チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2009年04月12日(日) どんなにつれなくても  跡リョ

驚愕に目を見開く相手を見て、鼻で笑ってしまう。
この俺に本気で勝つつもりだったのかよ、と。
「だから言っただろ。今度は相手を見てケンカを売るんだな。一つ教訓になっただろ」
がっくりとプールに沈む姿からは、最初に見せた威勢の欠片も無い。
つまらない奴、と肩を竦めてプールサイドへ上がる。
騒ぐ連中を押し退けて、忍足と向日とそれから樺地がこちらへ近付いて来た。
「おー。お疲れ、跡部。お前、水泳でもいけるんやな」
「相手が弱過ぎただけだ」
「謙遜のつもりかよ。それにしても圧倒的だったな。これで跡部が泳げないとかだったら笑ったのによ」
「馬鹿言うな。おい、樺地」
「ウス」
樺地からバスタオルを受け取って、体を拭く。
全く、後の二人はただの野次馬と大して変わらないな。

「しっかし本気で勝負受けるとは思っていなかったぜ。向こうもそのつもりで軽口叩いていたんじゃねえのか?」
向日の言葉に、笑って返してみせた。
軽口、にしては奴には悪意がたっぷりだったからだ。
「これでつまらねえこと言う馬鹿が大人しくなれば嬉しいことだな」
「半分以上は妬みやろ。有名税だと思うて軽く流しとけや。ちょっと大人げないで」
「ふん。だったらお前が矢面に立つか?」
「いやー、遠慮しとくわ。やっぱり跡部がトップにいる方が落ち着くからな」
「調子いいな、お前……」
「誰も望んで風当たりが強い所には行きたくないってことだろ。ま、お前なら簡単にやっつけちゃうけどなー」
向日が今もプールから上がれない相手を指差す。
奴は水泳部の部長だ。
それが俺に競泳で負けてよっぽどショックだったみたいだ。
だったら最初から、くだらない噂なんか流すべきじゃなかったと俺は思った。

テニス部ばかりが優遇されているのはおかしい。
生徒会長が自分の部に予算を割いているのは公私混同の行為だ。
そんな悪意ある噂を流していた張本人を自ら罰してやっただけだ。
大体、テニス部の諸経費は監督と俺の個人的な財産から出している。部外者にどうこう言われたくは無い。
そんなに部のことを考えているのなら、てめえも個人で費用を捻出しやがれ。
あるのは文句ばかり。うんざりだ。
しかしその程度ならまだ我慢出来た方だ。
『大した実力もないくせに、跡部は金の力で部長や生徒会長や恋人までも買ったらしい』
この一言が決定となった。
特に最後のは許せない。
絶対撤回させてやると、奴のいる教室に乗り込んだのが今日の昼休み。

てめえの得意とする水泳で勝負してやるぞ。
啖呵切った後、奴は上等だと笑っていた。
得意分野で負ける気は無かったのだろう。
買ったら水泳部の予算を上げると約束させろとまで言った。

馬鹿め。
心の中で笑って、だったら俺が勝った暁にはてめえが喋ったことを全員に撤回しろと約束させた。
結果はご覧の通り。
数十秒ものタイムの差での勝利をもぎ取った。
ギャラリーも大勢いる中での負けはかなり堪えたに違いない。
この先、俺のことでつまらない悪口を言うやつもいなくなるだろう。
ざまあみろだ。

「さすが跡部様。勉強も運動も万能で羨ましいわぁ」
忍足がわざとおどけたような声を出す。
黙れ。俺の努力も知らないでと、内心で呟く。
水泳だって今日初めてやった訳じゃない。家のプールではよく泳いでいたから得意なものの一つだ。……必死で泳げるように頑張ったところなんて誰も見ていないけどな。
そんなことも知らず、忍足は会話を続ける。
「お前に思い通りにならんことなんて無いやろ」
「あ、それは俺も思った。あの越前でさえ結局は付き合うことをOKしたんだろ。すげえよな。
もう他に叶えられないことは無いんじゃねえか?」
越前。
その名前が出たことで、一気に落ち着かなくなる。
気付かれないよう、俺は髪を拭く振りしてタオルを被った
「くだらねえこと喋るな。俺は着替えに行く。お前らもさっさと部活に行けよ。
俺より遅かったやつは罰として走らせるぞ」
「えー、跡部横暴」
「樺地、この二人を引っ張っていけ」
「ウス」
「樺地を使うのは卑怯やで!」
ずるずると樺地に引き摺られ、二人が退場して行く。
周囲に誰もいなくなったことを確認して、俺は大きく溜息をついた。

