チフネの日記
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| 2009年03月12日(木) |
世界の枝葉 10 跡リョ スローモーションシリーズ |
翌日の部活が終わる忍足路、リョーマはフェンスの向こうから忍足と向日が歩いて来るのを見つけた。
「今日はどうしたんすか」 「ご挨拶やな、自分。様子見や、様子見」 忍足が手を上げて答える。 「それに一応、跡部のことを知らせてくれたお礼と報告にな」と、向日。 「わかりました。後ちょっとで終わるんで、待っててもらえるっすか」 「いいぜ」 「校門の所で待っとるからなー」
来客者達に、青学コート内は一瞬騒然とするものの、すぐに元の状態に戻る。 しかし海堂は大股で歩いて、リョーマの前に立った。
「越前、コート内で私語は厳禁だぞ。グラウンド10周して来い」 「えっ、でも今のは俺の所為じゃ」 「20周にされたいのか?」 「……ちぇっ」
海堂の指示に、リョーマは走ってグラウンドへ向かった。 急いで走ればぎりぎり終了時間に間に合う。 出来るだけあの二人を待たせておかない為にも、いつも以上のスピードで走り続ける。
「何か、えらい疲れとるな。越前、大丈夫か?」 「誰の所為だと……」 片付けが終わったと同時に、ダッシュでここまで掛けつけたのだ。 息が上がるのも無理ない。
「悪かったな。でもお前のこと確実に捉まえておきたかったんだ。 それなら青学に来るしかないだろ?」 「……まあ」
向日に言われて、リョーマはそれ以上文句を言うのを止めた。 どうも彼の言葉に弱い。まともな人が言っているから聞こうという気になるのかもしれない。
「越前にはちゃんと会ってから礼を言っておきたかったんや。 知らんまま跡部が出発するところやったからなあ」 やれやれと、忍足は肩を竦めてみせる。 「じゃあ、跡部さんとは昨日会えたんすか」 変に騒がなかったかどうか確認する為に尋ねると、 向日が「ああ」と頷く。 「10時出発っていうヒントしかなかったから、8時前に集合して張っていたんだ。 のこのこと現れやがったぜ」 「それは……良かった」 「俺も選別としてヒーローDVD全20巻無事渡せたしな。良かった、良かった」 良くないと思ったが、忍足へのツッコミはスルーすることにした。 きっと跡部は苦笑いしてただろう。
「侑士はともかく、俺らは普通に別れの挨拶したからな。 やられたって顔してたけど、跡部はお前に対して怒っているようじゃなかったぜ。まあ、当然かもな」 「ふーん」 その時の状況が目に浮かぶようだ。
(皆、あんたがいなくなるのを寂しがっているんだって、わかってやってよ) 小さく呟く。 向日達がちゃんと見送りすることが出来て、良かったと思う。
「なーんだよ。跡部の為に動いてくれたっていうのに、素っ気無いなあ」 向日に軽く腕を払われる。 「素っ気無いもなにも、いつも俺はこんな感じっす。それに知らせておくべきことだと思ったから、動いただけっすよ。跡部さんの為だけじゃない」 「ああ、もう、ややこやしいことは言わんでええ。今回の越前の行いは、十分正義に値することやから、是非俺の仲間に」 「それより立ち話もなんだから、どっか寄らないか?もうちょっとお前と喋ってみたいと思ってさ」 忍足の言葉を慌てて遮るように、向日が割って入ってくる。 リョーマは首を傾げた。 「跡部さんも行ったことだし……もう、話をすることも無いっすけど」 「だぁー!そう寂しいこと言うなよ。一応、テニスを通じて知り合っているんだから、ちょっと遊ぶ位いいだろ」 「……はあ」 「あかんで、岳人。そないな言い方では、越前も乗る訳ないやろ」
ちっちっと、人差し指を振って忍足がリョーマに目を向ける。
「跡部不在でぽっかり空いた心の穴を、俺らが埋めたる!この位は言わんと」 「逆に引いてるじゃねえか」 向日がリョーマの顔を見て言う。 忍足はあれ?と眼鏡を掛け直す。 「あのー、どういうことっすか」 心の穴って何だと眉を顰める。 少なくともここにいる跡部のことは気持ちよく送り出したつもりだった。 何でそんな風に思われるんだろう、とリョーマは額で片手を押さえる。
