チフネの日記
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| 2010年01月26日(火) |
出会い。退屈が消える日 |
部活を引退してから、時が過ぎるのが遅くなった気がする。
そんなことを考えながら、真田は一人で帰り道を歩いていた。 立海大付属は夏が終わると、三年生は引退することになっている。 後輩の指導という名目で時々顔を出す程度なら許されているが、 毎日というわけにもいかない。
常勝を掲げて練習に明け暮れていた頃は、良かった。 勝つことだけを考えて。 テニスに打ち込んでさえいれば良かったのだから。 勿論、引退した今も真田はトレーニングは欠かさず行っている。 しかし全国大会という一つの大きな目標が終わった今、 心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚が続いている。
(たるんどる)
自分を叱咤したももの、虚しい気持ちは去ってくれない。 次の公式戦は進学してからだ。 その時にはまた再び熱い気持ちになれるのだろうか。 だが、一年以上も先というのは遠過ぎる。
この退屈を解消する何かは無いかと考えて、真田は歩き続けた。 そうして5分ほど歩いたところだろうか、 数メートル先にひょこひょこと動き回っている小さな人影を見付けた。
(あれは……) 真田は早足で歩みを進めた。 その人物が真田にとって顔見知りだったからだ。
「こっちでもないし、あっちだっけ……」 周りを探っている顔はどう見ても道に迷っているようで、追い付いた所で迷い無く声を掛ける。
「越前、リョーマ。こんな所で何をしている」 声を掛けるとリョーマは振り返り、そして驚いた顔をして真田を見上げた。 「立海の、……真田さん」 「見た所困っているようだが、道にでも迷っているのか?」 「あ、えっと」 バツが悪そうにリョーマは目を逸らす。 「どうした。何か力になれることとかあるかもしれない。言ってみろ」 思わず真田はそんなことを口にしていた。
コートの上では相手が誰であろうと一歩も引かないような強さを持っているのはわかっているが、 今のリョーマはどこか頼りなげに見えて、ついつい手を貸したいと思ってしまう。 それに真田は困っている人を放っておけない性分でもある。 ここで素通りしたら、家に帰ってもどうなったのか気になって仕方なくなって、 夜も眠れなくなるかもしれない。 それなら話を聞いて力になってやるべきだ。
試合に負けた相手とはいえ、困っている時はお互い様だ。 そう思ってリョーマの顔を覗き込むと、 少しの間考え込んでから、観念したかのようにゆっくりと口を開く。
「実は店の場所を忘れちゃって、歩いている内にここがどこかもわからなくなったんだよね」 「ふむ。どこに向かっていたのだ?俺が知っている場所なら良いのだが」 「えっと」 リョーマが告げた店の名前は、真田もガットの張り替えに利用している所だった。 これなら大丈夫だ。案内出来る。 真田は頷いて、「そこならわかるぞ」と言った。 「本当?」 「ああ。ついて来い」
ここからならそう遠くはないはずと、 真田が歩き始めた所で「ちょっと待ってよ」とリョーマがストップを掛けて来た。 「教えてくれるだけでいいっすよ。一人でも行けるから」 「しかしこの辺りははっきりとした目印があるわけでもないから、説明しにくい。 一緒に行った方が間違いないだろう」 「でも、あんたにとっては手間なだけじゃん」
どうやらリョーマは真田に余分な時間を使わせてしまうことを、 気にしているらしい。
生意気だの、先輩に対する態度はなっていないだの、 耳に入ってくる越前リョーマの評判は、そんなものばかりだ。 しかし試合から離れてみると年相応に見えて、 知らない場所に放り出すのが可哀相と思えてくる。 きちんと案内しなければ、と真田の中はいつの間にか使命のようなものが芽生えていた。
「俺もその店に用があったのを思い出した。 ついでなら、構わないだろう」 「……」 バレバレの嘘だったが、リョーマはこくんと頷いて真田の後をついて来る。 あまり断っても申し訳ないと思ったのかもしれない。
ほっとしつつ、二人で店へと向かう。
「しかしこんな所までガットの張り替えに来るとは、 近くにないわけでもないだろう?」 真田の問いに、リョーマは「三本まとめて張り替えてくれる所は無いっすよ」と答える。 「三本?全部使えなくなるまで放っておいたのか。ラケットの手入れも蔑ろにするべきではないぞ」 「違うって。今日の練習で一度に駄目になったから、仕方なく」 「一度に?」 そうか、と真田は頷いた。 「相変わらず熱心にやっているようだな。新人戦に備えているのか」 「まあ……」
