チフネの日記
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2009年06月24日(水) 雨なんて大嫌い 前編 不二リョ

上半身にシャツだけを纏った姿で、リョーマがベッドから降りる。
不二はまだ横たわったまま、そんな彼の姿を見ていた。
疲れた訳じゃない。ただ起き上がるのが億劫なだけだ。
その間にもリョーマは散らばった衣類を見につけていく。
シャツのボタンを全部留めたのを見て、不二は「帰るの?」と問い掛けた。

「うん、雨も止んだみたいだし」
先程までの乱れ方が嘘みたいだ。
淡々とした言い方。冷めた表情。
この子は一体、何を考えているんだろう。
不二もよく人から思考が読めないと言われるが、リョーマ程では無いと思った。
普段からわかりにくいけれど、まさか……こんな事をするなんて。
きっと誰も想像しないだろう。
不二自身も、まだこの行為をどこか夢の中のように捉えているのだから。

「じゃあね、先輩」
「……気をつけて」
挨拶も短い。振り向きもしない。
あっけない位あっさりと、リョーマは出て行った。いつもこんな調子だ。
数分前の行為をなかったかのように、去って行く。

あの子にとって、本当にこれは暇潰しなんだと今更ながら確信する。
どんなに抱き合っても、心はあの時から一歩も近付いていない。
勿論、不二も近付こうとする努力はしてないのだけど……。

虚しくなりそうな心を止めるように、不二はごろんと寝返りを打った。
視界の端に、窓が映る。外には夕焼けが広がっていた。
午後から降り始めた雨は、完全に止んだみたいだ

リョーマとする日は、いつも雨と決まっている。
テニスが出来ない代わりにの暇潰し。
リョーマはそう言っていた。
だから晴れの日にリョーマも寝たことは無い。
もし青学に室内コートがあったなら、こんな関係にはならなかったかもしれない。
あのとき、雨が降らなければ。
声を掛けたりしなければ。
きっと、リョーマは違う相手と暇潰しをしていた……。



最初にリョーマを抱いたのも、雨の日だった。
今日みたいに突然午後から降り始めた雨は、夕方まで続いた。
当然部活は休みになった。
菊丸は委員の仕事で残るというので、不二は一人で下校しようと教室を出た。
ちょうど折り畳みの傘を持っていたので、雨に足止めをされることもない。
そして帰ろうと下駄箱まで移動して、リョーマの存在に気付いた。
じっと、空を見ている。
その手には傘が無い。
それで帰れないのか、とすぐに察した。

「越前」
思わず声を掛けてしまう。
「あ、……不二先輩」
リョーマが振り返る。少し様子が変だった。
瞳に力が篭っていない。
どこかぼんやりとしていて、いつもの強気な彼らしくない。
調子でも悪いのかと、不二は思った。
「今、帰るところ?」
「っす」
「でもその様子だと傘が無くて困っている、と」
「うん」
素直に答える姿に、驚いてしまう。
部活の時にリョーマが見せる態度は、生意気でこんな簡単に頷く子では無かったから。
不二は思わず「じゃあ、入って行く?」と提案してしまう。
「でも、家の方向が、多分違うと思うっす」
リョーマらしくなく、遠慮している。
「いいよ、遠慮しないで。君の家まで送ってあげるから」
「悪いっすよ」
「先輩として当然じゃないか」
実際リョーマとはそこまで親しくないのだけれど、
しおらしくしている姿にすっかり使命感みたいなものが芽生えて、家に送らなければという気になっていた。
迷っている目ですら可愛いと、思えてくる。
不二は強引に「さ、入って」と傘の中へと引っ張った。
そこまで言われたらリョーマも観念したらしい。

「それじゃ、お願いします」
「うん、行こうか」

この時にもうリョーマは不二に狙いを定めていたのかもしれない。
不二なら、乗ってくれるのかと、見抜いていた可能性もある。

「先輩」
「何?」
学校を出て、少し歩いてからリョーマが口を開く。
「やっぱり俺の家まで送ってもらうのは悪いっすよ」
不二の目をじっと見て、言う。
「だから先に先輩の家に行ってもいいっすか」
「僕の家に?」
「うん。そこで傘を貸して下さい。その方が先輩の負担にならないっすよね」
「でもいいよ、送るよ」
「駄目。もう決めたから。いいよね?」
にこっと笑うリョーマに、こんな顔も出来るんだと見惚れてしまう。
「じゃ、行きましょうか」
「あ、うん」
気付いた時には、頷いていた。



