チフネの日記
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| 2009年08月20日(木) |
夏の夜の夢 不二リョ 前編 |
切っ掛けは親父が借りて来たB級ホラームービーからだった。 一緒に見ようぜとニヤニヤ笑う親父に「ヤダ」と断ったら、 「ほー、怖いのか?」と挑発された。 「そんな訳無いじゃん」 「じゃあ、観れるよなあ?」 「当たり前っ」 乗ってしまってから後悔する羽目になるとは思わなかった。 映画自体は特に怖くもなく、こんなもんだねと笑う位だったんだけど、 その後見た夢が悪かった。
ストーリーの中に入った俺は、迫り来るモンスターから必死で逃げている。 観ているだけなら怖くもなく、そこで攻撃しろよと呑気なコメントしていたけれど、 夢の中では思うようにいかない。 掴まったらまずいと、全速力で逃げていた。 そしていよいよ廃墟に追い詰められて、物陰に隠れた俺を怪物が手を伸ばして引き摺りだそうとした瞬間、目が覚めた。
「なんだ、夢か」
目を開けるとまだ辺りは暗かった。 体を動かして時計を確認すると、夜中の2時過ぎ。 こんな時間に目が覚めたことなんて無かったのに。 寝直そうと思った所で喉がカラカラなのに気付いて、起き上がる。 汗で張り付いたパジャマが気持ち悪い。 首元を掴んで風を送る。 今夜も暑い。 この後もスムーズに眠れないかも、と思った。
「あれ?越前、ひょっとして寝不足?」
日中になると暑さはぐんと増す。 休憩時間になって不二先輩が音も無く近付いて来た。 全く、物音一つさせないんだから。 俺の顔を見てまじまじと言うから、思わず頷いてしまう。 「だったらあっちの木陰で休もう。涼しいよ」 「え、ちょっと」 反論する間も無く手を引っ張られて移動させられてしまう。 強引過ぎと思ったけど、つれて行かれた場所が本当に涼しかったので、 文句は言わないでおいた。
「よく眠れなかったの?昨日は蒸し暑かったからわかるよ」 「はあ」 木に背を預けて生返事をする。 にこにこと笑顔を浮かべる不二先輩に「はい」とスポーツドリンクを渡されて、受け取る。 「寝苦しい夜は嫌だね。練習が身に入らなくて困る」 「あ、えっと…俺は寝られないっていうんじゃなくて」 「違うの?」 しまった、ここはうんって言っておくべきだった。 アップで問い掛けられて、俺は顔を引き攣らせた。 「ちょっと夜中に目が覚めて、それから寝られなかっただけっす」 「もしかして怖い夢でも見た?」 「……」 鋭い。 不二先輩って、こういう勘が異様に働くからびっくりさせられる。 「そんなとこっすね」 「へえ、どんな夢?」 「どんな、って」 「聞かせてよ」 俺としてはゆっくり休んでおきたい所だったけど、 せがんで来る不二先輩をあしらうことが出来るはずもなく、話す他は無かった。
「へえ。モンスターに追われる夢ねえ」 聞き終えた後、先輩は納得したように頷く。 「親父が借りて来た映画の影響っすよ。今夜はもう見ないと思う」 きっともう安眠出来る。……出来るはず。 そう思いつつ言った俺に、「どうかな?」と不二先輩は意味ありげに言った。
「どうかなって、何が?」 「ねえ、越前。夢の中で君はそのモンスターの姿を確認したかい?」 「は?いや夢だから、多分見てないと思う。というより、あの映画に出て来た奴で間違いないっすよ」 「そうかなあ」 ふふっと、笑われる。 「何が言いたいんすか」 先輩の横顔を睨む。 が、全く動じない。 涼しげな顔で、先輩は口を開いた。
「いや、実は夢の中で君を追っ掛けていたのはモンスターじゃなく、 僕かもしれないんじゃないかって話」 「はあ?」 「君の事を掴まえたい。その気持ちが夢の中に現れたとしたら、面白いでしょ?」 「何が面白いんすか?」 笑顔の先輩を睨みつける。 「そんなんで安眠を邪魔されたら、たまったもんじゃないっす」 少し低い声を出すと、「そういうつもりじゃないんだけど」といい訳される。
「あまりにも君がつれないから、別の所から攻めようと思っただけだよ。 そんなに怒らないで」 「……別に怒っていないっすよ。どうせただの夢なんだから」 そこまで言うと、やっと不二先輩はほっとしたように息を吐く。 全く、後悔するなら妙な冗談なんて言わなければいいのに。
「だけど、君のことを掴まえたいと思っているのは本当だよ」
独り言のような呟きに、俺は何の反応もしなかった。 それよりも疲れていたから、少しでも休んでおきたい。 俺の気持ちが伝わったのか、先輩は休憩が終わるまで黙ったままだった。
不二先輩に告白されたのは関東大会が終わった直後だった。 「こんな時にって思ううかもしれないけれど……君の事、好きなんだ」 そうですか、としか感想が出て来なかった俺に、先輩は少し悲しげだった。 返事はいつでもいいと言ったけれど、どうしたら良いかはまだわからない。
(やっぱり返事を待っているのかな)
夢の中でも俺のことを掴まえていたいなんて言う位だから、少し煮詰まっているのかもしれない。 焦らしているわけではない。でもやっぱり告白に対して何か言うべきなんだろうなと考えてしまう。 何か、がすぐ思い浮かばないけれど。
そして、その夜。
俺はまた夢を見た。 今夜の舞台は映画の中ではなく、学園の中へと変わっていた。 誰かに追い掛けられて逃げている状態は同じ。 部室に逃げ込んでやり過ごそうと思った矢先、そいつが入り口の前に立った音がした。
「逃げても無駄だよ。必ず掴まえるから」 その声で目が覚めた。
「今の、声」 額に浮かんだ汗が伝わるのがわかった。 時間はまたしても夜中だ。
いや、それよりも夢に出て来た俺を追いかけて来たあの声。 不二先輩にそっくりだった、……気がした。
チフネ

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