮かんだのは、 跡部の姿だけだった。
チフネ

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