「いや、侑士が絶対跡部がいなくなって寂しがっているって言うからよー。 礼を兼ねてお前を励ましに来たってことだ」 「酷いわ岳っ君。全部俺だけの所為か?」 「お前が絶対って言うからだろ!」 「そうやけど……なあ、越前。ほんまは跡部に会いたいやろ?寂しいやろ?なあ?」
畳み掛けられるように言われて、リョーマは苦笑した。 この世界の跡部がいなくなって寂しいとは思わない。 頑張ってと、祈ってはいるけど。 どちらかと言うと、そういう感情を抱くのは元の世界にいた跡部に対してだけだ。
「会いたい」
不意に言葉が零れる。無意識に。 いつも側にいた跡部に会いたかった。話したいこともいっぱいある。 会って顔を見て、声が聞きたかった。
そう思った瞬間、風が凪いだ。 春に近付いてくるのを予感させるような、一筋の風がリョーマと二人の間を通り抜けていった。
「ほれみい。俺の言うた通りやん」 リョーマの言葉に忍足は勝ち誇ったように胸を張る。 どうやらここの跡部に対して言ったと誤解させてしまったみたいだ。 説明する気も起こらず、リョーマはそのままにしておくことにした。 自分がこの世界の住人ではないことは、跡部以外に話すつもりは無かった。
「よっしゃ、越前。今日はとことん付き合うたるからな。正義の味方として寂しい子を放っておかれへん。 まず初めにDVD鑑賞会といくか。それを見ればきっと越前も一員に」 「違ぇーだろ!」 向日のチョップが忍足の後頭部へ見事に決まる。
「越前はどこに行きたいか?何か食って、遊んで気を紛らわせようぜ」 「えーっと」 そんな気を使う必要は無いのだけれど。 折角二人が誘ってくれているのだから、乗ることにした。 たしかに一人でいるよりも誰かといた方が、いつ帰ることが出来るのかという不安も紛れる。
向日と忍足に挟まれて、リョーマは一緒に歩き始めた。
「結局、遅くなっちゃったな……」 最初は腹ごしらえにとファーストフードに入って、その後はストリートテニス場に行き、 そこにいた人達に混じってテニスしていたら、最後には特訓のようになっていた。 「ダブルス……本当に向いていないよな」と、向日が気の毒そうに言うからついムキになってしまった。 その後、ファンタを飲みつつ雑談して、今日はお開きとなった。 さすが氷帝の元レギュラーだけあって、彼らとのテニスは楽しい。 元の世界では跡部に気兼ねしているのか、向日達と打つ機会はほとんど無かった為今日の試合が新鮮に感じられた。
(今度は、俺の方から誘ってみようかな)
そんなことを考えながら、家へと歩く。 すっかり日が暮れている所為で街灯の無いところは月明かりだけが頼りだ。 その月もうっすらとした雲が時々掛かって、周囲がはっきり見えない時もある。 誰かと擦れ違っても気付かないほどだ。 しかし家の近くまで来ても、一向に誰かと擦れ違う気配は無く、 だたリョーマの靴音だけが響いている。
この時間帯は、こんなに静かだっただろうか。 それぞれの家に光が灯っているので、誰かはいると思うがそれにしても音が全く聞こえないのは気味が悪い。 変だな、とリョーマは身震いした。 まるでゴーストタウンに迷い込んだような奇妙な感覚だ。 (馬鹿らしい) 家に早く帰ってしまおうと、急ぐ。
後、数メートルという所で自宅を見てほっとする。 まさかこの中は空だったりしてと、恐る恐る玄関から中へと入った。
「ただいまー」 「おかえりなさい、リョーマさん」 いつも通り笑顔で迎えてくれる菜々子に、リョーマは体から力を抜いた。 心配することは無さそうだ。
「すぐにご飯にしますからね。リョーマさん、手を洗ってきてください」 しかしそこで初めて、違和感に気付く。 「あのさ、菜々子さん」 「はい」 「今日ってカレーなの?」 こちらに来てからは、洋食が出ることはほぼ無かった。 朝もお弁当も夕食も和食メインできていたのに、とうとうレパートリーが尽きたのだろうか。 リョーマの問いに、菜々子は困ったように笑った。 「すみません。昨日の分が残ってたので、今日のうちに片付けてしまおうと思いまして」 「昨日って、……カレーだったっけ」 「え?ええ。忘れてしまいましたか?」
呆然とリョーマは立ち尽くしていた。 この世界に来る前の前の晩に食べたメニューを思い出す。 たしかそう、カレーだった。
