チフネの日記
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| 2009年03月13日(金) |
世界の枝葉 11 跡リョ スローモーションシリーズ |
跡部の体がぴくっと動く。 ちゃんと聞いてくれているらしい。 よし、とリョーマは再び口を開いた。
「さっきは逃げ出したりして、酷いことを言ったりしてごめん。 あんたが急に留学するなんて言うから、ムカついたんだ。 どうして黙っていたんだって怒ったのと、置いていかれるんだって悲しくなった。 その両方の気持ちから、あんなことを言った。 ムシの良い話だけど、もう一度話し合いたい。このままで終わるなんてヤダ。 だから顔、出してくれないっすか?」 「……」
跡部になんて言われるんだろう。 緊張しながらリョーマは待った。 一時の感情に任せて暴言を吐いたのは事実だ。 許さない、もう出て行ってくれと言われたらその通りにする覚悟は出来ている。
しばらく沈黙が続いた後、跡部は「嘘だ」と震えた声を出した。 「俺が知っている越前はこんなことで謝ったりするはずない。夢じゃなきゃ偽者だろ。 俺を騙そうたってそうはいかないからな」 「……ちょっと。散々待たせておいて、その回答?」 拍子抜けするような言葉に、リョーマは脱力しそうになる。 折角ここまで来たというのに、そう返してきたか。 シーツの中にいる跡部は「偽者だ……」と呟き、頑なに信じてくれそうにない。 だから、もう一度呼びかけてみた。
「夢でも偽者でもないっすよ。そこから出て来て、あんた自身の目で確かめてみてよ」 「そうやって惑わそうとしているのか。越前そっくりの声まで出して何が目的だ」 「ふーん。じゃあ、そうやって中に閉じ篭っていれば。このまま俺とさよならしてもいいって言うんだ」 「そんな訳ないだろう!」 簡単な挑発に乗って、跡部はシーツを投げ捨てるように出て来た。
頼りない月明かりの下、やっとリョーマは会いたかった跡部の顔を見ることが出来た。 そう思ったらたまらなくなって、今度は正面から抱きついた。 「跡部さん!」 避けることなくリョーマを受け止めた跡部だったが、明らかに戸惑っている。 「やっぱり俺の知っている越前と違う。 つれなくて、焦らしプレイが上手くていつもお預け状態にするのが本物なんだ。 俺はとうとう目までおかしくなったらしい」 「何言ってんの!?」 思わず大声を出してしまった。
そんな事……やっている自覚はあったが、今ここで言うべきことじゃない。 気を取り直すように、リョーマはそっと口を開いた。 「ここにいるのは本物の越前リョーマっすよ。 それとも俺の言うことが信じられないんすか?」 上目遣いでじっと見詰めると、跡部はハッとした表情に変わる。 「いや、疑っている訳じゃねえよ。けどちょっと様子が違ったから」 「じゃあ、信じてくれるんすか?」 「…ああ」 丸め込む形で、跡部に認めさせることに成功する。 なんとも世話が掛かる人だ。 そうさせたのは自分かもしれないが……。
「じゃあ、越前。さっきの謝罪もお前の本心なのか?」 「当たり前っすよ」 跡部の目を見てはっきりと言う。 「あんなこと言ったけど、本当はあんたが離れて行くと思ったら冷静になれなくて……ごめんなさい」 「越前!」 今度は跡部からぎゅっと抱きしめられる。
「良かった。二度と顔を見たくないといわれて、もう会えないかと思った。 これからはもうあんなこと冗談でも言うなよ。心臓が止まるかと思った」 「うん。言わない。絶対に」 約束を口にしながら、リョーマも跡部の胸にしがみ付いた。 ああ、良かったと。安堵が心を満たしていく。
「それから、さっきのアレも本心だよな?」 「アレって?」 「ほら、俺に置いて行かれると寂しいって言ってたやつ」 「……」
期待に満ちた目で覗き込まれて、さすがに恥ずかしくなってしまう。 今まではぐらかすことが多かった所為で、改まって聞かれると照れる。 でもこんな時くらい、素直になれなくてどうする。 後悔しないように行動するべきだと、あの世界に行って学んだはずだ。 リョーマは顔を上げて、「それも本心っすよ」と答えた。
「跡部さんがいなくなったら寂しいっすよ。だって」 好きだから、と続けるつもりだった。 この際、今まで拘っていたことなんてどうでも良くなっている。 今ある気持ちを伝えたかった。 それなのに。
「越前!俺も同じだ。やはり俺達の気持ちは繋がっていた。 運命で結ばれているのはわかっていたけどな」 「ちょっと、苦し……」 更に腕に力を込めて来る跡部に、リョーマは声を詰まらせた。 人の話を聞いているようで、聞いていない。 いいから告白させてと、酸素不足に朦朧としていく中、 跡部が嬉しそうに声を上げる。
「好きだ、越前。もう何度思ったかわからないが、これまでの中で今日ほど愛しく思った日は無い。 これからも一緒にいような」 「……」 「どうした、越前。嬉しさのあまり声も出ないのか」
きょとんとした顔で覗き込む跡部に、リョーマは息が苦しいとゼスチャーで伝える。 すると慌てて力を緩めてくれた。 「大丈夫か!」 「なんとか……」 危なかった。あのままだったら、本当に別世界に旅立つところだったかもしれない。
「悪ぃ。手加減出来なかった。つい、嬉しくて」 「それは、いいんだけど」 大きく息を吸い込んだ後、リョーマは跡部をじろっと睨んだ。
