チフネの日記
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2009年11月01日(日) もう一人じゃない 千リョ

一人で帰ろうとするリョーマの後姿を見付け、桃城は声を掛けた。

「おーい、越前ー。一緒に帰らないか?」

するとリョーマはこちらを振り返り、足を止める。
了解、という合図だ。
桃城は自転車を引っ張って、急いで追い付く。

「まず確認しときたいけど、千石さんは今日は来ないんだよな?」
「来ないけど、なんで?」
不思議そうな顔をするリョーマに、
「なんでって、勝手にお前のこと誘ったりしたら怒られるだろうが」と、桃城は言った。

浮気者のくせに、千石は嫉妬深い。
リョーマと比較的仲が良い桃城は、千石に何回か問い詰められたことがある。

「本当にリョーマ君のことは後輩としか思っていない?神に誓って言える?」

いつものへらへらと笑っている顔ではなく真剣な目で言われて、
桃城は「あいつはただの後輩です!」と訴えた。
だから千石が迎えに来る時は、リョーマに近寄らないようにしていた。
やましい気持ちは無いけれど、千石に誤解を与える真似はしたくない。

しかしリョーマは「怒られる?なんで?」と鼻で笑う。

「清純が怒ることなんて何も無いし、言われる覚えが無い。
文句言われたら、俺に知らせてよ。ちゃんと言い聞かせてやるからさ」
「お、おう……」

あの千石よりも、リョーマの立場の方が強いらしい。
今の言い方はまるでしつけのようだ、とごくんと唾を飲む。
浮気者の千石と付き合うなんて大変だなとリョーマを心配していたけれど、
ひょっとして大変なのは千石の方かもしれない。


「で、どっか寄る?」
「そうだな。腹も減ったことだし、久し振りにマック行くか」
「いいっすよ」
「じゃ、後ろ乗れよ」
「ん」

リョーマを後ろに乗せて、自転車を漕ぎ始める。

数ヶ月前は、よく二人で寄り道したものだ。
当時レギュラーになったばかりのリョーマは、ほとんど先輩を口を利こうとしなかった。
練習さえこなせばいい。
そんな態度を見るに見兼ねて、桃城は何かと声を掛けてやった。
無口だけど、正面から話せば無視をすることもない。
次第に一緒に帰る位まで仲良くなっていた。

「そういえば、お前覚えているか?」
「何が?」

背中越しに聞こえて来る声に、桃城は会話を続ける。

「ずっと前にこうして一緒に帰った時に、話していたこと。
お前が一年の女子に告白されてるの見てさ、付き合うかどうか聞いたじゃねえか」
「そんなこと話したっけ」
「したんだよ。ったく、忘れたのかよ。
あの時は、誰とも付き合うことはないって言っていたよな」






その場面を目撃したのは、偶然だった。
まだリョーマがレギュラーになりたての頃、一年の女子に告白されている所にちょうど通り掛ってしまった。
桃城に見られたことで女の子は「返事は今度でいいからっ」と走り去ってしまった。
その帰り、「どうするんだよ。付き合うのか?」と尋ねた桃城に、
リョーマは「そんなわけないじゃん」と言ったのだった。

「結構可愛い子だったのに、勿体ねえなあ」
「じゃ、桃先輩が付き合ってあげたら?」
「どうしてそうなる。あの子はお前が好きなんだぞ?ちったあ考えてやれよ」
「あっちが勝手に好きって言ってきただけじゃん。
俺には関係無いんだけど」

すっぱりと言い切るリョーマに、駄目だこりゃ、と桃城は思った。
付き合う気はさらさら無いらしい。

「じゃあ、やっぱり断るのかよ」
「当たり前っす。付き合うとか、興味無いし。桃先輩はあるんすか?」
「そりゃあ、まあ普通の中学生男子としては当たり前だろ。
無いとか言うお前の方が変だって」
「勝手に変とか決め付けないで欲しいんだけど。
テニスのこと以外、考えられないだけっすよ」
「だから、それが問題だろうが」
「問題?」
「もっと他のことにも関心持てよ。テニスだけが人生じゃねえぞ」