思い通りにならないことが無いって?
馬鹿言え。あるに決まっている。
まさに今、直面しているんだからな。

着替えてから制服のポケットに入れてた携帯を確認する。
今朝と昼休みとさっき送ったメールの返信は無い。
この分だとまだ機嫌は直っていないらしい。
「越前」
呟いた声がやけに虚しく響く。
俺のこと、嫌いになってなんかないよな。そうだよな。
心の中で泣きながら「放課後、迎えに行く」とまたメールを打った。

きっと誰もこんな俺の姿を知らない。
当然だ。周囲に越前は俺に夢中になっていると言ってあるのだから。
実際はそれとは真逆で、愛想の無い越前にこっちが振り回されてばかりだ。




「何だ。今日も来たんだ」

青学の練習が終わったのを見計らって、校門で待ち伏せする作戦を取った。テニスコートや部室に行ったら、今より機嫌が悪くなるのがわかっているからだ。
運良く通り掛った越前に素早く駆け寄ると、冷たい目で俺のことを見た。
けど、ここで怯む訳にいかない。
「メール見ていないのか」
「携帯をわざと置いて来たからね。色々うざそうだから」
あんたのメールが沢山入ることを予想した。だから置いて来たと越前の顔に書いてある。

こいつの吐き捨てるような言葉と、氷のような視線にドキドキさせられることに最近気付いた。
勿論、表には出さない。
周囲にも越前にも引かれることはわかっているからだ。

「そこまで避けることないだろ」
歩き始めた越前を追って背中から声を掛けると、早歩きしやがった。
このやろ。とことん無視するつもりかよ。

昨日、いつも以上に俺は苛々していた。
さっき勝負した水泳部のあの馬鹿の言葉がちょうど耳に入ったからだ。
越前とは金で結ばれた関係じゃない。
それを確かめたくて青学に訪れたら、越前の奴は三年連中に囲まれてちやほやされていた。
ちやほやなんてされていない、あんたが勝手にそう見ただけと越前は言ったが、頭に血が昇った俺は聞いていなかった。
あいつらとは離れろと、結構滅茶苦茶言ったと思う。
「ふざけんな。頭冷やすまで、あんたとは会わないから」
越前は完全に切れて、俺の前から逃げ出した。
直後に俺は落ち込み反省して電話やメールをしたのだが、越前から何一つ返って来ることは無かった。

「おい、越前。しばらく会わないっていつまでだよ。まさか一ヶ月とか言わないよな」
「もっと長いかもしれないっすよ」
「おい」
ツンと前を向いたまま、越前はあくまで俺を無視しようとする姿勢を貫く。手強い奴だ。
「あんたにはその位しないとわからないでしょ。
昨日だって、休憩時間に居眠りした罰として乾先輩の汁を飲まされそうになって、
逃げないようにって先輩達は俺のこと囲んでいただけなのに。それをちやほやだって!?
馬鹿みたい」
「いや、それは話を聞かなかった俺が悪かった……」
「本当にわかっているんすか?」

越前の言葉に、心が揺れる。
これが今まで付き合っていた相手(か、どうかもわからない。名前すら忘れたどうでもいい連中だ)なら、「馬鹿はてめえだ」と切り捨てていただろう。
いや、それよりも前に本音をぶつけあって会話なんてしたことも無い。
いつでも都合よく付き合える相手、そんなのしか選んでいなかったのだから。
俺のことを悪く言う連中もそうだ。直接ケンカ売って来るやつなんかいない。陰で足を引っ張ることしか出来ない小心者ばかり。
両親は良い子である俺にしか興味が無い。
しょっちゅうつるんでいるチームメイト達とは気が合うが、ここまで深く自分を曝け出してはいない。

