チフネの日記
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2009年08月13日(木) 真田リョ 炭酸と宿題と、そして君

着信を知らせる携帯の音に、真田は「失礼する」と一言断りを入れて部屋の外へと出た。

「もしもし」
「やあ。真田」
朗らかな幸村の声が聞こえた。
「どう?大会を終わってからの夏休みを満喫しているかい?
ほら、俺達は一応引退した身だから、毎日テニス部に顔を出すことも無くなったじゃないか。
急に暇になってずっと草むしりでもしているんじゃないのか、ちょっと心配になってね。
それよりも今日はこれから俺達とプールにでも行かないか?柳生がただ券を頂いたらしくてね。
皆に連絡を取っている所なんだ。勿論、来るよね。草むしりよりもずっと楽しいよ」

何故か草むしりをしていることを前提で喋っている幸村に、
そんなイメージが定着しているのか?と真田は首を傾げ、まあいいかと口を開いた。
「折角誘って貰ったのだが、申し訳無い。今日はその、他に用事があって抜けられない」
「君に用事?へえ、珍しい。まさかデートだなんて言わないよね?」
「な、何を言う。そんなことは断じてあり得ない」
「わかっているって。で、用事って何?早く終わりそうなら、途中で合流って形でもこっちは構わないよ」
気を使ってくれている幸村に感謝しつつ、真田は「すまないがいつ終わるかは、俺にもわからない」と告げた。

「わからない?ひょっとして留守番でもしているのかい?誰かが帰って来るまで出られないとか、そういうことかな」
「いや、違う。ただ、その、客が来ていて……」
「珍しく歯切れの悪い回答だね。もしかしてその客は俺が知っている人なのかい?
テニス部の応援に来ていた女子の一人とか」
「いや、違う」
真田はきっぱりと否定した。
「よく知らない、しかも女子を家に上げたりはしない」
「そうだよねえ、真田に限って。でも、じゃあそのお客と今、何をしているんだい?」
真田は少し間を置いた後、「実は、夏休みの宿題を手伝っている」と言った。
「君が?赤也が泣きついてきた時自力でやらんかと叱った君が、宿題を手伝っているだって!?
相手は?赤也じゃないよね、今日は部活に行っているはずだ」
「も、もう良いではないか、幸村」
これ以上詮索してくれるな、と真田は懇願するが許してはもらえない。

「駄目だよ。通話を切ったら、相手が誰なのか気になって仕方なくなる。
プールでも考え事をしてうっかり溺れたとしても、真田はいいって言うの?」
「まさか、そんなはずが無いだろう」
「でしょ。だったら誰が来ているか、教えて」
無茶苦茶な言い分だ。
しかし真田はそれもそうかと思い、「わかった」と答えてしまう。
「あまり驚かないで欲しいのだが」
「うん、うん」
「青学の……越前リョーマが来ている」
「そうか、越前か。なんだ。って、越前?あのボウヤがなんで君の家に来ている訳あごいじょえいこぽじゃ」
最後の方は言葉にもなっておらず、よく聞き取れない。
「幸村?幸村?大丈夫か?」
必死で叫んでいると、幸村から別の声へと変わる。
「もしもし、弦一郎か」
「柳?何故お前が電話に出るんだ」
真田の問いに、柳は冷静に答える。
「幸村からプールに行こうと誘われてな。どうせ集合場所に向かうまでの間に幸村の家が途中にある。
だから迎えに来たのだが、幸村の母に家の中へと通されて部屋まで来たらこの有様だ。
上手く喋れないようだから、俺が代わった。それだけだ」
「幸村は?大丈夫なのか?」
「心配ない。プールに行けることが嬉しくてはしゃいでいるのだろう」
「そうか。いきなり叫んだからびっくりしたぞ」
「大会も終わって気が緩んだのだろう。そういうこともある。
ところで後日、何故越前と会っているのか俺も詳しく理由を知りたい所だな」
「わかった。改めて説明しよう」
「ああ。それじゃまたな、弦一郎」
プツッと
通話が切れる前に、また幸村が叫んでいるような気がした。
相当プールに行けることが楽しいのかと思って、真田は微笑んだ。
病気や部長としての責任から解放されて、童心に返っているのかもしれない。
今日は思い切り楽しんで来いよと、通話が切れた携帯を見詰めた。

部屋に戻ると「おかえりー」と声を掛けられる
「真田さんがいない間、ここまで解いてみたんだけど、どうしてもわからない所があって……。
見てもらえるっすか?」
「どれだ?」
ここ、とプリントを指差すリョーマのすぐ隣に腰掛ける。

今日はテニスではなく、リョーマの宿題を見る為に自宅へと招待した。
夏休みの宿題がまだ終わっていなくて困っている。
昨日、そうぼやいていたリョーマに、真田は良かったら手伝うかと申し出た。
ここ毎日、リョーマとコートで打ち合っていた。
その疲れの所為で宿題をする時間が無くなっていたとしたら……。
責任を取らなくてはならないと、使命に燃えた。
後輩がこんなことを言ったら、何故計画的に片付けないかと怒る所なのだが、
どうもこの少年に対しては甘くなってしまう。
勿論、手伝うと言っても代わりに解いてやる訳ではない。
詰まったら解説して、答えに導いてやるだけだ。

