チフネの日記
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| 2009年05月21日(木) |
2009年 真田誕生日話 |
誕生日だからといっても、特別な日ではない。 真田は常々そう考えていた。 一つ歳を重ねるだけだ。 その年齢に見合った振る舞いを身に着けるには、一日一日の精進が必要だ。 何もこの一日で変わるようなことは無い。 同級生達が「おめでとう」と口々にお祝いを述べながら、プレゼントを渡してくれるのはありがたく思っている。 しかし真田としては淡々と受け取るだけだ。 心遣いは嬉しい。が、おめでたいとはやはり思えない。 昔から、そうだった。
「折角の誕生日なのに、怖い顔をしてどうしたんだい」 「別にいつも通りだが」 何故か嬉しそうに話し掛けて来る幸村に、真田は普通に返事をした。 誕生日を盛り立ててくれようとして笑顔を向けてくれているのだろうか。 幸村は友人思いだなと、そんなことを考える。 「いや、ちょっと不機嫌そうだよ。俺にはわかる」 「本当にいつもと変わらない。そう気を使ってくれなくていいぞ、幸村」 「いいから、全部言わなくていい」 そう言って幸村は両手を胸に置いて、溜息をつく仕草をする。 「越前から何の連絡もプレゼントも無かったんだろ?渡米して数ヶ月。 そろそろ忘れられる頃だ。でも彼のことを恨んだりしたら駄目だよ。 そう、遠くに行って初めて他の男の魅力に気付くケースだってあるんだから」 「越前なら今朝方電話を話をしたばかりだが」 「え?」 たちまち幸村の顔が強張る。 それに気付かないまま真田はうっすら頬を染めて話を続けた。 「向こうはまだ日付が変わっていないが、おめでとうという言葉は頂いた。 プレゼントは以前、俺から辞退した。だからせめてこの位と、わざわざ国際電話を越前から掛けてくれてな……どうした、幸村」
固まったままの幸村を掛けると、先程と違い引き攣った笑いで「そう、良かったね」と言われる。 「あー、そう。……ふーん、越前から連絡来たんだ。 俺は番号さえ知らないのに、そうなんだー」 ぶつぶつ言いながら、遠くへ行ってしまう。
今のは何だったんだろう。 もしかして具合でも悪いのかと心配しながら、真田は幸村の背中を見送った。
『お誕生日、おめでとうっす』 リョーマからの電話を受け取ったのは、真田がちょうど起床した時間だった。 常ならばすぐに顔を洗い稽古をする所だが、久し振りのリョーマの声にこの電話が終わるまではと、自室に留まった。 『わざわざ、すまないな』 国際電話を掛けて来たことに対して礼を言うと、向こう側でリョーマが少し怒ったような声を上げた。 『俺の時だってお祝いしてもらったんだから、足りない位っすよ』 『そう、か』 『本当は直接会って言いたかったっす』
その言葉にドキッとさせられた。 真田も同じことを考えたからだ。 電話だけではなく、会ってリョーマの声を聞きたかった。 しかしそういう訳にもいかない。 アメリカでも上を目指そうと頑張っているリョーマに、そんなこと言えるはずがない。 だから代わりの言葉を口にする。
『次の機会に、な』 一瞬間を置いた後、リョーマの笑い声が聞こえる。 『うん、次にね』
他愛ない約束をした後、『またね』で電話を切った。 それはとても幸せな数分間だった。
別に誕生日は特別な日ではない。 授業をこなし、放課後の練習もいつも通りに励んだ。 幸村が朝の状態から復帰していたことに喜び、それから皆に誘われるままに丸井お勧めの駅前のカフェでケーキを奢ってもらった。 寄り道するのはどうかと思ったが、折角の誘いを無下に断るのも忍びない。 それに美味しいケーキを知る機会でもある。 次のリョーマの誕生日に用意出来るから。
ケーキは美味しくて、真田は満足した。 これで決まったと笑顔で皆と別れた。それぞれ怪訝な顔をしていたが、きっと気のせいだろう。 早足で家へと向う。 母はすき焼きを用意してくれると言っていた。大袈裟なお祝いを望まない真田の為に、誕生日は好物を作ると決まっている。 奮発するからと言っていたので、期待出来るはずだ。 ケーキ一つではお腹は満たされるはずがない。 美味しくお肉を頂こうと、ますます足取りは速くなる。
そして自宅に近付いた所で、誰かが門の前に立っていることに気付いた。 髪の長い女性だ。その人は振り向くと、真田を見てパッと笑顔を向けた。 「真田さん!」 「菜々子さん、お久し振りです」 「ええ、こんにちは。急に押し掛けてすみません」 ぺこっとお辞儀する菜々子に、真田も一礼をした。 菜々子はリョーマの従姉だ。越前家へ訪問した際、何度も顔を合わせたことがある。 「今日は一体どうしたんですか」 ここにいることが偶然であるはずがない。 リョーマに何かあったのかと顔を曇らせるさに、菜々子は悪戯っぽく笑った。
「これを届けにきました。リョーマさんから、です」 「越前から?」 「はい。どうしても当日に渡したいと頼まれまして。 航空便ですと日付指定してもトラブルで届かないことも稀にありますからね」 はい、と菜々子に紙袋を手渡される。
「それじゃ、私はこれで」 あっさり去って行こうとする菜々子に、真田は慌てて引き止めに掛かる。 ここまで来てもらって、帰す訳にはいかない。 「あの、折角ですから上がってお茶でも」 「申し訳ありませんが、すぐ近くで友人と会う約束をしています。またの機会に」 真田の申し出に、菜々子は笑って丁重に断りを入れた。 「それでは」 振り返るとさらっと長い髪が流れる。 爽やかに去っていく菜々子に、真田は深々と頭を下げた。
(越前から、プレゼントを貰ってしまった……)
去年、リョーマの誕生日を祝った際にしつこくこちらの誕生日も聞かれたのだが、 まさかもうその時に計画していたのだろうか。 紙袋から中身を取り出してそっと包みを開けると、 中からは何本かの筆とガラスで作られた綺麗な青い文鎮が出て来た。 以前、遊びに来た時に真田が書道を趣味でやっているというのを覚えていたのだろう。 筆もなかなか上等なもので、今度これを使ってリョーマに手紙を書いてやろうと思った。
でもそれよりも。 今すぐ会って、礼を言いたい。
日本とアメリカとか。 これまでは気にしなかった距離が、急に遠く感じた。 離れていてもリョーマはリョーマで、変わることは無いと何の根拠もなく信じていたのだが、 急に二人の間を繋ぐものが心細いものに思える。
もしも、会いに行ってもいいかと言ったら、リョーマはなんて返事をするのだろう。 考えもしなかったことが、気になり始めてきた。
(しかし、まずは礼を言わねば……)
明日の朝、起床したらすぐにリョーマに電話を掛けてみよう。 お礼を言って、それからどうしようか。
日が昇るまで、たっぷり考える時間はある。
誕生日は特別なものではないと、今まで認識していたけれど。
(思っていた以上に、良い日なのかもしれない)
青い文鎮を握り締めて、真田はリョーマのことだけを考えていた。
終わり
チフネ

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