チフネの日記
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| 2009年03月08日(日) |
世界の枝葉 6 跡リョ スローモーションシリーズ |
待望のお汁粉を前にしても、リョーマの気は晴れない。
(来るんじゃなかった……)
気まずい空気に、自然と両眉が寄っていく。 甘いはずの汁粉がちっとも美味しく感じられない。 向日と忍足はこちらを気にしないよう、注文したものを食べている。 最初にお汁粉が食べたいと言った向日は意見を変えることなく注文して、 忍足はあんみつを頼んだ。 眼鏡の奥で幸せそうに目を細めている。 正義の味方ってそんな風だっけ、とつい思考が飛ぶ。
「あんまり美味くないようだな」 「は?」 顔を顰めていたリョーマに、跡部が可笑しそうに言う。 「だから言っただろ。そんな子供が好む物は止めておけって」 「……」 目の前で抹茶を飲む跡部に、イラっとさせられる。 が、ここで反論すればまた忍足に注意されるのは目に見えている。 自称正義の味方は、色々うるさいから厄介だ。 フィギュア好きの時も鬱陶しかったが、こっちもそう変わらないかもと、リョーマは顔を引き攣らせた。
(俺も店の中で騒ぐのはよくないって、わかってるけどさあ)
跡部がヤキモチを焼いているとか言ってからかってくるから、つい反応してしまった。 平常心を保って無視しようと決める。 どうせ今後は会う予定なんて無いのだから。
「そういや越前って、このまま進学するのかよ?」
険悪な雰囲気に耐えられなくなったのか、向日が話を振って来た。 気を使ってくれているとわかる分、リョーマは素直に頷いた。 向こうの世界でお世話になっている所為か、どうも向日に対して冷たい態度を取り辛い。
「そうっすよ」 「じゃあ、うちの後輩達は来年も苦労しそうだな。 お前が氷帝に入ってくれれば楽勝だったのによー。今からでも転校してこねえ?」 「さすがにそれは……」
青学に入ったのは父親が決めたからだ。 恩師である竜崎顧問になら任せられると判断したのと、 自分と同じ母校でどこまでやれるか高みの見物を決めたかったらしい。 結果的に良い方に向いたから良かったのだが……。
もしリョーマがどうしてもと、転校を望めば両親も考えてくれるかもしれない。 父親も好きにしろ、と言ってくれるだろう。 でも、今もリョーマは転校などする気は無かった。 青学で色々学んだことはそれなりに大切なものとして心に残っている。 それを置いて、他に行こうとは思わない。
「冗談だって。深刻に取るなよ」 向日は笑いながら、リョーマの腕を小突いた。 「けど、お前位の実力なら、留学の話の一つや二つあってもおかしくないんじゃねえのか?」 「せやなあ。手塚にもいくつかオファーあったみたいやしなあ。越前にも話があっても不思議やない。 で、どうなんや?」」 忍足も身を乗り出して質問してくる。 そんな興味津々な態度は正義の味方として、どうなんだろう。
跡部はというと、黙ってこちらを伺っているだけだ。 さっきから口を挟まず、会話に耳を傾けている。 余計不気味だ、とリョーマは思った。
しかし三人に見詰められて、このまま黙っている訳にもいかない。 渋々重い口を開いた。
「たしかにそういう話は来ていたみたいっすよ」 「ほんまか」 「それで?それで?何て言って返事しだんだよ。くそー、一年生なのに羨ましいぜ!」 興奮した向日に肩を揺さぶられる。 このまま終わらせてはくれないらしい。 仕方なく、続きを話すことにした。
「返事も何も。親父が勝手に全部断ったみたいっす」 「へ?マジかいな」 「うん。行きたい時は本人が決めるって言って、話を持ってきてくれた人達を追い返したみたい。 俺は後から聞かされただけで、直接知らされてないっすよ」
借りに直接話を持って来られても、今は行くつもりは無いからいいんだけど。 「追っ払ってやったぜ」と得意げな顔をした父親に勝手なことするなよと、微妙にムカついたりもした。
そういえばこの話は「本来いるべき世界」でのことだったのだが、 違いは無いよな、としばし考える。
(こっちでそんな話があったかどうかなんて、わかんないからいいや)
大差ないだろうと、勝手に納得する。 どうせ誰も確かめたりしないだろう。
うん、と軽く頷いたところで、それまで静かだった跡部が口を挟む。
「それで、お前はいいのかよ」 「え」 「父親が断って納得してんのか」 「別に。行きたいときは自分で決めるんで、親父のやったことに不満は無いっす。 言うなりになっている訳じゃないから」
快く思っていないはずの両親に勧められるまま留学を決めた跡部に、 当て擦りのように言ってやった。 顔を顰める跡部に、ざまあみろと心の中で笑う。 自分から行こうとした訳じゃなく、失望されたくないからという理由だけで決めるからだ。
