チフネの日記
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2009年04月10日(金) 認めるしかない  千リョ

うわあ、越前君だ、って喜びと、なんでここにいるの?って驚きとで俺の心はごちゃごちゃになっている。
会いたかった。でも会いたくなかった。そんな複雑な気持ちだ。
この場で頭を抱えたい位。

「ちーっす」

原因はこの子にある。そこで得意げにボールを掲げている、越前リョーマ。

合宿脱落を賭けたボール争奪戦。
何人かの奴が張り切って拾ってくれたおかげで、ボールの数は予定以上に足りなくなった。
って、何してんだよ!山盛りは無いよ!
ちょうど俺の所に一個降って来てくれてラッキーだった。
拾えなかった高校生達がどうしようと焦る中、最後の一個が少し先に残されているのを乾君が発見した。
当然、我先にと皆が拾いに行く。脱落が掛かっているから必死だ。
そんな事情を全く知ることもなく、突如現れた越前君がそのボールをあっさり拾ってしまった。

ちーっす、じゃないよ。この空気読める?
不敵な笑みを浮かべている越前君に、相変わらずだなと俺は頬を掻いた。
何勝手に拾っているんだ!とケンカ売られてもおかしくない状況なのに。
物怖じもせず立っている越前君は、以前と全く変わりなくて。
俺の目には眩しく映るから困る。

だから、まずいんだって。
この子を見ていると、どんどん好きになってしまうから。



初めて会った時もそうだった。

「そりゃ、どーも」

普通、初対面の他校生…しかも年上相手にボールぶつけるか?
ただちょっと喋っただけなのに、顔面にぶつけてしかも倒れた俺を放置ってありえないよ。
しかし越前君はそのありえないことを、平気でやってのける。
一体何て子だと最初の内は腹を立てた。
態度も口の利き方も、行動もまるでなっていない!
次に会ったら謝罪させてやろうと思っていた。

「おい、越前。千石さんのこと知っているのか?」
「いや、全然」

これだもの。
気絶させた相手を忘れたのかと、怒るのを忘れて脱力したのを覚えている。
なんかその一言で、もう彼のことを許していた。
だって覚えていないって呑気に言う越前君に、これ以上絡んでも仕方無い。
俺の方が器が小さい人間だと思われそうで。
だから、もういいやって気になった。

どうせだったら彼と試合をして、俺の方が強いって認めさせた方が早い。
そうしたら、ちょっとは態度変えるでしょ。
なんて。
甘かったと、後で知ることになる。

結局、俺は青学との試合で越前君と当たることは無かった。
それどころか、オモシロ君に負ける始末。
何だかなとがっくりしながら、亜久津との試合に目を輝かせている越前君のことを見ていた。
頬には絆創膏。亜久津がやったって噂は聞いている。
本人に確認したら「てめえには関係ねえだろ」と答えたけど。
間違いないんだろうなあ。
あの傷は、亜久津がやったんだ。
普通、そんな相手と試合するなんて怖くて逃げ出したくなるはずなのに。
越前君の目には怯えも無く、むしろ挑むように亜久津のことを見ている。

あんなちっちゃくて、亜久津のボールを一度受けたら吹っ飛ばされそうなのに。
一体、この子の自信はどこから来るんだろう?
そんな顔して、本当に亜久津に勝てると思っているの?

決勝を賭けた戦いなのに、俺の視線は越前君ばかりを追っていた。

思い返すと、この時にもう芽生えていたのかもしれない。
純粋な興味から始まった、彼への気持ち。
試合が続くにつれて、ドクンドクンと鼓動が早くなっていくのがわかる。

だってテニスをしている時の越前君の姿は、本当に綺麗で目が離せなかったんだ。

どうして対戦相手が俺じゃないんだろう。
そして、ここまで越前君と互角に戦える亜久津が羨ましかった。
きっともし俺が彼と当たっていても、ここまで戦えたどうか自信が無い。
亜久津だからきっと、越前君の実力をここまで引き出して、
観客をも夢中にさせる試合をすることが出来たんだ。
山吹のエースと呼ばれてはいたけど、そんなのが恥ずかしくなるような二人の試合に、
もっと強くなりたいと拳を握り締めた。



