チフネの日記
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| 2009年06月25日(木) |
雨なんて大嫌い 後編 不二リョ |
コートから出た不二は、タオルで汗を拭きながら入れ違いに入っていったリョーマのことを見た。
ここ最近、リョーマは不二の家に来ることは無い。 偶然にも、晴れ間が続いているからだ。 例え降っても夜の間だけだったり、通り雨だけとかで放課後の練習に差し支えることは無い。 そう。リョーマが暇潰しをする必要が無くなっている。
晴れの日のリョーマは、とても元気だ。 コートにいるのが何よりも楽しい。 語らずとも、その表情でわかる。 もっと強くなりたいと、純粋に上を目指しているリョーマは生き生きとしている。
家に来る時とは大違いだ、と不二は思った。 暇潰しにやって来る時のリョーマは、最初に誘って来た時とは別人のように静かで、事務的に服を脱いでいく。 本気で時間潰しをしたいだけなのかもしれない。 だったら別のことでもいいのに、何故あんな行為を望むのだろう。 セックスするのが好きなのかな、と考えるがすぐ否定する。 もしそうだとしたら、晴れの日も誘われているはずだ。 雨の日だけ限定なんて、おかしい。 わからない。 リョーマのことをどんなに眺めても、抱き合っても、何一つわかることは無い。
「不二ー、何ぼんやりしてんの?」 別のコートから飛び出してきた菊丸に声を掛けられ、不二はハッと我に返った。 「……今日は暑いなあ、と思って」 「そうだにゃー。もう俺ふらふらだよ。最後まで立っていられるかなあ」 「不用意にそんなこと言わない方がいいよ。乾が特製汁飲んで元気出せって勧めてくるかも」 「げっ。そうだった」 「呼んだか?」 ふらっと現れた乾の手には、ドリンクボトルがある。 「いいえっ、何も呼んでなんかない!」 「そうだ。今日は特製の汁があるんだ。試してみないか」 「いらないー!」 「そう言わずに」 逃げ出した菊丸を、乾が追い掛けて行く。 やれやれ。 溜息をついた所で、不二はもう一度リョーマのいるコートに視線を戻す。 海堂相手にポイントを取り、ニヤっとあの挑発的な笑みを浮かべている。 一方の海堂は悔しそうに歯軋りしている。相当悔しいみたいだ。
「まだまだだね、海堂先輩」 「うるせー。次は俺が取る」 「ふーん。俺もそのつもりだよ」 「言ってろ。次は俺からのサーブだ!」
晴れの日のリョーマは、テニスしか眼中に無い。 不二の方を見向きもしない。 無視しているとかではなく、他の部員と変わらない態度を取っている。 雨の日など、まるで忘れているかのように。 対戦相手としてコートに入れば見てくれるが、それだって今そこにいる海堂との扱いに差は無い。
(なんで、君は僕のことを誘ったりしたんだろ……)
いい加減、悩みを抱えたままこの状態を続けるのも苦しくなってきた。 だったらリョーマの誘いを断れば良い。 もう来ないでと言えば、リョーマのことだ。あっさりと承諾するに違いない。 理由を聞いてくることも、怒ることも無く、黙って帰って行く。そんな姿が容易に想像出来る。 あっけない程簡単に切れる、この関係。 そしてリョーマは何も無かったかのように振舞うはずだ。
こうして見ていると、雨の日のリョーマは別人じゃないかと思う。 一体何が彼をあんな行為に駆り立てているのだろう。 幾度と無く尋ねてみようとしたが、いつも失敗に終わる。 どこまでリョーマに踏み込んで良いか、不二自身も迷っている所為だ。
(理由を聞いて、そして僕はどうしたいんだろう)
好奇心から知りたいと思っているのか、それとも一歩踏み出せば晴れの日もリョーマはこちらを向いてくれると期待してるからか。 海堂とのラリーに夢中になっているリョーマを見て、不二はぎゅっと拳を握った。
「ねえ、越前」 その日の帰り、不二は思い切ってリョーマに声を掛けてみた。 「今日、これからちょっと時間ある?」 「何で」 後片付けしているリョーマは、つまらなそうにそっぽを向いている。 いつも通りの反応に苦笑しつつ、もう一度声を掛けてみた。 「たまには寄り道でもどうかなと思って」 笑顔で誘ってみたが、リョーマの表情が晴れることは無い。 それどころか、険しくなっていく。 「悪いけど、疲れているから帰るっす」 「そうなんだ。じゃあ、またの次にでも誘うから」 語尾が小さくなる不二にリョーマは更に追い討ちを掛けて来た。 「誘われても行かないっすよ」 「え?どうして?」 素っ気無い拒絶に、胸が絞め付けられるようだ。 セックスはOKで、寄り道が駄目だなんてリョーマの言うことは無茶苦茶だ。 問い掛ける不二に、リョーマは肩を竦めて言う。 「晴れの日は用が無いから、それだけっす」 「越前……」 「じゃ」
