チフネの日記
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2009年11月03日(火) アイスとファンタと愛情と

『いいものがあるから、家においでよ』

千石からの誘いに、リョーマは素直に乗ることにした。

こう暑いと、外でだらだら遊ぶ気にはなれない。

テニスなら良いのだが、千石はあまり付き合ってくれない。のらりくらりと交わされることが多いのだ。
折角会うのだから、テニスは忘れようよ、とわけのわからないことを言ってはぐらかそうとする。
それでも二回に一度は無理矢理引っ張って行くのだが……。

今日はテニス抜きでもいいかな、とリョーマは思った。
なにしろ暑過ぎる。運動するには適していない。下手をすると倒れてしまう。
千石の家でクーラーの効いた部屋の中、まったりと過ごすのも悪くない。

(それにしても、いいものって何だろう?)

流れる汗を手で拭って、リョーマは考えた。

もしろくでもないものだったら、殴ってやろう。
千石のことだから、そっちの可能性が高い。
前も似合うからと猫耳グッズを押し付けられ、写真を撮られそうになった。
その時は千石が「ごめんなさい」と言うまで蹴り続けた。

もう忘れてまた懲りないことを考えているのかなあと思いつつ、千石の家のインターフォンを押した。

「いらっしゃい、リョーマ君!」

千石のテンションは、いつもより少し高い。
だがこの気温の中、駅からここまで歩いて来たリョーマの機嫌は決して良くない。

「どうも」

不機嫌にも似た声を出すが、千石はそんなことを気にしたりしない。いつものことだからだ。

「さ、上がって、上がって」
「……うん」

靴を脱いで、家の中へと入る。
いつものように誰もいない。静かだ。

ここの家族は外出好きのようで、ほとんど姿を見たことが無い。
千石には姉がいて、写真を見たことがあるが結構な美人だ。
デートに忙しいというのが不在の理由だが、納得出来る。
しかし、一度は会ってみたいものだ。
両親は仕事や趣味でやはりほとんど家にいないと言う。
千石の自由で気楽な性格は、きっとそんな所から来ているのだろう。

家族がいないということで、リョーマも気兼ねすることなくリビングで寛ぐことが出来る。
千石は「待っててね」と、キッチンへと入って行った。
きっとファンタを用意してくれるはずだ。
そういう所は流石というかマメで、リョーマの好みをきちんと把握してくれて、欠かしたことは一度も無い。
これが過去沢山の女子と付き合った上での振舞いかと思うと腹が立つので、
あまり考えないようにしている。
ファンタ出してくれるんだから、大目に見ようとリョーマは小さく息を吐いた。