「何で今頃になって好きだなんて言うんすか? 今、俺が言おうと思ったその瞬間に!狙ってたんすか?」 「今頃?おい、どういうことだ」 跡部は首を傾げる。 「何言っているんだ。とっくに俺の思いは伝えていただろうが」 「言って無いっすよ。今日まで一度も」 途端に顔色が変わる。 「嘘だろ?この俺が告白を忘れていたなんて、有り得ねえ!なあ、嘘だと言えよ。越前!」 「嘘じゃないす」 「けど!この燃え滾る思いは伝わっていただろ。な?」 「エスパーじゃないんだから、言わなきゃわからないっすよ」 跡部はがっくりと肩を落とした。 「じゃあ、俺は今まで何をやっていたんだ」
落ち込む跡部に、リョーマは苦笑してしまう。 どうやら本気で告白していたつもりだったらしい。 だから好きだと言って来なかったのか、と納得する。 なんだか意地を張っていた自分が、馬鹿みたいだ。
「もういいっすよ。両思いなんだから、何の問題も無いじゃん」 「いや。俺としたことが、大失態だ。今からでも演出しなおして、盛大な告白を」 「だから、いいって。ちゃんと跡部さんの気持ちは聞いたから」 「いや、そういう訳には……って、両思い?」 「そう。両思い」 ぽかんとしている跡部の顔が可笑しくて、リョーマはつい吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
そして、「俺も跡部さんのことが、好きだよ」と、さっき言えなかった思いを口に出した。 「本当、か?」 「こんなことで嘘行ってどうすんの。本当の本当っす」 「越前!」 また抱き付かれる。今度はちょっと手加減して。 よしよし、とリョーマはその背中を優しく撫でた。 やっと会話が通じた。 ここまで長かった気がする。
「ねえ。跡部さん。今はこうして一緒にいられるけど。 後少しで、俺達は離れなきゃならないんだよね」 跡部と心が通じたことは嬉しい。 しかしまだ留学の問題が残っている。 すると跡部は少し体を離して、「俺はそんなつもりは無いからな」と言った。 「でも行かなきゃならないんでしょ?その位俺にもわかっているっすよ」 「おい、俺の話をちゃんと聞け」 そう言って、普段人の話を聞かない跡部に、指で額を押さえられる。
「留学の話が出てるとは言った。けど、行くとは一言も言っていないだろうが」 瞬きするリョーマに、跡部は説明を続ける。 「きっぱりと断った。今日まで散々揉めていたけどな。 親にも教師にも、高等部に進学することを認めさせた。 やっと問題が片付いたからお前に話す決心が出来たのに、 いざ口を開いたら、いきなりキレて逃亡するからさすがに傷付いたぜ」 「え……じゃあ」 跡部を見詰めると、期待通りの言葉が返ってくる。
「俺はどこにも行かねえよ。お前の側にいる。そう決めていたからな」 晴れ晴れとした顔で言う跡部に、迷いも翳りも見えない。 「跡部さん」 リョーマも一瞬、喜んだ。 が、すぐに表情を曇らせた。
本当にそれで良いのだろうか。 彼の将来を見通して考えたら、後々後悔することになるかもしれない。 思い切って、その質問をぶつけてみることにした。 今ここでちゃんと話をして、しこりを残さない為だ。
「ねえ、跡部さん。留学しろって言ったのはあんたの両親なんでしょ? すごく大事な話だと思うけど、こんなことで決めちゃっていいんすか?」 「あん?何言ってやがる」 「だってあんたはものすごく期待を掛けられていて、 なのに俺といることを選んで残ったりしたら……。後で取り返しがつかなくなるんじゃ」 「バーカ。俺は後悔なんてしてねえよ」 今度はもっと強く額を押される。
「俺の親は期待している訳じゃねえよ。ただ家に相応しい跡取りが欲しいだけだ。 そんなもの留学しなくたって、俺はここでも十分やっていける。 あいつらが反論出来ない位の人間に成長してみせる。 その位の努力、苦労の内に入らねえ。お前さえ側にいてくれるならな」 「……」 「なんて顔してやがる。俺の存在が重く感じたのか?」 言われてリョーマは首を横に振った。 「違う。そうじゃない。 でも…俺はそこまであんたに思ってもらえるほどなのかなって、考えただけ」
大事な将来を変えてしまうような。 テニスがちょっと出来るくらいで、そんな大した人間ではないとわかっている。 なのに、こんな決断していいの?
目で問い掛けると、跡部がふっと笑うのが見える。
「お前、言っていたよな。 失望した奴には勝手にさせておけばいい。 そうじゃない人だっているはずって。 正直、その言葉に救われた。今までの価値観が変わる位に。 そしてそんな事を言ってくれたお前を放したら駄目だと、俺の直感が告げていた。 案の定、知れば知るほど嵌っていったけどな。 こんなに俺を夢中にさせたんだから、責任とって貰うぜ。越前」
偉そうに言う跡部に、いつも通りだなあ、と思いつつリョーマは頷いた。
「いいよ。わかった。あんたがいいって言うまで、責任取って側にいるよ」 「じゃあ、一生だな。今言ったこと、忘れるなよ」 「一生……」
先のことはどうなるかわからない。 また様々な選択肢から、二人の未来も同じではなくなっているかもしれない。 でも、そんな未来のことを考えるよりも。
ここにある「今」を大事にしようと、リョーマはもう一度跡部にくっ付いた。
「いいよ。俺も同じ気持ちだから」
跡部の腕が背中に回される気配に、戻って来られて良かったと心の底から思った。
チフネ

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