「ハッ、そんなガキみたいな考えがいつまでも続くかよ」 好戦的な態度で言うリョーマに、跡部はと馬鹿にしたように低く笑う。 「気軽な身分だから言えるのかもしれねえけどな。 何でも自分の好きなように出来ると思ったら、大間違いだからな」
嫌味を言う跡部に、今度はリョーマが鼻先で笑う。 「そうかもしれないね。でも俺はこのまま突き進むつもり。 他人の意見に左右されるのなんて、真っ平」 「それが子供だって言ってるだろ」 「悪い?誰かの顔色をいちいち伺っているなんて疲れるじゃん」 「まあまあ。越前、ちょーっと声大きいで。静かに、な」 ヒートアップしそうなやり取りに、忍足が間に入って来る。
人差し指を口の前で立てるのを見て、リョーマは思わずカッとなって立ち上がる。 もう限界だった。
「帰る」
お汁粉の代金をテーブルに叩きつけて、椅子を引く。
「おい、越前!」
跡部の呼びかけも無視して、外へ出て行く。 やっぱり一緒に行動したのは間違いだった。 近付かなきゃ良かったと、首を軽く振る。
(俺がいた世界の跡部さんも……。 自分が生きたいように生きるって間違いだと思っているのかな。 そんなの、認められる訳がない)
失望されるのが怖くて、結局親の言うなりになるなんて。 少しは自分の意志を貫いてみたらどうかと思う。
それとも離れていても平気なんて、本気で考えているのだろうか。 考えれば考えるほど、跡部のことがわからなくなっていく。
何を思って、留学すると口に出したのだろう。
「越前」 「え?」
ぼんやりしてた所に肩を叩かれて、リョーマは目を見開いた。
あんな態度で出て行ったというのに、どうして追って来たのだろう。 走って追い掛けて来た為か、跡部の髪は少し乱れていた。
「勝手に一人で帰るな」 しかも怒られてしまう。 「本調子じゃないんだろ。送ってやるって言ったのを、もう忘れたのか」 「そんなの知らない」
ぷいっと反対方向を見て、無視をした。 なのに跡部は妙にしつこく絡んで来る。
「じゃあ、今言ったよな。車を呼ぶから、ちょっと待ってろ」 「はあ?」
冷たい態度を取り続けても、跡部はリョーマの声など聞こえないかのように振舞っている。 理解出来ない……。 これほど拒絶しているのに、まだ関わってこようとするのか。
「一人で帰れるから、平気っす。じゃっ」
踵を返して、跡部から立ち去ろうと歩き出す。 が、後ろから伸びて来た跡部の手に、襟をぎゅっと掴まれて前に進むことは適わない。
「何すんの」 振り返って、睨みつける。 早く離れてしまいたいのに、どうしてわかってくれないのだろう。 もう一度リョーマは「放せよ」と言った。
なのに跡部は表情を変えずに、更に襟を握り締めて来る。
「なんでだろうなあ」
こっちの言うことなどまるで聞いていないかのように、のんびりと呟く。
「これだけムカつくこと言われているはずなのに、ちっとも腹が立たない。 むしろお前を見ていると、構わなきゃいけない気になる。一体どういうことだ」 「……意味わからないんだけど」 「ああ。俺にもわからない。 けど、憎まれ口叩くお前の姿が、構って欲しいと爪を立てるうちの猫を思い出させるんだ。 つまりはそういうことだよな、うん」 「どういうことだよ!」
この訳のわからなさ。 住んでいる世界は違うが、やっぱり跡部景吾だと脱力する。 自分勝手に納得して、頷いている所は変わらない。
(俺の知っている跡部さんは、更に重症みたいだったけど……)
どちらにしろ‘変’なのには違いない。 やっぱり逃げようとジタバタもがくが、跡部は放してくれそうにない。
「どういうことかと聞かれても、俺にもよくわからん」
きっぱりとした声で、跡部は言った。
「けどお前が本気で嫌がっているように見えねえし、 追って欲しいように見えたのも事実だ。 だからあいつらを放ってまでも、店の外へ出た。 よって、お前から話をしてくれるまで開放しないと今決めた」 「滅茶苦茶っすね。俺は話なんて無いっす」 「あるだろ。俺に言いたいことが。それ位、わかるんだよ」 「……」
これもインサイトの力ってやつなんだろうか。 恐ろしいと、リョーマは呟く。
「言えよ越前。どんな話でも笑ったりしないで聞いてやる」
相変わらず偉そうな態度で言う跡部を、じっと見詰めた後、リョーマは目を伏せた。
(馬鹿みたい……俺が本当に言いたい相手はあんたじゃないのに)
同じようで違うこの世界の跡部を見て、胸が締め付けられる。
会いたかったのも、話をしたかったのも。 それは全部、いつも側にいてくれた跡部に対してだけだ。 ここにいる彼に言うべきことじゃない。
つまらない意地を張って、本当のことを何一つ言えないままこんな所に飛ばされたなんて。
(俺は、何やっているんだろ)
さっさと好きだって言えば良かった。
後悔に、じわっと瞼の奥が熱くなった。
チフネ

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