チフネの日記
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ほとんど会話する間も無く、桃城は注文したハンバーガーを口の中に押し込み、 さっさと帰ってしまった。 千石にとっては嬉しいことだ。 リョーマと早く二人きりになれる。 正直、桃城に認められようがどうでもいい。 誰に反対されようが、リョーマのことを諦めるつもりは無いのだから。
しかしリョーマは桃城の態度に不満を抱いているようだ。 顔を顰めて、「あんなに早く帰ること無いのに」と呟く。
「なんで?桃城君も気を利かせてくれたってことでしょ。 いちゃいちゃ出来るのに、リョーマ君は嬉しくないの?」
顔を覗きこむと、「そういうことじゃなくって……」と、溜息をつく。
「折角良い機会だと思ったのに」 「え?何が?」 「もういい。俺達も出よう」
見ると、リョーマも食べ終わっている。 「あ、うん。ちょっと待ってて」 千石は飲み物だけだったから、急いで残り全部を飲み干す。
トレイを片付けて、二人は外へと出た。
「これからどうする?俺の家に来る?」 「ヤダよ。面度くさい。もう帰る」 「えー。じゃあ、家までついて行っていい?」 「いいけど、部屋には上げないよ」 「なんで?折角会えたのに、送って終わりなんて嫌だよ」 「清純が勝手に来たんでしょ。今日は練習で疲れたから、帰る」 「そんなあ」 「あんた連れて行くと、親父に色々言われるんだよね。だからヤダ」 「リョーマ君〜」
先に帰ろうとするリョーマの後を必死で追い掛けて、 結局千石は家まで引っ付いて行った。
ラッキーなことに南次郎は留守だった。夕飯はいらないと出て行ったらしく、しばらく帰って来ない。 そのおかげでか、リョーマも無理に帰れとは言わない。 ここまで来たので、流石に無下に追い返す真似はしないようだ。 リョーマならやりかねないと、千石は部屋に入るまではずっと身構えていた。
なんとしてでも二人きりになりたい。 いざとなったら抱きついてそのまま中に入ってやるつもりでいた。
しかしここまで来たら大丈夫だろうと、ホッと力を抜いてベッドに寄り掛かって座り込む。
「なるべく早く帰りなよ。清純の家だって、ご飯作って待っているんでしょ」 「リョーマ君、冷たい!なんでそんなに俺を早く帰らせようとしてんの!? どうせ俺の家なんて、皆まだ外に出てるよ」
共働きの両親は勿論のこと、姉もデートとかで帰りは遅い。 まだまだ余裕の時間なのに、リョーマがそんなことを言うなんて。 一緒にいたくないんだろうか、と不満げな視線を送る。
「だからこっちは練習で疲れているんだって。 清純の所は結構自由にさせてもらってるけど、こっちは乾先輩のメニューをこなしてくたくたなんだよ……」
ふわあ、と欠伸するリョーマは確かに疲れているように見えた。 毎日毎日、リョーマは熱心に練習している。部活以外でも自主練習をする時もあるらしい。 テニスが大好きだとわかっているからこそ、千石もなるべく邪魔しないように我慢していた。
けど、時々理由もなく会いたくなる時だってある。 他の女の子では絶対に埋められない心の隙間。 それはリョーマでないと満たされない。 ちょっとでもいいから会いたいと思って来たのに。 全然、わかっていない。
しかしリョーマに文句言うのも、大人気ないと思い、 疲れたように投げ出している体を、そっと引き寄せて自分に凭れさせた。
「リョーマ君が頑張っているのはわかってるよ。 でも少しでもいいから、俺のこと構って欲しいんだ」 「それは、わかってるつもりだけど……」
余裕無い、とリョーマが呟く。
「でも、桃城君とは寄り道しようとしてたじゃん。 その時間を俺の方に回して欲しいのに」 「桃先輩とはそんなに長いこといるわけじゃないし。食べたらすぐ帰るつもりだったのに」
千石の肩に頭を乗せて、リョーマは軽く溜息をついた。
「そこまで責められるようなことでも無いと思うけど? 大体、清純が急に来るからでしょ。明後日の休みには会う予定だったのに」 「それまで我慢出来なかったんだよー!なんで?急に来ちゃ駄目? もしかしてリョーマ君は俺といるよりも、桃城君との時間の方が楽しいとか思っていたりして」 「馬鹿」