まさか傘を渡して、そのままバイバイという訳にもいかず、
不二は「お茶位なら出せるから」と、リョーマを家に上げた。
母は不在だったが、飲み物位は一人で用意出来る。
先にリョーマを自室へ通し、それからキッチンへ行き冷蔵庫からジュースを出して二人分のグラスに注ぐ。
ついでに買い置きのお菓子もトレイに乗せた。
再び自室に戻ると、リョーマはベッドを背に床に腰掛けていて、物珍しそうにきょろきょろと部屋を見渡している所だった。

「先輩の部屋って、いつもこんなに綺麗に片付いているんすか?」
「そんなこと無いよ。普通じゃない?」
グラスを渡してやると、「サンキュ」と言って受け取る。
不二もその横に腰掛けた。
「ふーん。でもこれが普通なら、俺の部屋を見たらびっくりするよ。床にいっぱい物が散らかっているから」
リョーマの言葉に、不二は少し笑ってしまった。
きっちりと整理整頓した部屋はなんとなく似合わないと思ったからだ。
それに気付いたらしく、リョーマが頬を膨らましながら口を開く。
「あ、今俺が掃除している姿なんて、想像出来ないって考えたでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘。笑っていたくせに」
「それは、えっと」

何か言い訳をしなくちゃ。
あたふたする不二に、今度はリョーマがくすっと笑う。
「怒ってないっすよ。掃除嫌いなのは本当なんで」
「そう……」

気のせいだろうか。
こちらを見ているリョーマの目が、家に入る前と違って見えた。
何がどうと説明は出来ないけど、ドキッとさせられるような。
そんな目をしている。

年下の、しかも男の子相手に変だ。
微妙に不二は視線を他へ向けた。
だけどリョーマは気にもしないで、また話し掛けて来る。

「ねえ。不二先輩って女子に人気あるんでしょ。練習していると、一杯見学している人よね」
「そうかな。よく、わからないけど」
「俺のクラスでも先輩のこといいなって騒いでいる奴いるよ」
「へえ」
この子はこんなにおしゃべりだったっけ。
無口なイメージしかなかったけど、今日はやけに饒舌だ。
「告白とかされたこともあるんでしょ。誰かと付き合ったことはある?」
「何でそんなこと、聞くの」
「さあ」

いつの間にか不二はまた視線をリョーマへと戻していた。
会話に誘われるように。
そして猫のような目が、不二を捉える。

「もし、先輩に興味があるって言ったらどうする?」
「越前、何言って……」
冗談として笑おうと思った。
出来なかったのは、リョーマの瞳に前にして動けなくなってしまったから。
コートの中にいる時とはまるで違う。
別人かと思う位の不思議な色香を漂わせている

「さすがに男と付き合ったことはなさそうだね」
ニヤリと、リョーマが笑う。
その口元を見て、不二はごくっと唾を飲み込んだ。
「でもこの機会に試してみたら?」
「試すって……」
何をするかなんて、想像がつく。
考えを見透かすように、リョーマの左手が不二の腕に触れる。

「俺じゃ、不満?」
「……」

答えの代わりに、不二はリョーマの唇を塞いだ。


それからは、もうなし崩しだった。
さすがに不二は男との経験は無かったが、リョーマが導いてくれたおかげでコトはスムーズに進んだ。
誘って来るだけあって、リョーマは行為に慣れていた。

ほぼ同時に絶頂を迎えた後、ぐったりと二人でベッドに横たわる。
浅く息を吐くリョーマの顔をぼんやりと眺めながら、
不二はゆっくりと口を開いた。

「越前、どうして……試してみるなんて言ったの?」
薄く目を開き、リョーマはなんでもなさそうに呟く。
「ああ言ったら、誘いに乗ってくれるかと思って」
「なんで、そんなこと」
「雨が、降ったから」
「え?」

リョーマの様子は、またいつものように戻っていた。
「ねえ、シャワー借りてもいいっすか?」
「あ、うん……」
素っ気無い態度。必要以上に口を利こうともしない。
いつも通りの、越前リョーマだ。


風呂場に案内をして、タオルを出してやる。
その間も不二は、さっき言われたことを考えていた。

「雨が降ったから、ってどういうことなんだろ」

考えてもわからない。
けれど、今日のリョーマは様子がなんだかおかしかった。
それが雨の所為だというのか。
雨になると、あんな態度で誰かを誘うのか。
わからない、と不二は首を振る。

