チフネの日記
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2009年11月04日(水) 怖いもの知らず 千リョ

越前リョーマに怖いものはあるのだろうか。

練習が終わった後の、山吹中テニス部の部室の中。
チームメイト達にそれを聞かれた時、千石は首を捻った。

考えても思い付かない。
付き合って数ヶ月。
リョーマが怖がっている所を見たことが無い。

「無いんじゃないかなあ」

千石の声に、部員達の間にどよめきが起こる。

「さすが、越前君です!尊敬しちゃいます!」
「おいおい、マジかよ」
「けど、隠してるだけで何かあるかもしれないだろ?
怖いものが無いなんて、そんなまさか」
「リョーマ君に限って隠すような真似はしないと思うけど。
怖いものなんて、本当に無いかもね……」

何故か皆は千石の話に興味津々というように寄って来る。
気が付くと、囲まれていた。

「すごいです。僕なんて、虫とか嫌いで悲鳴を上げちゃいます。
越前君は大丈夫なんですか?」
「それが飼ってる猫がそういうのをよく見せに来るけど、平気で手で掴んでるよ?
蝶とか蝉とかも。そういや、大きな蛾をぽいっとゴミ箱に捨てた時は、俺の方が悲鳴上げちゃったなあ」
「絶叫系はどうだ。今度、遊園地で試してみろよ」
「もう行ったことあるから。リョーマ君は全然平気で、もう一回乗りたいとか言うんだよ。
こっちは立ってるのもやっと、だったのに」
「雷はどうっすか?意外とそういうのに弱かったりして」
「ああ、全然平気そうだよ。光っているの見ようと、カーテン開ける位。
近くに落ちて停電になった時も、平然としてたなあ」
「じゃあ、ホラー映画はどうだ。怪談話とか」
「駄目駄目。深夜にやってた映画を一緒に観たけど、怖い場面なのに笑っていたんだよ!
俺なんてびくびくして、リョーマ君にしがみついていたっていうのにさあ」


はあ、と大きく溜息をつく。
そう。大体、人が怖がるものに、リョーマは動じたりしない。
男前過ぎるというか、無敵過ぎるのだ。


「越前君がすごいのは、当然ですけど」

壇がくるっと大きな目を開けて、「千石先輩は情けさ過ぎですね!」とハッキリとした声で言った。
周りもうん、うんと頷いている。

「あのね、君達……」

普通の反応だろと、千石が反論しようとした所で、
「清純、いる?」とリョーマがドアを開けて入って来た。

「あ、リョーマ君。早かったね」
「今日は片付け当番じゃなかったから。
清純を待たすと、ろくなことにならないってわかってるから急いで来た」
「ろくなことって……」
「どこかの女の誘いについて行くかもしれないでしょ」
「そんなこと、しないよー!」

制服のボタンを留めて、「じゃあ、お先!」と部室を出る。

残された部員達は、互いの顔を見渡す。

「他校の部室なのに、堂々と入って来るとか、なあ」
「いつものことだから、俺はもう慣れた」
「本当に怖いもの無しじゃないっすか?」
「さっすが、越前君です!憧れちゃいます!」

呑気な声を出す壇に、あんな風にはなるなよ、と全員が思った。








「ねえねえ、リョーマ君。聞きたいことがあるんだけどっ」
「何?ファンタなら、今日はレモンが飲みたい気分だけど」
「あっ、それじゃ買ってから家に行こうか。グレープとオレンジは用意してあるんだけどさあ……じゃなくって!」
「何?」
「リョーマ君って、怖いものとかあるの?」

皆との会話が気になっていた千石は、ストレートに質問をぶつける。
こそこそ探った所で、掴めることは無いと判断したからだ。
それよりリョーマに聞いた方が早い。
彼は決して誤魔化したりするような子ではないとわかっている。

「怖いもの?」
「そう!例えば虫とか遊園地の絶叫系とか雷とかホラー映画とか」
「全部平気なんだけど……」
「何か思い当たるようなものは無いの?」

千石の質問に、リョーマは「うーん」と考え込む。


しばらく、そのままの状態のまま並んで歩く。

こんなに悩むということは、やっぱり何も無いかもしれない。
千石がそう思い始めた時、
リョーマが「これが怖いものに入るかはわからないけど」と、口を開く。

「えっ、何かあったの?」
「うん。テニス、出来なくなると思うと怖いかなって」
「……そう」

期待していたものと違って、千石が肩を落とす。
一般的なものはリョーマにとって、怖いものは無いらしい。


(しかもテニスか。リョーマ君らしい答えと言えば、そうかもね)

何も恐れず真っ直ぐに立ち向かっていく。
格好良過ぎて、こっちが困ってしまう位だ。

「他には何も無いんだ?なんかもう、映画に出て来るヒーローみたいだね……」
「何言ってんの。そんなわけないじゃん。
それに他に無いわけでも、無いよ」
「えっ、あるんだ!?何、教えてよ」
「それよりも、清純の怖いものも教えてよ。
俺ばっかり喋って、不公平でしょ」
「え?俺の怖いもの?そんなの沢山あるのに……」



例えば姉の我侭とか。小さい頃は絶対命令で、何度泣かされたか。
顧問の伴爺のしごきも怖い。笑顔でとんでもないことを要求してくるから。
ゴキブリも嫌いだ。顔に吹き出物が出来るのも怖い。心霊ものの話にも弱い。

そう。千石が怖いと思うものは多い。


けれど、その中でも一番怖いものを挙げるとすれば……。


千石は隣にいるリョーマの顔を眺める。


(リョーマ君に、愛想を尽かされることかな)


彼がいなくなってしまうこと。

それからの日々はどれだけ虚しいものになるのだろう。

考えただけで恐ろしい。



千石の考えが伝わったのだろうか、
リョーマはこちらを見て、くすっと笑った。


そして。
「俺も、同じだよ」


吹いている風に消されてしまいそうな、小さな声。
だけど、千石の耳にはちゃんと届いた。


「それって、どういう」

聞き返そうとした瞬間、「コンビニだ」とリョーマが声を上げる。

「ファンタ買ってくれるんでしょ。寄って行こうよ」
「あ、うん。でもその前にさっきの言葉の意味を」
「早く。先に行くよ」
「ま、待ってよー!」

早歩きして行くリョーマの背中を追い掛ける。


間違っていなければ、今の二人の気持ちは同じはず。





―――もう一つの怖いものは、清純がいなくなること。


リョーマの心の内が聞こえたようがして、千石は頬を緩める。


(それだったら、大丈夫)


別れるつもりも離れるつもりもないのだから、怖い目に合うことはこの先も無い。


家に入って、二人きりになったら伝えよう、と決める。

千石は浮かれた足取りで、リョーマの後を追ってコンビニに入った。


今日はファンタだけでなく、いくらでも散財してしまいそうだ。


チフネ