「お待たせ、リョーマ君。あれ?なんか疲れてる?
ここまで来るのに、大変だったとか?」
「ううん。なんでもない」

千石の不思議そうな視線に、リョーマは首を振って否定する。

「それよりファンタ、ちょうだい」
「はいはい。本当にファンタが好きだよねえ」
「当然」

千石はトレイをテーブルに置いた。
そこにはグラスに注がれたファンタと、ガラスの器に盛られたアイスが乗っている。

「アイスも持って来てくれたんだ?」
「うん。だって、これをリョーマ君に食べてもらいたくって、呼んだようなものだからね!」
「はあ?アイスが?」

いいものってひょっとして、これ?
ただのアイスクリームじゃないか、とリョーマは思った。

眉を寄せるが、千石は構わず「溶けちゃうから、食べて」と勧めて来る。

「じゃあ、一口……」

これがなんだって言うんだ、とリョーマはスプーンを手に取った。
器を手にして、口に運ぶ。


「どう?ねえ、美味しい?」
「まあ、ね。美味しいよ」

バニラアイスの中に、オレンジマーマレードが入っているらしくほんのり甘酸っぱい。
しかしやはりどうってことのないアイスだ。

「これが、清純が言っていたいいもの?そんな特別なものとは思えないけど……」

正直な気持ちを伝えるが、千石は気を悪くした風でもないようだ。

「うん。普通に美味しいって言ってもらえて良かった。さ、全部食べちゃって」
笑顔すら浮かべている。

一体、なんなんだ。
腑に落ちないまま、リョーマはスプーンでアイスを掬って口に運んで行く。
全部食べたら何かわかるのかなと思って、早く片付けることにした。


「ねえ。このアイス、何かあるんでしょ。
清純が嬉しそうにしている訳を教えてよ」

まさか媚薬入りじゃないだろうな。
ほとんど食べてしまってから、思い付いたことだ。
千石ならやりかねないと、じろっと睨む。

「うん。実はね」
「何。いいから早く言ってよ」
「それ、俺が作ったんだ」
「は?」
「俺の手作り。どう?驚いた?」
「……」

最初、何を言ってるのかよくわからなかった。
アイスは買って来るものだ。
手作り、と言われても頭がついていけない。

「どうやって?」
間抜けな声が出たと、自分でも思った。

「それがさ、結構簡単なんだよー。
姉ちゃんも彼氏に手作りケーキやらプレゼントするから、器具も揃っているからね。
で、この間手作りアイスを彼氏の部屋に持ってくって奮闘してた時に、
俺も一緒に手伝って作り方を覚えたんだ。
ハンドミキサー使っても結構疲れるけど、自分で作ったアイスと思うとまた美味しく思えてさ。
とにかく材料を混ぜるのが大変」
「……はあ」

どうやら姉から影響を受けたらしいとわかった。
千石が作り方の説明を続けているけれど、いまいち理解出来ない。
適当に相槌を打って、リョーマは何度も頷いた。

「これはリョーマ君にも是非食べてもらいたいって思って、
昨日の夜に頑張って作ったんだ。
自分で言うのもなんだけど、良い出来だったし。
でも美味しいって言ってもらえて良かった」
「うん。美味しいよ」

千石が苦労して作ってくれたのは、わかった。
作り方を知っても中学生男子は作ろうとしないのでは、とちょっと思った。
が、千石の気持ちは素直に嬉しく思える。
アイスなんて簡単に手に入るものなのに、手間暇掛けて作ってくれたと思うと、
少しだけ感動する。

「このマーマレードが味のアクセントになっていい感じ。
お姉さんも彼氏にこれ作ってあげたの?」
「いや、姉ちゃんはラムレーズンを入れてた。
それは俺のオリジナル」
「へえ。そうなんだ」
「うん。ほら、オレンジって俺の髪と同じ色でしょ」

得意げにしている千石に、リョーマは「だから?」と尋ねる。

「リョーマ君の体内に俺が溶け込んでいるような気がしない、って……痛っ!」
「気持ち悪いこと言うな」

容赦なく額を手の平で叩いてやると、千石はぶたれた場所を両手で押さえた。

「痛いよー、リョーマ君。ほんの軽い冗談のつもりだったのに」
「今のは清純が悪い。
折角美味しいアイスだったのに、台無しにするようなこと言うから」
「だってー」

不満を訴える千石に、リョーマはにっこりと笑顔を向けた。

「そんなことしなくたって、実際溶け合っているようなものだから必要無いでしょ。
それとも俺達がいつも何してるか忘れたの?」
「え、え?」

千石の上に覆い被さるように体を密着させると、戸惑ったような声を出される。

「忘れてるなら、思い出させてあげようか?」
「あのー、リョーマ君?」
「何?」
「確認しときたいんだけど、俺の勘違いじゃないとしたら、
誘われているんでしょうか?」
「うーん、俺が清純を襲っているが、正解」
「立場逆転ですか!?」
「そうしたいのなら、それでもいいけど」
「いや、そこだけは激しく遠慮します!」

そう言って体勢を入れ替えて、今度はソファにリョーマが押し倒される形になる。

「本当に家の人、帰って来ないんだよね?」
「うん。平気」
「なら、いいけど」
「いいんだ?リョーマ君が乗り気で、嬉しいなー」

にやけた顔をする千石に、
(当たり前じゃん……)と、リョーマは内心で呟く。

そんなつもりは無かったけど、手作りでのおもてなしにかなり心が動かされてしまった。
手間を惜しむことなく愛情を注いでくれる彼を、なんだかものすごくぎゅっと抱き締めたい気になったから仕方無い。

(俺も、結構単純なのかもね……)

横になりながら、ふとテーブルを見ると手付かずのまま残されてるグラスが目に入る。


さすがに氷解けて温くなるよなあ、と一瞬考える。

しかし触れられる手の気持ちよさに、すぐに千石との行為に没頭していった。


チフネ