やがて、リョーマがシャワーを終えて、出て来た。

「どうも。すっかり世話になったっすね」
「ううん、僕なら構わないけど。それより」
このまま帰って行きそうなリョーマを引き止める為、不二は必死に呼び掛けた。
「もう少しだけ、時間を貰えるかな」
「うん、いいよ」
あっさりとリョーマは頷く。
一応説明をしてくれるらしい。
ほっとしつつ、また自室へと戻る。

乱れていたベッドはきちんと片付けておいたのだが、
先程の行為を思い出し、不二は顔を赤くした。
そんな場合じゃないと首を振って、もう一度リョーマに向き直る。

「越前、さっきの事なんだけど」
「何?」
あっさりとした反応。リョーマにとっては何でもなかったような言い方に、眉を顰める。
たしかに慣れているようだったけれど、頻繁に誰かを誘ったりしてないだろうな。
妄想に不二が頭を痛めていると、
「不二先輩、さっきから何なの」とリョーマがくすっと笑う。
先程見せた、子供とは思えない笑みだ。

「心配しているんすか?俺が誰かに喋ったりしないかって。
大丈夫っすよ。誘ったのはこっちなんだから、誰にも言ったりしないよ。安心した?」
「僕が言いたいのはそういうことじゃない」
軽く首を振る。

このままだとリョーマのペースに乗せられっぱなしだ。
いけないと思いつつも、言葉が出て来ない。
自分らしからぬことだ。
誰かを丸め込んだり、話を引き出すのは得意だったのに。
リョーマ相手だと上手くいかない。
年下の子供に翻弄されているなんて、どうかしている。

不二の動揺を見透かすように、リョーマがまた笑う。

「違うの?じゃあ、今度はいつにするかって相談をしたいとか?」
「いや、あの」

どう返事したものか。
ここはきっぱりと拒絶するべきだと、頭の片隅で警報が鳴る。
過ちは一度で十分のはずだ。
「……」
だけど、言葉が出て来ない。
リョーマを前にして、拒否が出来ない。

「いいよ」

距離を詰められる。
キスされるのかと、不二は体を引こうとした。
が、リョーマに腕を掴まれて動けなくなる。
そしてもう一方の手が、シャツの上から胸に当てられる。
自然と鼓動が早くなる。
気付かれてる、とさっと顔を赤くする不二に、リョーマは満足そうに頷く。

「次に雨が降ったら、またしようよ」
「雨?」
その言葉に、首を傾げる。
「さっきもそんなこと言っていたよね」
「うん」

あっさりとリョーマは不二に触れていた手を引いた。
それだけで、少し緊張が解ける。まだ体は動けないけど。

「雨が降ったら、テニスが出来ないよね。暇なだけだし。そういうことっす」
「え……そんな理由なの」
たったそれだけの理由に、不二は目を見開いた。
セックスがテニスの代わりになるなんて、そんなの馬鹿げている。
自主トレでは駄目なのか。無茶苦茶にも程がある。
しかしリョーマは大真面目だった。
「そう。暇つぶし。他にしたいことも無いし」
「もし、僕が断ったら?」
そんなつもりは無いけれど、このまま翻弄されっぱなしなのも悔しくて、
不二はつい正反対のことを口にした。
だがリョーマは肩を僅かに竦めただけで、冷静なままだった。

「それなら他を探すだけっすよ」
「……」

この子には敵わない。
諦めて不二は雨の日限定でリョーマの暇つぶしに付き合うことを了承した。
他の誰かを誘うくらいなら、手元に置いといた方がいい。
それに、もっと彼に触れたいという欲求も生まれていた。

「じゃあ、また雨が降ったら」
「うん……雨が降ったら」


その日から、雨が降る度にリョーマは不二の部屋を訪れるようになった。
している事は変わらない。
終わったら、さっさと帰って行くリョーマの態度も。




一体、彼は何を考えているのだろう?
日増しに不二の中で、疑問が大きくなっていく。
何度抱いても、リョーマの気持ちはわからないままだ。

だけど、まだそれを尋ねる勇気が無い。

口に出したら、リョーマはもうこの部屋に来なくなるんじゃないかと思って。
何も言えずにいる。


チフネ