背を向けて行ってしまうリョーマに、掛ける言葉が見付からない。 やっぱり雨が降らなければ一緒にいてくれないのだろうか。
翌日。
珍しく朝から降った雨は、夕方を過ぎても晴れることはなく部活は中止となった。 昨日、あんな会話をしたからリョーマは来ないかもしれない。 悶々としたまま不二は自室で窓の外を眺めていた。 他に誰かを誘い、そっちに乗り換えようとしている可能性だって考えられる。
(もしそうしたら、僕はどうしたらいいんだろう)
そんな事を思いながら道行く人の中に、リョーマを探す。 すると見覚えのある傘が、家へと近付くのが見えた。 たまらず部屋から出て、階段を駆け下りる。そして一気に玄関へと向かう。
「越前!」 「随分早いお出迎えっすね」 チャイムを押そうとした手を引っ込めて、リョーマは笑った。 「俺のことを待っててくれたんすか」 「うん……、昨日のことをあったから、もう来ないかと思った」 震える声で言ったのに、リョーマは「まさか」と軽く言う。 「ここ以外に時間を潰す所を知らないから、来るっすよ」 「……とにかく入って、今日は君と話をしたい」 「話?」 リョーマは靴を脱いで、家の中へと入った。 いつもならそのまま部屋に入った後は、すぐキスして服を脱ぐ。 だけど不二はコトを進めようとするリョーマを、やんわりと制した。
「君に聞きたいことがあるんだ」 「何すか」 ごくっと不二は唾を飲んだ。 目の前にいるリョーマは何故早くしないのかと、不思議そうな目でこちらを見ている。 ふらふらと誘われるように手を伸ばし掛けるが、ぐっと堪える。 今日は話をしなくちゃいけない。
「ねえ、越前。いつから君は……雨の日にこんなことをするようになったの?」 慎重に口を開く。 が、リョーマはそんなことかと言いたげに「二年前位かな」と答えた。
「二年前!?君、まだ12歳だよね?」 驚きを隠せない不二に、「でも事実っすよ」とリョーマは言った。 「一体、どういう流れでそうなったのか、聞いても……いいかな?」 「はあ。大したものじゃないけど」 呆れる位、リョーマはあっさり話を始める。 「当時も俺は雨が降る度に退屈していて、何か面白いこと無いかって騒いでいたんだ。 そうしたらあの人が楽しいことを教えてあげるって、それが始まりだったんだ」 まるで深刻に受け止めていないリョーマに、くらっと眩暈を起こしそうになる。 「あの人って?越前とどういう関係なの?」 「何興奮しているんすか。名前は、ちょっと勘弁して下さい。一応プライベートなんで」 「じゃ、じゃあ、その人とは恋人だったの?これだけ教えてよ」 不二の必死な表情に、呆気に取られながらもリョーマは「違うよ」と答えた。
「そんなんじゃない。まあ、嫌いな人じゃないけど、恋人かと言われたら違うっすね」 「でも、だったら恋人でもないのに、なんで越前に手を出すようなことしたの?おかしいじゃないか」 不二は思わず声を上げていた。 子供にそんなことを教えるなんて、しかも好き合ってもいないのに。許されるはずがない。 だが当の本人は「何かおかしいんすか?」と首を傾げる。
「俺が暇だって言うから、時間の潰し方を教えてくれただけっすよ。 何で先輩が怒っているのか、わからない」 「越前……」 「けどあの人が忙しくなって、雨が降っても家に来ることが無くなって、ちょっと参っていたんだ。 そんな中、日本に帰ることが決まって、雨が降る度ますますストレスが溜まってどうしようかと思っていた」 ちらっと、リョーマは不二を見る。そこでにやっと笑う。 「あの日、もしかしたらいけるかもと不二先輩に声を掛けて良かった。これでも迷っていたんだけどね。 でも不二先輩が誘いに乗ってくれなかったら、変な奴に引っ掛かってもおかしく無かったかも。 その点では感謝しているっす」 「……そう、なんだ」
リョーマにとって、自分はそれだけの存在だと知って悲しくなった。
それに前の人のことを嫌いじゃないと言っていたが、 本心では未だ忘れていないんじゃないだろうか。 だから雨が降る度思い出して、代わりでもいいから誰かに側にいて欲しい、 そんな風に思うようになったんじゃないだろうか。