「真田さんって、教えるの上手っすよね」
1つの問題を解いてから、リョーマは嬉しそうに言った。
「うちの学校の先生よりも丁寧でわかりやすいっす。
いつも後輩にこうやって指導しているんすか?」
「いや、まさか」
指導という名の下の鉄拳制裁ならしているとは、とても言えない。
だから、らしくもなく真田は曖昧に誤魔化そうともごもごと口を動かす。
「せ、生徒が優秀だからだろ。答えに辿り着くのが早くて、教える側としては楽だ。それだけに過ぎぬ」
「……」
真田の言葉に一瞬リョーマはきょとんとして、それからニッと皮肉めいたものじゃなく、可愛らしい笑顔を向ける。
「でも、やっぱり真田さんのおかげっすよ。おかげでもうこんなに片付いた」
「そうか」

偏った教科だけ残された課題は、午前中の内に半分以上も終えることが出来た。
後少しの所まで、見えている。
一旦集中すると、後は早かった。
テニスと比較するのもどうかと覆うが、試合の中で速攻を決めてくる姿勢に似ている、と思った。

「真田さんは宿題はもう終わったんすか?」
不意にリョーマはきょろっと大きな目を動かして、そんな質問を口に出した。
「勿論だ。一週間で終わらせて、後は自身の勉強時間に当てている」
「やっぱり、そうだと思った。もし残っていたら英語位なら手伝えると思ったのに、終わってたんじゃしょうがないっすね」
「手伝う?お前がか?」
こくんと、リョーマは頷いた。

「だって俺ばっかり手伝ってもらうのって、なんか不公平じゃないっすか?」
「何を言うか。これは俺から申し出たことだ。別に気にすることではない」
無意識に真田は隣に座っているリョーマの頭部をくしゃっと撫でた。
懐いている猫に触れるような、そんな感覚で。

「……」

不思議そうにこちらを見ているリョーマと目が合って、ハッと気付く。
そうも親しくない相手に、何をしているのだろう。
他意があった訳ではない。
しかしいきなり頭を撫でるなんて、あまりにも配慮に欠けていた。

「すまないっ」
慌てて手を引っ込めて、真田は立ち上がった。
「お茶のお代わりを持って来よう。それまでに次の問題を解いておくがいい」
「はあ」

慌しく部屋から出て、キチンへと駆け込む。
そこでようやく一息をつく。

リョーマといると、なんだか調子が狂う。
テニスをしている時は意識することは無かったのだけれど、
コートから離れたリョーマは思ったよりも素直で戸惑ってしまう。
教えられるもんなら教えてみろと、そんな態度を想像していたのだが、
180℃も違うでは無いか。
手伝いを申し出た自分に感謝をしているから、素直に接してくれてるのかもしれないが、
正直あの笑顔は……反則だ。

いや、動揺している場合ではないと、真田は首を横に振った。
リョーマの宿題を見てやるのが今日の最優先事項だ。
つまらないことを考えるなと、雑念を振り払う。

「そうだ。お茶のお代わりだ。早く出そう」
独り言を言いながら、冷蔵庫から新しい麦茶を出そうとして扉を開ける。
「……」
麦茶のポットを取り出そうとした所で、手を止める。
リョーマがよく飲んでいるファンタのペットボトルが目に入ったからだ。

テニスをする際によく買っていたことを覚えていた。
スポーツマンがそんなものを、と渋い顔をする真田に、リョーマはあっけらかんと言った。
「どうせなら好きなものを飲みたいっす。やっぱり飲んでおけば良かったと後悔するよりずっといい」
全く妙な答えだった。
けれど常に自分に正直に生きているリョーマに、不思議とそれ以上体に良くないぞと、止める気は無くなっていた。

今日、彼が来るからとその為にファンタを買った。
真田にとって勿論初めての購入だ。
この味で良いか、期間限定のものにするか30分も悩んで、結局リョーマがいつも飲んでいるものを手に取った。

先程はわざわざ用意したことを知られるのは、何だか恥のような気がして出せなかったが、
家の者は誰も飲まないのだからこのまま置いても仕方無い。
それにファンタを出してやれば、……きっとリョーマは驚いた顔をした後、
喜びに満ちた笑顔を見せてくれるだろう。

彼の笑顔は何度だって見たいと思えるのは、どうしてだろう。

その疑問は答えを出さないまま、宿題にしておこうと頭の隅に追いやる。
用意したグラスに氷とファンタを注ぎ、トレイに乗せた。

深呼吸して、また自室へ。
宿題を頑張っている子へのご褒美だといい訳しつつ、シュワシュワ音を立てる飲み物を慎重に運んだ。


終わり


チフネ