越前の前だと不思議に今まで言えなかった言葉が自然と出て来る。
「悪かった」だなんて、今まで自覚してても絶対に口に出したことなんて無いのにな。

「ああ、わかっている。お前の言うことを聞かないで勝手に怒っていた俺が悪い」
そう言うと、越前はやっとこっちを見た。
誠意が伝わったと、思いたい。
「そんなに反省してるのなら、今回はファンタ一本で許す」
「いいのか」
「二度と青学に乗り込んで喚いたりしないと約束付きで」
「約束する!」
「なら、いいよ」

ほっとしたように越前が笑う。
俺もその顔を見て安心する。このまま避けられたりしたら、ドキドキを通り越して心臓が痛くなる。

「あっちに自販機があるから、行こ」
「ああ」

越前は態度も言葉も素っ気無いけど、嘘をついたり見栄を張ることもしない。
だからこいつの言葉は全部信じられる。
もし俺を見限っていたら、近付けさせることすらしないだろうから。


『そこのサル山の大将。試合しようよ』

あの時、ピンと来るものがあった。
ただの生意気で怖いもの知らずのガキがする目じゃなかった。
本気で俺に挑み、そして勝つ気だ。
あの亜久津を倒したという実力も興味を引いた。
けどこんな野試合でやるのはつまらない。

『焦るなよ!』
俺は余裕で笑ってみせた。
そうだ。こいつとどうせやるのなら公式で叩きのめす方が面白そうだ。
『逃げんの?』
最後まで勝気な姿勢を崩さない越前に、ぞくぞくした気持ちが止まらなかった。
こいつといればきっと毎日退屈しないで済む。
見たこともない世界を広げてくれそうだと俺の勘が告げていた。


そして氷帝で越前の試合を見た直後、すっかり魅せられてしまった俺は越前に交際しろと迫ったのだった。


「何にやにやしてるんすか。気持ち悪い」
「お前、仮にも付き合っている相手になんだ、その言い方は」
越前の発言にまたしても喜ぶが、一応反論しておく。この方が俺らしい態度だから。
「なんか思い出し笑いしているみたいで、変っすよ」
正直に越前は思ったことを口にする。
俺に対してはそれでいいけど、いつか揉め事に巻き込まれそうで怖い。
いつか注意しておこうと、心に決める。
「別に笑ってなんかいねえよ」
「嘘。口元がにやついてた。もっとしゃんとしてよね。その方がずっとマシっすよ」
言われたことを考えて、俺はある結論を出す。
「つまり越前は俺の真面目な顔が格好良いって思っていることか」
「どうしてそうなんの……」
「にやついている顔が嫌だってことは、その反対は好ましく思っているってことだろうが」
「違うだろ」
はあ、と越前は溜息をつく。
「あんたが他事考えて笑っているのがムカつくだけで」
「……」
「……」
思わず顔を見合わせると、越前は「やっぱ今の無し」と俯く。

「なんだ、俺がお前以外のこと考えているのが面白くないってことか」
「無しだって言ってるじゃん」
「だったら安心しろ。俺が笑っていたのは出会っていた頃を思い出していただけだ。気にすることは一つも無いからな」
「もういいって!」

顔を赤くして怒る越前は、とても可愛い。
今日もまた新たな発見をした。

「くだらないこと喋ってないで、早くファンタが飲みたいんだけど!ほら、さっさと歩く!」
「はいはい……」

先を歩く越前の背中を見て、俺はまた笑っていた。

こんな風にいつも俺のことを叱って、そして喜ばせて欲しい。
冷たい言葉や態度の裏に愛があると、俺はもう知っている。
何を言われても、喜びに変えることが出来るんだ。


全く越前は思い通りにならないけれど、幸せな気持ちにしてくれる。
今まで会った中で、誰よりも。
それだけは確かなことだった。


終わり


チフネ