都大会が終わって、俺は時々偵察と称して青学に行ったり、
試合の度に会場で越前君の姿を探し、勿論試合は欠かさず見に行った。

けど、そこまで。
話し掛けようとしたり、接触しようとはしなかった。

だって彼は男の子で、俺も同じ男。
打ち明けてどうなる?
世間からしたらまだ異端と呼ばれる、同性への恋なんて。
この淡い気持ちをはっきりしたものにするのが、怖かったんだ。
一歩踏み出すには、勇気が圧倒的に足りなくて。

それに越前君はきっと俺の名前すら覚えていない。
近付いてみじめな思いをするのも嫌だったから。

そんな臆病な俺には遠くからこそこそ想っている位がちょうど良い。
側にはいられないけれど、見ているだけならいいよね、と彼が試合を勝ち抜いていく様をずっと影から見守っていた。


そして全国大会が終わってしばらくしてから。
越前が青学から去ったという噂を耳にした。
確かめる為に直接青学に行き、ちょうど通り掛ったオモシロ君を掴まえて尋ねると、あっさり教えてくれた。
「そうなんすよ。あいつ、誰にも言わずいなくなって、詳しいことは何も聞いていないんですけど」
「そうなんだ」
落ち込む俺にオモシロ君は「越前と試合したかったんすよね?すみません」と見当はずれな謝罪をする。
違うって、そんなんじゃない。それに、とんでもないことだ。
越前君と俺とじゃ試合にもならない。
まだ俺の力は全然足りない。きっと一生分掛かってもどうかわからない位だ。

そっか。
これで越前君とは会うことが無いんだ。
悲しい気持ちで空を見上げると、こんな時なのに夕陽がとても綺麗だった。

青学から帰るのもきっと今日がこれで最後。
越前君がいなかったら、ここに来る用も無い。
元々引退した俺が来るのも不自然だから、ちょうど良い。

そしてきっといつか、テレビで彼が活躍した所を見られる日が来る。

それまで、さようなら。

俺はこの日、彼への気持ちを忘れようと決めた。
一歩も踏み出せなかった、臆病で半端な恋。
最後まで格好悪い幕引きだった。


なのに、また越前君は再び姿を現した。

青学の人達に真っ先に取り囲まれて、小突き回されたり質問されたりしている。
きっと黙って行っちゃったことであれこれ言われてるんだろう。
そして跡部君と真田君も大盛りのボールを見せ付けるように、彼に話し掛けている。
二人は越前君と試合してその実力を認めているみたいだから、
きっと合宿参加することを喜んでいるんだろうな。
簡単に声掛けられるなんて、羨ましいよ。本当。

俺はというと、その場から動けないでいた。
もう二度と会えないと思っていたのに再会するなんて。
ラッキーなのか、そうじゃないのか。

変わらない意思の強い目は、ボールを取られた恨みから殺気立っている高校生達に、
なんか文句あるの?と訴えているみたいだ。
早速挑発しているよ……。

ああ、越前君だなあと笑ってしまうと同時に、俺は無意識に足を踏み出した。

忘れようとした想いが、また静かに動き出す。
不毛だ、叶わないとわかっていても止められないことってあるんだ。
このチャンスを逃したら、次は無い。
彼への気持ちを認めろと、神様が俺に囁いているのかもしれない。
後悔しないようにって。

その為にもまずは挨拶からだ。
何か騒いでいる高校生達の騒ぎに紛れて、そっと彼に近付く。

好感度の為に、まず笑顔。
でも得意なそれが何故か引き攣る。
多分、緊張しているんだと思う。だって、直接声を掛けるのは久し振りだから。
さあ、深呼吸して声を出そう。

「やあ、越前君。久し振りだね」

声が裏返ってしまったのも仕方無い。
挨拶出来ただけでも、上出来だ。

そしてきっと名前を覚えていないであろう彼の為に、俺は自分から告げた。

まずはここから、始めよう。


終わり


チフネ