リョーマに言ったところで、否定するだろう。 暇潰しが欲しい、それだけだと言い張るに違いない。 でもこの子供が求めているのは、本当は違うもののはずだ。 退屈な雨の日に、大切な誰かと過ごしていたい。 本当はそれだけのことだったのかもしれない。
リョーマにこんなことを教えてしまった人は、どうだろうか。 もしかして彼のことを好きで、つい騙すような真似をして手を出したことだって考えられる。 次第に罪悪感から、リョーマに好きと言えずそのまま去ったのかもしれない。 本人に聞かないと、何ともわからないけれど。
「ねえ、越前。もし、その人が違う暇潰しの仕方を教えていたのなら、 僕とも違ったことをしていたのかな?」 少し考えて、リョーマは言った。 「そうかもね。でも俺にはそれが何かわからない。今は他のことが考えられないっすよ」 「そっか、そうだよね……」
例えば、その人がリョーマにトランプや、チェスとか、家の中で遊ぶゲームを教えていたのなら、 今ここにいる二人は違っていただろう。 最初はそんな誘いをするリョーマに戸惑って、 だけど他愛ないゲームに夢中になって、そして笑い合っていた……。
でも現実はそうでなく、リョーマは話は終わったとばかり、「じゃ、しようか」とシャツのボタンを外し始める。 反射的に、誰かの温もりを求めてるのだろうか。 動作には迷いが無い。 そしてさっさとシャツを脱いでしまう。 「越前、僕でいいの?本当に?」 問い掛ける不二に、リョーマは「勿論」と笑った。 「あ、でも先輩がしたくないならいいっすよ。無理強いするつもりは無いから」 「そんなこと……」
無いよ、とリョーマをぎゅっと抱きしめる。
このままでいい。 何も気付かないふりをして、リョーマの望みを叶えてやろう。 雨が降っても、ここに来ればいい。不二自身も、リョーマのことを待っているのだから。
最初の日と変わらず、リョーマの暇潰しに付き合う。 今はこのままでいようと、決めた。
それから、リョーマが姿を消したのは全国大会が終わって三日後のことだった。
「今頃、何しているんだろうねー、おチビちゃん」 「そう、だね……」
机を並べてお昼ご飯を食べている最中、菊丸はリョーマの行く先をああでもない、こうでもないと推測している。 生返事しながら、不二もリョーマのことを考えていた。
(一言、言ってくれればいいのに……)
あんなにも抱き合っていたけれど、結局リョーマは不二に何も言わず去ってしまった。 リョーマらしいといえば、リョーマらしい。
もしかして、前の人を忘れられずそっちに戻ったのかも。 一瞬考えて、落ち込む。 だとしても、リョーマを責めることは出来ない。
何も言えなかった自分には、そんな資格すら無い。
(今……雨が降った時、越前は誰の側にいるんだろう) それだけが気に掛かる。 また適当な人を見付けて、声を掛けているかもしれない。 それともストレスを溜めながらも、未だ一人で過ごしているとか。
いずれにしろ、不二にはそれを知る手段は無い。 リョーマの行き先は誰も知らない。 もう、擦れ違う可能性すら無いのだろうか。
「雨、止まないねー。午後のサッカーは体育館に変更だな、こりゃ」 それまでぺらぺらと喋っていた菊丸が、大粒の雨の音に反応して窓の外を見る。 不二も同じように視線を移す。 「うん、そうだね」 「あーあ。勉強で鈍った体を思い切り動かそうと思ったのに。つまらない競技だったら、どうしよう」 「勉強で鈍った?いつ?」 「そんな真顔でツッコミ入れられると、辛いにゃ」 頬を引き攣らせる菊丸に、苦笑してもう一度外を眺める。
この分だと、きっと雨は放課後になっても止くことは無さそうだ。 家に帰ったら、何をしよう。 リョーマの暇潰しにずっと付き合っていたおかげで、雨の日の過ご方をどうするか、すっかり忘れてしまった。 退屈で、退屈で仕方無い。
あれ以来、不二は雨の日が大嫌いになった。
来るはずのない無い相手を待ち続けて、疲れてしまうから。
だけど、もしも奇跡でも起きてリョーマと再会することがあったら。 今度こそ、間違えることなく告げたいことがある。
(言えば良かった、好きだって)
「おーい、不二?何落ち込んでんの?」 机に突っ伏した不二に、菊丸が心配そうに声を賭けて来る。 「なんでも無いよ。気にしないで」 「気にしないでって言われても……気になるだろうが」
肩を揺さぶってくる菊丸を無視して、不二はチャイムが鳴るまで俯いていた。
まだ、合宿の話が全員に届く前。 リョーマとの再会は無いと思い込んでいた頃の話だった。
チフネ

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