それまで黙っていたリョーマは素早く体を起こし、千石の肩を両手で押した。 結構な力だったので、ごろんと床に転がってしまう。 いきなりだったから、受身も取れず顔に痛みが走る。
「えっ、なんで俺が怒られるの!?」 痛む頬を押さえてリョーマを振り返ると、 「つまらないこと言ってるからだろ」と怒った声で言われる。
「もしそうだとしたら、清純のこととっくに振ってると思うけど?」 「うわあ。身も蓋もない言い方……」 「桃先輩とは確かに仲がいい方だと思うよ。 でもそれは清純とは全然立場違うから。どうしてそれがわからないかなあ」 呆れたように言うリョーマに、「本当に?俺とは違う?」と聞き返す。
「しつこいなあ。 大体、もし俺が桃先輩に好意持っているとしたら、清純も一緒に店行こうなんて誘うわけないじゃん」 「そうだけど……。 でもひょっとしたら、桃城君との仲を見せ付けて別れたいことをアピールしようとしてるかもって」 「考え過ぎ」
今度は額を指で弾かれる。 それも結構痛くて、千石は「痛っ」と小さく悲鳴を上げた。
「俺はただ……清純と一緒にいる所を桃先輩に見てもらって、安心させたかっただけだよ。 先輩達、すごく心配しているからさ。今日が良い機会だなって考えていたんだ。 ちゃんと上手く行っているんだって納得させる為にはそうした方がいいって……。 それとも不二先輩とか部長と一緒の方が良かった? 清純にとっては桃先輩の方がいいと思ったんだけど」 「いや、桃城君がいいです。他の人は遠慮します!」
千石は声を上げた。 不二とか手塚とかなんて、冗談でも無理な話だ。 きっと納得する前に締め上げられる。無事で帰れる保証は無い。
「桃城君で良かったよ、うん。 でも話なんてほとんど出来なかったけど、大丈夫かな?」 「平気でしょ。俺達が仲良いってことはわかったみたいだから。 後は上手く先輩達にアピールしてもらうだけ。その変は俺が上手くやるから大丈夫」
強気に笑うリョーマにフラフラと引き寄せられて、 柔らかな頬に手を添える。 リョーマが目を閉じたのを確認してから、唇を寄せた。 うっとりするような感触に、このまま止まらないかもと千石はもう一方の手でリョーマの制服のボタンに手を伸ばす。 ちょっとだけなら、と思った瞬間、手を払われる。
「はい、そこまで」 「えっ、リョーマ君……?」 「疲れてるって言ったじゃん。今日はこれ以上は勘弁ね」 「そんなあ!すっかりその気になっていた俺はどうなんの」 「どうもこうも。本当にそろそろ帰ったら? 言っとくけど、無理矢理しようとしたら本気で怒るから」 「リョーマ君〜」 「可愛く言っても駄目」
そう言って千石から離れてリョーマはベッドに横になってしまう。
「疲れた……。ご飯出来るまでちょっと寝るから、清純はもう帰ってくれる?」 「酷いよ、リョーマ君。こんな気持ちで帰れないよ」 「最初から相手出来ないって言ってるのに。しょうがないなあ。 ちょっと耳貸して」 「え?何?」
横になっているリョーマに顔を近付けると、 「明後日まで我慢してよ。その時はゆっくり相手するから」と囁かれる。
「マジで!?俺、本気にしちゃうよ!」 「うん。だから、今日はこのまま休ませてくれるよね?」 「勿論!明後日の為にも休んでいて。またメールするね。明日は電話するかもしれないけど!」 「わかった。またね、清純」
そう言って枕に顔を埋めるリョーマに、「また、ね」と千石は小さく手を振って部屋の外へと出た。
これ以上不興を買うのは得策ではない。 楽しみは明後日まで取っておくべきだと浮かれながら、越前家を後にする。
(すっかり真に受けて帰って行ったか……。 明後日はなんのことか忘れたとか言えばいいよね。それで押し通せば、清純もそれ以上は何も言わないし)
眠い眠い、とリョーマは夕飯までの時間を無駄にしないようにと、訪れた睡魔に身を任せた。
チフネ

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