「リョーマさん?」 「あの、俺、今ちょっと混乱してて」 「何だ、青少年。菜々子ちゃんの作るご飯に文句でもあるのか?」 南次郎がにやにやとしながらリビングに現れる。手には四つ折にした新聞を持っている。 「親父!それ今日の新聞だよね!?」 「はあ?それがどうした」 「貸して!」 勢いに飲み込まれて、南次郎は思わず素直に渡してしまう。 引っ手繰るようにして、リョーマは新聞を手に取りそこにある日付を確認した。 「……やっぱり」 そして南次郎へ新聞を押し戻す。 「お、おい。リョーマ、一体どうなって」 「菜々子さん」 リョーマはくるっと菜々子へと振り返った。
「ごめん。俺、ご飯いらない。親父に全部食べさせてやって」 「え?え?」 「出掛けて来る。少し遅くなるかもしれないけど、心配しないで」 「リョーマさん!?」 「おい、リョーマ。どういうことだ」 菜々子と南次郎の声が聞こえたが、リョーマは構わず家を飛び出した。
新聞に書かれていた日付は、跡部と別れた時のものだった。 元の世界に帰って来られたのかもしれない。 しかも時間を再び巻き戻して。
もしこの推測が当っているのなら、まだやり直せるかもしれない。 酷いことを言って置き去りにした彼に、ちゃんと謝罪することが出来るかも…!
そう思ったらじっとなんてしていられない。 直ぐに電車に飛び乗って、リョーマは跡部の家へと向かった。 電話をすれば迎えに来るか、会いに来てくれるかもしれない。 でも今回は自分の足で行くことに意味がある。 待っているのではなく、自分から行動を起こしたかった。
「これは、越前様」 跡部の家に到着して訪問を告げると、出て来た使用人は中へ入るようにと促した。 何度も跡部家に来ている内に、リョーマも顔を覚えた人だ。 向こうも跡部の大切な客だと知っていて、扱いもそのように接してくれてる。 顔と名前を覚えているということは、やはり戻って来られたのかもしれない。
「あの、俺…約束はしてないんだけど、跡部さんに会いたくて」 しどろもどろで説明すると、「わかっていますよ」と進むよう案内される。 長い廊下と階段を歩く中、使用人は跡部の様子を話してくれた。 「景吾様は帰って来てからずっと部屋に篭りきりです。夕飯も口にしません」 「え?そうなの?」 驚いた声を出すと、「はい」と使用人は頷いた。 「具合が悪い訳でも無さそうですが、やはり心配です。どうかスープだけでも飲むよう説得して頂けませんか? きっと越前様なら可能だと私は考えております」 深々と頭を下げられて、リョーマは僅かにうろたえた。 が、ここでしっかりしないと駄目だ、と気合を入れ直す。 「わかった、やってみる」 「お願いします。景吾様は自室にいらっしゃいます。 誰も中にはいれないように言われておりますが、越前様ならきっと大丈夫でしょう」 では、と一礼してそっと去っていく。 跡部の部屋の前に、リョーマは一人残された。
(一応、ノックしておくか)
控えめに扉を2回叩いて、リョーマはドアを開けた。
(跡部さん、は……) 照明はついていない。薄暗い部屋の中、リョーマは跡部を探した。 しかしここにはいない。 跡部の部屋は奥の方が寝室へ続く造りになっている。 きっとそっちだと思い、足を進める。
「誰だ」 聞こえて来た声に、ぎくっと足を止める。
跡部がそこにいた。 ベッドの上でシーツをすっぽりと被って包まっている。 雷に怯える子犬の様子に似ていた。
「あの、越前だけど」 「嘘だ」 シーツの中から聞こえる声は掠れている。 「俺に会いたくないって言った奴が、ここに来る訳無いんだ。これは夢だ」 「夢じゃないって」 「じゃ、幻聴だ。俺は顔も見たくないって言われたんだぞ。もう越前は俺と会ってくれないんだ」 ぐすっと鼻を啜る音が聞こえ、リョーマの心がちくっと痛んだ
こんな風に跡部を傷付けてしまったのは、自分だ。 けれど目を背ける訳にはいかない。 もう一度やり直したいと、向こうでずっと強く願っていた。 チャンスに巡り合えただけで、感謝しなくちゃいけない。
だから、伝えよう。
リョーマはベッドに近付いて、背を向けたままでいる跡部に近付く。
「ごめんなさい」
シーツ越しに強く抱きしめて、最初の言葉を口にした。
チフネ

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