頷くリョーマに、羨ましいと思えてしまう。 まだ、一年生。これから先も大会連覇を目指し、退屈など無い日々を送れる。 充実した輝いた日々。 引退した身の自分には、遠過ぎる。
こっそり溜息をつくと、「真田さん?」とリョーマが訝しい顔で見詰めて来る。 「いや、なんでもない。もうすぐ到着するからな」 「はあ」
他校生のリョーマを羨むなんて、どうかしている。 真田は余計なことは考えまいと、真っ直ぐ前を向いて足を動かした。
ガットの張替えは運良く他の客がいなかった為、 店の人はすぐにリョーマのラケットに取り掛かってくれた。 用事があると言った手前、自分もラケットを出した方が良いだろうか。 考えながらラケットが入っているバッグを肩から下ろし掛けて、 しかしどうにもなっていないのに出すのもどうかと思われる。 困ったようにうろうろする真田に、 リョーマが「終わるまで、ちょっと外に出ません?」と声を掛けて来た。
「いや、俺も用事が……」 「終わるまでに戻って来ればいいんだから、行こうよ」 お願いします、と店の人に声を掛けて、リョーマは真田の腕を引っ張って行く。
どこへ連れて行くのかと思ったが、店のすぐ近くにあった自動販売機前に立って、 「好きなもの選んで」とリョーマは笑顔で言った。 「大したお礼は出来ないから、これ位で悪いけど。 連れて来てくれたお礼っす」 「いや。大したことはしていないのだから、お礼など不要なのだが」 「いいから、いいから」 さっさと小銭を入れてしまうリョーマに、仕方無いか、と真田は緑茶のボタンに指を置く。 こうでもしなければ、リョーマの気も収まらないのだろう。 たかが道案内なのに、律儀な面もあるのだなと、また新たな面を知った。
「俺はファンタにしよ」 再び自販機に小銭を入れて、リョーマはファンタグレープを購入する。 「炭酸が好きなのか?」 「うん。ファンタが特に好き。スポーツマンなら、こんなの飲むなって思う?」 「いや。好きなものを飲むのは悪く無いと思うぞ」
自分でも驚くような発言だった。 もし自分の学校の後輩なら、『そんなものは止めておけ』と一喝する所だ。 他校生だからどうでもいいという発言なのか。 いや、嬉しそうにファンタを持っているリョーマに、 好きなものを飲むのも悪くないと思えるから不思議だ。
リョーマと二人、ガードレールに腰掛けてそれぞれの飲み物を口にする。
そろそろ夕陽が沈もうとしている頃、 こんな時に他校生のリョーマと何をしているんだろうと思うが、 不思議と居心地は悪くない。 越前リョーマの試合の時とは違う一面も見られて、 なんだか楽しい気持ちにもなっている。
そのリョーマは、真田を見上げて笑顔で言った。 「あーあ。折角、真田さんと会えたんだから手合わせして欲しかったなあ。 ラケットが元通りになってからじゃもう遅いし、ちょっと残念っす」 「そうだな。向こうに戻るまで時間も掛かるだろうし、今日は無理だな」
リョーマとテニスをする。 それはとても魅力的な誘いに思われた。 大会での見せた彼の実力は申し分もので、きっと良い練習になるに違いない。 だが、今日は時間が無い。
今回のような偶然はそうそう無いだろうから、 このまま打つ機会は訪れないのだろうな。と、どこかがっかり気分で肩を落とす。 すると、 「今日が駄目でも、今度打とうよ」とリョーマが声を上げる。
「俺の連絡先教えるからさ、真田さんの都合の良い時を教えてよ」 そう言ってバッグから鉛筆をノートを取り出し、文字を書き出す。 はい、と渡されたメモには電話番号が書かれていて、 真田は呆然としつつ、それを受け取った。
「本当に打つつもりがあるのか?」 ただの社交辞令かと考えていたのだが、リョーマは違うらしい。 打ちたいと言ったら、それは全て本当のことなのだ。 何言っているの?というように、 「あるよ!あ、でも真田さんが忙しいのなら、無理にとは言わないけど」と、そんなことを返してくる。 「いや。時間ならある」
いくらでも。 リョーマに付き合える時間は作ることが出来る。 きっと彼とするテニスは楽しい。その時間を逃すなんて、とんでもない。
俺の連絡先も教えておこうと言うと、 リョーマは笑顔でノートと鉛筆を差し出してきた。
今日のこの出会いが、 心の中にある「退屈」を消してしまうことに、 真田本人はまだ気付いていなかった。
チフネ

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