そう笑い飛ばした桃城に、リョーマは「テニスだけっすよ」とニコリともせず答えた。

本気で言っている。
リョーマの目を見て、桃城は何も言い返すことが出来なかった。

こいつはこのままテニスだけを選び続けて、一人で生きて行くんだろうか。
きっと強くはなるだろうけど、それはとても寂しく思えた。
ラケットを持って、一人で世界に立ち向かって行く。
そんなリョーマの姿を思い浮かべて、誰か隣にいて欲しいと願った。
リョーマの強さも弱さも受け止めて、隣にいれるような人がいたら、きっと大丈夫だと思えるから。



それからしばらくして、リョーマは千石と出会い、付き合うことになった。
誰とも付き合う気が無いと言っていたのに、その考えを覆したのだ。
相手が千石と聞いてかなり驚かされたけれど、
リョーマが誰かを選んだのを知って、桃城はほっとした。
三年生の先輩達は反対しているみたいだけれど、
リョーマがずっと一人きりのままでいるよりは良いことだと、密かに応援してた。












「千石さんを選んだのは意外だったけど、お前が誰かと付き合うのを決めたのは良いことだと思ってる。
なんかあったら俺に言えよ。相談くらいには乗ってやるからよ」
「……うん」

いつになく素直に返事するリョーマに、桃城は少し笑った。
これも千石の影響なのだろうか。
以前なら「そんなのいらない」と即座に断っただろうに。
千石との付き合いは、決してマイナスだけじゃない。そう思えた。





「あ」
不意に後ろで声を上げたリョーマに、「どうした」と桃城は聞き返す。
「清純がいる」
「ええっ!?どこだよ」
「ほら、そこ。前見てよ」

慌てて桃城はブレーキを踏んだ。
千石がいないと思って、リョーマを後ろに乗せたのだ。
なのに見られたと知って、青くなる。

「リョーマ君っ!」

手を振りながら、千石が駆け寄って来る。

「なんで清純がここに居るんだよ。今日、会う約束していなかったのに」
自転車から降りて、リョーマは千石にそう尋ねる。
「会いたいから来ただけだよ。迷惑だった?」
「そうは言って無いけど、今から桃先輩とマックに行くところだったんだよね」
ちらっとこちらを見るリョーマに、話を振るな!と桃城は心の中で叫ぶ。

「へえ。桃城君と?本当に仲が良いよね」

顔は笑っているけど、目つきは鋭い。
これはやべえ、と桃城は背中に汗を掻く。
なんとか言って、この場は逃げ出そう。

しかしリョーマは桃城の考えと全く逆のことを提案する。

「清純も一緒に行く?ねえ、桃先輩。いいよね?」
「えっ、俺は……」
「たまには三人でもいいでしょ」

一瞬、千石は嫌そうな顔をする。
二人きりが良いのだろう。
当然だ。千石はリョーマに近付く輩を快く思っていない。
早く桃城に帰ってもらいたいと、顔に出ている。

だが、「桃先輩に普段の俺達のこと見てもらったら、安心すると思うんだ。
皆色々心配してるけど、ちゃんと付き合っているんだって。
だからいいでしょ。ね?」と言うリョーマの言葉に、態度をいきなり変える。

「勿論だよ。俺達がどんなに好き合っているか、ここはオモシロ君、じゃない桃城君にわかってもらおうじゃないか」
「いや、俺は……」
「いいでしょ、桃先輩。清純が奢ってくれるって言ってるし」
「えっ、言ってないだろ!」
「いいよね、清純」
「勿論、俺に任せなさい」

リョーマに乗せられて、千石は胸をどんと片手で叩く。
どれだけコントロールしているんだ!?と目を見開く桃城に、リョーマが囁く。

「その代わり、他の先輩達にも清純と付き合っていても大丈夫だってアピールしといて下さい。
あの人達色々うるさくって……。もう説明するのも面倒なんで、お願いします」
「俺が!?先輩達にそんなこと言えるわけが」
「お願いしますね」

ぎゅっと腕を強い力で捕まれて、桃城は顔を引き攣らせる。


リョーマが一人でなくなったのは良いことだ。

けど性格は違う方向へ変わった気がして、
やっぱり相手は選ぶべきだったのでは……と、思い直す。
三年の先輩達の説得に俺を巻き込むなと桃城は呟くが、リョーマは聞いていない。

「さ、行きましょう。桃先輩」
「うん、行こうか。桃城君」

二人にがっちりを挟まれて、桃城はさっさと帰るべきだったと数分前の自分の行動を悔やんだ。


チフネ